冒険者ファウド、魔人姫サチ

「ようファウド! 今日はどうだった?」
 傭兵都市最大の酒場ダイスダイスのマスターは、洗ったグラスを粗布で吹きながら、冒険者としてだいぶ名を馳せてきたファウドに、大きな声で声を掛けた。当時十六歳であったファウドは既に二十六となり、未だ冒険者として魔人種領への遠征の任を待っていた。
 当初こそは革の鎧や、木の盾などの初心者装備のひよっこであったが、今は既に板金鎧を気ながら身軽な剣術を扱う位の成長を遂げていた。
 未だに|太陽剣《レーヴァテイン》の成れの果ても腰に差しており、使わない錆びた鉄の剣を腰に提げた、二刀持ちの冒険者として、ファウドはある種有名人となっている。
「まあまあかな。最近はやっと安定してきてここで食事を毎晩獲れるようになったけど、上の人達みたいに|迷宮《ダンジョン》から帰ってきたら必ず娼館みたいな金はないよ」
 マスターは笑いながらファウドがいつも飲む酒と共にいくつかの食事を作り始める。
「ファウドでもそう言うことに興味があるんだな!」
 固定のパーティを組まず、様々なパーティを攻撃役として点々とするファウドにはいくつかの女の噂が立っていたが、全てそれは偽りであり、ファウドは女にからっきしと言ったところであった。
「いやいや、別にそう言う意味で言ったわけじゃないさ。結局のところ僕の目的は一つだからね」
「また言ってるよ。魔人種領ガズラ砂漠炎の迷宮だろう? 遠征なんて滅多に招集されるもんじゃないからな」
 呆れながら言うマスターにファウドは酒を飲みながら話を続ける。
「いつ来るかわからないからこそ、日々の修練なわけじゃないか」
「お前には冒険者より兵士とかの方があってそうだな。王国軍の方が稼ぎも良いし、王都へ向かったらいいじゃないか」
 王都で過ごしたのは十六年。傭兵都市で過ごしたのは十年。あと六年もすればこの泥と魔物の血に塗れた生活が王都で過ごしていた時間を超える。たびたび真面目過ぎる性格のせいで、冒険者ではなく、王国軍の兵士を勧められたが、ファウドがかの愚王ジョルドのために剣を振るうことは絶対になかった。
「王都は俺の肌には合わないよ……」
 ジョルドは五年前、王の死をきっかけに、望み通り王の地位を手に入れていた。それ以来、冒険者と王国軍の軋轢は大きくなり、今では王国軍の物資を強奪した盗賊堕ちの冒険者を傭兵都市でかくまっているくらいだった。

 そんな話をしている時、ファウドが座っている後ろのテーブル席から怒号が聞こえた。
「なんだよ、あの騒がしいのは?」
 マスターはまた笑いながらファウドの後ろに座っている若者三人について話す。
「新入りだよ。皆まだ十代だっていうのに、もうトップレベルの賞金稼ぎになってる」
 身体の大きい青年二人と、細い青年が一人。身体の大きい男のうち一人は鎖がついた鉄球を持ち、もう一人は大剣と直剣の二刀持ちだ。
「ということはあの優男が|治癒術士《ヒーラー》か?」
「いやあいつはここいらの噂だと炎の精霊術士だって噂だ」
「炎……。ガズラ砂漠のか!?」
「噂だ噂。炎の魔法しか使おうとしないんだ」
「精霊術を宿した者は、その精霊術しか扱えなくなる……。そういうことか?」
「何度も言うがあくまでも噂だ」
「だとしても三人全員攻撃役とは凄まじいパーティだな」
 ファウドはもう一度酒を酒を飲み、やっと出てきた食事を口にした。



 それからというもの、ファウドはずっと剣を振り続け、待ち続けた。数年前に発令されたという魔人種領への遠征の任を。
 そして時が来たのはそこから四年経ったファウドがの三十歳の時であった。

 いつも通り|迷宮《ダンジョン》からの帰り、ダイスダイスへ向かうと、そこにはマスターの姿が無かった。
 ごみ捨てにでも行っているのだろうと思ったファウドはいつものカウンター席に座り、マスターが帰って来るのを、今日手に入れた金を弄りながら待った。
 少しするとマスターが慌てたように戻ってきて、一枚の紙切れをカウンターに叩きつける。
「おいなんだよ騒がしいな」
「来たんだよ! ファウド!」
 そしてマスターは酒場にいる者たちすべてに向けて叫ぶ。
「野郎共! 遠征だぁああああ!」
 マスターのその言葉に無数の男たちの咆哮が返される。

 遠征は冒険者にとっての一大イベントであった。魔人種領ガズラ砂漠炎の迷宮の魔物は少なくとも闘技区ですら、人間種領の|迷宮《ダンジョン》の深層にいるようなレベルの魔物の魔石を落とした。それだけで十分行く価値のある場所であるというのに、その地を攻略した者は精霊魔術と呼ばれるこの世の理を司る魔法を手に入れることが出来、生きて帰ってきた者たちには無条件に20万リルの報酬が支払われる。
 また前例はないが魔人種の首を持ち帰ることが出来れば、それだけで王都の一等貴族になることが出来る。

 だがファウドの目的は違った。
 魔人種領へ、捕虜としてわたり、十三年前ハミルに聞いた青白い髪を持つ高貴な女性に出会うこと。恐らく彼女こそこの人間種と魔人種の争いを収束させられる鍵と信じて。

「見ろよ、今日の討伐で俺の冒険者としての階級も最上の特冒険者のワンランク下、上冒険者だ。何年この日を待ちわびたか。これで俺の望みにも一歩近づくってもんだ」
「そうだな。今日はお祝いといっとくか? 一応明日から遠征隊の選抜試験があるみたいだが、お前なら大丈夫だろう?」
「まあまだ早いがいつもより高い酒を貰おうかな」
 そう告げたファウドの前に、マスターは高級ワインを置き、「お代は要らねえ、今日はサービスだ」といった。



 翌日、傭兵都市の冒険者ギルドの前で集会が行われ、遠征隊参加の条件が通達された。その条件は中冒険者以上で、ギルドが用意した試験官を倒すことだった。
 既にギルドの前には試験官が並んでおり、各自、力に見合った試験官に「参った」と言わせればよかった。ファウドは上冒険者が指定されている試験官の元へ行き、すぐさま試験をやるよう頼んだ。
「使わずの二刀……。ファウド=フリーデンか。ついてこい」
 試験官にそう言われたファウドはその男について行き、ギルドの中にある訓練場でその男と対峙する。男の得物は王道中の王道、剣一本だ。
「お前のその錆びた剣、誰も使ったところを見たことが無いというが本当か?」
「ああ。この剣は俺もほとんど使わないんだ。お守りみたいなものだよ」
「ということは、使う武器は俺と一緒だな。早速始めるとしようか」
「そうだな。俺も早く切符が欲しい」
「そうか、では!」
 男はそう言うと腰から剣を引き抜き、凄まじい駆け出しと共にその剣を振るった。強打をファウドは剣によって弾き、そのまま流れるように横一線斬撃を放つ。男はその斬撃を上体を後ろにそらすことで避け、その勢いのままバック転、蹴りを繰り出した。
 ファウドはそれを顎に食らい、若干のふら付きを覚えるが、剣を地面に突き立てることで何とか持ち堪え、脳を揺らせたことで油断していた男の足元を、払う。
 転んだ男はそのまま横へローリングし、剣を構え、ファウドと剣を交差させる。バチンと鋭い音が鳴り響き、何度も何度も二人の間で火花が散る。
 そのままでは埒が明かないと、ほぼ二人同時に打ち合うのをやめ、鍔迫り合いに入る。ここまでくれば力の強い者が勝つ。だが圧倒的にファウドの方が非力であった。このままではその内ファウドの負けで終わってしまう。
 そのためファウドは男の力をそのまま後方に利用し、男の姿勢を崩す。そして体勢を崩した男の首筋に背後から剣を回し、「これで俺の勝利か?」と尋ねた。
「ああ、降参だ。魔人種領への切符をくれてやる」
 ファウドは遠征の許可証を手に入れ、遠征についての説明を受ける。

 結果遠征に参加することになった冒険者は全部で三十名。二日後の明朝、傭兵都市からまず聖教都市へと目指し、聖教都市に到着後一泊。その後、人間種領と魔人種領の境界ギリギリを辿っていき、直線距離で炎の迷宮に一番近い地点から炎の迷宮を目指し、五から十キロ離れた地点でキャンプを行う。そして次の日の朝に各自支給された従魔に跨り、最速で炎の迷宮を目指すという。
 しかしファウドの目的は魔人種本拠地魔都へ渡ること。そう考えると炎の迷宮に向かう前日のキャンプ、そこから逃げ出す必要があった。

 魔人はその不毛な土地が故に、人間種領の豊饒の土地を求めていると言われており、魔人と人間の敵対はそれが原因だとも言われている。ガズラ砂漠と称される土地は、炎の精霊が降り立ったが故の異常気象地帯であり、本来はツンドラと呼ばれる寒冷地だ。だからこの遠征及び、魔都到達のためには防暑具と防寒具のどちらも持っていく必要があった。
 そのためファウドは今まで貯めに貯めた資金を手に、傭兵都市で買い出しを行う。

 着物で熱冷を紛らわすのではなく、極地順応の|呪《まじな》いが施された装飾品を購入し、普段の防御に徹した板金鎧を売り払い動きやすい軽鎧を調達し、新たに盾も装備品に加える。また予備の剣として普段から使っているものとは別の少し安めの剣を二本と、シェルターを簡単に作れるテントのセットに水筒用の革袋、保存食と様々なものを手に、準備を進めた。



 そして遠征当日。傭兵都市には志願者三十名と指揮隊五名の総勢三十五名が集まり、遠征隊は聖教都市へと出発した。
 馬車は七台。五台に指揮官が一名ずつと志願者六名ずつが乗り、残り二台に彼らの荷物などが乗っていた。しかし念のためといって、全員自らの武器は自らが乗っている馬車に積んでおり、そこそこ窮屈な状況になっていた。
 腰に二本の剣を提げたファウドに他の冒険者が尋ねる。
「あんた使わずの二刀。ファウドだろ? その錆びた方の剣は使ったことないのか?」
「抜いたことはある。だが戦いで使ったことは一度もないな」
「そうなのか。装飾とか見た限り、修繕すれば立派になりそうなものなんだが」
「見る目があるじゃないか。だがこれは普通の剣と違って、そううまく治せるものじゃないんだよ。だから半分御守みたいなものさ。俺は剣一本で充分だからな」
「そうか、短い間だろうがよろしく頼む。有名なあんたと戦えること光栄に思うよ」
 冒険者はファウドを握手すると、別の冒険者と話し始める。そう言う質なのだろう。



 数日馬車に揺られれば聖教都市へと辿り着く。
 対魔人前哨基地、聖教都市ファリス。王国軍の精鋭聖教騎士団が駐留するこの都市には多くの太陽の加護を受けた者たちがいた。それこそファウドの先祖が最初の太陽の加護を受けた者であり、この|太陽剣《レーヴァテイン》は彼らが信仰する太陽の女神の武器、|神器《レガリア》でもあった。
 血のつながらない者たちでありながら、そのようなルーツが故に親近感を持ったファウドはこの聖教都市で一泊する日を存分に楽しんだ。
 聖教都市の酒場で初対面の聖騎士たちと仲良く酒を飲み、各々の生活について語り合い、これからガズラ砂漠へと向かうことを話し、激励を受けた。
 ちょうど仲良くなったごつい聖騎士の男は五月蠅い笑い声で、酒の場を存分に楽しませてくれ、その彼の名前はバロンと言った。

 そして遠征隊は聖教都市を後に、炎の迷宮へと向かう。
 聖教都市の周辺は先の戦争で倒壊したまま修復されていない砦が無数にあり、そこの多くは盗賊の根城になっていたが、盗賊の耳にも冒険者の精鋭が炎の迷宮へ遠征を行っているということは入っているらしく、わざわざ強者たちの荷馬車を襲おうとは思わなかった。
 結果、適当な魔物討伐のみで目的の地点へと辿り着くことが出来、ファウドたちはキャンプの設営を始める。
 先ほどまでは湿った土に草が生い茂る大地であったというのに、今の大地には乾いた砂が混じり、砂漠と平原の狭間を感じさせた。度々吹き付ける風にも砂が混じっており、酷い目の痛みを感じる。
 ファウドは自らの荷物を事前に手元に置いておき、皆が寝静まった頃、このキャンプを逃げ出すことを決める。彼らの助力が無ければこんな辺境へと辿り着くことはできなかった。ファウドは感謝をしつつ、全員の寝息が聞こえるのを待った。



「さあ、ここからだ。俺の人生は」
 ファウドはギルドで支給されたタグを引き千切り、そのまま地面へと落とす。
 十六年王族のファウドとして生きてきた。十三年使わずの二刀ファウド=フリーデンとして生きてきた。
 これからもファウドとして生きてくことには変わりない。しかしこの人間と魔人の平和を願った賭けがどのように動くはわからない。ファウドは魔都を目指して歩を進める。



 砂塵が混じった冷気が吹き付けるツンドラの気候は、温帯の人間種領で長らく生活してきたファウドにとって、耐えがたいものであった。
 しかしこの先に魔都があると考えればその苦しみも軽いものだった。
 既に辺りの気温は砂漠にいた時の薄着では死を感じるほどのものになっており、ファウドは傭兵都市で購入した極地順応の装飾品を身に着け、それに魔力を流し込む。すると体はだんだんと温かみに包まれていく。

 炎の迷宮から魔都へは果てしない道のりであったが、この一歩が長きにわたる戦いの歴史の終止符になると思えば、その足をまだ動かすことが出来た。
 そんなことを考えながらひたすらに歩を進めている時、ふと目の前に何か人のような物が見えた気がした。こんなところを歩いている者で敵対者でないなんてことはありえない。すぐさまファウドは剣を引き抜き、辺りを見回す。
 しかしここはもう砂漠ではなくツンドラ地帯だ。砂嵐が起きていれば、見間違えるなんてことがあるだろうが、この澄んだ空の下、何を以て何を人と見間違えようか。
 辺りには枯れかけた植物しかおらず、人の気配すら存在しなかった。
「!?」
 まただ。視界の端で誰かが歩いていたような気がする。
 それが何度も、何度も起きる。自分の樹のせいだと思わないで足を止めた時点で、もう手遅れであったのだ。疲労がたまったファウドはこれが敵の術だと気付くことが出来なかった。
 その幻覚に翻弄された直後、後頭部に凄まじい衝撃を感じ、ファウドは地面に倒れ伏すこととなる。そして遠ざかる意識の中で、微かに「魔都へ連れていけ――」という言葉だけ聞こえた気がした。



 ファウドが目を覚ますとそこは冷たい石の床だった。そしてまるでステレオタイプの鉄格子に鍵のかかったこれまた鉄格子の扉。その反対側の壁の手が届くか届かないかの場所に備わっている窓にも、有難くびっしりと鉄格子が嵌っている。
 ここがどこかの牢獄であるということはすぐ判断できた。しかし身体を起こすと、鋭い痛みが頭を襲う。触ってみると、頭には乱雑な汚い包帯が巻かれており、少なくともここに連れてくるために頭を殴られ、その拍子に血を出したことまでは想像できる。

 ファウドが目を覚ましたことに気付いたのか、看守らしき男が金属製の棒を持って、鉄格子を叩いた。
「おい、目を覚ましたか?」
「あ、ああ。ここは?」
「魔都最下層、底なし沼。絶対に脱獄不可能の牢獄だよ」
「魔都……!? ここは魔都なのか!?」
 食い気味に尋ね、鉄格子にしがみついたファウドに対し、看守は鉄格子を棒で叩き、後ろに下がらせる。
「静かにしろ」
「そうか……。そうか」
 ファウドは自らがどういう経緯だとしても、魔都に辿り着けたことに安堵し、石の壁へと凭れかかり、もう一度目を瞑った。

「サチ様……。新たな奴隷が追加されたようですが、もうあのようなことは」
 黒い鎧に身を包んだ騎士のような男が、青みがかった銀髪の女性へ告げる。
 この国で特に高貴な者が切ることが許される衣服に身を包んだ彼女、サチはため息混じりに、騎士へ返す。
「わかっているわ、クロード。結局あの老人だって砂漠を超えられないで死に絶えているはずって何度も言ったわよね? ただあの時の私は若かった。それだけのこと。人間との共存は私たちの使命が故に無理。はいわかったわよ」
 クロードと呼ばれた騎士はサチの態度に呆れながらも、礼をし、彼女の部屋を後にした。
「ハミル……。魔人にだって平和を望んでいる者がいるというのに。貴方は本当に誰もそれを伝えず、死んでしまったというの……?」
 サチは外で鞭に打たれ働かされている男たちを見て、曇天に沈んだ空を見つめる。



 ファウドの腰には鉄の剣と、|太陽剣《レーヴァテイン》の代わりに、小さな水の入った革袋が付けられていた。奴隷にされたと言っても、各個体の寿命が長い魔人にとって人間の想像するような奴隷の労働は必要なかった。それこそ食事もほとんどとらなくてよい彼らの土地では家畜を育てる必要はなかった。ただ割り当てられた貴族の屋敷の庭の植木の手入れをしたり、屋敷の修繕を行ったりとなんとも気の抜けたものばかり。
 ファウドはあくびをしながら、植木の枝を切り落とした。
「その子、お気に入りなんです。綺麗にしてあげてくださいね」
 優し気な声にファウドは弾かれた様に、その声のした方向へ振り向いた。
 そこにいたのは美しい銀髪を持った、これまた美しい女性であった。魔人種独特の心配したくなるほどの白い肌に、あまり凹凸の無い端正な顔立ちながらも、見惚れてしまう程の容姿を持っている。少なくとも、見にしている服や、表情などで明らかに高貴な人であるということが理解できた。

「突然連れてこられて、庭師の仕事なんてやったことはないのですが、全力は尽くすつもりですよ」
 魔人に対する偏見がないファウドは少なくとも、美しい人間の女性に出会った時のような自然な対応をすることが出来た。
「貴方が私のところで働いてくれる新しい方なんですね。昨日は冷たい牢屋で寝させられたでしょう。でも安心してくださいね。今日からは貴方もこの屋敷で生活していただきますから」
「魔人種の奴隷はとても優遇されているのですね」
「いえ、それは各家によるでしょう。それこそ日中は働かせ、夜は拷問をして弄ぶ者もいると聞きます。私は形式上人間の方たちを家に招いてはいますが、奴隷とは思っていません。家族の一員として、受け入れられたらと」
 奴隷として使っていながらも、家族として受け入れる。そんな愚かな矛盾がファウドの中で忘れられていた記憶を呼び覚ます。
 十年以上の前の話のため、忘れていたあのハミルの話の詳細を。
 彼を救った魔人は青みがかった美しい髪を持っていたと。そのことを思い出したファウドはふと剪定用のはさみをその場に落とし、戸惑いながらもその女性に問いかける。
「もしや……。ハミルという名に心当たりは……?」
 その女性もその名に驚いたようで、一瞬息が詰まったような表情をした後、ファウドに応える。
「もう二十年も前になるでしょうか……。私がまだ子供の頃、奴隷として連れてこられたあの物知りなご老人。あの方をご存じなのですか……?」
 その言葉を聞き、ファウドはこの女性があの追い求めた平和を願う魔人であると気付いた。そして改まりお辞儀をし、名を名乗る。
「改めまして、私の名はファウド=フリーデン。かつて人間種の王族の末席を汚した者。魔人にも人間との平和を願う者がいるとハミルに聞き、愚王になるであろう愚弟が治める国を飛び出し、貴女を探し求め今しがた魔都へと辿り着きました」
 女性はファウドの言葉に涙を浮かべながらも、ドレスの裾を持ち上げ、礼をする。
「私はサチ。鴉ノ王第一使徒及び、魔姫の称号を冠されつつも、あなた方人間との共存を強く望む者……。貴方が人間の第一王子だとするならば、もしやあの錆びた剣は」
「はい。貴女が鴉ノ王第一使徒ならば貴女が持っているはずの剣、|月光剣《ダインスレイフ》の対を成す太陽の銘を受けた剣、|太陽剣《レーヴァテイン》です」
 サチは口に片方の手を当て、涙を溢れさせながら、もう片方の手で跪いたファウドの手を取った。
「何の、どういう因果なのでしょう。このような形で二対の剣が揃うなんて。そのことは誰かに?」
「いえ、このことを知るのは王家直属近衛兵である者と、今は亡き父王、そして私のみ。現人間王すらも知らない事実であります。他の者からしたらあの剣はただの錆びた剣に過ぎないと」
「そう、それなら」
 とサチは安堵のため息をつく。
「貴方の持ち物は全て、この屋敷の倉庫に置かれています。そこを開けるのはこの家の使用人と私くらい。だから|太陽剣《レーヴァテイン》については安心してください」
「そうですか、良かった」
「いえ。貴方の話が正しいとするなら、貴方は私に会うために、はるばる危険な道のりを超え、ここまで?」
「はい。私を信頼してくれた者たちを多く裏切りましたが、この大陸の未来を強く願う一人として、この剣を授かった時から貴女に会うことのみを求めてきました。顔も知らない相手に対して、一種の恋のような感情を芽生えさせていたのも事実。しかしながら無知というのは愚かなものだ。貴女が魔人の第一使徒だったとは。畏れ多い」
「そんなこと。私は今心の底から喜びを感じています。それは成人した時より、平和を願い第一使徒として認められた時よりも、深い喜びを……」



 平和を願い続けた人間の王子と、平和を願い続けた魔人の姫はこの時が初めての会合であったというのに、双方共に惹かれていたということは言うまでもない。
 それからというものの、ファウドはこの家の奴隷として働きながらもこの家の主であるサチとますます惹かれ合っていく。そして二人の愛が頂点に達した時、彼らは一夜を共にしサチは子供を授かった。

 その報せは一瞬にして魔都に知れ渡り、奴隷との子を孕んだ姫としてサチは大きく評判を下げることになるのだが、第一使徒という実力と名誉を持っているサチに対し大声で反論できる者は数少なかった。
 しかし敵対種族との子供を作った事実に変わりはない。子供が生まれた時には、その子をファウドと共に国外へ追放すると決定した。
 悲しみに暮れるサチであったが、人と魔人でも子という愛の結晶を作ることが出来るということを世に知らしめるため、元気な子を産むために多くの苦難を乗り越えて見せた。
 そんな時であった。あまりにも大きいサチの腹を調べてみると子供は双子だということがわかる。
 そして生まれた二人の子のうち、一人は魔人の血を強く受け継いだのか容姿は魔人の赤ん坊で、一人は人間の血を強く受け継いだのか容姿は人間の赤ん坊の様だったという。
 子供が生まれたからファウドと子は追放される。しかし魔人の血を強く受け継いだ赤ん坊は、魔人使徒の素質があるとされ、魔都に残されることとなり、人間と人間の血を強く受け継いでいる子は決定通り追放されることに。

 そして追放の前夜。
「わかっているでしょう? 追放された貴方達はすぐに追手によって殺されてしまう。いくらファウドだとしても|太陽剣《レーヴァテイン》を使いこなすことのできない時点で魔人との勝敗は明白。だからこそ今、魔都から逃げて……」
 産後、体力が尽きかけているサチは苦しそうにそう告げる。そしてゆりかごから人の血を強く継いだ子を抱きかかえ、額に強い口づけをした後、ファウドへその子を託す。
「お前はどうするんだ……」
「大丈夫、私は第一使徒だし、素質があるとされているこの子もいる。どうにかして見せる。だからこそ今は貴方自身の心配を」
「頼み込んでこの子も助けてもらえばいい。俺の命はどうなったって良い」
 その言葉にサチは涙を流しながら反論する。
「私に最愛の人の死に際を見ろというの!? もう私の中では決まっているの。貴方は今魔都から逃げるの。そしてまたいつか、この子たちが大きくなって改めて人と平和を願った時、また会いましょう――」
 サチはその言葉の後、ファウドと口づけを交わした。もしかしたらこれが最後になるかもしれない。その思いをなんとか拭おうと強く、ファウドの感触を心に刻み込むように。
 そして手にしていた剣をファウドに託す。
「これは|月光剣《ダインスレイフ》じゃないか」
「そう。人間の貴方が|月光剣《ダインスレイフ》を。魔人の私が|太陽剣《レーヴァテイン》を。絶対にこの剣が平和の鍵になる。絶対にこの子と一緒に、魔都へこの|月光剣《ダインスレイフ》を持ってきて。約束」
「ああ。約束だ」
「最後よ。この子たちの名前を……」
「また穿たれる二つの武器――。人の武器として、魔人の武器として。この子たちには武器の名を授けよう」
 サチは頷き、魔人の血を強く受け継いだ子の名をアスレハと名付けた。
「この子は、私を導いてくれた師の武器にちなんで、ランスと」
 サチはランスの頬を撫でて呟く。
「ああ、ランス。愛しい我が子」
 ファウドはアスレハの頬を撫でて呟く。
「アスレハ。俺の息子」
 
 一瞬の静寂の後、二人は別れを告げる。
「元気で……」
「……元気で」

  • 最終更新:2019-06-02 00:21:23

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