ケルベロス攻略戦

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前話


本編

「一気に道が狭くなったね」

 迷宮区に入った途端、せり出すように道は壁に挟まれ、一列で歩くのがやっとなほどであった。

 たまに屈まなければ通れないような道もあり、あまり戦闘を行っていないもののかなり体力を使ってしまっている。

「そうだな。だが昨日アルマが渡してくれたアクセのおかげかそこまで暑さを感じないな。汗もそんなにかいていないし」
「迷宮区はこういう構造もあって、魔物との戦闘より、移動や探索に体力を使うんだ。どれだけ自分の身体を迷宮の環境に適応させることができるかに攻略の可否はかかってる」

 アルマのその言葉に対し、二人は圧倒的な経験差を感じた。もちろんそれは最初から感じてはいたが、今特に実感している。自分たちが安全な壁の中で暮らしている時も彼は一人、このような場所で生き残ってきたのだということを。

 まだ十階層の魔物は強くなく、紅砲剣の魔弾で瞬時に息絶えていく。魔弾のおかげで二人の魔力を消費せず敵を圧倒出来るのはとてもありがたかった。そのような状況から、三人の中には一筋の自信が生まれ、サリナがつまらないと声を上げ、ランスがくすくすと笑うくらいの余裕が出来ていた。

 ずっとその状況が続けばよいのに。そう思うアルマであったが、そんな簡単にいかないということは知っている。



 最初は一つの奇妙な魔力の乱れであった。

 アルマは気を抜いて歩いていたものの、|紅魔眼《マジックセンス》によるトラップの確認は怠らず、見落とすこともなく、全て魔弾で壊して歩いていた。しかし、その時のことであった。

 今歩いている道の突き当りを曲がり、少し行ったところで巨大な魔力が膨れ上がり、一瞬にして消滅した。

「屈め」

 アルマは小声で、強く二人に言う。

「少しここで待っていろ。ランス、サリナを頼むぞ」
「ああ」

 ランスは今まで一度もミスをしなかったアルマを信用し、確かに応える。それに対し、サリナは不安げにアルマに問う。

「アル? どうしたの?」
「少し異変を見た。様子を見てくる」
「気を、つけて……」
「ああ」

――今の魔力の大きさ。上級並みの魔力だった。トラップの魔力ではない。

 アルマは魔物の亜種を心配しながら、集中し、その歩を着実に進める。
 明らかにトラップの魔力ではありえない量の魔力量が流れ出していた。トラップどころか、通常の魔法の魔力でもあんな大きさにはならない程。恐らく、巨大な魔法同士がぶつかり合い、瞬時に片方が掻き消されたのだろう。

 アルマは曲がり角でゆっくりと覗き込む。その先には倒れた男が一人。回りにはだれもいない。擬態などの姿を変える魔法を使っているのならば、すぐに|紅魔眼《マジックセンス》が捉えるはずだ。しかし誰もいない。

「おい! 生きているか!?」

 アルマは倒れている男に駆け寄る。突然曲がり角に飛び込んでいったアルマを見た二人はその後を追う。

「なっ。アル……その人は?」
「死んでる……」
「なんだって!? だが、周囲にはそんな危険となるようなものはないじゃないか!」
「強大な魔力の反応があったんだ。だがいるのは死体。気を付けてくれ」
「殺した奴が近くにいるということか?」
「いや、少なくともこの階層にはいないだろう」
「アル、それはどういうこと?」

 サリナのその問いに対し、アルマは道の先を指し示すことでその問いに答えて見せた。

「次回層への階段……」
「ああ、そうだ。地図によれば次の階層が最終階層。攻略を狙っているのか知らないが、|三首狗《ケルベロス》と共にこいつを殺した奴等がいるかもしれない」
「対人戦になるかもしれないということか?」

 その問いに対し、アルマは答えなかった。炎が蠢き、地面が揺れる音のみが聞こえるこの迷宮で、緊張の糸が一気にピンと張った。先ほどまであまり汗をかいていなかった二人も、一気に滝のような冷や汗が流れ始める。

 この疲弊した状況で最悪の事態を告げ、士気が下がるのが一番危険である。



 アルマは気付いていた。

 この死んでいる男は体に傷がない。もし共に居た仲間に殺された場合、少なくとも身体に傷ができるはずだ。それが魔物の場合でも。

 しかし魔物の場合なら、こんなすぐに姿を隠すのは不可能であり、今アルマたちはこの男を殺した魔物と戦闘になっているはずだ。

 魔法でも、火なら火傷が、風なら裂傷が、水なら衣服が濡れていたりと必ず証拠が残るはずなのだ。外相を齎さない光の場合も内臓破壊によって吐血するはずだ。

 そう考えるともう一つしかない。闇。魔人のみが扱うことが許された闇を司る魔法。精神を破壊する闇は身体のどこも傷つけずに生物を死に至らしめる。

 そして考えるべきはその魔法を放ったのは誰なのか。これが魔物であるなら有難いが、一瞬にして姿を消したということを考えるとかなり知能が高い魔物だと言える。そう、サイレンスのような。

 しかしサイレンスこそ異常であったのであり、何度と階層を移動する魔物がいたら堪らない。すると自然と犯人像は浮かんでくる。

 闇魔法が使え、人間と同レベルの知能を有する生き物。

 人間種最大の敵であり、長年の因縁、魔人種。

 ランスがそれを危惧するならまだしも、アルマがこんなに魔人に対し警戒しているのは理由があった。



「アルマ君。少し話、いいかい?」
「なんですか?」

 信用できない男に声を掛けられたアルマは不機嫌そうに応える。アルマを呼び止めたのはアイロスであった。

「いや、先日聖教都市に行くことを勧めたからある程度の注意をしたくてね」
「注意?」
「ああ、君のあの|特殊技能《スキル》は外では目立ちすぎる。あんまり使わない方がいいかもしれないな」
「なんで、そんなことをあんたに言われなきゃならない?」

 アルマの語気は荒く、敢えて警戒心をむき出しにしているということをアイロスに悟らせる。

「最近、人間種領。特に聖教都市周辺で魔人種の動向があるらしい。まだこちらに被害があったわけではないのだが、気を付けてほしいと思ってね」
「魔人種なんて、百年以上前から人間に見向きもしていない種族だろう。そんな適当な忠告を」
「忠告というか注意かな? あと年長者の話は意外にも聞いておいてよかったと思うことがあるからね」
「それはどうも……」

 そしてアルマはその場を後にする。

「君の実力を見せてくれよ……」

 アイロスはアルマに聞こえない様、そう呟いた。



 アイロスから魔人について少し話を聞いていたのだ。アイロスの話を信用するわけではないが、ここは一番魔人種領に近い街。集団で移動してくる魔人がいれば簡単に気が付くだろうが、少数で移動されたら気付かないだろう。

 そう考えると可能性はないと言い切れない。

「アル! 何ぼーっとしてんの。早く移動しちゃおうよ!」
「あ、ああ」

 アルマはサリナとランスに連れられ、次の階層に進む。

「い、一応警戒しながら歩こう」
「そうだね」
「ああ」

 相手が、魔人なら階層を移動するのは当然だ。だがそれを言って二人に不安を与えない方がいい。

「アル、何か顔色悪いけど大丈夫?」

 サリナはアルマの顔を覗き込みそう言った。かなりの緊張でアルマの顔からは血の気が引いていた。表情もどこか険しくなっていたようだった。

「ああ、大丈夫だ。少し緊張しただけさ」
「ビビりすぎじゃないのか?」
「はは、騎士様は頼もしいな」

 ランスは笑いながら、アルマに皮肉を言うが、そんな余裕はなく、アルマはいつものような皮肉で返すことはできず、ランスもその反応に困り、会話はそこで終わってしまった。

 少し歩いただけであった。今アルマたちの目の前には最深部、主のいる間に至るための巨大な扉がある。これを開け、中に入ればここの主である|三首狗《ケルベロス》がいるのだ。

 通りで魔物に遭遇しないわけだった。アルマたちは魔人の歩いた道を歩いてきたのだから。だからトラップもあることはあるのだが、そのほとんどは破壊されていた。

 そしてその巨大な黒鋼の扉の真ん中には大きな穴が開いている。人為的に破壊された形跡のある扉の穴を見て、二人も固唾をのむ。

「ま、まあ簡単に攻略できたし、いいんじゃない?」
「そうだな……。二人とも行くぞ。警戒しろ。武器をもう構えておくんだ。何が起こるかわからない」
「うん!」
「ああ」

 アルマたちはその穴を抜け、最後の間に入る。そこは広く主のいるところまで少し歩くことになったのだが、ある程度進んだ瞬間であった。

【グギャアアアアアアア!】

 重い音と共に、微かに地面が揺れた感覚。三人の視線の先には力なく崩れ去る|三首狗《ケルベロス》の姿があった。

「ふん、所詮この程度か……」

 地獄の番犬と謳われるこの迷宮の主が今まさに地に伏し、光に消えていった。その|三首狗《ケルベロス》の代わりに黒い衣を纏った、青みがかった銀髪を持つ男が佇んでいる。
「け、|三首狗《ケルベロス》を一人で……!?」

 薄っすらと黒い靄のようなモノが男の身体の中に入り込んでいったのを確認したアルマは、予測を確信へと換える。

「一個上の階層で倒れていた男。あいつをやったのはお前か?」

 そう尋ねたアルマは瞬時に、脇腹に携帯していた|投擲短剣《スローイングナイフ》を投げつけることで、男の攻撃を回避する。空中で投擲短剣が何かにぶつかり、地面に転がったのを確認したが、男がなにを放ったかはわからなかった。

――武器、魔法か……!?

 突然の出来事と言うこともあり、|紅魔眼《マジックセンス》か眼かどちらでそれを捉えたかわからないアルマは焦り、二人に臨戦態勢を指示しようとするが、男の動きが早い。

「この迷宮をここまで攻略できる者がこの種族にもいたか! 黒い少年は見込みアリだが、赤の少女はどうだ?」

 サリナは肩を大きく震わせ、杖を構え臨戦態勢を取るが、その瞬間男は体を黒い瘴気に変換させ、こちらに近づいてくる。

 そして実体へと変わったとき既にその男はサリナの前に立ちはだかっていた。

「見込みはナシか」

 男は手を触れずに、サリナに体を宙に持ち上げる。

「なにっ!?」

 サリナの首の周りに魔力が集中していることを確認したアルマは、それが魔力の直接使役による物理的干渉だということに気付く。

「あ、はっ。くるし……」
「やばいやばいやばい! ランス! 臨戦態勢! 初っ端から全力で行くぞ!」
「おう!」

 サリナは今も首の周りに爪を立て、もがき苦しんでいるが、人間に魔力を直接使役する力はないため、その拘束から逃れることはできない。アルマとランスは二人で男の元へ駆け寄ろうとするが、男の行動の方が早い。

「ふん、つまらん」

 男はサリナをそのまま放り投げる。壁に激突したサリナは気絶し、その場に倒れこむ。頭からは血が流れているが、それほどの大怪我は負っていないだろう。だが、三人とも戦闘不能にされれば、絶対に皆殺しにされる。

 ランスはサリナの元へ、駆け寄りその体を抱き寄せる。すぐさま回復術を唱え、目に見える傷を治して見せ、直後男のことをきつく睨む。

「聖教騎士の少年か。主はどうだ? その怒り、怒りは人を強くするというが……」
「貴様……。貴様ァ! 殺してやるぞ……】

――なんだ……。

 アルマは瞬時にそのランスの覇気の変化を察した。ランスの纏っているそれは本来人が背負っていいものではないということも。

「まてっ! ランス、落ち着け! 二人でやればっ――」

 ランスはアルマの指示を無視して、背負っていた袋から、盾と直剣を引き抜き、男の元へ走って行った。

「がああああああああああ!」

 ランスは上空に飛びあがり、体を回転させその勢いのまま直剣を振り下ろす。その強撃ともいえるその斬撃を、男は軽々と篭手で受け止め、裏拳でランスの頬を捉える。奇妙に歪んだランスの身体は一つテンポを遅らせて、顎と共に吹き飛ばされた。

「ふむ、力はまあまあか。しかしやはり頭が弱いなあ」

 ランスは自分の身に降り注いだ瓦礫を避け、ゆっくりと立ち上がる。

「|光よ、悪しき者に日の罰を《ソレイユ・シャルフ・バレット》」

 構築した光の矢はとてつもない勢いで男に向かっていくが、男はそれを、身体を瘴気に変換させることで軽々とそれを避け切って見せる。

「くそ、くそっ。クソッ!」

 アルマはランスの異変に気付いた。いや、アルマだけでなく誰でも気付くであろうその変化はアルマが独立魔力を解放した時のような変化であり、異質であった。

 口から吐き出される呼気は分厚く、もはや蒸気のように溢れであるそれはすさまじい魔力を内包し、ランスの体内に存在する魔力が異常に溢れ出ていることを表していた。

「ランス! ランスッ!」

 アルマは絶叫した。しかしその声はランスに届かない。

「|太陽の女神よ、貴女の御業を今ここに《ソレイユ・ハルト・パーセル》! あがっ。あぐぅあああああああ!」

 硝子の砕け散るような音が辺りに鳴り響く。それと共にランスの魔力は増大するとともに、アルマにしか見えないその魔力は黒く染まっていった。

 おかしい。決闘の時の魔力とは人が入れ替わったかのように大違いである。

【が、がああああああああ――】

 ランスは白目をむき、歯茎をむき出しにし、雄叫びを上げている。やはりおかしい。|太陽の騎士《ソルブースト》で発現されるはずの黄金の武具がランスの手には発現されていない。

 ランスの直剣は黒い魔力が纏われ、凄まじい力を放出している。

「もしや、あれが人を殺すまで鞘に戻らない剣、ダインスレイフ……」

 男もその剣の存在を知っているらしく、呟く。

「ほほう、ダインスレイフか……。その剣の力、楽しませてくれよ! 少年!」

 ランスはダインスレイフを大きく振るう。すると太陽の騎士の黄金紅炎のような形の暗黒の波動が男に迫る。

「ふははははっ! そんな見せかけの技で勝てるとでも!」

 男が両手を前に突き出すと、その波動が男を避けるように、真っ二つに割れてしまった。

 ランスはその波動の裏に隠れ、男との距離を縮めていたらしくそのまま隙を与えず男に切りかかる。

 |紅魔眼《マジックセンス》を使っていないと見えないような、凄まじい速さの連撃が繰り出される。しかし男はそれを全て華麗に篭手で受け止めてしまう。

「遊ばれている……」

 アルマは男に余裕があるのをわかっていたが、ランスの無謀な戦い方ゆえに手を出すことができなかった。

「ハハハハハハ! もっと速くだ少年!」

 男はランスを上回る連撃を繰り出し、その拳をランスの顔面に叩きつけた。だが、ランスもひかない。

【がああああああ!】

 喉が枯れ果てているというのに、放たれる雄叫びは聞き苦しく、アルマの耳を逆撫でる。そしてランスは盾を投げ捨て、その剣で自らの腕を切りつけた。血が手首の辺りから吹き出ていくが、剣が全てそれを吸収していく。

「血を飲む剣……」

 剣に纏わりつく暗黒の魔力量は尚膨れ上がっていく。

 その行動でアルマは全てを理解した。なぜ幼き日のランスが盗賊を征伐できたのか。その時こそ、今のように自傷を行うことで剣を強化し、自らの身体を剣にゆだねたのであろう。そんなことも日が出ている日中であれば、可能だった。ランスには日に当たれば血すらも復活する|固有特殊技能《ユニークスキル》を持っているのだから。

 しかし今は迷宮の洞窟の中だ。日の光はない。このままではランスは自分とあの男、両方の攻撃で死んでしまうだろう。

「ランス! やめろ!」

 アルマは叫び、制止を求めるが、やはりランスの耳には届かない。

「ほう、ダインスレイフの力の使い方は知っているようだな。しかしそれは本来敵の血を吸わせて扱うものだ。やはり頭が弱すぎる。もう飽き飽きだ。貴様はまだ弱かった」

 男は身体を瘴気に変換させ、ランスの斬撃を回避した後、ランスの顎に思い切り拳を叩き込んだ。

「これで当分は起きないだろうな。さあ最後だ、見込みアリの少年よ。最後は主だ」
「お前、ダインスレイフについて詳しいようだな」

 アルマは見込みアリだからか、わからないがアルマの質問に対し男は応える。

「ああ、あの騎士の少年は早めに連れて帰った方が良いだろう。気絶している時は良いが、起きれば意志を持たない殺人兵器だ。主の種族はダインスレイフを何らかの方法で封じる手立てを持ち合わせているようであったしな」
「それなら、逆に今は感謝を述べるべきか?」

 相手だって、ただの人間ではないか。何にビビっていたのだろうか自分は。先ほどまでの自分にアルマは笑いがこみ上げてくる。

「ふむ、ただ私は邪魔になったから少年を退場させただけだ。せめてウォーミングアップ程度になればと思ったのだが、やはりこの程度だな。もう一人の少年。君は私を楽しませてくれるか?」

 男の笑みは若かった。魔人は魔力を持つ長命な種族だと聞いていたのだが、それこそアルマやランスとそれほど歳が離れていないのではないかと感じさせる程に男は若かった。

「ああ、お前も人だろう。どこまで行っても人は人だ。俺が勝てないわけがない。そうだろう?」
「ハハハハハハ! 大口をたたく少年だ! もしその言葉が偽りなら貴様たちを皆殺しにしよう。だが私を楽しませることができたなら今日のところは見逃してやっても良いぞ!」
「お前に今日も、明日もねえ。ここまでだ。六十パーセントだ! 独立魔力開放!」

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:10:33

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