風使い烏天狗

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本編

「なんだ!?」

 見たことの無い服装に、黒い羽毛に覆われた体、顔らしき部分には鳥の様な嘴がついており、顔を覆うくらいの大きさに手を広げたような形をした葉っぱを持っている。

【破壊の獣の拍動を感じたかと思えば、人間か】

 言葉を話す魔物は、総じて強い。これはこの大陸において常識と言ってもいい方程式だ。
 もちろん発声器官によっては強くても、話すことが出来ない者たちも多くいるが、言葉を話せるという事実は強さの証明であった。

「言葉を話す魔物か……」

 と言ってアルマは刀剣を、パブロはククリナイフを引き抜き警戒する。そしてもうどこからか二人の護衛のために控えていたアーデも現れる。

【魔力が弱弱しいのは、実力を出し切っていないからか? まあ良い。今日は話に来たのだ】

 そう言った魔物は、木の枝に腰かけ、アルマたちを見下ろす形で話を始める。

【我が名は烏天狗。生憎烏天狗としての個体は私だけが故に、そう名乗っている。私は森ノ王烏天狗】

 顔を見合わせたアルマたちは矛を納め、名を名乗る。

「狼の牙元首領パブロ=ギルゲイル」
「アーデ」
「|合成獣《キメラ》の後継、狼の牙首領アルマ=レイヴン」

 烏天狗は三人がいるところとは別の方向を見つめながら、その手に持っていた葉を振るう。
 するとこの広場まで続く道にあった木が一つ根元から、何かに切り裂かれずずずと重い音を鳴らしながら倒れた。
 その影にはランスがいる。

【魔力の息で私からは隠れられぬ】

 ランスの姿を見たアルマは息をのみ、彼を見つめる。

「アルマ……」

 アルマを横目に見ながら、烏天狗と話せるところまで歩いてくるランスは、どこまで聞いていたのだろうか。アルマとパブロの関係に気付いただろうか。

「|強戦士達《モンスターズ》隊長、ランス=バルド。事情があって隠れていた。不敬を許してくれ」
【正直でよろしい。して、|合成獣《キメラ》の後継以外の三人はなるべく外へ発される魔力を抑えてもらえるとありがたい。こう見えても私も魔物だ。人間への殺意は抑えきれない】

 そう言って、パブロ、アーデ、ランスの順に指をさしたが、ランスに指を差した後、手を強く握りしめた。

【お前は人間とは少し違うな? 混ざっているのか?】
「ああ。俺は――」
【待て、覚えがある、その魔力】

 烏天狗は少し悩んだのちに、新たに口を開く。

【魔人の魔力それも……。気付いていないのか。話が変わった。貴方がいるのなら態度を改めなければ】

 烏天狗は、座っていた枝から、離れ地面へと降り立つ。背中に烏の羽根を備えているが翼を使ったようなそぶりではなく、まるで綿毛が地面に落ちていくようにふわりと着地して見せる。

【|強戦士達《モンスターズ》の隊長、ランス殿。我ら森ノ民は貴方様に敬意を表します】
「え?」

 戸惑いが隠しきれないランスはそんな拍子抜けの声を出した。

「なんで俺に?」
【それは……】
「お前の半分は魔人の高貴なところの出ってことだろ? 魔人の第一使徒に与えられる剣を持っているのもそれで頷ける」

 アルマはランスの肩を叩きながら言った。

「であんたは何しに来たんだよ」

 烏天狗はアルマの言葉に不快な反応を見せるが、敬意を示したランスの手前、静かに話し始める。

【我ら森ノ民は魔人との契約とは外れた争わない魔物だ。その本質は狼の牙、ひいては狼人族同様、大陸の平和にある。目的は争いを激化させる光ノ勇者と|合成獣《キメラ》、鴉ノ王の滅亡】

 その言葉を聞いたアルマとパブロ、アーデは咄嗟に身構えるが、烏天狗は今すぐどうこうしようという意思はないようで、警戒する三人を鼻で笑った。

「平和を願う魔物が何で使徒と繋がりがあるとされる俺に敬意を表するんだ?」
【かつての第一使徒は平和を願い、命を落とした。我ら森ノ民は彼女によって魔人との契約を破棄できた種族なのだ。だから彼女の意思を継ぐ者には敬意を表す】
「やっぱりランスの親は魔人の、しかも第一使徒だってわけだ」
「でも俺の父親はただの人間で、村人として生きていたけど」
「彼女って言ってるから母親じゃねえの?」
「そうか……」

 何か考えたように俯いたランスを横目に、烏天狗は話を続ける。

【|合成獣《キメラ》がランス殿と共に戦っているのであれば、|合成獣《キメラ》を殺すのも心苦しい】
「なぁ|合成獣《キメラ》って呼ぶのやめてもらっていいかな? しかも俺もお前と同様狼人族の意思を継いで大陸に平和をって感じでやってるんだけど」

 パブロはランスがいる前で良いのかと尋ねるが、もう聞かれているだろうし、ランスの洞察力や、推理力であればアルマとパブロ関係にだって気付いているだろう。

【狼の牙は知っている。狼人族と共に戦った人間の戦士たちのことであろう】
「ああ。俺たちは人間の大陸制覇じゃなく、人間も獣人も、魔物も。全ての垣根を超えた種族の誕生させて、新たな種族としてこの大陸を制覇しようと思っている」
「アルマ、お前そんなこと」
「今晩ゆっくり話す。今はこいつをどうにかしたい」

 わかったといって一歩下がったランスは、今一度考え込むように俯いた。

【夢物語としては面白い。そんな話をして何になるというのだ?】
「あんたも一緒にやらね? 大陸統一」

 烏天狗は大声で笑った。耳を覆いたくなるほど、腹を震わせるような大きな笑い声だった。しかしすぐに真剣な眼差しとなり、アルマの顔を覗き込むように肉薄する。

【童がしゃしゃるな? 夢物語を語るのは自由だが、私を愚弄するなら話は別だ】

 アルマはその凄みに負けず、変わらない態度で話す。

「俺は戦争やる気ねえんだよ。仲間を守りたいから戦うだけで。わかるか? 守れればそれでいい。だが人間という称を捨てない限り俺の仲間は戦いの最前線に立たされる。だからそんなクソみたいな風潮とか歴史とか伝統とかなくして、新たに始めようってんだ。悪い話じゃないだろ? 仲間になれば殺す対象の|合成獣《キメラ》と光の勇者の二つを懐柔できるんだから。これは夢物語を語ってるんじゃなくて、政治的に交渉をしてるんだ。森ノ王」

 腰に差していた剣に手をかけようとしていた烏天狗はアルマの言葉にその手を止め、静かに姿勢を戻した。
 夜風に吹かれ、彼の黒い羽根が揺れる。

【面白い。なら見せてみろ。その小さな人間一人に何ができるのか。鴉ノ王の軍勢に匹敵する力に成長したなら、その時改めてお前の元を訪れよう。しかし見込みがないとなればお前を殺しに行くから、楽しみに待っていろ】
「ああ。楽しみにしていてくれ」

 烏天狗はまさに嵐のように、ランスにお辞儀だけすると彼らの前から去っていった。

「なんだったんだ……」

 烏天狗が飛び去った森の先を見つめながら、アルマはそう呟いた。

「本当ですね」

 パブロが合わせる。ランスは未だ俯き何も話そうとはしない。

「ランス……。話がある、戻るぞ。パブロお前も来い」
「はい、わかりました」
「そうだな、俺も話したいことがある」

 そう告げたランスがどう思っているかはわからない。そんな人の考えていることなんて予想するタイプでもないアルマはパブロより先に、帰るための道を歩き始める。
 ランスは、まだアルマの後を追った。



 防音の魔法が施された会議室で、アーデを扉の前に控えさせ、三人は椅子に座った。
 アルマとパブロは隣同士、ランスはアルマの正面に座っている。

 でも誰かも話を始めようとはせずに、気まずい静寂が流れていた。

「私が説明しましょうか」

 ランスが重い声音で答える。

「お前は黙ってろ」

 その言葉で少なくともランスが怒っているのはわかる。

「アルマ、これは前話してたあれか?」
「ああ。思ったより大きく進んでて驚いたか?」

 アルマの普段通りの飄々とした態度にムカつきはするが、ランスも自分が何に怒っているのかわからなく、強く反論することが出来ない。
 事実を隠されていたことか、人間種を裏切ろうとしているか、軍人らしからぬ行動を繰り広げていることか。

「驚いたさ。この場合は俺の監督不行き届きになるのか? 人間種の希望になるはずの俺たちのメンバーに人間に仇名す者がいる? 現状は戦争に備えて大きな動きをするべきでないって言ったよな?」
「ああ。そこらについての時期も理由があるんだよ」

 アルマは、最初こそは本当にただの構想に過ぎなかったこと。しかしパブロからの依頼でガルベスとの決戦の地、黒岩の砦を奪還した際、人間という括りに愛想が尽きたこと。そのまま流れで拠点と戦力を手に入れてしまったということを、伝えた。

「わかるか? 言っちゃえば今は俺もわけわからないんだよ。思いの外ぽんぽんと事が進んできちまってる以上、この波に乗らないわけにはいかないんだ。だから烏天狗に話を持ち掛けたのもイチかバチかだった。でもどうだ? よくもわからない奴の襲撃は免れた」
「そういうことを言ってるんじゃないってのは分かってるだろう?」
「ああ。でも俺は謝るつもりはねえぞ。これが俺の決めた道だ」

 ランスは落ち着きがないように、ため息をついたり、何もない壁を見つめたり、首を傾げたりしている。
 そして最後には頭を垂れて、手で顔を覆った。
 深いため息が聞こえる。

「王国軍の兵士が獣人を利用していた違法娼館を運営していたのは問題だ。それが獣人との戦争になり得たのも。それを止めた功績は大きい。でも」
「魔人使徒の息子が人間について悩んでるのも滑稽だな」

 アルマのその言葉にランスはアルマの胸倉を掴み、拳を握りしめ、それを今にもその顔面に叩き込んでやろうかと怒りを見せながら、アルマの瞳を見つめる。

「殴ってみろよ。隊長さん」

 しかしランスは殴らなかった。ふっとランスの腕の力が抜けたと同時に、アルマは椅子へ座り込む。

「表出ろ」
「喧嘩するか?」
「ああ、武器なしでだ。拳だけで。俺もこの怒りをどう言葉にしていいかわからない。だから痛みで分からせる」
「わかった。俺も俺の覚悟をお前に痛みで分からせる」

 パブロは彼らの怒りを下手に鎮火させないように静かに立ち上がり、扉を開けた。そして案内したのは狼の牙の戦士達のための訓練場だ。

「武器はなしとのことなので、ここを。まあ盛大に壊れてもある程度は問題ないでしょう。では」

 そう言って下がるパブロに一言アルマはお礼を告げた。その姿を見たランスは吐き捨てる様に言った。

「随分と仲が良いんだな」
「ああ、|強戦士達《モンスターズ》とは違うが、仲間だ」
「仲間か。増えたもんだな、半年前は仲間と言う存在に恐怖すら抱いていたくせに」
「いい奴らだよ。少なくとも志は同じだ」
「俺らの方が先だろう」
「先も後もねえだろ、大人になれクソガキ」

 二人の語気はだんだんと粗くなっていく。

「|合成獣《キメラ》から王になるつもりか? 現実見ろ」
「現実見れてねえのはそっちだろ。いい加減人間に対する憧れ捨てろよ混血」
「別に人間に憧れてなんかねえ! 俺は人間だ!」
「魔物堕ちしかけてる俺から言わせてもらえば、見え見えなんだよ。どう人間として認めてもらおうかって。自分の真実も受け入れられねえくせに――」

 先に殴ったのはランスだった。自分の混血を馬鹿にされたことより、アルマが自分は既に人を捨てているかのような発言にムカついた。

「自分だって情けない目で、その醜い左腕見つめてるだろうがァ!」

 鈍い音が響き渡る。突然殴られた衝撃に対する怯みで、二撃目も華麗に食らったアルマは、鮮血が流れ出す鼻を抑えながらも、すくっと直立して見せる。
 お前のは効かないと言わんばかりに。

「馬鹿言うなよ。これは俺の武器だ。歯食いしばってこの力、身に沁みて感じろ!」

 アルマの獣の腕がランスの顔面を捉えた――――かに思えたが、ランスはその拳を自らの手で受け止めて見せる。いくら|大喰手《ビックイーター》を使っていないといっても、既に左腕は見た目だけでなく、筋繊維や骨も含めて魔物に変わっているはずだ。そんな左腕の殴打を受け止めて見せたランスの力は、凄まじい。

「もうただお前に甚振られるだけの俺じゃないぞ」

 初めて会った聖教都市でもこんな訓練場で決闘をした。それを思い出したアルマは、ランスの成長にある種の喜びを覚え、その掴まれた腕を一瞬で引き抜き、もう一度殴打を食らわせようとする。

 大振りのそれを屈んで避けたランスは、がら空きになったアルマの胴を狙って、正拳突きを放とうとするが、気付いた時には、アルマの膝が自らの顔の目の前に迫っていた。

 ぐちゃっという音と同時に、的確に鼻を捉えたアルマの膝は、そのまま振り抜かれ、アルマは怯んだランスの腹部にもう一度拳を叩き込んだ。

「俺もお前も、明日になれば怪我はぱっと治るだろう? だから死ぬ直前までボコボコにする」

 アルマも意図的に自己再生を使わず、だらだらと流れ続ける鼻血を気にせずに、ランスに襲い掛かる。

 腹部の痛みに悶絶しているランスにタックルをかまし、馬乗りの状態で二発、ランスの顔面をぶん殴った。

「昔とは違うだァ!? 今俺にぶん殴られてるのはどこのどいつだよ!」

 ランスは未だ覇気の籠った目で、アルマを一瞥した後、胸倉を両手でつかみ、思い切り横方向へ振るった。
 軽々と横に倒されたアルマに変わって、次はランスが馬乗りになり三発、右拳で立て続けに叩き込む。

 ランスの手には鼻水と血が混じった赤黒い液体が、糸を引いて伸びる。

「お前こそ顔ぐちゃぐちゃじゃねえか! あの時の威勢はどうしたよ!」

 今一度殴りかかろうとするランスの右拳を、アルマはノールックで、獣の腕で受け止める。
 口の中も切れ、顔中から溢れ出る血液が喉に流れ込んでくるために、もうまともに話すことは出来ないが、腫れあがった瞼の少しの隙間から覗く瞳の炎はまだ消えていない。
 そして掴んだ手を放してやらないと、強く握りしめた。ランスの手には獣の爪が突き刺さり、ぶしゅっと血が噴き出、たらたらとアルマの腕を伝い、流れてくる。

「がぁ――」

 アルマに腕を掴まれて、音を上げるのは初めてではない。だが、もう昔の弱い自分とは違う。ランスはもう一本の腕を振り上げて、アルマの眉間目掛けて、鉄槌を下した。

 バキッという鈍い音と共に、アルマの拳の力は弱まり、獣の左腕は力なく地面に落ちた。

 肩で息をしているランスも、身体のあらゆるところで響く痛みに耐えかねたのか、アルマに覆い被さる様に、その意識を手放した。

「終わった――」

 凄まじい魔力のぶつかり合いを見たアーデは、無口であるはずの口を開いた。

「凄い二人だ。早く医務室に運ぼう」

 パブロの指示に従い、アーデはアルマを、パブロはランスを抱え、訓練場を後にした。



 目が覚めると、そこは|魔特会《魔物特性研究会》の医務室だった。顔中に包帯なりガーゼなりを付けられたアルマは、突如襲い来る顔への激痛に声を漏らした。

「くっそ、ランスのやつやりすぎだ」

 アルマはそれらを外しながら、自己再生を行い、骨折などを修復する。
 魔法としての|回復術《ヒール》での効果は主に筋組織の再結合であり、骨は修復できない。言うなれば外傷の治癒であり、骨もある程度の場所に戻すことが出来るが、結局それ以降は自然治癒を促すしかない。
 しかし細胞単位での再生を行う自己再生を扱えるアルマと光剛生という|特殊技能《スキル》を持ったランスはその骨折すらも、一瞬で治癒することが可能であった。
 もちろんアルマの場合それは意識化で発現しなければならないため、気絶していたから治療することは出来なかったようだが。

 医務室の扉を開けると、そこにはアーデが控えていた。

「うおっ! どこにでもいるな、お前は」
「護衛が私の任務なので」
「そうか、ありがとう」
「お二人の怪我は昨夜、魔物の襲撃によってということになっていますので」
「あ、ああ、わかった」

 流石にアルマが人間に反旗を翻そうとしているということを切っ掛けにアルマとランスが殴り合いの決闘をした末に、二人してぼろぼろになったことを仲間に正直に伝えられるはずもない。

「ランス様は訓練場に」
「ああ」

 少し歩いた後、アルマは振り返り、アーデへ「ありがとう」と告げた。



 訓練場につくと、昨日丁度二人が馬乗りで殴り合った場所にランスが立っていた。

「よう、日ィ浴びて身体治ったか?」
「ああ。もう万全だ……」

 アルマが近づくと、ランスは座り込み、訓練場の地面から何かを拾い上げた。アルマはそれを小石か何かと思ったが、良く見せてもらうとそれは歯だった。

「昨日お前に殴られて折れたんだ」
「おい、金髪美少年の歯を叩き折ったなんて業は背負いたくないぞ」
「治ってるんだ」
「それも|特殊技能《スキル》か?」
「多分な。本来人の歯は一度生え変わったら一生モノのはずだ。それが治っちまうんだ。人間じゃねえってのもあながち間違いじゃないのかもな」
「まあ化け物じみた能力であることは確かだよな」
「ははっ。言ってくれるな、醜い獣の腕してるくせに」

 昨日とは違い二人は笑いながら、そんな会話を繰り広げていた。

「少し考えてたんだ」

 ランスが言った。

「狼の牙のことか?」
「ああ。アルマの好きにやってみたらいいんじゃないかなって。パブロさんからも聞いたんだ。お前がどういう意思でやってるかって」
「あいつべらべらと」
「人間にとっては違うけど、アルマの仲間である俺たちにとっては最後の砦になると思う」
「そうだな。戦争で負けても逃げてこられる。負けることなんて考えたくはないが、今の人間の状況じゃ無理だ」

 盗賊に堕ちる冒険者、悪事に手を染める王国軍将校、自分の利益しか考えない愚王。
 あらゆる人間の負の部分が頭に思い浮かぶ。

「そうだろうな。俺らは軍人だ。どこまで行っても上の命令に逆らうことは出来ない。それじゃあお前の力を持て余すだろう」
「ああ。俺も最初は|強戦士達《モンスターズ》の仲間たちだけでどうにかしようと考えてた。いやそれは今でも変わらない。皆を守るために、皆を強くして。でも命令を下す奴らが、腐ってたら、戦争には勝てない。いくら俺らが強くても、結局十人だ。無数にいる魔人に俺たちだけじゃ太刀打ちできない」

 ランスは空を見上げる。

「なんで俺の両親は」
「父親はもう死んでるかもしれないが、母親はわからないぞ」

 もしランスの母親が烏天狗の言う通り、元第一使徒であるならまだ生きている可能性はあるだろう。何より魔人種は長命だ。
 その事実を知るうえで鍵になるのは、一人しかいないということを二人は気付いている。

 瘴気を扱う魔人、アスレハ。

 かつて|三首狗の迷宮《ダンジョンケルベロス》で、アルマたちが戦った魔人は使徒だった。そしてランスが持っていたダインスレイフの存在を認知しておきながら、それを奪おうとはしなかった。
 ダインスレイフは魔人の第一使徒に与えられる武器のはずだ。それがランスの手にあるということは、第一使徒であったランスの母が、ランスに授けたということ。そして何の因果か、別れ別れになった父親とランスが持ち出し、今に至るとすれば、魔人はこの「魔人の聖剣」とも呼べるダインスレイフを躍起になって探しているはずだ。

「魔都でまだ生きていると?」
「わからないけどな。でもいがみ合う人間と魔人で愛し合った人だ。平和の鍵を握ってるに違いない。それか――」

 お前がその鍵なのかもしれないと言いかけてアルマは、言葉をやめた。昨日の殴り合いはアルマなりの、ランスに対するガス抜きだった。
 最近のランスの面持ちは暗い。それこそ人間の希望なんて言う、ただでさえ重い期待を受けている新設の部隊の隊長を任されてしまっている。それどころか|迷宮《ダンジョン》攻略においては、くだらない競い合いの末に、パーティを全滅させかけていたわけだ。

 そんなランスにこれ以上、果てしない叶うかどうかわからない願いの期待をするわけにはいかなかった。

「そうだな。母さんか……」
「あんな五月蠅いのが義父だと、想像もつかないだろ」

 ランスは、いた村が壊滅してから聖騎士に保護され、バロンの養子となった。本当の父親の記憶も曖昧で、母親なんて以ての外だったらしい。

「良い人だよ。バロンは。最近は色んな情勢の変化に追われて疲れているみたいだけど、それでも顔にはあまり出さない」
「そうか。そうだな。良い奴だ。じゃあ大事なパパに魔晶石たんまり持って帰ってやるか」
「皮肉を言わないと気が済まない性格直した方がいいぞ」

 ランスは隣に立っていたアルマの肩を軽く小突いた。

「うるせえ。慣れろ」
「ははっ。そっちの方が早いな」

 先に歩き出したアルマを追って、ランスも歩き出す。

「ありがとう」

 ランスはそう言ったが、アルマは聞こえなかったことにした。



――感謝するべきは俺の方だよ


次章


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  • 最終更新:2020-06-26 23:40:07

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