人狼が吠える夜はせめて満月であれ

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前話


本編

 白く煌々と輝く月の下に佇む黒岩の砦。

 四方を岩壁で囲われ、その各角には物見矢倉が建てられ、夜目を持っているであろう弓兵が二人ずつ、警備を行っているようであった。

 夜目は特殊技能の一つであり、偵察系の能力を鍛えている者は大抵手に入れることが出来る能力だ。

 夜の景色を昼のように見える能力はいささか面倒臭い。そういうところはさすがガルベスと言ったとこだろう。抜かりない。

 アルマはまず砦の北西の位置にある森の中にある一番背の高い木に登り、|紅魔眼《マジックセンス》を使って感覚を研ぎ澄ませつつ北の塔の兵を狙った。

 最近製作していた特殊な矢を弓に番え、魔力を流し込みつつそれを放つ。そしてもう一度同じ矢を放つ。

 暗い夜の中を駆ける二筋の矢は確実に二人の腕を貫き、矢じりに仕込んでいた強力な麻痺毒を瞬時に体中を駆け巡らせる。死には至らないカーススパイダーの毒を利用した麻痺毒だった。

 獲物を仮死状態にすることで鮮度を保ちつつ保存するカーススパイダーの毒は、敵を殺さずに無力化するにはもってこいだ。

「これでうまくいくなら、他の監視塔も大丈夫だろう」

 それから西、南、東という順で、手ごろな狙撃地点から弓兵を気絶させ、東の塔の元から砦内に侵入することにした。



 垂直の壁であるが、それこそ廃砦であるために、色んな所の石材がなくなっている。そこがうまくきっかけとなり、簡単に登ることが出来た。

 登り切った後、窓から中に入り込み、アルマはトレンチナイフを引き抜き、下へ降りる道を探す。片目での発現が不可能な|紅魔眼《マジックセンス》を逐一切り替えながら魔力の反応を探し、その歩を進めた。

「ここは、食堂か?」

 壁から中を覗き見ながら数を確認する。一、二、三。寝ているのが一人、起きているのが二人であった。

 薄い蝋燭の光が、点々と部屋を照らし、汚い木の机を赤く照らしている。

「首領もおっかねえ人だよな」
「ほんと、ほんと。特にギルドの奴等に関してはかなり熱が入ってるみたいだしな」
「ああ、地下の拷問部屋はみたことあるか?」
「いや、ないな。酷いのか?」
「酷いってもんじゃないぜ。もう人の形を成さないくらいに痛めつけるんだからな」
「昔なんかあると聞いてはいたが、そこまでとはな。あの右腕はそのせいらしいじゃねえか」
「なにがあったんだよ」
「俺も良くは知らねえ。知っている奴はあのなんだっけ。首領の周りでうろうろしている奴くらいらしい」

 片方の男がよそ見をした隙に片方の男を気絶させる。

「アガッ――」
「おい、どうし――」

 アルマは机を乗り越え、男を椅子事押し倒し、そのまま背後に回り込んで首を締めあげ、気絶させる。

 その後、寝ている奴の肩を叩き、起こす。

「ん、なんだよ……」
「もう一度お休み」

 そして鋭く顎に打撃を加え、もう一度眠らせた。

 そこにいた三人を持ってきていたロープで身動きを取れないように拘束する。

 アルマは水の張ってある器に手を浸し、蝋燭の芯を掴むことで火を消した。紅い火が消えたことにより、窓から青白い月光が差し込む。そこにはアルマの腰に下がっている銀の短剣が獲物を狙うように煌めいていた。



 アルマは砦の中へと足を運んだ。そこには見覚えのある武器を携えた男が立っている。禍々しい棘のついた戦鎚に銀の胸当て、手入れのされていない無精髭。

「よう、アルマ。やっぱりお前は来ると思ったが、ほかの二人はどうした?」

 ガルベスは背を向けたまま言った。そして振り向いたガルベスの姿は月の灯りに照らされる。そのガルベスの姿はなぜだか酷く懐かしく、アルマの心を締め付けた。

「俺のせいか? 俺のせいだよな」
「いや、ドルエムのギルド長のせいだ」
「ということは、俺のせいだな」
「違う。俺は冒険者に対抗するための勢力を、力を集めた。だがそのためには何でもやった。冒険者への物資を送る荷馬車だけを襲い、ドルエムへ向かう食料を積んだ荷馬車に毒を仕込んだ。そんなことをしたら、当然だよな。いつのまにか盗賊だの悪魔だの。それでも俺はギルド直属の冒険者を殺して回った!」

 ガルベスは怒りに任せ、叫ぶ。

「俺はただこの世から汚いものを片付けていただだけだ!」
「だけ? 何人殺したんだ」

 もうこんな生活を長らく続けていたから、おかしくなってしまったんだ。冒険者の話をしながら、鋭い眼光を光らせるガルベスの顔はまさに悪魔だった。

「覚えてねえ。覚えてるのは奴等の悲痛な叫び声だけだ。だがそれだけが俺の糧だった。その声を聞くたびにこの腐っちまった心が浄化されていくような気がしたんだ!」
「俺が全部責任を取る。そのために来たんだ」

 アルマは勢いよく、銀の短剣を引き抜く。

「はっ、ガキに気を遣わせて。バンディやジンは何やってんだ」
「あと数時間であいつらの討伐隊がここに到着する。俺は最後まで奴等に奪われたりしない。絶対にだ」
「そうか」
「手下どもは全員気絶で済ませてある。テンに判断は任せてあるがあいつが後から助けに来るだろう」
「ありがてぇ。無理矢理ついてこさせたような奴等だ。あいつらは死ぬ必要ねえからな」

 その言葉から何秒か、静寂が続く。

「アルマ。最後に一対一でやろうぜ」
「お前が望むなら」
「決闘だ」



 戦鎚の軌道巧みに操作し、強力な一撃を放つ。その先についた鉄塊は豪風を巻き起こしながらアルマの方へと迫り来る。

 それをアルマは躱そうとするが、ガルベスは錬成魔法によって棘を操作し、その軌道を変化させ、アルマの横腹へと叩き込んだ。

 それは最初の一撃からは威力が劣化しているものの、強力でアルマの左腕をミシリと鳴らした。

 だがそんな痛みがアルマを止めさせることはなく、アルマはガルベスの元へ駆け寄り、顔面に殴打を叩き込む。が、ガルベスの硬化によりただアルマの拳にダメージを受けただけであった。

「|流れる水が如く《オー・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスは青い|覇気《オーラ》を身に纏う。|蒼強化《ブルーブースト》は水のように全ての攻撃を受け流し、それを相手に返すこと、カウンターに重きを置いた魔法であり、それを身体的に取りやすくする魔法だ。しかしそれでも攻撃を休めるわけにはいかない。

 アルマはガルベスに向かって攻撃を繰り出して行く。トレンチナイフ、銀の短剣により、ガルベスの放つ攻撃を弾きながら、じりじりと近づき、次はトレンチナイフを利用した殴打を繰り出した。それを受け止め、流れるような動きでガルベスはアルマを背負い、投げた。

 地面に打ち付けられた背中はじんわりと痛み、呼吸が苦しくなるが、咄嗟に飛びあがり、もう一度殴打を繰り出す。そのタフネスな動きにガルベスは攻撃を許してしまい、鼻をアルマに潰されてしまう。

 それに危機を感じ、ガルベスは強い雄叫びと共に、戦鎚を振るい、アルマとの距離を取った。

「うおりゃああああ!」

 ガルベスの背負っていた青の|覇気《オーラ》が消え去り、アルマは次に風の強化が来ることを悟る。

「次は風か……」

 瞬間、身体が吹き飛ばされてしまうのではと言うほどの風がアルマに襲い来る。冷たい、耳が裂けたと錯覚するような風であった。

「|吹き荒れる風が如く《ヴァン・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスは緑の|覇気《オーラ》を身に纏う。|翠強化《グリーンブースト》は風のように素早く、雷のように怒涛の攻撃を行うことに重きを置いた魔法であり、その速さは凄まじいものであるものの威力は落ちるはずなのだが。

「ぐわぁっ!」

 突如、目の前に現れたと錯覚するほどの速さで近づいてきたガルベスの拳を認識できず、そのまま後ろにふっ飛ばされる。硬化の魔法がかけられた上に、雷の速度を手に入れた拳は鉄のように重く、アルマの顔を捉えた。

「さっきのお返しだぜ」

 後方へ吹き飛ばされ、中庭の木に横腹を打ち付ける。左目がぼやけてよく見えないうえに、血の味がする。歯で口の中を切ったようだった。

 鼻から出る血を抑えつつ、アルマはトレンチナイフだけでなく、銀の短剣すらも逆手に持つ。これこそアルマの防御形態であり、カウンターに重きを置いた形である。

「あーあ、くっそ。こりゃ酷でえや。ここまでなるとは思わなかった」
「おい、アルマ! 真面目にやれよ!」
「てめえ! 何言ってんだ。今から仲間を殺そうとしてるんだ! 真面目もくそもあるか! くっそ、盗賊なんかになりやがって。くそくそくそ! なんで、なんで!」

 アルマの瞳からは絶叫と共に涙が溢れ出る。しかし体は未だ戦闘態勢であり、涙を流そうともいつものように動ける。

 それを抜きにしても勝手に、無意識的に、自然と涙は溢れ出していた。どれだけアルマが大人より強いとしても、その年齢は十三歳。この極限状態に耐えきるメンタルはまだ持ち得ていなかった。

 しかし、アルマはまだ戦う。かつての仲間のために。

 強く、顔に傷がつくのではという勢いで拭い。もう一度戦闘態勢を取った。

「俺はもう戻れないし、戻る気はない。討伐隊すらも倒して冒険者を絶滅させるぞ」
「王国軍の討伐隊にはバンディもジンもいるだろう。俺を倒せても次は無理だ! もしその討伐隊がバンディとジンだけなら俺も二人に任せた。だが金を貰うためにお前を殺そうとする奴等なんかには絶対に殺させない。だから俺が殺す!」
「それが俺の最期なら受け入れる。まあギルド長を殺せなかったのは心残りになるだろうが。だが俺の最期は今じゃない!」

 ガルベスは目の前にした少年の涙に対し、冷たく言い放つ。
 その言葉でアルマの意思は決した。ガルベスは自分を子ども扱いせず、相応の覚悟の元この決闘を行っている。

「ガルベス、俺はもう容赦はしない!」
「ああ! 全力で来い!」

 ガルベスは戦鎚を振るい、アルマを潰そうとするが、共に戦ってきたアルマが今更それにあたるわけはなかった。そして戦鎚目掛け、陣が刻まれた投擲短剣を投げつける。柄の真ん中に撃たれた短剣はその魔力を解き放ち、鋭い棘へと変わり、地面に突き刺さる。その数は無数に。

 そしてその棘は地面をも鋼鉄化させ、確実にその手を止めさせる。

 本来は敵を拘束するために作ってもらったものであったが、ガルベスを殺すために使うことになるとは思っていなかったアルマの目にはまた涙が浮かぶ。

 ガルベスも驚き、何とか戦鎚を外そうとするが、それはもう人の力でどうこうできるものではなかった。

「こんなもの無くてもお前くらい! |燃え盛る炎が如く《フラム・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスは最後の赤い|覇気《オーラ》を身に纏う。|紅強化《レッドブースト》は燃え上がる炎の如く、強靭な肉体を強化し、消えることのない炎のように強烈な一撃を生み出す魔法であった。

 その結果、ガルベスの拳は炎が灯った様に煌々と光り、筋肉は肥大化し、視覚出来るほどの強化が行われた。これがガルベスの最後の切り札である。

 しかしカウンターに重きを置いたアルマであれば、対応しきれるはずであった。

 銀の短剣を構えつつ、ガルベスの炎の拳を躱し、確実に一撃を加えられ、確実に攻撃を避けることのできるタイミングを狙う。そして大振りの拳が着た瞬間、するりとその腕を避け、腕の筋肉を断ち切る。

「これで左腕は使えないぞ!」

 ガルベスの左腕は力なく垂れ下がり、左腕を全て染め上げるほどの血が流れている。

「まだまだぁ!」

 ガルベスは左腕を、肩を軸に振り回し、アルマに攻撃を加えようとするが、それを躱し、次は脇腹にトレンチナイフを突き刺す。

「ぐぬう。 ぐおおおおおお! |力無き我に全てを救済できる力を《サン・ハルト・ブースト》!」

 ガルベスが雄たけびを上げると、|紅強化《レッドブースト》とは別の赤い|覇気《オーラ》が漂い始め、大きな魔力の上昇を体現させる。

 空気がピリピリと震え、ガルベスの呼吸が大きなプレッシャーを孕み、アルマの心を萎縮させる。

 |紅強化《レッドブースト》でさえ、筋繊維に負荷をかけているというのに、血の最大魔法である|限界突破《オーバーソウル》を行うことで、体力と力の限界値を底上げさせた。それが生み出すのは一時の最強にも届きうる力と、確実に訪れる死だ。

「ガルベス、お前!」
「ただでは死なねえ! 俺の一番憧れた戦士を越えて、俺は先に進む!」

 アルマに対し、返事をさせる隙は与えずに強力な殴打を左腕で繰り出した。

「がはっ!」

 的確にみぞおちを捉えたその拳はアルマに吐血をさせ、膝を付かせる。しかしそれでもアルマは立ち上がる。もうアルマの身体はぼろぼろであったが、体力なんて言葉より遥か先にある信念が未だにこの男を立ち上がらせた。

「左腕も、回復させるなんて。ぶっとんだ魔法だな!」

 アルマはもう一度迫り来る左拳に銀の短剣とトレンチナイフ両方を構え、それを迎え撃とうとするが、それとは裏腹に強烈な痛みが左わき腹を襲った。

 そこに視線を落とすとアルマの腹部にはガルベスの右手から突き出た刃物が刺さっていた。

「右側に気を取られ過ぎたな。ただの義手を作るわけがないだろう」

 ガルベスはその刃物をねじ込んだ後、勢いよく引き抜いた。

「しかも、細かい返しがついてる。所謂奥の手だったんだが、この状態は数秒も持たねえ。殴打だと楽に逝かせてやれねえしな」

 気を失いそうなほどの痛みが、腹を中心に体中を駆け巡る。血は絶えず流れ落ちていく。



 しかし今、ガルベスは油断している。

 アルマはトレンチナイフでガルベスの足の甲を突き刺し、体勢を崩させた後、もう一度腹部に刃を突き立て、さらに右腕の義手を切り落として見せた。

 そして何とか飛び上がり、トレンチナイフの拳鍔で思い切り、ガルベスの顔面を殴打する。が効いていない。

 ガルベスはそのまま欠損した右腕で傷口を狙い強烈な殴打を放ち、アルマを地面に倒れ伏せさせる。

「ぐはぁっ!」

 腹部に言いようのない凄まじい痛みが、腹を食い破られるような痛みが襲う。立てない、痛すぎて足を動かすことが出来なかった。

「痛いか? 義手の刃には遅効性の痛毒を塗っておいたんだ。痛毒は、血液と反応することで細かな振動を始める毒だ。その振動は露になった肉体に強烈な不快感を与える」
「くっそ、なんだよ。楽に逝かせてやると言っておきながら、かつての仲間にこんな毒を仕込むなんてさ。笑える」
「言っただろう。これは決闘だ。だが本当は痛毒が効く前に殺してやるはずだったんだが、意外とお前はタフだった。悪いな、こっちも限界を迎えつつあるんだ。血を流し過ぎている。これで最後にする。だから安心しろ」

 ガルベスはなんとか義手を嵌めなおし、手首の辺りから先ほどより一回り大きい短剣を取り出し、アルマの真上に掲げる。


――もうだめか……。
 

 振り下ろされる短剣。切っ先が下校で煌めいた瞬間、左手で微かに主張するように触れた銀の短剣。それがアルマをもう一度奮起させる。

「まだだ……」

 銀の短剣の柄、装飾された部分で辛うじてガルベスの短剣を防いだ。



 銀の短剣に短剣が当たった瞬間、確かにアルマとガルベスの耳に届いた、何かが砕け散るような音。その瞬間アルマの底から、形容しがたい程の力が漲ってくる。

 その言葉通り身体の内から力が沸き上がり、四肢へと流れていくように。



――失われていたはずの力が戻ってくる。

 それは比喩か、真か。凄まじい勢いで血液がアルマの身体を巡るかのように、全身に新たな力が齎される。

 アルマは瞬時に体を捻らせることで、起き上がり、ガルベスの頭を蹴り飛ばした後、腹部にも蹴りを食らわせる。

 硬化をもろともせず、ガルベスの腹部に脚が食い込んでいく。アルマは自分自身の力に、圧倒的な何かを感じる。

 それと同時に銀の短剣に異様な嫌悪感を覚え、それをその場で手放し、左手で思い切りガルベスの顔面を殴打する。

 鼻に拳が食い込み、何かを砕くような感触を覚える。そのまま拳を振り抜くと、ガルベスの巨体は軽々と後ろに吹き飛んだ。魔法が使えないアルマでも、限界突破とはこういうことなのだろうと錯覚するほどにアルマの身体には凄まじいほどの強化が施されている。

「まだやれるぞ、ガルベス!」

 異様であった。ガルベスではなくアルマが、だ。いつの間にか腹部の痛みは消え、左目の視界も元に戻っている。だがその時のアルマは火事場の馬鹿力のようなものが働いたのだろうと思っていた。

 しかし、既に|限界突破《オーバーソウル》と|紅強化《レッドブースト》で疲弊していたガルベスの腹に放った蹴りは、あばらを折り、それを肺に突き刺してしまったらしく、倒れたガルベスは既に虫の域にまで成り果てていた。

 へたくそが吹く笛のような音を呼吸するごとに鳴らしながら、ガルベスは必死に呼吸をしようとしている。

「なんだよ。さっきまでの威勢はどうしたんだ……」

 力無く倒れているガルベスに近づき、涙を堪えながら首にトレンチナイフを宛がう。冷たく吹き付ける風の音が鳴き声に聞こえた。

 その瞬間、ガルベスと仕事をしていた時の思い出がどんどんと目まぐるしく頭を駆け巡っていく。

 初めてパーティを組んだ時は、生意気なガキだと罵られ喧嘩をした。

 慣れ始めれば皮肉を言い合いながら魔物の討伐数を争い、改めてアルマが酒を飲めるようになったら、共に酒を飲む約束をした。そして共に魔物部屋の初踏破者となり、栄華を極めたはずだった。

 アルマの瞳から堪え切れなかった涙が溢れ、トレンチナイフに滴り落ちる。

「ガルベス……うっぐ。やり直すことは……?」

 苦しそうに呼吸しながらガルベスは、応える。

「ハァハァ……。もう無理だろう? ……自分で討伐隊って――言ったじゃねえか。どっちみち、殺されるんだろう? 年下だとしても……かっは。俺が認めた奴に殺られるなら――。ハァ……。この人生本望だ」
「くそっ! くそっ! くそっ!」

 アルマは何度も何度も、手が切れ血が滲む程地面を殴りつける。

「絶対に! お前の仇は……ギルドは俺がこの手で潰す。冒険者は――俺たちの栄光を笑い、俺たちの居場所を奪った冒険者は皆、誰一人とも残さず皆殺しにしてやる! この命に代えても!」

 泣きながら叫ぶアルマの頭にガルベスは静かに手を乗せた。

「ああ、よろしく頼むって言いたいが……そんなことガキのお前に……頼めるかよ。俺は地獄でゆっくり……ヤツが来るのを待ってるからよ。ぐっ――」
「ガルベス!」
「お前は好きに生きろよ――。俺たちよりまだまだ未来があんだからさぁ……」
「今になって大人ぶんじゃねえ! もっと大人げなく俺になんか頼めよ! お前にはできねえだろうがって煽ってみろよ!」
「うるせえなあ。ぐっ――ごほっごほっ――はぁ、そろそろ、この苦しみに耐えるのも、辛くなってきた……。一思いにやってくれ」

 力無く動くガルベスの口からは、あり得ない程の血が溢れ出る。

「わかった。最後に……言い残すことは」

 ガルベスは静かに目を閉じ、目尻から血の混じった涙を流す。そして静かに、微かに、はかなげに、この風貌からは考えられない程優しい声で言った。

「アルマ、お前と……仕事が出来て……良かった……ぜ」

 アルマはそれを聞いた後、思い切りガルベスの喉を引き裂いた。首を斬る音、そして血が噴き出る音が闇夜に鳴り響く。

 それと共に、アルマは月夜に吠える狼のように泣き叫んだ。



 それからアルマはガルベスの鎧を外し、衣服だけの状態にした後、中庭の木を使って木組みの寝床を作り、その上にガルベスを寝かせ、火を付けた。

 ガルベスが骨になるまでにはかなりの時間がかかったが、アルマが目を逸らすことは絶対になかった。月が見えていた時間から、地平線のかなたから太陽が顔を出すくらいの時間までずっと。

 いつ、涙が止まったかは覚えていなかった。でも古き仲間が天に召されていく空気や、音、匂い、そして胸を抉るような悲しみは今でも覚えている。

 人の灼ける臭いは不快な匂いだと誰かは言うが、アルマにとってその匂いは不快なものではなく、傷ついたアルマの心を癒してもいた。

 だが確かにその匂いを心に刻み込むと同時に、アルマは自分の力の無さを呪った。

 骨になったガルベスと、鎧をアルマは中庭の一番大きな木の元に埋め、その木の元にガルベスの戦鎚を立てかけ、その場を後にした。



 その帰り道、王国軍と冒険者、有志で組織されたガルベスの討伐隊と会った。そこにはやはりバンディが居り、バンディはぼろぼろのアルマの元へ駆け寄った。

「おい! アルマ! アルマじゃねえか!」

 集団の中から聞こえる懐かしい声だったが、アルマは笑顔を向ける気にはならなかった。

「どうした、そのぼろぼろの服……」
「バンディ、もう。もう全部終わったんだ。ガルベスを安らかに眠らせてやってくれ。じゃあな」

 アルマはそれだけ述べると、もう一度帰路へと着く。バンディはその泣きはらした顔に、光の無い瞳を持ったアルマに何か言うことはできず、アルマの背中を見つめることしかできなかった。

 その時討伐隊の中にジンの姿はなかった。



 それからというもの、アルマは森の中で、また自給自足で暮らした。武器がなくなっても木で作り、服が破けてもそのまま使い。今まで通りと言ったらそうだが、一つだけ明らかに変わったことがあった。

 ガルベスが夢に出てくるようになった。そしてガルベスはアルマに語り掛けてくるのだ。

「お前のせいだ。お前があんな依頼を受けたから。お前が弱いから。お前が幼いから。お前が――」

 食事も口にするもの全て血の味がした。肉の灼ける臭いはどうしてもガルベスの死に顔を思い出させた。

 そんな生活をする中でいつしかアルマは、鎌鼬やゴブリン、それどころか盗賊すらも何も思わずに殺さず様になった。

 殺す直前に聞く魔物の断末魔は風の音のように、殺した人間の声は流れる水の音のように。

 そこに当然あるものとして、常識として、あるべきものとして聞こえるように。



 皿が割れることと生き物が死ぬことの区別がつかなくなった。
 壊れていく自分をいつしか、心の中で隠すようになり、何もかもに嘘をつくようになった。もう人間かどうかもわからない。

 そしてアルマはいつしかイキモノという概念を失っていた。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:14:32

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