海竜の巣

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前話


本編

 場所は傭兵都市ドルエム最大の酒場ダイスダイス。
 四人のためのものとしては大きすぎる卓を囲んでいるのは、獣の国での英雄のあの四人だ。

 酒樽かと思われる大きさの酒壺から口を話し、蒸気が出るかと思われるほど熱い吐息を吐き出した男、ガルベスはもう一人の大男バンディを詰るように言葉を吐き捨てる。

「わかるかぁバンディ!? 俺の討伐数は三十三! お前の討伐数は三十二! 俺の勝ちだってことだ」

 喉の奥が丸見えになる程、口を大きく開き、ガルベスは笑って見せる。バンディは何も返答せず舌打ちをする。それもガルベスの先行によって、バンディの獲物が掻っ攫われて行ってしまったことに原因があった。

「てめえが独断で先行しなけりゃお前の討伐数を越えていただろうよ!」
「敵を目の前にして尻込みする戦士がどこにいる!」

 ガルベスが机を叩くと、机の上にのっていた皿やグラスが一瞬宙に浮きあがる。

「と、言っているものの今回もやっぱり最高討伐数を叩きだしたのはアルでしたけどねぇ」

 長い間共に過ごしたジンは、アルマのことをアルという愛称で呼ぶようになっていた。まあジンはたった一文字を面倒くさがるような奴だし、二人が飲むエールとは別にお洒落さが残る葡萄酒を嗜むような男だった。

「アルマの戦い方はずりぃんだよ! 俺たちを盾にして美味いところだけ持って来やがる!」

 ガルベスはアルマの方を向きながらそう叫ぶ。

「自分でも言ってるじゃないか、俺の戦いは上手いって。そういうことだよ」

 未成年であるため酒ではなく、水を飲む黒いローブに二本の短剣を携えた少年はそう告げる。アルマの討伐数は五十体であったため、上手い下手に関わらず、ガルベスはこれ以上の文句をつけることができなかった。

「上手って意味じゃねえよ! 馬鹿が! けっ。ジンてめえこそ討伐数が少ねえ癖になに言ってやがるってんだ」
「人にけちをつけてねえで、次は俺より早く魔物を狩ればいいんじゃないのか? 俺より遅いからそうなるんだよ、ガルベスは脳筋だからな」

 アルマは短剣を拭きながらそう言った。

「てめえ言っていいことと悪いことがあるだろうが! 力こそ全て! 魔法も力も力で吹き飛ばす! そうやって俺はやってきたんだ! 文句は言わせねえ!」

 ガルベスが立ち上がってそう叫ぶと、周囲の視線が一気に彼らに集中する。それに耐え兼ねたバンディが立ち上がり、ガルベスの肩に手を置き座らせようとする。

「おい、馬鹿座れ」

 しかしガルベスは座ろうとせず、次はバンディに食って掛かる。

「てめえは人のこと言えんのか!? お前だって脳筋じゃねえか!」
「はぁ!? 馬鹿言ってんじゃねえ。俺は大剣と直剣の二刀流だ。戦鎚を振り回すだけのお前とは違うんだよ!」

 バンディとガルベスは立ったまま向き合い、双方を睨みつける。

「やるかぁ!?」
「ああやってやろうじゃねえか!」

 これ以上はまずいと思ったジンは二人の仲裁に入るが、魔導士であるジンが戦士である大男二人を止められるわけもなく――

「二人ともやめてください。みんな見てますよ」
「「てめえはすっこんでろ!」」

 ガルベスとバンディは同時にジンを突き飛ばし、ジンはそのまま後ろへと倒れる。机はひっくり返り、酒がジンの衣服を汚した。

「あーあ、ジンを怒らせたぞ。俺は知らねえからな」

 アルマはそれを他所に、椅子を少し後ろに下げ、手に持っていたために無事だった水の入ったグラスを口にする。

「いい加減にしろよ……」

 先ほどまでの雰囲気とは百八十度違う声音でジンはそう呟いた。

「|炎よ、我が力の熱とならん《フラム・ムー・ウェア》」

 ジンの手には青の火が灯る。そしてその青い炎が灯った拳で二人の頬を強く殴りつけた。その体からは考えられない程の勢いが二人の頬を捉え、二人は共に後ろへ吹き飛ばされた。そしてその頬はだんだんと凍り付いていく。

 それが二人の酔いを醒まさせたようで、目を丸くしてジンを見つめている。

「ちょちょちょ! ジンやべえ、早く溶かしてくれ!」

 バンディは慌てて言う。そうこうしている間にも氷は広がり続けていた。



 頬の氷を解かされ、冴えない顔で座り、凍り付けられた頬を布で温める二人からは反省の色が見える。

「落ち着きましたか?」

 ジンのその言葉に、ガルベスとバンディは静かに頷く。


 そんなこんな、もう一度今日の晩餐を始めると一人の男が酒場の中に入ってくるのをアルマは見た。装備の左胸の辺りに多くの勲章を付けた男。その男は店員の案内を無視して、アルマ達の卓へと歩いていく。

「|炎熱部隊《フレイムウォリアーズ》の方たちで間違いはないかな?」

 猛火のように攻めるガルベスとバンディ、そして火中から飛び出す火の粉のように不意打ちを得意とするアルマ、それらを炎の魔法で支援するジン。その戦闘スタイルからアルマ達のパーティはいつしかそう呼ばれていた。


 少し老けた顔をしているその男はアルマ達にそう尋ねる。アルマだけでない、ガルベスもバンディもジンもその男の顔には覚えがあった。傭兵都市ドルエムの中心地にある冒険者のギルド、その|頭《トップ》であり、アルマ達の非正規冒険者という肩書き上、敵対に至らずとも芳しくない関係であるこの男の名はライラス。

「ギルドのお偉いさんが俺たちに何の用だ? 俺たちはお前んところの子豚ちゃんとは関わってないし、文句を付けられるようなことはしてない。要件をさっさとまとめる気が無いならてめえの首をその戦鎚が吹き飛ばしちまうぞ」

 仕事関係の話を纏める役はアルマであった。ガルベスやバンディでは熱くなりすぎ話が纏まらず、ジンでは優し過ぎで報酬が少なくなる。アルマが話を行えば相手が出せる一番高い金で報酬を取り付け、最大の支援を受けた状態で依頼を始めることができた。

 しかしアルマはライラスを相手にする時だけ、冷静さを欠いていた。

「なんとも野蛮な挨拶だ。だがここで貴様らと争う気はない。今日来たのは国民や市民の依頼ではない。ギルド直々の依頼だ」

 ライラスの顔には怒りが浮かんでいる。

「いちいちお高くとまりやがって。気に入らねえ、断る」

 アルマは内容を聞かず、断る。大抵ライラスたちが持ってくる依頼はまともな物がなかった。

「ふむ、だがそれでも良い。お前らはこの国全土、ギルドに属した冒険者を敵に回すことになる」
「おもしれえ、脅しだな。冒険者っていう存在がこの世界から消えるかもしれねえぞ?」
「はっ、馬鹿を」
「まあその感じからするとかなり切羽詰まった感じなんだろうな。大体予想はついている。あの最近発見された|魔物部屋《モンスターハウス》についてのことなんじゃないのか?」
「そうしてくれると話が早くて助かるのだがな。ギルドから正式な依頼だ。人間種領南部の|海竜の迷宮《ダンジョンリヴァイアサン》で発見された|魔物部屋《モンスターハウス》の噂については既に知っているようだな」
「ああ、変な部屋に閉じ込められてそこにいる魔物を倒し切らない限り、そこから出ることはできないってやつだろ? そこにどんどん豚が出荷されているって話じゃないか。幸か不幸か養殖には手間取ってないみたいだけどな」


 後ろでバンディとガルベスはくすくすと笑っている。


「流石にこちらとしてもこれ以上の死者は出したくない。だから君たちに頼みに来たということだ」
「馬鹿言うんじゃねえ。冒険者のために俺たちが命を懸ける必要がない」
「報酬はグレイク城下町、一等地の屋敷だ」
「はっ、命を懸けてもらえるのが家? 馬鹿にしてやがる。一等地と屋敷は大体一〇〇〇万リルと聞く。四人全員に三〇〇万リル以上、それと特冒険者証。それで引き受けてやる」
 

 アルマ達が冒険者のギルドに所属できないのには多くの理由があった。アルマは数年前の記憶がないというのが怪しいということであった。ガルベス、バンディは冒険者ともめ事を起こし、冒険者としての認定証である冒険者証を剥奪され、ジンは炎の魔法|しか《・・》使えないため最初の試験に受かることができなかった。


 そしてアルマが条件に挙げた特冒険者証というのは、仕事をしなくとも定期的に金が入るという、多大な功績を修めた冒険者にのみ与えられる冒険者証であった。


「特冒険者証だと!? |固有特殊技能保持者《ユニークスキルホルダー》の冒険者でも所得に十年はかかるという代物だぞ?」
「なら、依頼は受けねえ」
「仕方ない……。それではこの依頼書にサインを」


 とライラスが苦虫をかみつぶしたような顔で、渋々差し出した依頼書にアルマは署名をし、控えをポーチに入れた。


「期限とかはねえんだよな?」
「ああ、だがなるべく早く頼む」
「さっさと帰れ」


 そう言われるとライラスは何も言わず、酒場を後にした。


「おい、お前ら一週間後だ。それまで仕事は禁止、一週間後物資を整えて門集合」
「よろしくぅ」
「わかった」
「了解です」

 そしてもう一度、アルマ達は盃を酌み交わし、英気を養うのであった。



 遅刻癖のあるジンにイライラするガルベス。それを横目に近場で腰を下ろし居眠りをするアルマ。煙草を咥え戦いの前の安らぎを楽しむバンディ。いつもの光景であった。

「遅れました。すいません」

 遠くから走ってくるジンが見えた。ガルベスはその姿をみて舌打ちをしながら皮肉を述べる。

「王様のご到着だぜ」
「本当にすいません。娘に絡まれて」

 ジンには家庭があった。こんな汚れ仕事をしていてよく結婚できたものだとアルマ達は言うが、非正規冒険者という新たな職に誘ってくれたアルマのおかげだとジンは言った。しかし仲間の死亡を遺族に報告するのはパーティメンバーの役割である。アルマは絶対にそんなことはしたくないと思い、仲間が死ぬ前に自分がその仲間を庇い死のうとまで考えていた。

「幸せアピールは終わったか?」

 バンディがジンを小突きながら言った。

「謝っているじゃないですかあ」

 とジンは情けない声を出す。その一連の流れの終わりを確認したアルマはジンに告げる。

「ジン、走って疲れてるところ悪いが転移早速頼めるか?」
「はい。大丈夫ですよ。今日のは少し大きめです」

 ジンは基本的に火に関わる魔法しか使えなかったが、魔方陣はその得意不得意を飛び越えて、魔力を扱えるものであれば全ての魔法を使える可能性を秘めた画期的な発明であった。

 ジンは鞄にしまってあった紙を取り出し、そこに描かれた魔方陣に魔力を流し込む。

「さあ、みんなさん私の周りに」

 その瞬間、アルマ達は白い光に包まれ、海竜の迷宮の前へと転移していた。
 そして海竜の迷宮の管理所から一人こちらへ歩いてくる。

「只今、この迷宮は――」

 アルマはその者にライラスとの契約書を見せることで中に入る許可を取る。



 準備はできていたので早速、迷宮に入る。すると海の香りというか少し濃い潮の香り、磯の香りと言うのが正しいだろう。籠った場所に魚の腐った臭いが溜まっているその迷宮は気分の良いものとは言えなかった。

「くっせえな」

 アルマが言うと、後ろを歩いていたジンがそれ続ける。

「足元も少し滑りがありますね。上手く立ち回らないと危ないでしょう」

 踏ん張りが効かない足元であり、重い得物を振り回す戦士が二人いるアルマのパーティにとってこの足元は強敵と言わざるを得ない。と思ったアルマだったがジンに尋ねる。

「ジンの魔法でなんとかできるんじゃないか?」
「どのくらいの大きさを撃てばいいかわかりませんが、可能だと思いますよ」

 それを聞いた近接組三人は笑い、そのまま大きく歩いて行った。その笑みには自信や余裕の裏に不安が現れていた。ただ一人アルマを除いて。



「なんでぇ。大したことのない相手ばかりだな。しかも|地図《マップ》があるから迷宮区も簡単に攻略できちまう。つまんねえし、捨てるかこれ?」

 ガルベスは触手のような脚が無数にある魔物を叩きつぶしながらそう呟いた。

「いや、俺たちの目的は魔物部屋な訳だし、それまでは適当でいいんじゃねえか?」

 バンディがガルベスにそう助言すると、ガルベスは溜め息をつきながら言う。

「そいつも大したことなかったら、お前で鬱憤を晴らさせてもらう」
「おおこわ、強いのが出てきますようにぃ」


 バンディはふざけた小走りでガルベスから距離を取る。

 目的地はこの階層であり、微かに不穏な|圧力《プレッシャー》を感じたため、アルマ達の会話はそれを誤魔化す軽口が増えてきていた。その不穏な空気を察したジンは鞄から紙を取り出し、それを広げ魔力を流し込む。

「皆さん、強敵が現れる前に回復を。集まってください」

 墨で書かれていた魔方陣は白い魔方陣として地面に刻み込まれ、アルマ達を癒していった。ジンが行った魔法は、魔力消費の大きい|回復術《ヒール》ではなく、簡単な疲労回復を施す|体癒術《フィジカルヒール》の魔方陣だ。しかしほとんど傷を受けていないアルマ達はどちらにしてもその魔法で充分であった。


 アルマ達が迷宮区目的の魔物部屋の扉が見える道へと入ったところ、巨大な水の波動を持つ魔法がアルマ達を襲う。

「なんだ、なんだ?」

 アルマ達が見た先には黄金の|三又槍《トライデント》を持った|魚人《マーマン》がその凶悪な口を開き、威嚇を行っていた。水の波動自体アルマ達に当たらなかったものの酷く抉れた地面を見て、|魚人《マーマン》の実力を悟る。

「|魚人《マーマン》か、しかもかなり人に近い、|人型《ヒューマノイド》だな。水魔法だってよ、ジン。行けそうか?」

 炎魔法しか扱えないジンにとって水魔法に対抗するのは困難だ。しかし常に水の中にいる生物にとって火は天敵であるため、ジンの立ち回りが重要になってくる戦闘になるだろう。

「大丈夫ですよ。相手の魔法より強力な魔法を使えばいいですしね」
「そうか、ならいつも通り頼むぞ?」
「アルも頑張ってくださいね」
「ああ」


 赤ん坊の手程の鱗を身体に身に纏い、大きな目玉は顔の側面にぎょろりとついている。粘液で身体を乾燥から保護しているらしく、ぬらぬらとした皮膚は、手や足がついた土を湿らせる。武器の特徴、武器の特性、相手の特徴、魔法の属性、そして数多く戦った魔物たちの中で類似した魔物を頭の中で見つけ出し、最善の手を見極め、アルマは指示を伝える。

「ガルベス、バンディは交互に前衛を。俺とジンに狙いが来ないように。タイミングを見計らって俺が部位攻撃を狙うから周囲に意識を巡らせておいてくれ。ガルベスはバンディが前衛をしている時は血魔法で次の攻撃への備えを。比較的バンディより前衛を長めにやってくれるとありがたい。バンディは前衛じゃないときは風魔法でジンと共に後方支援を。いいか?」
「おう!」
「任せろ」
「さて、始めるとしましょうかね」

 三人の言葉は勿論同意だ。


 アルマは銀の短剣を左手で引き抜き、右手では|投擲短剣《スローイングナイフ》を持つ。

 バンディは次までに体力を残しておくために背中に背負った大剣ではなく腰に差している直剣を引き抜く。ガルベスはいつもの通り戦鎚を振り回し、|魚人《マーマン》の元へ先行する。

「バンディ! 俺が先に行くぞ!」
「あ、ちょ! 待て!」

 そして魔法戦士としてのバンディとは違い、生粋の戦士であるガルベスはオリジナルの力のみを求めた魔術が放たれる。

「|流れる水が如く《オー・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスの熱い吐息と共に溢れ出した青の|覇気《オーラ》はガルベスの体に纏わりつくようにその色を落ち着かせる。背後から見るガルベスの背は青い炎が灯っているように見え、ガルベスの闘志を静かに具現化していた。ガルベスが振り上げた戦鎚に空気が持っていかれるような感覚。いやようなではない。その巨大な戦鎚の圧力に空気さえも大きく動いているのだ。そしてそれを|魚人《マーマン》に向かって振り下ろす。


 渓谷を吹き抜ける突風が鳴らすような轟音を辺りに響かせ、戦鎚は地面を抉る。それを寸でのところで避けた|魚人《マーマン》は|三又槍《トライデント》でガルベスの腕を狙う。勢いよく放たれた突きは予想よりも凄まじい勢いでガルベスに迫る。それもそのはず|三又槍《トライデント》の柄から魔法により生成した水を推進力として扱っているのだ。

 ガルベスもその|三又槍《トライデント》の勢いに驚くが、今纏っている水の|覇気《オーラ》、これはガルベスの中で一番勢いのない魔術でありながら、一番強い魔術であった。水の|覇気《オーラ》は反射神経を極限までに高める。


 勢いの凄まじい|三又槍《トライデント》は器用に放たれたガルベスの戦鎚に弾かれ、アルマ達の方へと投げ飛ばされた。

「ははっ。武器を失えばどうする? そのきったねえ牙で噛み付いてみるか?」

 ガルベスは|魚人《マーマン》を指さしそう笑った。すると、|魚人《マーマン》は弾き飛ばされた|三又槍《トライデント》に向かって手をかざす。その瞬間黄金に輝いていた|三又槍《トライデント》は水へと変わり、そのまま魚人の手の平へと宙を浮遊し集まる。そしてその水は形を変化、硬化させ、再度|三又槍《トライデント》へと変貌した。

「器用な魔物だな。武器を取り上げるのがダメならそのまま叩きつぶしちまおう!」

 ガルベスは戦鎚に魔力を流し込み、次の攻撃へと転じる。するとその豪快で仰々しい戦鎚の後部から大きな棘が現れ地面に食い込む。金属を魔力によって変質させる錬成魔法によって創られたガルベスの戦鎚の名は|棘戦鎚《スパイクメイス》。


「さあ二回戦だぜぇ」

 ガルベスは戦鎚を|魚人《マーマン》に向かって放つ。またもや|魚人《マーマン》は澄んでのところで避けようとしたが、避けきれず、戦鎚は確かに|魚人《マーマン》の体を捉えていた。戦鎚をよく見ると一つの棘が異様に伸び、先端が地面に突き刺さっている。

「おもしれえだろ。棘を伸縮させることで戦鎚の軌道を変えることができるようになってんだぜ?」

 その言葉にバンディがヤジを入れる。


「あれぇ、ガルベスはどこに行った? 脳筋ガルベスぅ?」
「こいつが終わったら次はお前だ。バンディ」
「あ、あぶねえ」

 右の横腹を戦鎚で削られたはずの|魚人《マーマン》からもう一度黄金の|三又槍《トライデント》が放たれていた。

 その|三又槍《トライデント》はガルベスの頬をかすめるが大事には至らない。

「おいおい、タフな奴だぜ」
「なんか仕掛けがあるんだろ? |紅魔眼《マジックセンス》!」


 |魚人《マーマン》の姿が暗闇に溶け、そしてだんだんと小さな光が見え始める。その光は全て鱗のような形をしていることからアルマは「仕掛け」に気付く。

「あいつ魔力量半端ねえな。鱗一つ一つに魔力供給なんて洒落にならねえぞ」
「魔力供給で防御力と回復力の増強か」
「作戦を変えよう、あいつの魔力量だって底無じゃないだろう。一回一回大きなダメージを狙うんじゃなくて、小さいダメージを休まず与え続けるぞ。ガルベスは後ろで休んでろ。前衛は俺とバンディで行く。ジンは俺のタイミングで」
「おう!」
「わかりました」
「チッ。さっさと終わらせろよ」


 バンディは持っていた直剣を構え、走り出す。|魚人《マーマン》に肉薄し、|三又槍《トライデント》を弾き、連撃を与える。|魚人《マーマン》は守りに徹したのか何回か、バンディの攻撃を弾いている。しかしバンディは|魔法強化《エンチャント》により直剣に風魔法を付与しているため、斬撃を防いだ後に、風による斬撃が巻き起こる。そのうえに、バンディは何度も何度も直剣を振り続けるため、ガルベスの望み通り早く終わりそうだった。


「行くぞ!」

 アルマがそう言うとバンディは|魚人《マーマン》の腹部に蹴りを食らわせ、怯ませる。アルマはそのバンディが作ってくれた隙を見逃さず、狙いを定め疾駆する。銀の短剣を持ち、|魚人《マーマン》の直前で踏み切り、殴る形で逆手に持った短剣で|魚人《マーマン》の胸部を切り裂いた。切り裂いた瞬間に、ベンディが|魚人《マーマン》の元へ戻り、再度直剣で連撃を咥える。勢いにより飛び過ぎたため、|投擲短剣《スローイングナイフ》を地面に着き刺し、勢いを殺し、もう一度疾駆の体勢に入る。

「バンディ! 強化! 炎!」

 再度飛んだ瞬間に、バンディにそう叫んだ。魚人の太ももを狙い疾駆する。その瞬間、バンディは直剣を仕舞い、大剣を引き抜く。

「ジン! 特大なのを頼む! |迫る魔を我が力に《リヤン・ムー・ウェア》」

 バンディの大剣が白く輝き始め、その大剣を陣の咆哮へ向け、地面に突き刺した。

「わかりました。行きますよ! |地の中で燃ゆる炎よ、全てを焼き尽せ《フラム・オラージュ・バレット》」

 ジンは一番得意の魔法をバンディに放つ。それは炎属性攻撃魔法最大の魔法、|爆炎《コアフレイム》。ジンの手から発現した拳大の炎はバンディの大剣に当たった瞬間に爆発するが、その爆発から生まれた炎、爆風波全て大剣の柄の宝玉へ吸い込まれていった。

「さあ行くぜ!」

 バンディが大剣を地面から引き抜きそれを構えると、刀身が炎で包まれる。そしてアルマが魚人の太ももを切り裂いた瞬間、再度ベンディが|魚人《マーマン》の前に立ちはだかる。バンディの振るった炎の大剣は|魚人《マーマン》を切り裂いた瞬間凄まじい爆風と共に火焔を放つ。

 バンディの扱った還元強化は吸収状態になった光り輝く刀身に魔法が当たると、それを|魔法強化《エンチャント》として還元する魔法であった。普通の魔法強化と違い、その吸収した魔法の特性を忠実に再現するため、通常の魔法強化より圧倒的に強い強化が施される。

 バンディが剣を振るうと何度も何度も火炎が迸り、|魚人《マーマン》の体を焼いていく。ジンが先に言っていたように基本、水の中に生息する魔物、炎には耐性がないらしく、ガルベスがあんなに手古摺った鱗が簡単に剥げ、肉が露になっていく。
 そして。

「アルマ! 首元の鱗が離れた!」
「ああ、わかっている」

 アルマは|魚人《マーマン》の首に狙いを定め、疾駆する。地面を脚で抉り走り、|魚人《マーマン》の首目掛けて短剣を突き立てた。うなじからするりと入り込んだ刃は骨の手ごたえを感じはしたものの一瞬で|魚人《マーマン》の頭を弾き飛ばした。首から噴水のように吹き出た紫色の血液はアルマとバンディの体を汚し、銀の短剣を紫の短剣へと染め上げる。

 首が地面に落ちた重苦しい音と、燃え上がるバンディの大剣からの破裂音だけがその場を包んでいた。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:13:27

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