目指せ獣人種領

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前話


本編

 あれからというものアルマはバンディに勧められた宿で寝泊まりしたのだが、これが酷い。それこそ、この傭兵都市の人間であれば、慣れたものということなのだろうが、ベッドからは薄らと変な匂いがするし、調度品も適当だ。宿で取れる飯も高い割には貧相で、本当に金がものを言う世界なのだと、アルマは痛感した。
 幸か不幸か、直ぐに依頼をしに行かなければならないアルマはこの適当な宿に長く泊まる必要も無い。

 依頼の目的地は、魔人と人間の大戦以来人間種と中立を維持する獣人種領であった。
 人間種は長い間、魔人と呼ばれる種族と戦いを続けている。今は休戦状態にあるが、百年程前には血で血を洗うような凄惨な争いを繰り広げていた。
 その中で獣人は人間と魔人のどちらにもつかないという中立の立場であったが、大陸全土を巻き込んだ大戦の中、部族毎に各陣営へと分散していった。
 と言っても、十数ある部族のうち人間に味方したのは狼人族という狼を宿した獣人のみだった。
 そんな獣人が人間に依頼を出す。それがどれだけ逼迫した状況であるかは伺える。むしろだからこそ冒険者として正式登録されていないこのパーティに白羽の矢が経ったのであろう。

 準備らしい準備もないアルマは指定された時間通り、傭兵都市の|門《ゲート》の元へと歩いていた。
「せっかく傭兵都市に来たのに、もう出て行くのか・・・・・・」
 と漏らしつつ、パーティの面々を待つ。

 バンディは時間ピッタリに、ガルベスは五分遅れて、ジンは二十分も遅れてきた。
 その姿にバンディは「また遅れてきたよ」と言い、それに対しジンは申し訳なさそうに「すいません」と謝罪した。
 また、という発言からジンは遅刻癖のある男なのだろう。だがこのメンバーで仕事をするのはこれで最後になるということも大いにありえるため、アルマはあまり深く関わらないように努めた。
「昨日はよく寝れたか?」
 そう思った矢先バンディはアルマに話しかける。
「まあまあかな。だか今までの遠出は傭兵都市が最長だから、少しワクワクはしているよ」
「そうか、それならよかった!」
 嬉しそうに言うバンディは、「さあ」と告げ、獣人種領への馬車に乗り込んだ。
 アルマもそれについて行き、馬車へと乗り込む。

 依頼の詳細はついてからで、とのことだったので、目的地は獣都ということ以外のことを知るメンバーはいなかった。
 それこそその程度の情報でさえ依頼をできるパーティだということだ。

 獣人種領までの道程は片道三日ほど。領土境で、依頼人と合流らしいのだが、それこそ今回は何か物資を運ぶなどではなく、ただ空のキャラバンを借り受け、目的地まで向かうという形であるので、盗賊に狙われるということもなかった。



 獣人種領の匂いを感じ始めたのは二日目の後半くらいからであった。目的の獣人種領の都市はカルチ山岳地帯と呼ばれる山岳地帯に存在しているため、近づくにつれだんだんと気温が下がり始め、道端にでかでかと転がるごつごつとした岩が多くなってきていた。
 そして三日すれば「ここから先獣人種領」と書かれている小さな立て札を見つけた。キャラバンはここまでで、報酬を支払い、血印が押された領収書をジンが受け取る。
「なんでえ、誰もいねえじゃねえか。本当に来るんだろうなあ」
 と漏らすガルベスは少し苛立っているように見える。
「まあそれこそ依頼を出したことすら隠したいはずなんだ。狼人族が滅亡した今、残った獣人種は全て大戦で敵に回った奴らなんだから」
「そうですね。キャラバンにはここに来たことへの口止め料も払ってる訳ですし」

 依頼は傭兵都市から比較的遠い|迷宮《ダンジョン》で怪しい男から受けたらしく、この依頼自体保証できるものではなかった。しかしそんな依頼しか受けることが出来ないのだ。バンディたちは各自の事情により、冒険者として正式登録はされていないから。

 立ち尽くして待っても仕方ないので、バンディはバックパックからいくつかの薪を取り出し、ジンに声をかける。するとジンはいくらかの詠唱をし、薪に火をつけた。
 バンディとジンはバックパックから比較的大きめの布を取り出し、腰に引き、地面に座り込む。
 ガルベスは舌打ちをして、どさっと直に地面に座った。

 アルマは|紅魔眼《マジックセンス》を使い、辺りの状況を見張る。すると遠くの岩場の裏にこそこそと動く魔力を見つけた。アルマは腰に指していたダガーナイフを取り出し、その岩場目掛けて一直線にダガーを投げる。
 突然武器を取りだしたアルマの動向を伺っていた三人はその達人並のナイフ捌きに驚き、ダガーを目で追う。さすがに岩場である為にナイフが突き刺さると言ったほどでもないが、金属がぶつけられた岩はカツーンと甲高い音をならした。

 ビクッと魔力が震えたように見えたアルマは|紅魔眼《マジックセンス》を解除し、その裏から何が出てくるか見守る。
 少し待てば両手をあげた状態の何者かがそこから姿を現した。
「なんでわかった?」
 鉄球を構え、警戒するガルベスにバンディが代わりに答える。
「|固有特殊技能保有者《ユニークスキルホルダー》だ。アルマは魔力を可視化できる」
「索敵能力か。|迷宮《ダンジョン》探索には使えそうな能力じゃねえか」
「だろ?」
 そんなことを話している二人を横目にアルマは声を上げる。
「誰だ!」
 そいつは手を挙げたまま、「多分あなたたちにに依頼した者です!」と答える。
「だとよ?」
「アルマはそのままナイフ構えた状態で待っててくれ。ゆっくり近づいてこい! もし不審な行動をしたら容赦はしない!」
 怯えながらゆっくりと近づいてくる男はもう一度大きな声を上げる。
「前あなたたちに|迷宮《ダンジョン》の近くで依頼した者です!」
 そう必死に答えるが、取り敢えずナイフを構えたままそいつが近づいてくるのを待った。

 フードを被ったそいつが近接戦闘の範囲内に入ったところで、近寄らせるのを止め、フードを脱ぐように指示する。
するとそのフードからはまるで狼が二足歩行をしているのでは? と思わせる姿の、そう獣人種がいた。
 凛と立つ耳に鮮やかなシルバーの毛並み。薄らと濁る黄金の瞳。その姿はまるで滅んだと聞いた狼人族にそっくりであった。
 それに驚いたガルベスは咄嗟に尋ねる。
「狼人族は大戦で滅ぼされたはずじゃ?」
 その男は悲しそうな瞳で答える。
「私の部族は狼犬族。ウルフドッグと呼ばれる狼と犬のハーフの種族です」
「だからそんなに狼に似てんのか」
「は、はい。ところでもう手は下げてもいいですか? ちょっと痺れが」
 にやりとしながらガルベスはバンディの指示を待つ。
「ああ、すまなかったな。いいぞ。アルマも武器を下げてくれ」
 そう言われた男は毛むくじゃらで、鋭い爪を持った手をゆっくりと下げた。アルマもダガーナイフを下げる。

「まずはここまでありがとうございます」
 深々と頭を下げる男にバンディは「顔を上げてくれ」と頼む。
「ありがとうございます。私の名前はリアム。狼犬族のリアム。我等獣人種の危機を救っていただきたく、依頼させていただきました――」

 立ち話もなんだからという理由で、焚火の周りに座った皆は真剣な眼差しでリアムの話を聞いていた。

 かつて獣人種を統治していた部族は狼人族であり、その力とカリスマから長い同一種族の統治に文句を言う者は誰一人言わなかった。しかしその狼人族が滅亡した後はリアム達、狼犬族が獣人種の統治を引き継いだが、純粋な狼の血が途絶えた今、狼犬族の狼の力も弱まってきていると。そして昨今の統治は獅人族と虎人族の二大種族が代わる代わる行っているが、その争いは年々激化し、戦争をしていないのに戦時中のように国は疲弊しきっている状況であるという。
「そんな身内の話、俺たちがどうしたらいいってんだよ!」
 ガルベスが的を射ない依頼内容に痺れを切らし、怒鳴り声を上げた。
「五月蠅い。まだ話の途中だから静かにしてろよ」
 目線も合わせずに、静かに吐き捨てるアルマの言葉にガルベスは怒りを露にし、アルマの胸倉を掴んだ。
「このクソガキがっ。黙って聞いてりゃぐちぐちと文句を言いてぇなら面と向かって言いやがれ!」
 身長の差もあって、あと少し持ち上げられれば足が地面から離れてしまうだろうという状況でありながら、アルマは冷静に応える。
「ガキはどっちだ。まだリアムの話の途中だ。もし文句を言いたいなら全部聞いてから言いやがれ」
 その様子を見たバンディは溜め息をつきながら立ち上がり、二人の間に割って入った。
「おい、ガルベス。今のはアルマのが正しい。大人なんだからもう許してやれよ」
「ちっ。お前が連れてきたお荷物はちゃんとお前が見張ってろよ」
 睨みを利かせて言うその姿はまるで敵のようで、本当にこの四人がパーティか疑いたくなる程であった。
「悪いなアルマ」
 と肩を叩くバンディの背中をアルマはぽんと支えた。バンディは子供のくせにとは言わないが、その仕草にぷっと吹き出し、リアムに続きを話すように促した。

「それであなた達には狼犬族に扮して、王権杯という王権を奪い合う試合に出場していただきたいのです」
「なっ。だとしても俺たちはリアムみたいな毛深い腕も、耳も、尻尾もないぞ?」
 バンディは聞く。それに対してはジンが補足した。
「リアムは獣人の中でも|獣型《ビーストイド》と呼ばれる原初の獣に近いタイプですよね?」
「はい、そうです。獣人種は部族などの前にまず二種の|型《タイプ》に分けられます。私のように獣に近い見た目の|獣型《ビーストイド》と、人の姿に耳や尻尾などの獣の特徴的な部位を生やしたような見た目の|人型《ヒューマノイド》。それなので皆さんの見た目は変化の術で充分どうにかなります」
「はぁ!? 俺にそんな耳を付けろってか?」
 そう言うのはもちろんガルベスだ。
「依頼だぞ。諦めろ」
「ですねぇ」
 とバンディとジンに諭され、ガルベスは静かになる。

「私は変化の術は扱えませんが、協力者の狐人族の者に変化の術のための陣を貰ってきました」
 そう言ってリアムは四人の頭の上に、陣の描かれた葉を乗せた。
「魔力自体扱えないので発現自体は皆さんがお願いいたします」
 微力な魔力を有していながらも、それを一切扱うことのできない種族。それが獣人種であった。しかし稀に、それこそこの変化の術の陣を刻んだ狐人族のように魔力を扱える者が産まれることもあるらしい。

 そして四人ともその葉に魔力を流し込むと、その葉がパッとはじけ、気付くと狼のような耳と尻尾が四人には生えていた。
 互いに変化した姿を見て、ひとしきり笑い合った後にリアムと共に多くの獣人が住む都市、獣都ヴァルグランドを目指す。
「それでは皆さんよろしくお願いします」
 と、リアムは全員に等しく握手をして回る。

 そしてアルマと握手した瞬間、アルマの頭に強烈な頭痛が走った。
「ぐっ」
 堪え切れず、頭を抑えたアルマを皆心配して近寄ってくる。
「お前、その目……。魔力を見るやつか?」
――魔力が可視化されている。
 リアムに触れた瞬間|紅魔眼《マジックセンス》が勝手に発現したというのだろうか。暗い視界の中でゆらゆらと揺れる魔力が見えている中、ガルベスがアルマの目について言及する。
「黄色っぽい灰色に濁った白目で、瞳には赤の魔方陣て、リアムの目にそっくりじゃねえか」
 リアムの瞳はそれこそ獣にそっくりであるために、黒めが大きく、視線をずらさない限り白目が見えないような形になっている。白目が色に染まるアルマの|紅魔眼《マジックセンス》はまるでそのリアムの目にそっくりであると、ガルベスは言う。
「そうですね。かつての狼人族の瞳は魔力を見ていたという逸話もあります。その能力ゆえに相手の動きを先読みし、近接戦闘を繰り広げていたと。それこそ獣人の名立たる戦士は嗅覚によって魔力を感知し、狼人族の先見のような戦闘を行います」
 予知とまではいかないが動きを先読みして戦う種族。獣人種。リアムのその言葉に戦闘好きのガルベスは「楽しみになってきたじゃねえか!」と鼻を鳴らす。
「大丈夫か?」
 ここにきてバンディがやっと心配の声を掛ける。
「ああ、痛みは一瞬だった」
 と|紅魔眼《マジックセンス》を解除しながら応えた。
「そうかそれならよかったが、なんか違和感があったらすぐに教えてくれ」
「ああ。すまない。心配かけた。向かうとしよう。リアム案内よろしく頼む」
「はい。任せてください!」



 こうして四人はリアムの案内の元、獣都ヴァルグランドへの道、カルチ山岳地帯へ足を踏み入れた。



 カルチ山岳地帯は険しい。起源を獣に持つ獣人に山道は必要ない。それどころかわざわざ人間種領へと向かう者もいないため、人間種領からカルチ山岳地帯に入るとそれは荒れに荒れた道しかなかった。しかも進めば進む程、空気は薄くなるし、気温は低くなるしで、慣れない四人の体力をみるみるうちに奪っていった。
「はぁはぁ……。これいつになったら着くんだ?」
 最初に漏らしたのはバンディだった。バンディに体力がないわけではない。大剣に直剣を持ち、金属鎧を身に纏ったバンディの装備重量はゆうに五十キロを超えているだろう。そんななかもう四時間近く休憩なしで歩いたのだから、バンディは休みを求める権利がある。
 しかし苦しそうに息を吐くバンディの頭の上に乗る狼の耳がなんだか可笑しかったのも事実だ。
「すいません。私のペースで歩いていました。少し休憩を取りましょうか?」
「いや、あとどのくらいでつくか教えてくれ」
「今のペースだと二時間かかるかどうかって感じでしょうか」
 バンディは大きく息を吸い、決意の眼差しで「行くぞ」と皆を鼓舞するように言った。ジンは炎属性の魔法を使いながらうまく歩いていたので、疲労はそこまでではないらしく元気だ。ガルベスもバンディに対抗心を燃やし、何十キロあるかわからない鉄球を担いだ。
 それに対しアルマは――。

 一切の息切れを起こしていなかった。

 体力があるわけではない。原理はどちらかというとリアムに似ているだろう。呼吸法と、巧みな足運び、ルート選択を上手く行い使う体力を最小限に抑えていたのだ。それこそこの道を歩き慣れているような足取りで。



 リアムの言う通り、一時間半ほどで山の上に建つ王国、獣都ヴァルグランドへ辿り着いた。見えるのは何メートルあるかわからない巨大な樹の丸太で組まれた|門《ゲート》だった。
「これが獣都……」
 そう漏らしたのはアルマであった。人とはまるで違う文化を持った国の建築に見惚れ、先ほどまで感じていた疲れなんて忘れ、その|門《ゲート》をまじまじと見つめた。
「俺も来るのは初めてだ」
 と、頑張ったなと言わんばかりにバンディはアルマの頭の上に手を乗せた。皆が吐く息は、口から蒸気を出しているのではと思う程に白い。周りには多く樹があるがその樹の上には薄っすらと雪が積もっている。
「寒いですねぇ。雪なんて久しぶりに見ましたよ」
 と言いながら、自らの周りに火を漂わせているジンは、なんだかムカつく。

 レンガや石材ではなく、土や木や岩で組まれたそれらは人が創りしものであるというのに、どこか自然と同じような畏怖を覚える。
 ゆっくりと開く|門《ゲート》を潜るとそこには獣都ヴァルグランドがあった。
 木の上に建てられたツリーハウスを行き来するために、不安定そうな橋が上空にかかっていたり、洞穴の中から橙の暖かい光が漏れ出していたり、普通の小屋のようなものが地面の上で点在していたりと、上下関係なしに様々な建築が入り混じっていた。
 それこそ獣人種という種族の中にある部族ごとの個性というのが表れているのだろう。
 そんな中でリアムがメインストリートと呼んだ道を行くと、比較的大きめの屋敷が現れる。そこが狼犬族の拠点であるらしい。装飾には狩ったであろう魔物の骨がふんだんに使われており、これだけ腰の低いリアムも一応狼の血を引くものなのだと再認識する。

「どうぞ、こちらが私たち狼犬族のハウスです。比較的皆さんの文化にあった家ではあると思いますが、何か不都合があればすぐ言ってください」
 そういったリアムは取り敢えずアルマたちを部屋へ案内した。
 開かれた扉の先には四つのベッドといくつかの調度品が規則正しく並べられた部屋があった。恐らく全てカルチ山岳地帯で取れる木材を利用したものらしく、松明に照らされた木の暖かな雰囲気を感じることのできる部屋であった。
「うお、ベッドはふかふかだぞ!」
 嬉しそうに言うガルベスにリアムは説明する。
「ベッドは羊人族の羊毛と鳥人族の羽毛を利用しているので、かなり寝心地はいいはずですよ」
「おう! 傭兵都市のベッドに慣れてるから最高だ!」
 がっはっはと笑うガルベスを横目に、アルマはベッドを静かに撫で、リアムたちがかつて王権を握っていたことを思い出した。

 気さくに笑っているリアムだが、種族の違う彼らに狼のみを求められることはとても屈辱的であっただろうし、だんだんと力を失っていく自分たちをどうしようもできないのも悔しかったであろう。王権を握れなくなった今でさえも、獣人のことを思い、敵であったはずの人間に依頼を出すことの、悔しさやみじめな思いは測り知れない。
 薄らとそれを感じ取ったアルマは密かに自らのこぶしを固く握った。

「依頼については明日改めて説明しますので、今日はこの獣都を楽しんでいってください! まあ人間だってばれないように節度を持ってですけど」
 そういったリアムの案内の元、四人は様々な部族の拠点を回り、観光を楽しんだのち、猿人族の酒場へと足を運んだ。

「この酒場いいんですよ。猿酒っていう岩のくぼみで果実などを自然発酵させて作ったおいしい酒が飲めるんです」
 嬉しそうに言うリアムは四人を卓へと促し、最後に着席した。メニューを取り、四人分の猿酒と桃のジュース、酒のつまみになりそうなものを二、三品頼んでくれた。
「猿酒か! 初めて聞いたな楽しみだ!」
 酒好きのガルベスは先程から観光が楽しいようで上機嫌だ。ジンも同様にわくわくと獣人たちが卓を囲む酒場を見渡している。
 バンディはやはり疲れていたらしく、受け取ったおしぼりを顔に乗せ、椅子の上でぐだりと項垂れている。
「リアムはよくこの店に来るのか?」
 そう尋ねたアルマの言葉にリアムは薄らと表情に影を落とす。しかしすぐ持ち直し、答える。
「いやあお祝いごとの時とかは来ますけど、毎日飲むってわけじゃあないですよ!」
「金がないのか? それとも一緒に飲む奴が……」
 そう言いかけた時、卓には五つのジョッキが持ってこられた。
「さ、さあ皆さん乾杯しましょう!」
 ジョッキを持ったリアムの「乾杯!」の掛け声でバンディ、ガルベス、ジンの三人は元気にジョッキを打ち付けあった。リアムのあわて方に不信感を抱いたアルマは、場の空気に合わせる者の、ジョッキを上げるだけで済ます。

 ちょうど四人が一杯目を飲み乾したあたりで、こちらをちらちらと見ていた大男が歩いてきた。アルマはその視線に大分前から気づいており、その男がリアムを見ていたということも知っていた。
「よう、リアムじゃねえか。成れ果てがここで何してる? さっさとプライド捨てて犬人族に匿ってもらえばいいものがよ!」
 と盛大にリアムの椅子を蹴り飛ばしたのは虎人族の男だった。取り巻きと思われる他の虎人族の者たちにアルマたちは囲まれ、その顔をじろじろと覗き見られる。
「犬の仲間を連れて、まだ狼人族の真似事か!?」
 一匹の|ネコ《・・》がガルベスの肩に軽々しく手をのっけた瞬間だった。凄まじい勢いの殴打によって身長二メートルを優に超える大男が後方へ吹き飛ばされたのは。
「てめえ人が気持ちよく酒を飲んでいるときに何邪魔してんだア!?」
 傭兵だ。どれだけ文句を垂れようと、どれだけ上機嫌で酒を飲もうと、どれだけ仮装紛いな犬耳をつけていようと、ガルベスは傭兵でチンピラだった。
 |獣型《ビーストイド》の虎人族の男はその虎の鼻先から血を流しながら立ち上がる。
「黒の縞模様も飽きたろ? 赤い縞模様つけてやるよ!」
 ガルベスの殴打から、一気にヒートアップしたバンディも近くにいた虎人族の男を殴り飛ばす。ジンは薄ら笑いを浮かべながらなんとか虎人族の攻撃を避け続ける。
 アルマはそんなことを気にせずに、ジョッキに入ったジュースを飲みながらつまみをつまんでいた。

 その時だった。
「そこまで!」
 凄まじい|圧力《プレッシャー》が乗せられた声によって、一気に酒場は静まり返る。その声の主は蹴り飛ばされたリアムを支えながら立っている。
 黄金の鬣に、ギラリとした黒の眼。ちらりとのぞく牙はアルマの短剣のような鋭さを持っている。しかしその肌は人の肌であり、声とは裏腹に表情は優しい印象を受ける。
「|人型《ヒューマノイド》の獅子」
「レオンだ」
「獅子王……」
 そんな声が酒場のいたるところから上がる。
「くだらないことで人の誇りを踏みにじるな!」
 次の言葉はアルマには何の|圧力《プレッシャー》も感じないが、アルマたちに絡んできていた虎人族は震えている。
――人を選んで|圧力《プレッシャー》を放っているのか?
 その言葉に震えあがった虎人族は逃げ出すように、その場から走り出し、酒場に一時の平穏が訪れた。
 ガルベスやバンディは意外にも無傷で、血に濡れた手をおしぼりで拭きながら自らの椅子の位置を直す。
 そして椅子の位置を直したアルマたちの卓に、もう一脚椅子を追加し、そこにその獅人族は座る。
「悪かったな、リアム」
「いえいえレオンさん、そんな」
 そしてその男はアルマたちに視線を移し、口を開く。
「あまり見ない顔だな。初めましてか。俺はレオン。獅人族のレオンだ」

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:12:37

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