竜の残り火はかつての友との絆

エピソード一覧


前話


本編

 ファリスへの長期遠征に向けて、欲しいものがいくつかあった。食糧については先日狩り、保存食に加工した鎌鼬や|蜥蜴人《リザードマン》の肉があるが、飲み水のあてがない。

 普段であるなら、魔物を狩り、その血を飲むことで水分補給にしていたが、今回は女のサリナも同行する。

 強くなりたいと言っても、まだサバイバルを教える必要はないだろうと思ったアルマは、先日街を歩いている時に小耳にはさんだ「怪しい雑貨屋」へ向かうことにした。

 商業都市パレルの名所でもあるメインストリートから外れた裏道。栄華を極めているように見える街道を一度裏に入ってしまえば、その惨めさが溢れていた。

 人より鼠が走る道は、メインストリートより手入れは行き届いてない。表は鮮やかな白を基調とした壁も汚れ、あの形をなんとか維持しているのがわかる景観であった。

 その先にある一際汚い建物、それが噂にあった「怪しい雑貨屋」だと判断するのにそれほどの時間は要さなかった。

 アルマはその雑貨屋の扉を開けようと、ドアノブに触れ、その感触からやはり人は来ていないのだなと察する。回りが悪く、嫌な音を掻き鳴らす扉は、それだけでドアベルの役割を果たしている。

 店内は誰もいないのかと思わせるほど暗く、それこそ人の気配はするのだが、店内の荒れ加減を見るに人がいないと勘違いさせるほどであった。

 しかし気配の要因である店の奥から漏れ出す光を頼りに、アルマは店内を進んでいく。



 カウンターらしきところに辿り着いたアルマはカウンターの上に、「御用の方はこちら」という札がかかっているベルを見つけた。そのベルから垂れ下がっている紐を引き、アルマはそのベルを鳴らし、用があることを店主へと伝えた。

 すると奥から「はいはーい」という若い女の声が聞こえる。積み上げていた物を倒すような音を何度も鳴らしながら、店主は店の奥から姿を現した。

「えっとお客さんで合ってるかな?」

 黒髪をハーフアップにして、作業用のゴーグルをつけ、顔をススだらけにしている女性だった。

「ああ、なんか面白い物を売ってくれるって聞いて」

 と、アルマが言うとその女性は目を輝かせながら喜んだ。もうそれはゴーグル越しでわかるほどに。

「いやあ久々のお客さんだからねぇ。最近研究ばっかりでお金が無くて困ってたんだよぉ」

 女性が言い終えると、地響きのような音が腹から鳴り響いた。その音にアルマが驚いていると、女性は笑いながら言う。

「気にしないで、気にしないで。貰ったお金でご飯食べに行くからさ」

 その言葉に、アルマは「まだ買うとは言っていないんだが」と苦笑するが、その面白げな女性の反応に、先に自己紹介をした。

「アルマだ。今日はよろしく頼む」
「ヴェルヌだよ。よろしくね」

 そう言って、ヴェルヌは一度カウンターからアルマがいる方へと出てくる。

「で、今日は何をお求めかな?」
「来週位に、ファリスへ長期遠征を行うんだ。普段は魔物の血とかで水分補給をしていたんだが、今回は同行者に女の子がいてさ。体のいい水筒とか革袋があればいいなって思ったんだけど何かないかな?」
「うへえ、魔物の血を飲んでたの? よく食あたりとかしなかったねえ」

 と気分の悪そうな顔をしながらヴェルヌは店の棚らしき、物の山から一つのビンを取り出し、それを差し出した。

「いや、硝子細工だとかさばるから革袋とかが良いなと思ったんだが」
「ノンノンノン、これ一本で水は無限に出せるんだよ。革袋なんかよりかさばらないし効率的。その名もポセイドンの涙!」
 
 そこからヴェルヌはその小瓶について怒涛の解説を始める。ヴェルヌが言ったことを要約すると、まず水魔法で作り出した水は魔力の元となる、目に見えない物質「魔素」の濃度が高すぎるために飲むと、腹を下すなどの支障をきたす。

 そのためにその魔素を除去するろ過装置のような物を飲み口に取り付けたという。

 また瓶の底に水を出す魔方陣を刻んでいるため、水魔法が使えない者も難なく水を確保できるということであった。

 その話を聞いたアルマは即答で買うという返答を行った。

「はーい。じゃあほかに何か欲しいものはあるかい?」
「あとは、なにか面白いものがあれば」
「面白いものかぁ。それならこんなのはどうだろう」

 と、もう一度移動を始めたヴェルヌについて行くと、アルマは床に転がっていた何かを蹴飛ばしたようだった。

 何か金属製の小さな板のような物で、それが気になったアルマは拾い上げる。

 そこには「ヴェルヌ=メイク。貴殿を特宮廷調合士、宮廷錬金術士として認める」と描かれていた。しっかりと王が送ったことを証明する王印と共に。

「待て! なんだよこれ!」

 アルマは驚きをそのまま言葉にする。物を製作し売る者たちの憧れ、それが王家や王国軍のために専属で道具を作ることを認められた宮廷士。

 宮廷鍛冶士であったり、宮廷服飾士であったりと。その中でも特に優れた実力を認められたのが特宮廷士であった。

 これらを目指し、一つの道を究めるのに一生を懸ける者がいる中でこのヴェルヌという女は調合士と錬金術士の実力を宮廷から認められていたのだった。

「あぁ、それは王様から貰ったんだよ?」
「いや宮廷士ってのは専属でこういった大衆に向けた商売はしないもんだろ!?」
「いやあでも宮廷にいると好きなものを作れないからやめてきちゃったんだ」

 研究一筋だからこそ、この実力かと、ヴェルヌの実力と共にそのそんな性格にアルマは苦笑した。

 アルマはそういう自分のために生きている人間は嫌いではなかった。もちろん店と客という関係性の上での話しであるが。

「そうそう、これこれ。多分遠征になるなら荷物が多くなるんじゃないかなって思って」

 ヴェルヌは一つの鞄を取り出した。その鞄は一見普通の鞄であるがヴェルヌが行動がその鞄は普通ではないことを証明する。

 ヴェルヌが鞄の中に手を突っ込み、中から何かを取り出すような仕草をすると、そこから絶対に入らない大きさである剣をそこから取り出して見せた。

 「うわ、重たっ」と言ってヴェルヌはその剣を床に落としてしまった。

 今目の前で起きていた矛盾のせいでアルマの頭は混乱の文字に侵される。鞄に入っていたということは重たいと言って落とした剣の重さも、鞄を持っている時に感じているはずであるし、それよりも全長二メートルはあろうかという大剣が鞄の中に入っていたということがおかしい。

「これはクロノスの懐。鞄に空間魔法を付与したんだよ。正確には鞄を構成している一本一本の糸、布全てに。それに合わせて魔素を魔力に変換する機構を取り付けているから、この空間魔法は自分の魔力を消費せずとも常に発現し続けているってわけ」

 その言葉を聞いたアルマは一周廻って口を開くことができなかった。

 先ほどの小瓶と同様名付けのセンスではなく、この世界に未だ流出していない技術、それがこの小さな鞄一つに詰まっているということに。

 瞬時にアルマは商売のことが頭に浮かぶがそれと同時に、自分の家に置いてあるいくつもの蔵書についても思い出した。

 大喰手によって明かした多くの魔物の特徴。自らの保身のために世に出していない事実。それを抱えている時点で自分はヴェルヌに対してこのことについてなにも言えることはないと察する。

「ちょっとこれは値が張るけどどうだい?」
「あ、ああ。もちろん買わせてもらうよ」
「まいどありぃ。じゃあポセイドンの涙とクロノスの懐二つで十万と五千リルだね」
「十万!?」
「クロノスの懐が十万リルするんだ。とても手間がかかる代物だからね。やっぱりやめとく?」
「いや、もちろん購入だよ。いい買い物にはそれ相応の感謝とそれに見合った金を」

 と言って、アルマは腰に付けていた財布をヴェルヌに渡した。おおよそ十二万程入っていたであろう財布を差し出し、アルマは告げる。

「あぶれた金でいい飯でも買って食べればいいさ。しかしこれ以降は顧客として多少の優遇を期待してるぜ」
「これは……」

 ヴェルヌは先ほどまで怠そうに曲げていた背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。

「またのご来店をお待ちしております」

 アルマはクロノスの懐にいくつかの道具を入れ、ヴェルヌの雑貨店を後にする。



 かつてアルマが傭兵都市ドルエムで傭兵を行っていた際、劣悪な職人しかいない傭兵都市でアルマは自分の得物の手入れをすることはなかった。その際はわざわざ片道三日もかかる商業都市パレルへと赴き、装備の手入れを行っていた。

 その際に利用していたのが、鍛冶師ベイルのベイル装具店と呪術師エイミーのエイムル魔服店であった。

 そして夏季の長期遠征のためアルマはヴェルヌの店の後、呪術師エイミーの魔服店の扉を叩いていた。

 黒や紫の布で飾りつけされ、妖艶な雰囲気を漂わせるエイムル魔服店は商業都市パレスのメインストリートで一番目立つ場所に立っている。

 石造りや木造の荒く汚い店とは違い、洒落ており美しさすらも感じさせる。店に入ると、腰砕けにされそうな程色っぽい声で迎えられる。

「ようこそ、エイムル魔服店へ」

 この声の持ち主こそエイムル魔服店店主エイミー、その人であった。濃い紫のドレスに手入れの行き届いた爪、凹凸のはっきりした体に、整った化粧。

 何人の男を視線だけで落としたのだろうと思われる、うるんだ瞳は酒が少し入ったような緩んだ眼の中で仄かに揺れている。厚い唇から紡がれる言葉の一つ一つは優しく首筋を撫で、耳の中へと入り込んでくるようだった。

 それこそ彼女の姿を見るために魔服なんてものを使う機会のない屈強な男たちがこの店に訪れ、使うあてのない魔服を買っていく程には美しい容姿を持つ女性であった。

「あらぁ、いらっしゃいアルマ君。久しぶりじゃない? 少し大人っぽくなったか、し、ら?」

 人差し指を腹部から胸にかけて這わせ、耳元で囁く。普段から大人より冷静を保つアルマでさえ、エイミーのこの攻撃とも言える言葉には抵抗できなかった。

「エイミー久々だからってからかわないでくれよ」

 と、半ば笑いながら後ろに退く。エイミーは小さく「あら、残念」と呟く。

「今日はオーダーメイドで。これからまた顔出せなくなるだろうから、余ってる金を使いきるつもりできたんだ」
「そう、でも他の店も見て回るつもりなんでしょう? そう考えるとお金をたくさん使えるけど、そこまで値は張らない方がいいのよね?」
「さすがわかってらっしゃる」
「んふ、アルマ君のことなら、ね? あら、そのローブももうボロボロね。結構最近のものだと思うのだけれど|呪い《まじない》の効果も無くなっちゃってるじゃない」
 
 エイミーは裁縫士であると共に、この都市屈指の呪術師でもあった。呪術と言っても相手に呪いをかけ殺すなどという、魔術の異端とされている術ではなく、エイミーの呪術は裁縫で作り上げた服に|呪い《まじない》を付与することで魔服とするというところに真髄があった。

 通常装備などに刻む魔方陣では魔力を消費しなければ、その魔法の恩恵を得ることができない。しかしエイミーは対象が死ぬまでその効果が残り続けるという呪術に目を付け、それを服に付与することで常に効果を持ち続ける装備を開発したということだ。

「何度もダンジョンに潜ったりしていたからな。最近は熾烈な戦闘も何回かあってさ」
「そう、でも普通ならこんなにはならないわよ。次はちょっと丈夫になる|呪い《まじない》も施しておくことにしましょう。でどんな服にしてほしいのかしら?」
「まあいつも通り黒を基調にしてくれ。|迷宮《ダンジョン》や森の中では目立たないうえに、人前でこんな色の服を着てれば人を寄せ付けないからな」
「性格の悪い考えね」

 アルマの言葉にエイミーは笑った。そしてカウンターの後ろにあった棚から黒の布地を取り出す。

「|呪い《まじない》の種類で何か希望はあるかしら?」
「やっぱり隠密という意味での幻惑の術と丈夫になるならそういう系統の|呪い《まじない》を施してくれるとありがたい」
「まあいつも通りってところね。今から作業を始めるにしてもアルマ君のローブの型紙はまだ残っているから数時間くらいでできると思うわ。さっき言っていた他の店? でも見に行ってきたらいい時間になってると思うわ」
「そうか、じゃあよろしく頼む。お代は帰ってきてからでいいんだよな?」
「そうね。じゃあまた後で」

 エイムル魔服店を後にしたアルマは鍛冶師ベイルの装具店へ足を向ける。



 ベイル装具店は先ほどのエイムル魔服店とは打って変わって、とても汚い見た目をした店であった。鍛冶で使った油が店の至る所に付着しているのかと錯覚するほど黒ずんだ壁や扉。店を開ければもちろん鍛冶場が近いため、中はとても過ごしづらい暑さになっている。

「いらっしゃい」

 店のドアベルを聞いたベイルがフェイスマスクを外しながら、鍛冶場からカウンターへと歩いてくる。

「ん? アルマ? アルマか!? 久しぶりじゃねえか!」

 鍛冶で鍛えられた身体は猛々しく、腕は丸太のように太い。角ばった顔に蓄えられた髭、鍛冶師と言えばだれもが思い浮かべそうな容姿をしているベイルは、生粋の鍛冶師に憧れ鍛冶に従事した男であった。

「最近はこっちを拠点にしていてな。ちょっと聖教都市の方へ長期で行く予定があるから顔を出したんだ」
「おお、そうかそうか! で、今日は何を買いに来た?」
「買うのもそうなんだが、まずはこれをな」
「これは……銀双剣! |双頭狼《オルトロス》の武器晶石からしかできねえ貴重な短剣じゃねえか! 近くに|狼の迷宮《ダンジョンウルフ》があったが全然仕入れられなかった代物だぞ。お前、これをどこで?」
「|双頭狼《オルトロス》から獲得したんだ。だが使い勝手がなかなかな。だから売りに来たんだ。それに合わせて何か別に短剣を新調しようと思ってな」
「そうか、前の銀の短剣はどうなった?」
「ああ、あれはまだまだ第一線だが、それこそ目的地が聖教都市だ。傭兵都市を通らなければならないから隠そうと思って」
「そうだ、そうだな。それが一番だ」



 そう、あれはベイルとだんだん仲良く鳴った時であった。鍛冶師でありながら武器商人であるベイルはアルマの銀の短剣を興味深そうに見ていた。

 それが気になったアルマはベイルにこの短剣について尋ねたのだ。それこそ最初の記憶で自分の傍らに置いてあった短剣であるが、アルマはこの短剣について何の情報も得られなかったのだ。



「これに見覚えがあるのか?」
「いや、だがもしよかったら少し鑑定にかけてみてもいいか?」
「まあ気になるなら」

 と言ってアルマはベイルに銀の短剣を差し出した。そしてベイルは|鑑定眼《サーチアイ》の魔法を使い銀の短剣を鑑定した。しかし。

「アンノウン……」
「なんだって?」
「|鑑定眼《サーチアイ》を以てしても何の情報も得られなかったんだ。お前、こいつをどこで手に入れた。下手したらめちゃくちゃな金が動くほどの代物かもしれない」
「いや、前にも言ったが記憶にないんだよ。本当に何の情報も得られなかったのか?」
「ああ、だがこの金属は見覚えがある。なんだったかな……。そう、あれだ。魔封石。砂一粒の大きさで竜の魔力を封じるとも言われる超稀少鉱石。それなら|鑑定眼《サーチアイ》が効かないのも頷ける。しかもこの見た目からすると純度百パーセント……。魔封石の相場で考えたら、王都の王宮を凌ぐ宮殿を作れる金になるかもしれない」
「まあ市場価値を考えれば、ありえないけどな」



 と、かつてのアルマはそれほど重要に考えてはいなかった。しかし今、人、特に冒険者を信じられないアルマにとってこの短剣は悩みの種の一つでもあった。



「それならいいのがあるぞ。見ろこれだ」

 ベイルは金庫の扉を開け、小型ショーケースに入った短剣をアルマに見せる。

「これは……?」

 中に入っている短剣は不思議な形をしたものであった。綺麗な流線型を描いているのは銀の短剣と同様であるが、柄には真っ黒な宝玉が埋め込まれ、その周囲を獣の爪のようなものが覆っている。柄は緑で、その装飾はあの|蜥蜴人《リザードマン》の鱗を彷彿させる。

「これは竜の爪と呼ばれる短剣だ。そう、その名の通り|竜の迷宮《ダンジョンドラゴン》で発掘されたと呼ばれている代物だ。回り回って俺のところまでやってきたってことさ」
「|竜《ドラゴン》。かつて光の勇者に討伐されたって言うあの伝説の|竜《ドラゴン》か?」
「まあ本当かどうかはわからない。本物であれば装備魔法として|竜《ドラゴン》の咆哮を扱えるって言う噂だ。まあ誰も使えた人間はいないらしいがな」

 |竜《ドラゴン》。一声で全ての生命を滅ぼし、一吹きの炎で世界を滅ぼすと言われていた伝説の存在。その咆哮を扱えるようになるという武器。それが目の前にあるという事実。アルマにとって買わないという手はなかった。

「いくらでも払う。それを俺にくれ」
「もちろんだ。俺が信用できる奴に渡したいと思ってたんだ。良く戻ってきてくれた。他に欲しいものは?」
「弓の弦。特に強力な弓に使う弦が欲しいんだ。あとダガーと鉤爪、発火性の油、あといくつかのねじがあればありがたいんだが」
「一応、全部揃えることができるが、何に使うんだ?」
「忘れないでほしいな。一時期俺は|機工士《カラクリシ》の資格を持ってたんだぜ?」
「面白いもんでも作ろうってことだな?」
「ああ」
「出来たら今度見せてくれや。全部で二十と五千リルだ」

 アルマは家から持ってきていた鞄に入っていた金を取り出し、ベイルに支払う。ベイルはアルマの出した金を確認し、品物を手渡す。

「確かに」
「いい買い物ができたよ」

 そしてアルマはベイル装具店を後にした。
 それからエイムル魔服店へと赴き、新たな魔服「夜の帳」を購入し、商業都市パレスを後にした。



「さあ、新装備開発と行こうか……」

次話


コメントを投稿するには画像の文字を半角数字で入力してください。


画像認証

  • 最終更新:2020-04-16 01:09:17

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード