ホテル戦線

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前話


本編

 ブルーノがホテルに踏み入れると突如警報が鳴り始めた。メインホールに響き渡る耳を劈くような警報の音は、人々に瞬時にこの場の危険を知らせる。シマにある店は全て硝煙を感知すると警報が鳴るようになっていた。そしてこの警報が鳴っているということはこの建物の中で銃が使われたということ。
 それに焦りを感じたブルーノは逃げ惑う人々の間を軽快に抜け、目的の場所に急いだ。

「エレベーター……。いや階段で行こう」

 エレベーターの前を通り過ぎ、重い金属の扉を開け、ブルーノはは階段の踊り場に出る。目的地は八階。
 そのまま階段を駆け上がり、三階につくと上から一人の男が悲痛な叫びをあげながら階段を転がり落ちてきた。

「こいつは、テスタの」

 |小指《ミーニョロ》がかなり派手にやっているようだ。
 階段の手すりに身を乗り上げ、上を見ると微かに|小指《ミーニョロ》の姿が見えた気がしたブルーノは、最後に|小指《ミーニョロ》が六階のフロアの扉を開け逃げていく姿を捉える。ブルーノも急ぎ上へ向かおうとするが、下から五人程、手に短機関銃を持った男が駆け上がってくのが見えた。
 捕虜から聞いた数は合計15人。しかし15人以上いるのは明らかだった。

「ちっ、こんな仕事やってらんねえな」

 そう悪態をつきながらも、ブルーノは足元で気絶している男を担ぎ上げ、一つ下の階段の踊り場に男たちが見えた瞬間、その男を投げ飛ばす。上がってきた男たちは気絶した男に衝突し無様に階段の踊り場に落ちていった。

 彼らが上がってこないことを確認し、すぐさまブルーノも階段を駆け上がっていく。上の階から男たちが降りてくれば、銃を発砲する前にスタンクラブで感電させた。

 距離が離れていれば銃に、近接武器で対抗するのは危険かもしれないが、一番長くても五メートルもない階段が折り重なっているここでは、一瞬で気絶させることの出来るスタンクラブを振るった方が強い。

 階段や各階に繋がる扉を障害物にしながら、何とか弾丸を避けることで|小指《ミーニョロ》がいる六階を目指した。



 六階につきフロアの扉を開けた瞬間、突然目の前に現れたスローイングナイフ避け、その射手を目で確認する。

「待て! 俺だ! |小指《ミーニョロ》、|薬指《アヌラーレ》だ!」

 こちらを確認した|小指《ミーニョロ》はにやりと笑い、もう一本スローイングナイフを投げてくる。

 それをブルーノはスタンクラブで弾き飛ばし、|小指《ミーニョロ》の元に駆け寄る。

 そして一発拳骨を。

「こんな状況でふざけてる場合か!!」
「痛ってえ! 殴る必要はねえだろ!!」

 ブルーノは麻酔銃を、|小指《ミーニョロ》はスローイングナイフを放ちながら会話を交わす。ブルーノの放ったダートは一人の男の首筋に突き刺さり、|小指《ミーニョロ》のスローイングナイフは一人の男の眉間を打ち抜いた。|小指《ミーニョロ》は凄まじい速さでナイフを投げ、死体を量産していく。

「おまっ! 殺しすぎだろ!?」
「ああ!? 殺す道具しかねえんだから仕方ねえだろ!」
「ちっ、まあこのまま八階目指すぞ!」
「舌打ちしてえのはこっちだよ! なんでこんないるんだ!」
「知らねえ! さっき拘束した奴に聞いたがその時は15人って話だったんだよ!」
「15人!? もう20人は殺してるのになんだこの数は!」
「だから知らねえっつってんだろ!」

 そう話しながらも的確に眉間にナイフを叩き込む|小指《ミーニョロ》の技量は素晴らしいものだ。しかしこのままだと弾薬が尽きて終了だ。
 どうにかこの大量な戦闘員と戦わずして勝つ方法と、思考を巡らしていると一人の男が短機関銃とは違う物を持って飛び出してきた。

「おいアヌラーレ! マシンガンだ! そこの部屋の扉開けろ!」

 その瞬間、軽機関銃が放たれる。|小指《ミーニョロ》の言われた通り、ブルーノは扉を開け、部屋に飛び込んだ。

 耳を裂くような無数の破裂音と共に硝煙の香りが一層強くなる。
 言ってしまえば、ただの銃撃であるというのに、響く音は、下腹部を鋭く刺激し、身体を揺らす。鼓膜を突き抜けていく銃声は、まさに地響きに聞き紛うほど。
 それが鳴り止んだところで、ブルーノは、部屋の中で呻き声が上がっていることに気付く。

「ぐっ、ぬぅ。|薬指《アヌラーレ》、ちょいと手を貸してくれ……」

 ふと後ろを振り返ると、足から血を流す|小指《ミーニョロ》がいた。

「弾食らったのか!?」
「ぐっ、はぁ。そうみたいだ。足だけで二、三発やられてる」
 |小指《ミーニョロ》のズボンの裾を切り裂き、傷口を確認すると両足含めて四つの穴ができていた。
 そこからどろりと絶え間なく、赤黒い血が痛々しく流れ続けている。
 ブルーノは焼け石に水かもしれないが、扉を閉め、鍵、チェーンをかけた後、|小指《ミーニョロ》を部屋の奥に運んだ。

 二人が歩いた道は彼の血によって轍が築かれている。

「くっそ医療の知識がねえから。なんでこんな血出てんだよ」
「ハッ、ハッ。さっさと止血しろよ!」

 |小指《ミーニョロ》は熱い吐息を漏らしながらそう叫ぶ。ブルーノは|小指《ミーニョロ》の脚の付け根をロープで縛り止血を行う。そして弾丸が貫いた部分に水を流し、少し洗ったのちそこにガーゼと包帯で応急処置を行った。

「俺が敵に対して優しい奴でよかったな」

 前からの癖で指を切り落とした時のための処置の道具がポーチに入っていたため応急処置が簡単に行えた。しかし怪我の具合からして、応急処置にもなっていないのは十分に判断できる。

 相手に凄まじい破壊力を持つ軽機関銃を所持した者がいる状況で、下手に気を抜くことは出来ない。

「だとしても万事休すだな。敵を殺せる男はもう動けない。もう一人は麻酔銃だ。いい加減腰に刺さってるハンドガンを使いやがれ!」
「これは絶対に使えない」

 自らの命が危機に晒されていたとしても、ブルーノの意思は固かった。

「てめっ。ここで使わなかったら俺たち死んじまうぞ!!」
「だとしても使えない!」

 ブルーノの言葉に、諦め、いや呆れたのだろう。|小指《ミーニョロ》怒りの矛を収め、寝かされたベッドの上で大きなため息をつき、何も言わなくなった。

「お前はここで待ってろ。お前だけでも絶対に助けてやるから……」

 ブルーノは一人立ち上がり麻酔銃に新たなダートを取り換える。スタンクラブの電圧を調整し、ポーチに入れていたスモークを一つ取り出し、ゆっくりと音が聞こえないようにチェーンを外す。

 一度呼吸を置き、意思を固め部屋の鍵を、ゆっくりとこれも音が聞こえないように開けた。

 その瞬間だった。外で無数の銃声と共に扉付近から悲痛な叫びが上がる。

 扉の覗き穴から外を覗くと、ちょうど今、何者かに撃たれた男がドアに凭れ掛かるように、息を引き取ったところだった。
 ブルーノは何があったのかと、外を確認するため、扉をゆっくり開けようとすると外から、一つ、聞き覚えのある渋い男の声が聞こえた。

「|薬指《アヌラーレ》、出てきていいぞ?」

 その声につられるように、扉を開け、外に出るブルーノ。そこには|幹部《カポ・レジーム》|指達《ナンバーズ》の|中指《メディオ》がいた。

 黒の長髪に、無精髭。それに似合わないピシッと決まったの高級スーツ。背丈はかなり高い。極めつけはスーツの上からわかる大きな筋肉。
 渋めのダンディ顔から笑顔を綻ばせながら、前髪を男らしい無骨な手で掻き揚げる。そして二丁の拡張マガジンを付けた拳銃を持ち、それを華麗に扱う。

 |中指《メディオ》は|幹部《カポ・レジーム》の中で二番目に強い男だった。
 それは卓越した戦闘技術もさることながら、交渉術や、周りからの信頼、多くの素質を持ち合わせたが故の結果に過ぎない。

「|中指《メディオ》……なんでここに」

 本来彼はこんな街の辺境に来るような男ではなかった。彼の基本的な仕事はシマの中心部の警備と酒やドラッグの取引のはず。

「いや、仕事の帰りにホテルの警報を聞きつけてな」

 ブルーノはこの言葉が絶対に嘘であると確信しているが、それよりもこの男が自らの窮地を助けてくれたことに感謝した。

 |中指《メディオ》はブルーノを可愛がった。|小指《ミーニョロ》もそうだが、この若さに|幹部《カポ・レジーム》の座に登り詰めたことは、凄いことだとまるで自らの子供を褒める様に。
 ブルーノがファミリアの立ち位置や、境遇に悩んでいる時も、自分の立場を貶めることを気にせず、ブルーノの肩を持った。
 良い兄貴分の、大切な仲間だった。

「お前、まだ殺さないとか言ってんのか? トラックの荷台の奴ら見たぞ?」
「ああ、するわけないじゃんか」
「まあそういうのもいいが今回の目的はトラックの荷物だろ? あそこ離れてどうすんだ。逃げられても仕方ないぞ?」
「え!? あっちに敵が?」
「そうだ。お前らが来ることわかってたんならあそこをザルにするわけないだろ?」
「じゃあ|中指《メディオ》はそこを片付けてから?」
「いやそっちは|人差し指《インディチェ》がやった」
「|人差し指《インディチェ》も来てるのか!?」

 |人差し指《インディチェ》。その名の通り、|幹部《カポ・レジーム》の人差し指を任されている男。
 茶色の短髪に、綺麗に整えられた眉毛、長いまつげ、顔も整っており、|中指《メディオ》に負けず劣らずの体格だ。
 それが故にファミリア一、女にモテる男でもあるのだが、|中指《メディオ》とは正反対に寡黙な男で、女の噂が付いて回るなんてことはなかった。

「金も契約書も商品も全部俺たちの手の中にある。帰るぞ」
「さすがだな……。そうだ|小指《ミーニョロ》が!」

 仕事の正確さと、その速さに自らとの実力の差をまざまざと見せつけられたブルーノは、肩を落としながらもそのことに喜ぶ。しかし彼らの登場に安心し、|小指《ミーニョロ》が負傷したことをすっかりと忘れていた。

「弾食らったかぁ?」

 と、|中指《メディオ》は静かに笑いながら部屋の中に入っていき、|小指《ミーニョロ》を抱えて出てきた。|小指《ミーニョロ》は|中指《メディオ》に対し、片腕で担がれているというのに、そこで叫んでいる。

「女を商品て言うんじゃねえ!!」
「わかった、わかった。そんな暴れると血が出すぎて死ぬぞ?」

 |中指《メディオ》がそう言うと、|小指《ミーニョロ》はまるで借りてきた猫のように静かになる。|小指《ミーニョロ》にとっても|中指《メディオ》は信頼に足る男であり、彼のことを慕っていた。
 そんな状態でブルーノは|中指《メディオ》の後ろについていき、ホテルを出た。

 外で振る雨は、いつもより激しいかもしれない。

 雨に濡れた|小指《ミーニョロ》は傷口が沁みると文句を言っている。それに対し、|中指《メディオ》はこれだけ元気があれば大丈夫だろうと、笑う。それとの入れ違いにファミリアの|準構成員《アソシエーテ》がホテルに入っていく。最近ファミリアの所属を許されたばかりで、雑用ばかり任せられている者たち。俗にいう死体処理班だ。

 それから|小指《ミーニョロ》はファミリアの医療班にトラックのコンテナに積まれた女たちと共に、シマの病院へ。
 そしてブルーノ、|中指《メディオ》、|人差し指《インディチェ》の三人は酒場に車を走らせた。



 酒場のスイングドアは、雨のせいか、いつもより激しく音を立てる。静かなジャズと、アンジェロのシェイカーを振る音、ファミリアの奴らが酒を飲み、笑う声。
 ブルーノの後に、|中指《メディオ》と|人差し指《インディチェ》が入ってきたことにより、酒場に存在していたありとあらゆる音は、静寂に包まれる。
 多くの者たちが口々に、|指達《ナンバーズ》が三人も揃っていることに驚きを隠せない様子だった。

「おいおい。なんで|幹部《カポ・レジーム》が三人も……」

 アンジェロも他の者たちと同様、驚きを隠せずに、手に持っていた大切にしているはずのシェイカーを荒っぽく調理台の上に置いた。

 もちろんブルーノはほぼ毎日ここに通っていることから、他の者は、彼がいることは当たり前のように感じていたが、本来|幹部《カポ・レジーム》が構成員の溜まり場である酒場に足を運ぶことは少ないはずだった。そして例外として|小指《ミーニョロ》が突然現れたり、ブルーノがいない時に|中指《メディオ》と|人差し指《インディチェ》が来たり、という個とがあったが、三人以上の|幹部《カポ・レジーム》がこの酒場に集まるということは、少なくともブルーノが知りうる限りなかった。

 だから周りの者は、これから何が起こるのかと、緊迫した表情で彼ら三人を見つめる。しかしそれよりも先にアンジェロは本来いるはずの|小指《ミーニョロ》がいないことに気付く。

「ブルーノ……。|小指《ミーニョロ》は?」
「負傷して病院に運ばれた……」
「なに!? 聞く限りそんなに難しい仕事ではなかったはずだ」

 |小指《ミーニョロ》を心配し、額に脂汗を貯めたアンジェロを落ち着かせながら、ブルーノは事の顛末を伝えた。

「作戦がテスタに回っていた……? いや、俺は仕事をやるはずだったお前ら二人にしか内容は伝えてない。ならどこで漏れた? ド――」
「おっと、アンジェロ。いくらお前でもそれ以上はダメだな。あくまでも信頼を重んじるファミリアだぞ。アルティファミリアは」

 |中指《メディオ》はアンジェロの意図をしっかりと汲み取りつつ、|幹部《カポ・レジーム》としての立場も忘れず、対等な立場での意見を述べた。もちろん誰もアンジェロが漏らしたとは思っていない。
 しかし情報が漏れていたという事実がある以上、それは確かで、明らかにどこかで歯車が違えているということ。

 仕事の内容が漏れる可能性があるのは三つ。
 ドンから|若頭《アンダー・ボス》。|若頭《アンダー・ボス》からアンジェロ。アンジェロからブルーノたち。
 ドンから|若頭《アンダー・ボス》へは封書で。|若頭《アンダー・ボス》、アンジェロは口頭で。
 可能性として大きいのは|若頭《アンダー・ボス》かアンジェロのミスだが、アンジェロの発言を信用するとすれば|若頭《アンダー・ボス》がミスをしたということになる。
 信頼を重んじるアルティファミリアでそれを大声で言うのはもちろんご法度だ。
 だとしてもこれは仲間内から漏れたとしか考えられない。

 アンジェロもブルーノもそう言いたげに、|中指《メディオ》の顔を見つめる。

「任せろ。俺と|人差し指《インディチェ》でそこらへんは探ってみる。お前は今まで通り仕事を続けろ。アンジェロもな。この件について下手な詮索はなし。わかったな?」

 |中指《メディオ》はブルーノとアンジェロの方を叩きながら、静かに立ち上がり、酒場を出ていった。まだ表情が硬いアンジェロに、ブルーノは口を開く。

「まあ仕事としては、結果的に成功だ。契約書も金も女も全部確保してある」

「そうか。それはよかった」

 といって、調理台の下にある金庫から受け取っていた報酬を出そうとするアンジェロをブルーノは静止する。

「|小指《ミーニョロ》が治ってからでいい」
「そうか。後始末は|準構成員《アソシエーテ》や俺が任されているから、お前はもういいぞ。この仕事は一旦ここで終了だ」
「わかった。じゃあ俺は帰らせてもらうよ」
「酒は良いのか?」
「ああ。それも|小指《ミーニョロ》と一緒にな」
「わかった」

 そう言うと、ブルーノは酒場に止めさせてもらっていた車に乗り込み、家を目指した。

次話


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  • 最終更新:2020-05-23 02:27:15

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