再会

「テールム。こいつの治療を頼む」
 アルマがそう声を掛けると、商業都市の建物の陰からレイヴンが姿を現した。
「なに? もう偽名はいいの?」
「偽名じゃないさ。今日だけの名前だ。そういうのは良いから早く治してやってくれよ」
「はいはい」
 サリナは商業都市で隠れていたレイヴンに怒りの声を漏らす。
「レイヴン……。私たちが戦っている間、そこで隠れていたというの?」
「ええ。言ったでしょ? あなた達を助けるのは私の役目じゃないって」
「レイヴン? お前そんな性格の悪い名前で呼ばせてたのか?」
 テールムと呼ばれたレイヴンは「刺激も必要でしょ?」と微笑みを浮かべながら、イギルの治療を始める。魔法を扱っているというのに、彼女は詠唱をしていない。それに気付いたサリナはそのことに驚くが、それよりもアルマの元へと歩いていく。

「アルマ……」
 その一言はとても冷静だった。再会を喜びよりかつての友人の痛々しい姿から感じる辛さの方が大きかった。
 サリナは優しくアルマの頬へと触れようとするが、封印術式の刻み込まれた金属板に阻まれる。
「これな。また後で全部話してやるからさ。今は休んでろよ。五年もよく頑張ったな」
 と、アルマはサリナの頭に優しく手を乗せた。
 アルマは生き残っていた兵士の一人に商業都市を覆っている物理結界を解除するように指示する。もちろんアルマは彼にとって上司でも同じ軍に所属する仲間でもないが、かつて自らの命を救ってくれた英雄の指示をなおざりにすることなんてできなかった。
「は、はい! 只今!」
 走って行く若い兵士の後姿を見て昔の自分たちを思い出したアルマは、一人微笑む。
「イギルは大丈夫そうか?」
「まあ、あと数分も放置してたら死んでたけど、私が治したからね。大丈夫」
「そうか、ありがとな」

 するとだんだんとその物理結界は解けて行き、総勢百名ほどの冒険者が商業都市に流れ込んでくる。その中には今冒険者の指揮を執っているミレスもいた。ミレスは心臓に穴を開けられ、倒れている魔人副将を目にすると、その驚きを隠すことが出来ない。
「なっ。ガドロがやられてるだと……!? 全軍! 王国軍の生き残りを蹴散らせ!」
 ミレスの指示によって多くの冒険者がアルマたちの元へと走ってくる。本来ならば危機的状況であるというのに、サリナは目の前にいるアルマがいるからかこの状況が危険だとは一切思えなかった。
 アルマは未だ生身である右手を前に差し出し、一言「展開」と告げる。その瞬間、アルマの手の平から赤、緑、青、黒、白、五つの魔力の球が現れ、彼の背後に浮遊する。
 突然見たこともない魔法が行われたことにより、冒険者はその一瞬その歩を止める。その一瞬にアルマは白の球を自らの手元に操作、持ってきてそれを握りしめた。するとその白い球は純白の直剣へと変わる。特徴的な部分と言えば、柄の部分に箒のようなデザインが施されている。
「白箒」
 アルマがその剣を横一直線に振るうと、先ほどまで騒がしかった戦場が一瞬にして静まり返る。
「な、何が起きたの?」
 サリナは驚きながらも、冒険者たちの不自然さに気付く。アルマの魔法に驚き立ち止まった者たちでは気付かなかった。しかしアルマの魔法に気付かなかった後ろにいる冒険者たちは走っている姿勢で止まっている。
 既にアルマの手にあった剣は消えており、アルマの背後には変わらず五つの魔法の球が浮かんでいる。

 一つだけその冒険者の軍勢から声が響いた。
「どういうことだ!」
 ミレスの声だった。ミレスは動きを止めている彼らを掻き分け、アルマの前へと躍り出る。
「貴様何をした!」
 金属の腕に狼の耳といったアルマの異常な姿に怯まずミレスはそう叫ぶ。
「意識は残ってるはずだ。でも身体の筋肉の運動の時を止めた」
「なっ。何を言っている!」
「簡単な話だよ。そいつらの身体の時を止めたんだ。そいつらの身体の時だけをな」
「と、時を止めるなんて神にしかできないはず……」
「神か、三つの精霊魔術を体現した者、の間違いだろう?」
「それじゃあ貴様!」
「いや違うね。俺の魔法は不完全だ。本来時を止める魔法は世界の時すらも止めてしまう。だから時を止められた人々も何もなかったかのように動き出す。だけど今は違う。太陽もちゃんと動いているだろう?」
 アルマの金属に覆われた顔から覗く、その不気味な笑みにミレスは不安を覚える。
「どういうことだ!」
「そいつらの時は止まってても世界は止まらない。だからさ時が止まったなんてたいそうな言い方じゃなくて、心臓が胃が腸が肺が筋肉が止まってるだけなんだよ。そんな状態で数分いや数秒でも放置したらどうなるんだろうな」
 アルマのその言葉に察したミレスは自らの剣を取り、アルマの元へ駆け寄る。
「解放だ……」
 冒険者たちの心臓は時の捕縛から解放されたとしても、もう本来の動きを行うことはない。どさっと力ない音が一気に戦場に鳴り響く。百人ほどの人間が同時に地面に倒れこむと一瞬ではあるが、地響きのような物を感じた。

 迫り来るミレスをアルマは機械の左腕によって首元を掴み、そのまま軽々と持ち上げてしまう。その機械腕は通常の腕より一.五倍程長く、ミレスの手がアルマに届くことはない。アルマはミレスの顔を見て鬼の形相を浮かべた。
「お前ら冒険者ってのはいつまでたっても変わらないな。仲間内で争って……。だがもう適当な捕縛や何やらで終わらせはしないぞ」
 そう言ったアルマは一度ミレスを地面に叩きつけた後、冒険者たちの死体の方へと投げつける。
 そして黒と白の球を混ぜ合わせ、それを手で握りしめる。
「はは! 何も起きないじゃないか! そんな魔法もうまく扱えないで!」
「いや、もう発現してるぞ。痛死蟲がお前の所へ」
 アルマがそう言った瞬間ミレスは異常なほどの悲鳴を上げた。
「が、ぐ、痛い! 指が! 指がぁ!」
 ミレスは両手を抱え、苦しみ始める。
「これを食らってしまえばもうお前に死しかない。だから教えてやるよ。痛死蟲は目に見えない小さな蟲をお前の身体に寄生させる魔法だ。その小さな蟲は手や足といった身体の先端から頭へ向かって少しずつ少しずつお前のことを喰い続ける。テールム」
 アルマが指示するとテールムはミレスに手を付きだし、何かの魔法を施したようだった。
「今の魔法によってお前はもう気絶できない。ほらだんだんと指の先がなくなってきただろう? 痛みによって死に至る苦しみをとくと味わえ。これが俺の復讐だ……」
「あがあああああ! 指が! 手も! 足も! 痛い! 痛いい! お願いだ……俺が悪かったから、た、助けてくれ……」
 蟲はミレスの指の先を喰い、爪を喰い、先程まで綺麗だったミレスの細長い指は短くなり薄っすらと血で滲んでいる。
「その蟲は血をも食い潰す。血が流れ出て死ぬなんてことはないから安心してくれよ。どこまで長生きできるか楽しみだなぁ。この前の奴は上半身の半分くらいまで頑張ったようだったが……」
 ミレスはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、「いっそのこと殺してくれ」と頼むがそのミレスに向かってアルマは赤の球を放つ。赤の球はミレスの喉元を通り過ぎ、再度アルマの背後で浮遊する。
 その瞬間口を動かしてはいるが、ミレスの声が聞こえなくなった。
「声帯を焼き切った。もうお前は仲間と一緒に寝転がってろよ」
 とミレスの身体を蹴り上げ、一言「収束」と唱え、その球を自らの身体に吸収しサリナの元へと歩み寄った。
「今ランスが魔人大隊を聖教都市で止めてくれてるはずだ。あと数時間もすればあいつもここにくるからさ……」
 ランスと言う言葉を聞いたサリナはだんだんと瞳に光を取り戻していきつつも静かに尋ねる。
「ランスは生きていたの……?」
「まあ生きてはいたかな。俺も含めなんでこんなに時間がかかったのか。それには少し複雑な理由があるんだよ。それについてはさっき言ったけどちゃんと後で話すからさ」
「うん。そうよね。事情も無しに五年なんてありえない……」
 サリナのその言葉の裏には微かな怒りが見えた。



 一度王都に帰還した一行は多くの後始末が残っていながらも一時の平穏を楽しむことにした。アルマはランス達が来るまでゆっくりさせてもらうと言い、王宮の大浴場へと足を運ぶ。人間種の愚王としても数百人の軍勢を倒して見せた戦士を乱雑に持て成すなんてことはできなかった。
 久しぶりにと既に快復したイギルと共に浴場へと向かい、アルマは脱衣所でその衣服を脱ぐ。その姿を見たイギルは驚き、声を掛ける。
「お前、鍛え方もそうだけど、その金属の腕……」
 衣服の上からではわからなかったキレのある筋肉質な肉体に痛々しく食い込んだ金属の義手は繋ぎ目から薄っすらと血を滲ませていた。
「人の身体をじろじろ見るんじゃねえって。取り敢えず湯船でさ」
「悪い……。そうだな」

 ゆっくりとアルマが湯船につかると一瞬身体がピクリと反応する。
「痛むのか?」
「いや、痛みっていう機能はもう|強戦士達《モンスターズ》になる前からなかったぞ。言ってなかったか?」
「言ってなかったよ……」
「そうか。俺自体は痛みを感じないんだが身体は反応するんだろうな。別にそんなにだ」
「その金属の腕は取り外せないのか?」
「質問が多いな。だいたいは後で教えてやるから待ってろって」
「そうだな……。でもまた会えてよかった」
「気味悪いこと言うなよ……」
 アルマは一息置いて告げる。
「強くなったじゃねえか」
 イギルはその言葉に一瞬笑みを浮かべるが、すぐに表情を戻し言う。
「お前ほどじゃねえよ」

  • 最終更新:2019-05-20 00:05:22

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