友人

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本編

 ブルーノは酒場を後にして、街へと出た。
 車が雨に濡れた石畳の道を颯爽とかけていき、その横を黒マントと背の高い帽子を被っている男が何人も歩いていく。
 彼らは全てアルティファミリアのメンバーであり、酒場であったり、宿屋であったり、娼館であったりと、思い思いの目的地を目指しその歩を進めている。

 その中でブルーノはフードを被り、自らの姿を隠すようにその男たちに紛れ、この街の辺境に住む親友の元を目指した。

 今日も雨が降っていてよかった。
 雨は硝煙の香りを少しでも紛らわしてくれる。

 ブルーノの親友は技術者で、家に籠ってずっとなにかをやっている。それが故か、外の世界をあまり好まず、血と硝煙の香りにはかなり敏感だった。



「よう、カルロ。なんか面白いもの作れたか?」

 ブルーノがそう呼んだ男は溶接用マスクを外しながらこちらを見た。

「ああ! ブルーノ! まだ生きてたか! よかった」

 カルロは驚いたように、持っていた工具を全て床に落としながら、ハグをした。
 ブルーノとカルロは少年時代からの友人であり、ブルーノとドンとの確執を知る数少ない人間の一人でもある。カルロは街の工場で働きながら、その天才的な技術力でブルーノの仕事の補佐をしている。

 麻酔銃を作り上げたのもカルロだった。

 牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、くるくるというよりぐちゃぐちゃという表現が正しい髪を頭に乗せた彼は、貧弱な身体でありながらどこか大きな印象を受ける。

「また今日も頼みたいことがあるんだよね?」
「そうだ、よくわかってるじゃないか」
「へへ、まあ君がここに来るのは本当に参ってる時か、装備の調整をしに来る時だ。その様子は参ってるように見えないからね」
「さすがだよ。世間話をしたいところだけど、大きな仕事が入った。またこいつらの調整を頼んでいいか?」

 ブルーノはカルロの作業台に麻酔銃とナイフを置いた。

「また仕事か……」

 溜息をつきながらそう呟くカルロは友の仕事を好ましくは思っていない。しかしブルーノの装備のメンテナンスを自らが行っている手前自分がいないと、安全を願う彼の身に危険が及ぶ。それはわかっているのだが、彼に武器を渡せば、彼はまた戦場へと足を運ぶ。

 どうしようもない矛盾が葛藤となって、カルロを包み込む。

 それは不殺を誓いながら、復讐を望んでいるブルーノと同じように、破綻した論理の元、壊れかけの歯車を回す時計のようにいつ崩れ去るかわからないような状況だった。

「そんな悲しそうな顔をするな。この前の仕事だってちゃんと帰ってきただろ。今日だって無事だ」

 カルロは呆れた顔をして、ブルーノを見つめた後、話し始める。

「昨日、今日が無事だからって、明日命があるかはわからないだろ。協力を惜しむつもりはないけど……」

 友の心配は最もだ。彼にそう諭されるから、気を引き締められるのも事実だが、彼の言葉でブルーノはこの復讐を止めるつもりはなかった。

「それもそうだが、お前が工場で働かなきゃいけないように、俺もこの仕事をしなければならないんだ。頼むよ」

 乗り気でやったことはない。だけどそれが彼の生存に繋がるならと、カルロは自らの技術を最大限に発揮する。

 カルロが作業台で、銃や弾丸を調整している時、ブルーノは一人、作業場から出て、カルロの家の居住スペースを借りて、リラックスする。
 台所でこぽこぽと湧いていた珈琲を手に取り、食器棚から取り出した適当なマグカップにそれを注ぐ。
 じんわりと立ち上る湯気は、空気に溶けていき、そこには珈琲の深い香りだけが残る。

 カルロは美味い珈琲を入れる。

 それこそ飲み物と言えば酒しか興味がないような奴らばっかりの、街で売られている珈琲豆でここまでの深みを出せるのはなぜなのだろうか。だが敢えてそれについては尋ねず、ここでしか楽しめない味として、ブルーノは心の中にしまっておくことにしている。

 それにどのような意味があるかはわからないが、少なくともこの珈琲をもう一度飲むためにと、帰る覚悟が生まれる、そんな気がしていた。

 少しすると作業場からカルロが現れ、ソファへと粗く座る。

 掃除をしていないのか、ソファが古いのか、ぼっと埃が舞うが、カルロは全く気にしていない様子だ。

「終わったのか?」
「ふぅ、一通りは」
「お疲れさま」

 ブルーノが息抜きの珈琲を差し出すと、カルロは作業用の手袋を外しながら、それを受け取る。

「急いでもらって悪いな? 自分でできる様になりたいんだが」
「いいよ別に。君が自分でできる様になったら、もうここには来なくなるだろうからさ」
「そんなことないさ」
「何年一緒に過ごしたと思ってるんだよ。君は用がなければ絶対にこんな辺境には訪れないね」

 カルロは笑いながら、サイドテーブルにカップを置き、一息ついた。

「そうかな。これでもお前の珈琲は買ってるつもりなんだぜ?」
「たかが珈琲一杯飲むなら、ブラックルシアンやカルーアリッキーを飲むような男じゃないか君は」
「カクテルの話は辞めてくれよ。俺はラムしか呑まない」

 カルロは静かに笑う。

「まだラム好きなんだね。カクテルは嫌いなんて気取ってる割に、モヒートやジャック・ターは好きみたいじゃないか」
「いいんだよ。ラムベースのカクテルなら」
「甘すぎるね」
「ラムについて何も知らないくせに」

 ブルーノとカルロは笑い合いながら、もう一度珈琲を口にする。
 深い香りに、苦みの奥にある甘みや旨味、酸味。苦いだけで言い表すことの出来ない二人の関係はまさに珈琲のようで、まだ黒には染まりきっていない。
 これが完全に黒に染まる時。そんな時が訪れないことを願って、彼らは今日も共に笑う。

「さあ俺はそろそろ……」

 と、いくらかの金を置いて帰ろうとするブルーノに、カルロは寂しそうに尋ねる。

「もう帰るのかい? もう少しゆっくりしていったらいいのに」
「そうなんだがな。次の仕事が少し大きくてな。事前に色々調べておきたくて」
「そうか。それなら仕事に出る前、いつでもいいからもう一度ここへ寄ってくれないか?」
「構わないがどうした?」
「人を殺さないと言っている君が戦ううえで、麻酔銃とナイフっていうのはいささか不安が残るからね。少し考えがあるんだ」
「新装備か?!」

 ブルーノとて男だ。
 カルロが作る武器というのは大抵ロマンに溢れており、新しいものが出来ると聞いてわくわくしないわけがない。

「まあそんなところだけど、非殺傷だからね。そこまで大それたことは出来ないよ」

 カルロは一瞬でも幼く見えたブルーノを見て、笑った。



 時は過ぎ、明日は|小指《ミーニョロ》との仕事の日だ。
 仕事に向け、場所周辺の調査や、そのほか多くの仕事に関する情報の収集で忙しく、カルロが自分に新たな武器を作ってくれたということをすっかり忘れていた。
 ブルーノはすぐさまは家の脇に止めておいた車に乗り込み、街へと向かう。

 ブルーノの家は街のはずれにある。昔のブルーノはドンの支配する街から少しでも離れたかった。こんな世界は自分の住む世界じゃない、いつか自分は昔の平穏な世界に戻れるとそう思っていた。
 だから街の外れに家を買い、静かに過ごした。定期的に補修しないと雨漏りを起こす屋根に、ネズミが走る床。家にあるものと言えば、何本かのラムのボトルと、衣服ばかりで、必要最低限のものしか置いていなかった。
 家というより寝床と言った方が正しいか。
 そんな昔のブルーノの心の弱さの表れ。それがこの家だった。

 今考えてみると、ここでは街の中心から離れてるため利便性も悪い。家を変えたいと思っても、この仕事では……いやこの仕事の稼ぎは本来いい方だ。しかしなにかとケチをつけて金を持ってかれる。
 ドンがブルーノを生かさぬよう殺さぬよう仕向けているんだろう。

 しかし住めば都ともいう。
 ぱたぱたと聞こえるネズミの足音も、床を濡らすもののとんとんと鳴らす雨漏りも、なんだか優しい音楽みたいで、今では好きだった。
 屋根と壁の境にある蜘蛛の巣が風で揺れるのだって、今は風情のように思える。
 どちらにしても、ブルーノはこのどうしようもない自分の弱さの象徴に住み続けるしかなかった。



 カルロの家についたブルーノは、家の扉を開け、中に入る。そこには机にもたれ掛かって眠るカルロがいた。

「カルロ、来たぞ」

 肩を揺すり、カルロの目を覚まさせる。机の近くに置いてある綺麗なグラスに水を入れ、寝ぼけたカルロに渡した。

「あ、ああブルーノ。おはよう。来ないんじゃないかと思ったよ」

 カルロは床に転がった眼鏡を拾い上げ、癖の付いた髪の毛を治しながら作りあがった武器を机の上に出した。

 黒い持ち手。スイッチを押すと、棒状のものがそこから飛び出し、五十センチくらいまで伸びる。
 見たところ警棒のようだ。

「警棒か? 店でも買える代物をわざわざ作ったのか?」
「心外だなぁ。僕がただの警棒を君に渡すと思うのかい?」

 そう言ったカルロは冷蔵庫から動物の肉を取り出し、その警棒の先をその肉に押し付け、持ち手についていたスイッチを押した。

 バチチチチチッ
 と、閃光を発した肉は、小さくではあるが煙を立ち上げている。それをみてブルーノはこの警棒はスタンガンと似た性質を持っているということに気付いた。

「スタンクラブとでもいうのかな。ナイフじゃ人を殺さずに制圧するには難しいし、麻酔銃じゃあ装填が間に合わないと思ってたんだ」
「これなら敵を気絶させながら、一対多の大立ち回りができるってことか。凄いじゃないか!」

 カルロからスタンクラブを受け取ったブルーノはそれを嬉しそうに眺めながら、言う。

「僕はこれしかできないから。だから必ず生きて帰ってきてくれよ」

 寂しそうに言うカルロを笑いながら応える。

「今生の別れじゃないんだ。そんな顔するなよ。また来るさ。美味い酒をもってな」
「ああ、そうしてくれよ。次はラム以外で頼む」
「次もラムだ馬鹿」
「そうか。ハハハ」
「じゃあ。行くよ」
「うん、気を付けて」

次話


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  • 最終更新:2020-05-22 21:42:43

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