水と獣と、刺剣と短剣と

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前話


本編

 次の試合は都市部のリリィと呼ばれていた少女リリアーノと地方部のナディアの試合。

「リリアーノ、ナディア! 試合開始!」

 先に詠唱を始めたのはリリアーノであり、その詠唱自体も手慣れているらしく素早い。

「|聖なる水、悪しき者を封じん《オー・ムー・パーセル》」

 水牢と呼ばれる魔法であるそれは、対象を生み出した水の中に閉じ込め、窒息させるというものであるが、ナディアはそれを腰に差していた雷撃のついたメイスでうまくかわしていく。

 しかしただその場でメイスを振り回すだけではなく、フィールドを縦横無尽に走り回りながら回避を行うナディアは小賢しくリリアーノをイラつかせるが、少なくともその無駄な走りは良い戦法とは言えない。

「ちょこまかと! |水よ、その硬度を以て刃を剥かん《オー・ハルト・ショック》」

 リリアーノが勢いよく手を前に突き出すと無数の氷の礫が発現し、ナディア目掛け飛んでいく。

 その礫は通った後に礫の破片を散らばらせることで、きらきらとした幻想的な尾をはためかせ、ナディアのメイスによって叩きつぶされると、弾けるように砕け、雪を舞わせる。

 光と炎の次は雷と氷。学生といえど、彼らの戦闘はその技術によって素晴らしい景色を作り出していく。

 だがただ礫を飛ばすだけでは素人だ。リリアーノはその礫を魔力操作によって緩やかな軌道変化を行い、ナディアをじわじわと苦しめていく。

 多少の礫はメイスによって砕くことが出来るが、本来魔術師であるナディアにとってそれほど多くの時間武器を振り回せるわけではない。また中級魔法である氷礫は威力はそれほどではない代わりに無数とも呼べる数を作り出すことが出来る。

 その撃ち漏らした礫はだんだんとナディアの身体に傷をつけていく。そしてナディアは何を思ったか最後の礫を避けるために、前方へ大きく転がり、回避を行った。

 隙が大きすぎるそんな回避はこの状況で絶対に行うべきではなかった。数秒で終わる詠唱に対し、前転によって生み出される隙は少なくとも五秒。もう一度発現された氷礫によって、ナディアの身体には無数の傷がつけられることとなる。

 身体に食い込んだ氷礫はその勢いを以てナディアの身体を浮き上がらせ、不規則に回転させた後、地面に叩きつける。凄まじい勢いであったのだろう。ナディアは数回地面を転げた後、地に伏した。

「小賢しい真似をするからよ。氷礫をあれだけくらえばもう意識も朦朧としているはずよね? さっさと降参してみたらどうかしら?」

 リリアーノの問いに対し、ナディアは切れた口元からぽたぽたと血を垂らしながら、まだ戦えると言わんばかりに立ち上がる。



「ナディアちゃん! もういいよ! 試合はまだあるんだから!」

 ふと訓練場にセラの声が響き渡る。そう、別にこの試合に負けたからといって選抜試験に落ちるわけではないのだ。だがそれでもナディアは立ち上がり、歯を食い縛る。

 もう一度、ナディアに対し降参を促そうとするセラに対し、アルマは一言だけ添える。

「仲間ならもう少し信じてみても良いんじゃないか?」

 アルマは不敵に笑いながら、ナディアの周囲を見つめる。この会場で唯一、魔力の香りを捉えることのできるアルマのみが知っているトリックがあった。

 なぜナディアは無駄な動きをあれだけ行ったのか。



「なによ? 黙って立って。まだやるって言うの? 次は遠慮しないわよ?」

 リリアーノの声は既に勝ちを悟り、ナディアのことを小ばかにしているようだった。

「最大の、魔法を準備した方が、いいかも。私は負けないから」
「虚勢なんてやめなさい!」
「虚勢なんかじゃない――|荒れ地に色彩と言う華を《リヤン・グラン・ウェア》!」

 ナディアは突如魔法の詠唱を行った。しかしリリアーノは身構えもしない。それもそうだ。ナディアが唱えた|色壁《ペイントウォール》は建物などの壁を塗装するときに使う魔法だった。

 その魔法では武器を持たないゴブリンを倒すことすらかなわない。攻撃のための魔法ではない|色壁《ペイントウォール》を警戒する者など誰一人いないことは当然だった。

「そんな魔法! 私を馬鹿にしているの!?」

 そう叫んだ後に、リリアーノは気付く。フィールドを見つめている観客がざわつき始めていることに。

「皆、もう気付いているの。あなたは負けるって。周り、よくみて」

 リリアーノはナディアのその言葉を聞き、ナディアのことを警戒しつつ周囲を見渡した。そこに映るのは何ら変わりない訓練場で、今まで都市部の仲間と共に訓練をしてきた訓練場であった。

「まだわからないの?」

 そう言ってナディアは足元の土を足で強く払う。するとそこには薄っすらと黒い線が浮かんでいるように見える。それをみてリリアーノは気付く。

「いつ……。こんな、嘘でしょう!?」

 訓練場にはその全てを埋め尽くすほどの巨大な魔法陣が描かれている。

「下手に動き回ってると思ったらこんなことを! でも消してしまえば!」

 咄嗟にリリアーノはその線を消そうと試みるが、全くといっていい程にその線は消える気配がない。

「無駄よ。色壁はその物質自体の色を変える魔法。そこの地面ははるか下の地層まで黒色に染まっている……。ね? 最大の準備した方がいいと言ったのに……」

 リリアーノはそのナディアが放った|覇気《オーラ》とも呼べるべき何かに不安を抱き、腰に差していた短剣を取り出し、ナディアの元へと走る。

 しかし魔方陣が完成している以上、魔術の完成にはただ魔力を流し込めばいいだけだった。しかもこれだけ大きな魔方陣となれば魔力自体もほとんど必要ない。

 ナディアは体裁として、アソビとして、パフォーマンスとして、叫ぶ。

「召喚! サーベルレオ!」

 瞬間、魔方陣が青白く光り輝き、魔方陣の中心から魔獣が現れ、咆哮を行う。

 金色の鬣を靡かせ、口の横から巨大な牙が二本突き出ている魔獣は、凛とナディアの後ろに佇む。その体躯はサイレンスより一回り大きく、明らかにその強さを物語っていた。そのサーベルレオに対しリリアーノは物怖じをせず氷礫を放つが、そのすべては簡単な一つの咆哮によって打ち消されてしまった。

 そのままサーベルレオはゆっくりとリリアーノの元へ歩いて行き、至近距離で今すぐにでも殺してやろうかと、睨みつける。ぐるると鳴る喉はその体躯によって凄まじい音量で奏でられ、一瞬にしてリリアーノの背筋を凍らせる。

「わかったわ、降参よ」

 リリアーノは溜め息をつきつつ、手を挙げ降参を宣言した。

「そこまで! 勝者! ナディア!」
 
 ナディアはサーベルレオを撫でると魔法を解除し、サーベルレオを消滅させた。召喚で呼び出された魔獣は使命を終えると、元の地へと帰っていく。

 ナディアもサーベルレオのように颯爽とその訓練場を後にした。






 王国軍選抜試験は既に佳境を迎えていた。一対一の真剣勝負、最終試験にて未だにアルマに黒星を付けたものは居らず、そろそろ最終戦を迎えようとしている。最終試験、最終試合の一つ前、アルマの最後の相手はロードに唯一ある黒星を付けたエルノだった。

「ではアルマ、エルノ。試合開始!」
 
 アルマは黒鋼のトレンチナイフと竜の爪を装備し、エルノの攻撃に備える。エルノは左手に直剣、右手に細剣という二刀流だった。

「君の戦いを見る限り、最初から全力で行った方がよさそうだ」

 エルノは走り出し、二人はコートのほぼ中央で衝突した。エルノが大きく振りかぶった直剣を竜の爪を使い、体を捻りながら防ぎつつ、細剣を華麗に躱し、黒鋼のトレンチナイフを喉元に突きつけようと、あと少しのところまで手を伸ばすがエルノに避けられた。

 エルノは後ろに飛び退きつつ、アルマの腹部に蹴りを入れた。バック転をした後に、一瞬で肉薄し、細剣を使い、アルマに突きを繰り出す。わき腹に命中と思ったがあと少しの所で躱される。

 しかしその剣先は確実にアルマのローブを捉えたため、華麗な剣捌きで突きと斬撃を巧みに使い分け、腹への斬撃を尚狙う。

 自らのわき腹に迫る細剣をギリギリで避けつつ、竜の爪をエルノの左手に投げる。それを避けようとエルノは細剣を落としてしまう。その隙を逃さずアルマは空いた左手を地面につき、右足での回し蹴りをエルノのわき腹にぶちかました。が、あまりダメージはない。



 その様子を観客席を見ていたサリナとセラは異変に気付く
「ねえ、サリナちゃん。なんか変じゃない?」
「アル、魔法、魔力使ってないよあれ。目の固有魔法も使ってない。それ使ってたら剣が当たるわけないもん」
「やっぱりそうだよね。アルマ君のキックを受けてあんなぴんぴんしていられるとも思えない」
「なんか、考えがあるんだよ。多分アルのことだから」



 回し蹴りを食らったもののあまりダメージがないエルノを見て、アルマはその当たった足を地面につき、その蹴りの勢いのまま、もう片方の足の踵でエルノの顎を捉えた。

 脳を揺らされたエルノは、流石にダメージを負ったようで、歪んだ視界に耐えきれず膝をついてしまった。そのまま顔にもう一発トレンチナイフによる殴打を食らわせようとするアルマだが、それをエルノの直剣で防がれる。

 エルノはアルマの攻撃を防いだ後、アルマが後ろに飛び退いたため細剣を拾いに行く。その直後アルマの元へ走り、細剣に風の|魔法強化《エンチャント》、直剣に炎の|魔法強化《エンチャント》を施した。
 そして細剣に意識を集中しもの凄い速さで連撃を繰り出す。風の刃が空を切り、躱したアルマの背後にある壁に傷がついて行く。

 アルマはその刃を|紅魔眼《マジックセンス》を使わず躱していった。しかしエルノの動きは先程より上がっている気がする。その上アルマは|紅魔眼《マジックセンス》を使っていないために体に傷がどんどん増えていった。しかもアルマは魔法を使っていないため、自己再生すら行わない。だからその傷はどんどんと増えていく。

「クッソ、やっぱりそうか。これで決めないとやばいな」
 アルマは豪雨のように降りかかる剣の中左手を犠牲にして一歩前にでた。アルマの左腕に深々と細剣の刃が突き刺さる。しかしそのままエルノの腹に拳を叩き込む。

 エルノは予測しなかった動きに驚き、何の防御もせず、攻撃を腹に食らい、また細剣を離してしまう。しかし先程のようにはいかんと直剣を振るう。

 アルマは竜の爪でそれを防ぎ直剣の刃を逸らしつつ、もう一度腹に拳を叩き込んだ。身体強化の乗っていない殴打でも連続で拳を食らったエルノは、その苦しさに耐えきれず、胃液を吐き出した。アルマは容赦せずに、そのまま立て続けに何発も叩き込む。

 そしてその大きな隙を見逃さず、顔面に蹴りを食らってしまった。

 アルマは蹴りを食らって倒れたエルノの頭の方に立ち、エルノの喉元に黒鋼のトレンチナイフを突きつけた。
 
 その姿を見た審判はアルマたちに駆け寄り試合を止めた
「そこまで!!勝者!アルマ=レイヴン!!!」

 アルマは黒鋼のトレンチナイフを腰に差すとエルノに手を差し伸べ立ち上がるのを助けた。

「ありがとう、左腕は大丈夫?」
「ああ、これか?」

 アルマは左腕に突き刺さったままのエルノの細剣を勢いよく引き抜いた。細剣は柄から血が滴り全体的に赤く滲んでいたためアルマは水属性の固有魔法を使い、その剣についた血を落とした。そして綺麗にした細剣をエルノに手渡す。

「問題ない」

 アルマは自己再生を使ったため細剣が突き刺さっていた傷、その他エルノにつけられた傷はみるみると治って行った。

「おいおい、そんなことありか……」

 それに驚いたエルノはそう言葉を漏らした。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:21:59

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