任務
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本編
「奴らの車が到着するのは午前10時、あと二時間後だ」
「|薬指《アヌラーレ》はまず女を連れたトラックの制圧。人数はそんなに多くないだろう。鍵を奪ってすぐホテルに入ってこい。気絶させた奴らはトラックの下にでも隠しておけばいい」
|小指《ミーニョロ》は酒瓶に詰めたメープルシロップを飲みながらそう言う。
「お前は一人で大丈夫か?」
「あ? もしピンチになっても臆病者のヒーローが助けに来てくれるんだろ?」
「馬鹿なこと言ってるんじゃねえ」
「ああ、わかってるわかってるって。少しくらい年下の緊張を解してやろうとかは思わないのか?」
未だおふざけを続ける|小指《ミーニョロ》に対し、ブルーノは一度声を荒げる。
「真面目にやれ!」
その言葉を嫌そうに聞きながら、耳を穿った|小指《ミーニョロ》は静かに悪態をつく。
「へいへい、朝からでかい声出すんじゃねえよ、うっせえ。俺だってお前と同じ|幹部《カポ・レジーム》だ。馬鹿にされるほどの実力は持ち合わせてねえ。お前は車の鍵持ってちんたら目的の部屋まで来ればいいさ。血の海を広げて待っててやるから」
|小指《ミーニョロ》は肌の白さから考え付かない気味の悪い真っ赤な舌を出しつつ、不気味に笑った。
「お前の実力を疑ってるわけではないんだがな。今回ちょっと嫌な感じがする」
「なんだ? 占い師にでもなったつもりか? 嫌な感じも何もテスタの奴らは嫌な感じする奴しかいねえ。片っ端から殺してやればお前の気分は晴れるのか?」
「もういい、俺が気にし過ぎただけだ」
「ああ、そうだよ。何も考えず仕事に集中すればいいんだ」
どうにもブルーノの方が緊張していたようだ。年下の|小指《ミーニョロ》に諭されるとは思わなかったブルーノは、その状況に突然気が抜けてぷっと吹き出した。しかしよくよく考えてみたら、殺しの仕事なら|小指《ミーニョロ》の方が上かもしれない。
自らに向けられると、あれほど恐怖に陥るあの狂気が、敵に向けられると思うと非常に心強い。
|小指《ミーニョロ》なら、という自信と共に、やはりどこか拭い切れない不安がそこにはあった。
「来たぞ」
|小指《ミーニョロ》は身を乗り出し、トラックを見つめる。そこら中に傷があり、洗車もしていないような酷く汚れたトラックだ。中に人を積んでいるとは思えないほどに運転も雑である。
「ちっ、あそこに女が……」
|小指《ミーニョロ》は歯をきつく食いしばりながらトラックを睨み付ける。
「行くぞ|薬指《アヌラーレ》。仕事の時間だ」
「ああ、へまするなよ」
「お前こそ」
ブルーノたちは、静かな闘志を燃やしながら車の扉を開け、外に出た。
汚いボロ紙を持ったトラックの運転手がそれを雨から庇いながらホテルの中に入っていく。
トラックの鍵は別の男に渡したようだ。
運転席から二人、荷台のコンテナから恍惚の表情をした男が三人出てきた。
「五人か。余裕だな」
荷台から降りてきた三人は荷台の周りに立ち、残りの二人は運転席の辺りに立った。一人は左後輪の辺り、もう一人はコンテナの扉の前、最後は右後輪の辺り。前の二人は運転席と助手席のドアを守るように立った。
|小指《ミーニョロ》はホテルの中に入っていった男を追いかけ、ホテルへ入っていく。ここからは一人ずつの戦い。
さあどうするか。
三人のうち真ん中の一人を制圧したとしても四人の中の誰の視界にも入らないだろうと、当たりを付けたブルーノは最初の|標的《ターゲット》を決めた。水溜りを踏みつけ、フードに当たる雨の音を聞きながら、真ん中の男に近づいていく。
男がこちらの存在に気付いた瞬間、既にその男の首筋には麻酔銃のダートが打ち込まれていた。
消音器を付けた麻酔銃は、まさに背後から忍び寄る死神のように真ん中の男を眠りに誘う。
発砲音すらもこの雨の音のお陰で、聞こえないのもそうだが、毎日銃声を聞いている彼らの耳は生憎、そこまで繊細な働きを成さない。
倒れ込む音を聞かれると気付かれる可能性があるため、ブルーノは後方、左と右の男に足音を聞かれないよう静かに、しかし急いで近づき男の体を受け止める。
そして眠ってることを確認した後、静かに地面に置きトラックの下に隠した。
次はホテルの玄関とは反対側の左側の男をターゲットにする。
麻酔銃を再装填した後、それを片手にブルーノは腰に差していたスタンクラブを引き抜く。勢いよく、シャフト――叩く部分――を引き出し、電撃を発するスイッチを押し、左の男に近づいた。
銃を持ち、警棒を持つ男が急に目の前に現れた。そう錯覚する左側の男は驚き戸惑い、銃を構えることすらできない。
慌てふためく男の頭を容赦なく、殴打すると、凄まじい電流が男の身体に流れ込むと同時に、男の意識を無理矢理奪った。
もちろん電撃を食らったことによる声が上がり、その声に気付いた運転席近くに立っていた男は咄嗟に銃を向けるが、既に空中にはブルーノが射出したダートが飛翔しており、それを食らった男は眠りに誘われる。
もう男の声によって反対側の二人には気付かれているはずなので、この男を受け止めはしない。
そして雨に濡れた地面を踏み付ける靴の音を、ブルーノの耳が捉えた。やはり、二人は異変に気付き、こちらに近づいてきている。しかし確かにブルーノは聞き取った。恐怖に戦く呼吸の音を。
ブルーノはすぐさま地面に伏せ、身体を回転させることで、トラックの下に入り込み、姿を隠した。
先ほどいた所とは反対側から抜け出し、ゆっくりとトラックの前を回り、警戒しながら歩く一人の男の膝の裏を蹴り、体勢を崩したところに、首へナイフを宛がうことで無力化する。
突然の出来事に、身体をビクンと震わせた男の手は、子犬のように震えている。まずは銃を捨てさせ、立たせた後、言うとおりにすれば殺さないと伝え、ゆっくりと歩かせた。
そしてもう一人、気絶している仲間を起こそうとしている男に銃を向けたまま声を掛ける。
「スタンガンの何倍もの電流を流してある。死んではいないがちょっとやそっとじゃ起きないぞ」
もう一人の男は驚き、体を震わせ、顔を上げる。男はこの状況を一瞬で把握し、銃をブルーノの方に投げ、手を挙げた。
「流石、訓練は良くされているようだが、この状況では0点だ。お前は寝てろ」
麻酔銃から放たれるダートは雨を切り裂き、手を挙げた男の首に突き刺さる。男の血液を完治した注射針は自動で麻酔薬を男の体内に注入していく。そして十秒もしないうちに男を深い眠いへと誘った。
ブルーノは拘束している男の脚を蹴り、膝を付かせ手を頭の上に乗せさせる。ナイフは首に宛がったまま、いつでも殺せるということを男に知らしめたまま。その状態で、ポーチの中からロープを取り出し、まず手を後ろで拘束し、その後足も拘束する。
「お前には色々吐いてもらう。叫んだら殺す。変な動作をしても殺す。まあマフィアに参加している以上簡単に仲間を売るわけがないよな」
ブルーノは一旦麻酔銃をホルスターへ納め、スタンクラブを抜き、一番弱い気絶しない程度の電圧に設定した。
「ホテルには何人の仲間がいる?」
しかし男の返答は。ブルーノの顔に唾を吐き、「死ね」と呟いた。
ブルーノは男の口にポケットから取り出したハンカチーフを押し込み、スタンクラブを首筋に当てる。
空気を切り裂くような音が鳴ると同時に男の身体がその音に合わせ痙攣し始める。ハンカチーフを口に突っ込まれているため叫ぶには至らないが苦渋の声を漏らした。一度スタンクラブを首筋から離し、呼吸を整えさせた後、もう一度首筋に宛がう。酷く身体が痙攣し、痛みにより男は目から大粒の涙を流し始めた。
「さあ、もう一度聞こうか。ホテルには何人の仲間が?」
ハンカチーフを取り出し答えを聞く。
「今日、取引でお前らが来るとわかっていた。だから取引の部屋には五人。お前らが入ったら総攻撃を仕掛けるため、外に十人……」
男は熱い吐息を漏らしながらそう言った。目はもう助けてくれと懇願している。
「ちっ、そうか。お前の役目はこれで終わりだ」
ブルーノは獲物を目の前にしたような獣の目で男を見つめる。
「やめっ、助けっ――」
出力を上げたスタンクラブによって、頭を殴打し、男を気絶させた。その後、彼らを一度ロープで縛り上げ、|小指《ミーニョロ》がいるホテルを見つめる。
|小指《ミーニョロ》が心配だが、まずは荷台に入れられている彼女たちをどうにかしなければならないと思ったブルーノはコンテナの扉を開けた。中には鎖に手と足を繋がれ、それこそ布切れとしか言えないようなもので局部のみを隠している女たちが十数といた。荷台の中は酷い匂いに立ち込め、女たちの目は虚ろである。
一人ブルーノに気付いた少女は恐怖の目でブルーノを見つめるが、静かに微笑み、人差し指を自分の唇に当て、静かにと促す。少女は安心したような目をし、ゆっくりと頷いた。
拘束されている気絶した男たちを全員コンテナに押し込んだ後、彼女たちは「あとで助けに来る」と伝え、コンテナの扉を閉めた。
「俺たちの作戦がばれてた……。時間はないな……」
ブルーノは麻酔銃の弾丸を入れ替え、ホテルの中に足を踏み入れた。
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- 最終更新:2020-05-23 02:02:02