光る輝きを消す灰

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前話


本編

 本人自身はそこまで強くなくとも、味方に力を与える能力。そんなカラクリで一位になった者など、アルマの敵ではない。

 アルマは攻撃を躱しながら、三人の様子をうかがっていたが、三人が敵を殲滅したことを確認するや否や攻撃に転じる。

 脚の腱を断ち、手首の腱を斬る。首に飛びつき、短剣を突き立てようとした瞬間。軽く片手で引き剥がされ、砂浜に凄まじい勢いで叩きつけられた。その力は異様で、今まで振るっていた剣からは考えられない力であった。

「|火を以て、迸る閃光を体現せん《フラム・ラピッド・ショック》!」

 装飾騎士に向かってジンの炎弾が迸るが、装飾騎士はそれすらも素手で受け止める。

「ジンの炎弾を素手で……。岩も砕くような魔法だぞ!?」

 バンディがそう呟いた瞬間、アルマの|紅魔眼《マジックセンス》が巨大な魔力を捉える。

「危ねえ!」

 ガルベスが戦鎚を使いバンディを吹き飛ばす。その突然の行動にバンディは声を荒げるが、目の前に突き刺さる銛を見てその言葉を訂正する。
 その銛は先ほどアルマが鮫を捕獲するために、鮫の尾鰭へと打ち込んだものであった。
「あいつは……」

 湖の際には人型の形を成した鮫のような生き物が立っていた。

『ガ、ア、ギ。人間ノ、言葉。久シブリ。ソイツ、俺ノ下僕。ダガモウイラナイ』

 二足歩行を行い、人の言葉を話す何かは、そのような言葉をアルマ達に言い放った。首元には鰓があり、牙も鮫のように鋭く、目は魚の目をしている。特徴的であるのは肌色の肌に、背鰭、水かきのある手に、何かに貫かれた後のある尾鰭。

 それらの姿形からこの何かが、先ほどまでアルマと戦っていた鮫だと気付くのにはそれほどの時間を要さなかった。

「|形態変化《メタモルフォーゼ》を扱う魔法が相手なんて聞いてねえぞ」

 |形態変化《メタモルフォーゼ》、その名の通り魔物の見た目を人のような姿に変えることができる能力であるのだが、知能の低い魔法や魔力量の少ない魔物ができる代物ではなかった。

「いっちょまえに人の言葉を扱いやがって。気持ちの悪ぃ」
「そういうことか……」
「アル、まだ喋らない方が」
「大丈夫だ。力を与えていたのは装飾騎士じゃない。あいつなんだ。あの装飾騎士はただの人形に過ぎなかったんだよ」
「どういうことだよ」
「わかりました。力を与えていたのは鮫。装飾騎士の生前の特殊技能なんかではなく。あいつらの強さが跳ね上がっていったのは恐らく数が減っていくことで一人一人に供給される魔力の量が上昇したから。そして供給する先が一つになった装飾騎士は通常でも強かったはずなのに、劇的な変化を遂げて見せた……」

 装飾騎士はゆっくりと鮫の方へ歩いていく。四対二の戦闘が始まるのかと身構えるアルマ達であったが、鮫は容赦なく装飾騎士に噛み付き、鎧ごと装飾騎士を食いつくしてしまった。

『コレデ、準備完了ダ』

 |紅魔眼《マジックセンス》を使っていたアルマ以外にも判断できた。鮫の魔力量が急激な上昇を遂げたということを。

「チッ、どれだけ魔力を持っていやがんだ。バンディ! お前はジンとさっきの後方支援を! ガルベスは俺と前だ!」

 アルマは地面に突き刺さった銛を引き抜き、走る。水中だけでなく、一度槍を持ってみようと思い多少の学があったアルマは陸で槍を扱う技術があった。そしてガルベスより先に鮫の眉間を狙い突きを放つ。躱されるのがわかっていたため、そのまま休みを入れず人間でいう体の急所と呼ばれるところを狙い乱れ突きを放つ。しかし当たる気配がない。寧ろアルマがわざわざ外しているのではと錯覚するほどに。

 無限と思われる突きももちろん疲労によって鈍くなる。その瞬間を逃さず、ガルベスが飛び上がり棘を生やした戦鎚を鮫の体に叩きつける。

 劇的な一撃に見えたが鮫の体はどこも傷ついていない。鮫は戦鎚を受け止めたままガルベスに強烈な蹴りを放った。ガルベスは上手く受け身を取るが、腹部の鎧が砕け散る。棘により鮫の体にめり込んでいた戦鎚はずるりと砂浜の上に落ちた。
 吹き飛ばされたガルベスの腹部からは血が滴り落ちていた。

 なぜ、その疑問を解消したのは鮫の脚に付着した血液であった。ちょうどガルベスの腹部を蹴り飛ばした足の甲の辺りに血が付着していたのだ。

「鮫肌だと……!?」

 鮫肌によりガルベスの肉が抉られた。普通鮫肌といえば多少のざらつきを感じる程度であった。それら規格外の能力からアルマ達の中に鮫に対する恐怖が蓄積していく。しかしそれを食らった男はそんなこともない。

「くそが……。魔物なんかが楯突きやがって……!」

 ガルベスの特殊能力、|狂戦士《バーサーク》が発現していた。

「支援抑えろ! |狂戦士《バーサーク》が発現してる!」
「|吹き荒れる風が如く《ヴァン・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスは緑の|覇気《オーラ》を纏い、鮫に向かう。風の|覇気《オーラ》、それによってガルベスは稲妻の様な速さを手に入れる。

「ウラァ!」

 風を纏った戦鎚は鮫に当たると、その衝撃で砂塵を巻き上げる。鮫は戦鎚を右腕で受け止め、左手でガルベスの鎧を失った腹部を狙い正拳突きを放つが、ガルベスは戦鎚の重さと体重移動を利用しそれを上手く躱す。そしてその勢いで鮫の後頭部を篭手で思い切り殴る。
 怯んだ瞬間にガルベスは|棘戦鎚《スパイクメイス》の棘が生えている部分で思い切り、鮫の後頭部をぶん殴った。

「|燃え盛る炎が如く《フラム・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスは赤の|覇気《オーラ》を発現する。ガルベスの熱い吐息と共に溢れ出した赤の|覇気《オーラ》はガルベスの体に纏わりつくようにその色を落ち着かせる。

 炎によって強化される体はその勢いを増していき、それが衰えることはない。

「くたばれ、くそ野郎」

 ガルベスは思い切り握りしめた蒸気すら立ち上がっている拳を鮫の顔面に叩きつけた。

 聞こえてきたのはガルベスの絶叫。本来あるはずの右腕は木材を真ん中からへし折ったような音と共にその姿を失せていた。

「グアアアアアアアア!」

 ガルベスの苦痛の叫びが洞窟に響き渡る。それはガルベスの右腕が失われたが故の叫びであり、ガルベスの右腕の先端からはただただ赤い鮮血が噴き出ていた。

「ジン! 荒療治でいい! ガルベスの傷を焼け!」

 アルマが投げた造血剤は虚しく宙を舞い、そのまま砂浜へと落ちる。

 ――ジンの赤い瞳が青へと変わる。

「バンディ、還元強化を」

 アルマはこの扱いづらいパーティを見て、ため息が出る。

「おい、バンディ。スイッチだ。言う通りにしておけ」
「わ、わかった」

 バンディは還元強化を行い、ジンの方向に大剣を突き刺す。するともの凄い勢いで火焔の球がバンディの元へと舞い、その炎を剣に還元すると異様なほど大きな、あの|爆炎《コアフレイム》より大きな炎が大剣から吹き出た。

「それでガルベスの傷を……」
「わかった」
「おい、ジン助太刀は――」
「いらない」

 アルマはバンディと共にガルベスの治療を始めた。ガルベスの体を抑え、バンディの剣で傷口を焼き包帯を巻き、造血剤と回復剤を服用させる。
 敵に対してキレたジンに敵はないということを二人とも知っていたのだ。文字通り敵はいない。

「俺の仲間を傷つけるのもいい加減にしろよ……」
『ガッガッガ。マズイ。弱イ人間、マズイ』

 鮫はガルベスの手らしき肉塊を地面に吐き捨てる。

「いい加減にしろ。|世を創りし大いなる炎よ、悪に罰を与えし熱き焔よ、我に全てを灼き尽くす力を。炎の精霊の名の元に《フラム・グラン・ウェア・サラマンディア》」

 アルマやバンディ、ガルベスにとってこの魔法は初めて見る魔法であった。長い間共に過ごしてきたというのに使っているところを見たことのない魔法。察しの良いアルマはその詠唱文の中にあった言葉を聞き、確信する。

 ジンは赤と青の炎を身に纏う。髪を結っていた紐が燃え上がり、地面に落ちると凍り付く。纏まりを無くした髪の毛は逆立ち炎のように揺らめく。左手には青い炎、右手には赤の炎が灯り、歩くごとに足跡が燃え上がり、凍り付く。それこそジン自身が炎になった様に。

「殺してやる。殺してやるぞ。屑め。塵一つ残さない! |地の中で燃ゆる炎よ、全てを焼き尽せ《フラム・オラージュ・バレット・サラマンディア》!」

 ジンがゆっくりと伸ばした右手を左から右へとスライドさせる。すると左から交互に赤と青の火炎球が五つ発現し、それらはそれぞれの軌道を描いて鮫へと跳んでいく。
 着弾するといつも通りの|爆炎《コアフレイム》ではなく、桁違いの威力を持った爆発が巻き起こり、その直後に巨大な氷塊が現れる。炎と氷の猛追を食らった鮫はほぼその原型を留めていなかった。

「さあ、|魔物部屋《モンスターハウス》クリアですね」

 炎を失ったジンがゆっくりとこちらに歩いてくる。鮫はまだ生きているらしく力なく手だけを動かし体を引き摺りながらジンの後を追っている。だがあれではできることもなかろうと思い、アルマはその姿を憐れんで見守っていた。
 しかし鮫は先ほど吐き捨てたガルベスの手を取り、それを口へと放り込む。その瞬間、残っている方の手で勢いをつけ、大きな口を開けジンへと迫る。

「ジン! あぶねえ!」

 ジンは魔法による疲弊でほぼ動けない。

「バンディ! 俺を飛ばせ!」
「ああ! 行くぞ!」

 バンディは大剣にアルマを乗せ、風魔法と共にアルマを鮫の方向へと吹き飛ばす。アルマは銛を持ち、大きく開いた鮫の口目掛け銛を突き刺す。喉を貫いた銛は鮫の後頭部から突き出、それをそのまま地面へと突き刺した。
 鮫の瞳からは光が失われる。

「あーあ、ジン。ちゃんと止めを刺さないから、俺がこいつの戦利品を貰えることになっちゃったぜ?」
「いいですよ、多分水棲魔物が落とした武具なんて私には扱えないでしょうし」
「じゃあ遠慮なく貰っとくわ」

 と言ってアルマは魔晶石と共に転がった武器晶石に魔力を流し込む。その武器晶石はネックレスへと変化し、アルマはそれをポーチに入れた。
 少しするとこの階層全体が光に包まれて行き、数時間前まで過ごしていた部屋に移動させられ、その部屋の中心には大きな宝箱が置いてあった。

 大きな怪我を負ったガルベスさえ、自分の傷を気にせず「まずは寝かせろ」と言い、寝室に向かった。
 |魔物部屋《モンスターハウス》を生き抜いたアルマ達はその部屋の寝室で実質一日以上を寝て過ごしていた。それほどに苛酷な戦いであった、それは彼らの睡眠量で充分に理解できるだろう。



「いてて、体中がたがただよ」

 アルマは無意識だと勝手に折れてしまう膝に喝を入れ、ゆっくりと歩き出す。宝箱があった部屋に行くと既にジンが目を覚ましており、そこでくつろいでいた。

「あ、おはようございます。疲れは取れましたか?」
「おはよう、ジン。全然だ、体中ばきばきだぜ。まあお前やガルベスより手柄は立てていないけど、水中で戦っている時にちょっとな」
「そうですか。私も昨日はやり過ぎました」

 ジンは小さく笑い、アルマを見る。アルマはふと気になったことについてジンに尋ねた。

「お前が鮫に使ったあの魔法。あれって……」
「皆さんには秘密ですよ」

 ジンは不敵に笑い、自分の荷物を取りに寝室へと戻る。多くの時間を共に過ごしたアルマであったが、やはりジンには掴めないところがあると、これからを楽しみに微笑む。そしてアルマはジンを追わずソファでくつろいだ。

 全員起床後宝箱の中に入っていた金を山分けし、その部屋を後にした。中に入っていた額はアルマ自身もう覚えてはいないがかなりの額であったという。

「やっと外に出られるな」
「くっそ、アルマ。こんな依頼を受けたお前を恨むぜ」
「おいおい、手が無くなったのはお前が調子に乗ったからだろう? アルマを責めるな、命があるってだけ十分ってもんだ」
「はは、でももうこんな依頼はもうごめんですね」

 と雑談をしつつ迷宮から出ると多くの冒険者、しかもギルド所属の冒険者がアルマ達を迎えていた。

「おいおい、お出迎えかい?」
「ふん、良いご身分なこった」

 冒険者たちの中からはあの気に入らない顔、ライラスが姿を現す。

「出てきたということは|魔物部屋《モンスターハウス》を攻略できたようだな?」
「余裕でな。早速報酬を頂くとしようか? お前らと無駄話をしている暇なんて俺たちにはないんだ」

 アルマはライラスへそう吐き捨てる。こんな疲れがたまっている中、外に出て最初に見た顔がライラスというだけでアルマ達にとって十分な嫌がらせであった。
 それどころかライラスは大きく笑いながら言い放つ。

「報酬? なんのことだ? 私たちは|魔物部屋《モンスターハウス》が攻略されたという情報を聞きつけここに集まっただけなのだが?」

 ――何を言っているんだ? 悪あがきにもほどがある。

 痺れを切らしたガルベスは残っている方の手でライラスの胸倉を掴む。

「てめえ、俺らをおちょくるのもいい加減にしろよ?」

 その瞬間周りの冒険者たちは各々の武器を取り出し、ガルベスを取り囲む。ライラスは周りの冒険者たちを宥めながら言う。

「私が君たちと何か契約をしたという証拠でもあるのかね?」

 周りの冒険者は小さく笑い始める。

「そんなもん、最初契約した時の用紙が……」

 本来、正式な契約に使われる用紙は水にぬれず、火でも燃えない、そういう魔法がかけられているものだった。アルマ達はあの時、正式な手続きはしていなかった。いや、あの時だけではない。長らく依頼事は口約束程度で済ましてきていた。
 アルマは何かを察し、用紙を入れたポーチに手を突っ込むと。

「チッ、悪い。お前らただ働きだ」

 紙が燃え尽きたような灰がポーチから出てくるだけであった。

「おい! 契約書に細工なんて極刑ものだぞ!? お前らいい加減にしろよ!」

 バンディが叫ぶ。ライラスはそれも予測していたかのような口ぶりで言う。

「なら力づくでやるか?」
「そのために集めた奴等か。こいつらは。とことん腐ってやがる」

 アルマは呆れ、仲間を集め言った。

「どうせ今やっても勝ち目はねえ。ちゃんと確認しなかった俺が悪かったんだ。帰るぞ」
「おい! アルマ、お前はそれでいいのかよ!」
「てめえ、こいつらを見逃すってのか? こっちは腕一本やられてんだぞ!?」

 ジンは話が早く、アルマの話を受け入れている。

「悪かった」

 アルマはそう呟きつつ、|迷宮《ダンジョン》の管理所に立ち寄り、紙と書くものを借り、自分の貸金庫の暗証番号を書いた。

「俺の貸金庫の暗証番号だ。かなりの額が入ってるだろう。みんなで山分けをしても精巧な義手くらいは簡単に買えると思う」

 アルマの貸金庫の中にはそれこそ王都の一等地なんて屁でもないような金額が入っていた。それもアルマは酒も飲まず、女遊びもせず、武器も決まっており、使うとすれば食事と皮の鎧の修理程度。溜まる一方の金はいつかそのような額にまで達していた。

 今、アルマの中にあるのは呆れや悔しさなどではなかった。失望。自分への。他人への。人間への。人間はこれほど愚かで、醜く、無様であったのかと。齢十四にして悟った事実であった。

「皆、俺はもう疲れた。解散だ。明日から俺は家に戻る。これ以上傭兵都市にいたら身も心も腐っちまいそうだ」
「はあ? 解散? 馬鹿にしてんのか? 今更何言ってんだよ!」

 バンディが真っ先に食いつく。しかし失望したアルマにとってかつての仲間の声なんて届くはずもなかった。ジンは驚いたような表情をし、寂しそうな表情をするが何も言わなかった。ガルベスも何も言わなかった。

「おい! お前ら何もねえのかよ!」
「悪いな」
「アルマ! てめえは黙ってろ!」

 叫ぶバンディの肩をジンが静かに叩く。バンディがジンの顔を見る。ジンの表情、それが全てを語っており、バンディもまた静かになる。

 アルマは一人静かに歩き出す。そして最後ライラスとのすれ違いざまに言い放つ。

「いつか、この灰より残らなくしてやるから……楽しみに待っていろ」

 ポーチに入っていた灰をライラスに投げつけ、その場を後にする。

 その後、傭兵都市ドルエムでアルマ=レイヴンの姿を見た者は誰もいなかったという。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:13:55

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