目覚める獣、もう一人の誰か

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前話


本編

 ロードはこの対戦カードを強く望んでいたと言わんばかりの瞳で、訓練場のフィールドへと歩を進める。

 アルマ自身この勝ち星の数から、既に合格は確信しており、この対戦に対し、気を入れる必要もないのだが、パーフェクト白星という名誉と成長したであろう勇者と剣を交わえることに喜びを感じ、その拳を固く結ぶ。

「アルマ、ロード! 試合開始!」

 審判のその声によって切って落とされた戦いの火蓋は、観客すらも飲み込み、巨大な熱となりうねり始める。

 最初に動いたのはロードだった。
 圧倒的な技を持つアルマに対し、ゆっくりと自然に剣を抜き、それをきつく両手で握る。最大の警戒を以て、アルマの動きに備えるロードを見て、いつもの通りアルマは相手を小馬鹿にするように、わざとロードではなくロードの剣を狙って|投擲短剣《スローイングナイフ》をぶつける。

「お前と全力で戦いたいとも思ったが、そこまでガチガチにされるとこっちもやりにくいって言うかさ? たかが試験だぜ? もう少しさ緩くやってもいいんじゃないの?」

「君に僕の何がわかるというんだ?」

 その言葉には今までの少し抜けた勇者とは明らかに違う黒い何かがあった。

 アルマに対する純粋な敵意と言おうか。それは戦いを一興と考えているアルマでも理解出来るものがあった。

 憎悪。憎くて、憎くて、憎くて、殺したい。そんな気迫がロードからは感じられた。

「君がそこまでやる気がないと言うなら、僕の最大を以て君を滅ぼそう」

 そう言ったロードは剣を地面に突き刺し、魔力を流し込む。その膨大な魔力量は先ほどの試合で使っていた三光斬とはけた違いで、ロードの直剣にはめ込まれた玉はその魔力に感応し、光り輝き始める。

「聖剣よ――」

 |太陽の騎士《ソルブースト》のようで似て非なるもの。これこそ多くの英雄が手にした剣、聖剣。勇者のみに与えられ、勇者のみが扱えるこの剣は退魔の光を以て、魔を滅ぼす。

 剣をもう一度固く握りしめたロードは今一度、アルマへ肉薄する。大きな弧を描いて振るわれた剣は、その大振り具合とは釣り合わない速度でアルマの首元へ接近する。

 瞬時に鎌鼬の身体強化を使うことでそれを回避したアルマは、その速さのままロードの顔面目掛けて殴打を行うが、一切の手応えが感じられない。当たったはずだったというのにロードはその拳に動じなかったのだ。

「聖剣が強化するのは剣のみならず、だ!」

 強烈にぶつかったアルマの拳を見ながら、にやりと笑う不動のロードはその剣の刃をわざわざ振り下ろすことは時間の無駄だということを承知したうえで、柄による殴打を行う。的確にみぞおちを狙ったそれはアルマに防ぐ隙すらも与えずに腹部へ強烈に食い込んだ。

 文字通り強烈な一撃は一瞬アルマの意識を途絶えさせかけるが、アルマは何とかそれを耐え抜き、聖剣に匹敵する魔法を発現する。

「|大いなる太陽の女神よ。我、主の力の元、悪しき魔を滅ぼさん。太陽よ、闇を掻き消す聖なる光よ。我に黄金なる紅き力を与えたまえ《ソレイユ・グラン・レーヴァティン》」
 アルマの手には橙の光が燃え盛る火炎の如く吹き荒れる剣、レーヴァテインが握られている。

 その神々しさに多くの生徒は身震いし、恐怖する。そのうちこの試験を取り仕切っている何人かの聖騎士のみがこの魔法の真の価値を知り、驚きに驚いていた。

「さあ二回戦だ」

 |聖剣《エクスカリバー》と|女神の剣《レーヴァテイン》の対決。本来両方とも光の加護を受けた人間の、魔を滅ぼすための剣だ。しかし因縁とも言える二人の間には中途半端に試合としてこの勝負を終わらせるなんて言う選択肢はなかった。

「はぁああああ!」

 雄叫びと共に振るわれる聖剣は光を封じ込めた剣で、女神の剣の火炎をものともしない。しかし魔力操作という巧みな技術を会得しているアルマはその魔力の加減によってこの火炎を操作することが出来た。

 鍔迫り合いになった瞬間に炎を煌々と燃え上がらせ、光の炎によってロードを灼く。灼き尽す。

 流石の聖剣を以てしても、|女神の剣《レーヴァテイン》の炎に耐えることはできず、肌を露出している部分に軽度のやけどを負う。

 しかし多少の怪我をしたところでそのリズムが壊れるはずもなく、強打によってアルマに隙を作り、一瞬で回復術を施した。アルマとてその回復をただ見ているだけではなく、新たな妨害と言う手段でロードへ迫る。

 アルマは|女神の剣《レーヴァテイン》を持っていながらも他の魔物特徴による攻撃が行える。|聖剣《エクスカリバー》と言う強力な魔法を目の前にして、アルマは力の出し惜しみをするつもりはなかった。

 凄まじい速さで繰り出された風刃はロードの剣を弾き、ロードの鎧に対し、盛大な傷を作って見せた。



 その瞬間だった。|紅魔眼《マジックセンス》を発現しているからこそ気付く、背後から絶大な膨れ上がる魔力を。アルマはその以上に対応するべく、|女神の剣《レーヴァテイン》の消失を気にせず最大魔力で剣を振り抜く。

 その後、魔力を感じた方向を振り向くが既に遅く、アルマの腹部に何かが突き刺さるような感覚が襲う。物理的ではなく魔術的な感覚であったがために、その何かはアルマが確認する前に消え去ってしまう。

「魔力が安定しない――!」

 魔力を感知したのはアルマのクラス、地方部の生徒が集まっているところであった。それに愕然としながら、膝を追ったアルマの背後に近づく影があった。

「魔力切れなんて初歩的な……。覚悟しろアルマ!」

 |聖剣《エクスカリバー》を遥か高く掲げ、魔力を集中させていく。放たれている光の波動は熱く厚くなっていき、必殺を感じさせる。

 ――魔力が維持できないせいで、身体が思うように動かねえ! 死ぬ!

 ロードは思い切り剣を振り下ろした。地面が大きく抉れ、砕かれ訓練場を覆い隠す程の砂塵が舞う。その中心で黄金の光が絶えることなく爆発している。



 しかしロードの剣が振り下ろされる瞬間、アルマはサイレンスを発現し、その攻撃を躱させた。サイレンスの移動により直撃を回避し、サイレンスの闇の魔法によって光波を中和したためほぼ無傷で躱すことが出来た。

「そんな簡単に倒れる男ではないか。まだだ、まだやってやるぞ!」

 ロードは疲弊した体を引きずるように動かし、光が鈍くなった|聖剣《エクスカリバー》を掲げる。

 |女神の剣《レーヴァテイン》の黄金紅炎を使ったことで魔力形成されていた剣は消失している。ロードはそれをしたうえで未だに|聖剣《エクスカリバー》を維持しているのだから、その実力は勇者足り得るだろう。しかし届かなかった、アルマには。

「もうやめろ、ロード。それ以上は気絶じゃすまなくなるぞ」

 ロードはその言葉が聞こえていないのか、未だ剣を振るおうとする。

「まだ俺はこんなところで! 絶対にお前を倒すまで!」

 なにか異様な執念がロードを動かしているような、そんな感覚に陥る程にロードの表情は狂気に満ち溢れているように見えた。

 そしてアルマがもう一度声を掛けようとした瞬間、ロードの辺りに何かが飛来し、大きな土煙を立てた後、その土煙から何かが吐き出された。

 顔は無残につぶれ、鎧はボロボロになっているそれはロードだった。魔力の感覚が戻り始めているため、|紅魔眼《マジックセンス》によって息があることは確認できたが、虫の息である。

「なにっ!?」

 その土煙が晴れるとそこには見覚えのある黒衣。だが魔力は違う。それでもアルマはその者が何者であるか理解できた。魔力の強大さ、負の|覇気《オーラ》と言おうか、禍々しい何かを纏ったような人物――アスレハに似たその者は魔人種。



 会場中が意図しない出来事に騒然とする中、瀕死状態のロードにサイレンスを向かわせる。ここでロードを死なせるわけにはいかない。

 アルマは体内を巡る魔力の回転率を強制的に上昇させることで、麻痺毒を克服し、しっかりとした足取りで前へ進み、現れた魔人の前に立った。

 魔人は禍々しき|覇気《オーラ》を纏いながら、それを呼気として吐き出すように言葉を放つ。

「お前の能力のそれは知っている。我等に加担するというのなら命は取らない。どうする?」

 魔人の一言一言は瘴気を纏った鉛玉のように、身体を貫いていく。その圧力はすさまじく、訓練場にいる弱いものは震えが止まらない。しかしアルマだけは違った。微かに魔人の声音の奥に小さな震えを感じ取っていたアルマは、それがなぜかということにもすぐ気づく。

 こいつは大したことない。

 アスレハと剣を交え、互角に争い撤退させたアルマにとって魔人種の一兵士なんてものは取るに足らない存在である。そうアルマに思われていることをこの魔人は知っているのだろう。なぜならアルマは魔人種の勇者である使徒と渡り合った人間種なのだから。

 そしてその言葉に対し、自らの決意と共にアルマはその魔人種だけでなく、他の王国軍の者に伝えるように告げる。

「俺の名前はアルマ! 人間族王国軍選抜部隊の一員になる男だ!」
「その発言、やはり交渉の余地なしか。それではまずお前からやってやろう」

 その魔人は剣を引き抜き、アルマの元へ駆けだした。魔人とアルマの間にサイレンスを隔てることでアルマは数秒の隙を素暮らせる。その直後、|疾風迅雷《アクセルウインド》によりバロンの元へ赴き、訓練場のフィールドを結界で覆うことを指示する。

 下手したら観客席の方向へ魔法が流れて行ってしまうかもしれない。流れ弾で誰かが死ぬなんてことは絶対に避けなければならない。バロンはその指示を受け入れ、すぐ行動に取り掛かろうとしつつ、一言「やってやれ」とアルマに呟いた。

 アルマは返事をせずにフィールドへ戻るが、その顔には笑みが浮かんでいた。



 アルマはサイレンスを|紅砲剣《エクスタシス》へと戻し、既に多くの装備は足元に置いてあり、鞘に納めた紅砲剣すらも地面に投げ捨てる。

「ここは人が多すぎる。大きな被害が出る前にお前は死んでもらう。最初から全力で行かせてもらうぞ!」

 アルマはそう告げた後、風刃によって砂塵を巻き上げる。

「六十パーセント。 独立魔力開放」

 |紅魔眼《マジックセンス》で見た魔力量、震えた声。それによってこの魔人がアスレハより弱いものだということはわかっていた。しかしだからと言って、力を抜けばどんな被害が出るかわからない。そのためアルマは最大の力で迅速にこの場を収集する必要があった。

 魔人は変化したアルマの姿を見て、まるで汚物を見るような目で蔑み、嘲笑する。

「獣のような姿に成り果ててまで力を望むか。やはり人間とは愚かな種族!」

 アルマはその言葉を無視し、湧き上がる殺意と戦闘に対する高揚感を乗せ、言い放つ。魔人が行ったように圧力を言葉に乗せ咆哮する。

 魔人は剣を軽々と、ピエロがジャグリングをするように弄んでいたが、アルマの咆哮はそれを風圧で吹き飛ばしてしまう。

【もう、俺の前で仲間は傷つけさせない……】

 人ではありえない、白銀の耳と尻尾が発現し、アスレハとの戦いで白く染まった髪の毛と共に見る見るうちに黒くなっていく。それは全てを食らい尽くす狼が敵としてみなした証拠。

 先ほどは声に震えを見せていた魔人はその姿を見て、薄ら笑いを浮かべる。武器を持っているアルマが怖かったのか、わからない。ただでさえ下に見ている人間が獣の姿に近づいたからであろうか。

「恰好つけたことを言って勝利宣言か?」
【仲間を守るためなら、人間捨ててやるって言ってるんだ!】

 アルマはもう一度の咆哮と共に地面を蹴りあげ、魔人に肉薄した。魔人はその速さに驚き、一瞬の対応に遅れ、馬鹿にしていた獣の力をとくと知ることになる。身体強化によって強靭になった筋肉からはじき出された拳は、魔人の鼻を砕き、前歯を折り、脳に甚大なダメージを齎した。

 拳によって吹き飛ばされた魔人は地面を転がり、動かなくなるが、すぐさま魔人の転がっている地面の上に、魔方陣が構築され、魔人の傷が癒されていく。

【ちっ。三位一体の自動防御に似た技か】

 と、魔人の自動回復を確認したアルマは、それなら魔法が使えなければ回復することもできないだろうと考える。簡単な話、相手の魔力を枯渇させてしまえばいいのだ。

 未だ回復が回り切っていないのか、魔人はけだるそうに立ち上がる。しかし今の一撃で多少の恐怖を思い出したのか詠唱を始める。

「使徒でなくとも、私とて魔人、鴉ノ王の加護は受けているのだから!」

 羽織っていた上着を脱ぎ、右肩に刻まれた紋様を露にした魔人は新たな形態を姿にする。アスレハも似たような技を使っていたが、変化後の紋様の大きさがそれほどではないことから、この魔人は本当にアスレハより弱い立場の者なのだとアルマは察する。

 その事実がアルマの魔人に対して抱いていた不安を拭い去り、それと同時に圧倒的な勝利への確信を感じ、アルマの底から力を湧き上がらせる。

 もちろん魔人も魔法によって強化されているはずだが――【弱いな】

 アルマが魔力を載せて放った咆哮は空気の振動によって増幅していき、土を抉り、風を巻き起こし、魔人の腹部に到達した瞬間、その風圧によって魔人の腹部の内臓を砕いた。魔人は突如と訪れた激痛に、驚嘆し、声の代わりに血を吐き出した。

 そして再度、魔人の足元に魔方陣が浮かび上がるが、アルマは瞬時に魔人へ肉薄し、顔を覆うように頭を左腕でわしづかみにする。意識を集中させ、|大喰手《ビックイーター》を能動的に発現する。

 初めて人に使う|魔喰《ソウルイーター》は異常なほどの高揚感を得られた。左腕を通し、魔力が多く流れ込んでくる感覚は、力が溢れてくるそれと似たようなもので、一種の快楽に等しかった。

 心臓が熱くなり、鼓動が強く、魔人を掴んでいる左腕の力がどんどんと強くなっていく。

【ア、ガ……】

 睡眠薬を飲んだ直後のような睡魔に襲われたアルマは、ゆっくりと自らの意識を手放した。



 アルマが魔人を左腕で鷲掴みした時点でもう勝敗は決したと言っても過言ではなかった。しかしアルマがそれで止まることはなかった。獣の姿をしているアルマはもう一度強大な雄叫びを上げ、魔人を地面に強く叩きつけた。酷く土が抉れるほどの勢いで。何度も、何度も、何度も。

 アルマと同じくらいの身体の大きさである魔人を片手で軽々と持ち上げ、地面へ叩きつけ、凄まじい速さで放り投げ、転がった魔人にまた駆け寄り、地面へと叩きつける。腕や脚なんてものはとっくに吹き飛ばされていた。

 紫色の血で染まったアルマの色白の肌は、鬼のようで、獣の様で――魔物の様だった。

 アルマが動きを止めたのは魔人が、魔人の姿が、子供が転がしている毬の様になったのと同じくらいであった。

 それと共に聖騎士の結界が解かれ、多くの聖騎士がバロンに率いられ、訓練場へと流れ込んでいく。彼らの剣の先には動かなくなったアルマの姿があった。



 最初に感じたのは目を突き刺すような明るさで、次に高熱を出した次の日のような気怠さだった。力を入れようとしても布団の温かみに逃げようとする腕に喝を入れ、アルマはなんとか身体を持ち上げた。そしてアルマは一つの違和感に気付く。

 左腕が完全に戻っていない。左腕のところどころにはあの狼のような毛が生え、人差し指と薬指、小指の爪が狼の指の様にごつごつと鋭いそれになっている。

 前の後遺症は髪の毛だった。サイレンスの様に白い毛で、敵意、殺意が現れると黒く変色する髪の毛。

 明らかにアルマの身体は魔物として侵食されてきていた。自分から人の姿なんて捨ててやると言ったもののその左腕は酷く醜かった。

 アルマはその腕を見つめながら、戦っていた時を思い出していると勢いよく病室の扉が開けられた。

「俺が病室で目を覚ますと一番に来なきゃならないって命令でもあるのか?」

 そこには普段よりしっかりとした装備をしたバロンがいた。

「なんだか、俺は運があるみたいだ!」

 バロンはその大きな口で、大きな声で笑いながら病室に入ってくる」

「まあ目が覚めたみたいでよかったよ。あれがあの使徒を倒したって言う力か?」

 さっきとは裏腹に真剣な眼差しでバロンは問う。

「ああ、あれのお陰でランスとサリナを救えた。だが見ての通り回を重ねるごとに俺が俺でなくなっていくみたいだよ」

 はははと口では笑いながらアルマは続ける。

「俺は途中から意識が無いんだよ。魔人を左腕で捕まえた辺りからさ。まあバロンが顔を出してくるくらいだし、後は聖騎士たちが撃退してくれたんだよな?」

 アルマは左腕の残った毛を触りながら呟く。アルマは戦闘時の記憶を半分ほど覚えていなかった。思い出せなかった。もっと正確に言えば知らなかったなのかもしれない。そう言えるほどにアルマの頭にはあの時の記憶がなかった。

「撃退じゃない……。お前が殺したんだ。人の形が残らない程に。魔法やなんらかのスキルではなく、叩きつけや殴打という物理的攻撃によってな。今、医療班が魔人の解析と銘打って解剖を行っているが、原型どころの話しじゃないそうだ。脳に肋骨が刺さっていたり、目玉が腹部から発見されたりしたんだ。それも形を残してではなく、断片的にな。正直に言わせてもらうが、あれは人のなせる業じゃない」

 バロンの声は重い。

「人じゃないか……。じゃあ俺はこれからどうなる? 一生牢獄にでもぶち込まれるか? 他種族殺害の罪で」

 自分がやったことが悪いことだとはみじんも思っていない。アルマのお陰で多くの人が救われたのも事実だ。

 しかしアルマの能力を人に見せて、「はい、|特殊技能《スキル》です」と終われるものではないだろう。この一件を機にアルマは国民の不安要素の一つになってしまった。多くを脅かさないために一人が殺されるなんてことが無数に行われてきたのも事実だ。一人の英雄より、多くの無能国民の命。それが世界というもので社会というものだった。

「それに関しては団長。聖教騎士団団長から話がある。ここに向かってくれ」

 と、バロンは一枚の紙切れを渡して、その場を立ち去った。立ち去る時の後姿にアルマは只ならぬ悲哀の情を感じ取ったため、何も声を掛けることが出来なかった。



 渡された指示書に書かれた目的地へとアルマは歩いていた。微かに感じられる周りからの不穏な空気はあの戦闘が故だろう。

 その指示書に掛かれていた場所は王宮の応接間。煌びやかな装飾が施された廊下を歩きながら、バロンに渡された紙きれを強く握りしめている左手を見てエイミーに心から感謝した。

 彼女が作ってくれた手袋が無ければ、この醜い左腕を隠すことはできなかっただろう。

 扉を開けるとそこには話し合いをしているアイロスとエリスがいた。話があるのは聖教騎士団の団長のはずだったがと思ったが、後から来るのだろうと思い、アルマは先生二人とは反対側のソファに腰かける。国の重鎮にも用があったが、このアイロスと言う男にも用があった。

「目が覚めてよかった。今ちょうど君の話をしていたところだ」

 常に冷静であろうアイロスが言葉を発する。しかしアイロスの目が覚めてよかったという言葉は嘘だと思った。本来ならアルマはロードの|聖剣《エクスカリバー》によって滅ぼされるはずの存在だったのだから。あの観客席から放たれた麻痺毒によって。

「俺も目が覚めてよかったと思うよ。アイロス、お前に聞きたいことがあったからなあ」

 病み上がりだというのにアルマは|紅魔眼《マジックセンス》を発揮し、魔力の波動を以てアイロスを問い詰める。

 しかしそれに対し反応を示したのはエリスであり、アイロスはびくともしない。その行動にエリスは驚いた顔をしつつ、アルマの態度に怒りを覚えたのか、とてつもない剣幕でアルマのことを睨みつけた。そんなエリスを抑えながらアイロスは話を続ける。

「なにか勘違いがあるようだね。僕は君の試合中、いや最終日はほとんど試合会場にはいなかったんだよ? エリス先生とも今あったばかりなんだから」
「え?」

 と声を上げたのはアルマではなく、エリス。

「アイロス先生は今日ずっと私の隣の席で生徒たちの試合を見ていたはずですよね?」

 アルマはその言葉に合わせ、話を続ける。

「流石に隣にいたのにずっといなかったってのは無理があるんじゃないのか!?」

 と追い詰められたアイロスはううむと声を漏らす。しかしそのエリスの言葉で自分の記憶が正しかったことを確認したアルマは、|紅砲剣《エクスタシス》を引き抜き、アイロスに迫った。アイロスは咄嗟に長いローブの袖から手を出し、空描杖により陣を形成しようとする。

 アルマはそれをさせまいと魔弾を放ち、空描杖を弾き飛ばそうとするが、それをアイロスは軽々と避け、陣を完成させてしまう。

 その魔方陣はアルマもエリスも一度見たことがあった――転移の魔方陣だ。
 どうにかその陣から抜け出そうとしたが、その努力虚しく、辺りは白い光で包まれた。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:22:10

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