合成獣の後継

エピソード一覧


前話


本編

 辺りを見回すと、そこには見覚えのある景色が広がっている。

「ここは……ファリス……!?」

 聖教都市ファリス。長期休みでサリナとランスと共に過ごした街。

 懐かしい風景にこんな形で再開することになるとは思わなかったアルマは、隣で慌てふためいているエリスを庇いながら剣を構えようとするが、既に周囲には多くの聖騎士が剣を構え、今か今かと攻撃の合図を待ち、アルマたちの周りを取り囲んでいた。

 中には見覚えのある顔もあるが、その顔見知りの聖騎士ですら敵意を剥き出しにして剣の切っ先を向けている。

「手荒な真似をして済まない」

 アルマを取り囲んでいる聖騎士の間から分厚いローブに身を包んだ男、アイロスが現れる。

「皆、大事な客人だ。武器を降ろしてくれ」

 アイロスの言葉に、聖騎士は一斉に武器を下した。さながら恐ろしい上官に命令されたように。

 すると、転移した部屋の扉が勢いよく、開かれ、一人の男が入ってきた。その男は聞き覚えのある声で言った。

「王国軍精鋭部隊聖教騎士団先行部隊ランス=バルドただいま参りました!」

 その名前に俺は聖騎士に囲まれながらも、背伸びをして顔を確認しようとした。そこには金色の髪を一つにまとめた聖騎士、戦友ランスがいた。

「ランス!」

 アルマが声を掛けると、ランスは驚きつつも、喜びながらアルマの元へ歩いてくる。

「アルマ! なんでここにいるんだよ!」

 顔も声も笑い、アルマとランスは再会を祝い、抱き合った後、厚く握手を交わした。が、再会の喜びで忘れていた。アルマに毒を放ったアイロスのことを。

 もう一度剣を構え、アイロスの方を向く。

「離れろ! こいつは魔人と繋がっている可能性がある! ランス、協力してくれ」

 と言うとランスはアルマとアイロスの間に割って入った。その顔は呆れたような驚いたような。

「お前、この人がどなたか知らないって言うのか!?」

 アルマはその言葉に違和感を覚える。どなた、あたかもアイロスのことを敬っているような言い方だった。

「アイロス! 試験中俺に毒魔法を放った男だぞ!」
「え?」

 驚き戸惑うランスの肩を叩きながら、アイロスは微笑んでいる。

「少しした誤解があった様なんだよ、彼には偽名しか教えていないからね」

 アルマからしたら誤解もくそもない。アイロスがアルマに毒魔法を放ったのだから。

「でもそこまで躍起になられているとこちらもやり辛いし、全力で向かってきても構わないよ? その魔物の手を以てしても君に私は倒せないから」

 と煽られたアルマはすぐさまアイロスへ肉薄し、|紅砲剣《エクスタシス》を振るう。

「|疾風迅雷《アクセルウインド》。凄まじい速さだが、人類の英知には勝てないようだね」

 と背後から腕を回しアルマの喉に人差し指を突きつけるアイロスが言った。アルマよりも速い動きをしたのか、アイロスは簡単にアルマの背後をとって見せた。そして改まってお辞儀をしたうえで自己紹介をする。

「私の名前は、本当の名前はイレイス。王国軍精鋭部隊聖教騎士団団長イレイス=バレット。これが私の本当の肩書だ。重要な仕事で商業都市に用事があったからエリス先生のクラスの副担任として隠れ蓑を頂いていたんだ」

 衝撃の事実に戸惑いながらも、今まで感じていた違和感について全て納得がいった。あり得るはずのない魔法の知識や、世にも珍しい杖、一度の転移で四十数名を転移させる魔力量。絶大な実力があるものだと思っていたが、これほどとは。



 イレイスは大事な話があるとアルマとランスに伝え、その場に待たせ、とりあえずエリスを王都へと連れて行った。

 アルマはランスの案内の元、聖騎士本部の応接間へと足を運んだ。

 ランスは何もない壁の前に立ち、その壁に手を触れ、なにかぶつぶつとつぶやいた。するとそこの壁に大きな魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと魔法陣が縦に割れ、扉が開くように壁がゆっくりと開いた。

「すごいな」

 その言葉にランスは鼻を高くしながら言う。

「これだけじゃないぞ。まあ多くは言えないが、魔人から襲われた時など戦争のあらゆる事態についての設備がここにはある。そしてここはスパイや盗み聞きを避けるために作られた部屋だ。土属性の魔法陣に太陽の騎士の魔力を流し込むことで開く扉。防音どころか個々の中の話は一切外に漏れることはない」
「すごいな……」

 アルマはその説明に対し、同じ言葉を述べることしかできない。

「でもそんなところにお前を連れていけなんて、団長はなにを考えているんだろうな」

 そのランスの言葉が終わる前に部屋の扉が固く閉ざされた。

 ランスは手元のランプに魔力を流し込むことで部屋の明かりをつけ、簡素な机に備え付けてある椅子に腰を下ろした。

「イレイスが話そうとしているのは多分このことだ」

 アルマは手袋を外し、獣の左腕をランスに見せた。

「なっ……どうして」
「アスレハ、使徒と戦った時は髪の毛が白く、戦闘になると黒くなる、サイレンスのような毛になった。そして今回、王国軍の選抜試験中魔人が襲来したんだ。それを退けるために俺はまた独立魔力の開放を行った。そしたらこのザマだよ」

 アルマはそれからバロンとの会話の内容など事細かにランスに説明した。

「そうか……そうか。だが俺はお前が魔物の体に成り果てようとも友でいるさ。そして、多くの国民を守るため英雄を殺すこの腐った世の中、多くの人がお前の敵になったとしても俺はアルマ、お前の味方だ。命を救ってくれたからじゃない、お前が仲間だからだ」

 ランスは真剣な眼差しでそう告げる。魔人の混血として生きてきたランスはアルマの気持ちをよくわかるのだろう。自分が何者なのかわからなくなってくるこの感覚を、種族としての境界を失ってしまったような感覚。自分で言うのもなんだが、ランスは人と人の混血。アルマは人か獣か。

 だがなぜかアルマはその事実を重くは受け止めてはいなかった。なぜかはわからない。多くの人を救ったから気分が高揚していたのか。他になにか大きな理由があるのか。今のアルマにそんなことわかるはずがなかった。

 少しすると、イレイスが扉を開け部屋に入ってきた。「失礼するよ」とイレイスは一言述べ椅子に腰を下ろした。

「さあ、まずはアルマ君のことについてだ」

 心構えができていたはずだが、いざ言われるとなると緊張する。生きるか死ぬか、自由か拘束か。

「王国軍を代表して伝えよう。アルマ=レイヴン、最終試験で一度も負けなかったその実力と、その齢で、一人で果敢に魔人に立ち向かった勇気を認め、我ら王国軍は貴殿を王国軍選抜部隊の一兵士として迎えよう」

 イレイスのその言葉をアルマは耳を疑った。これはバロンにも伝えられていなかった事実なのだろう。しかしだからといってこの結果は。先に喜んだのはランスだった。

「アルマ! アルマ! 合格だって、合格」
「あ、ああ。あ? 嘘だろ? 俺の罪は?」

 何も考えられずランスの喜びの声にまともに反応することができず、イレイスに聞き直す。

「罪? なんのことを言っているか私にはわからない。試験会場にいなかったから細かくは知らないが君は一人で多くの人の命を救った。まあ君の圧力が何人かを気絶させたようだがそんなのへでもない。人類を、人間種の未来への希望である多くの生徒を救った英雄に何の罪があるというんだい?」

 イレイスの顔はまさにしてやったりと言わんばかりに口角が上がり、アルマのことを小ばかにしているのが見え見えだが、どこか怒る気にはなれなかったし、それより嬉しさが心の底から湧き上がっていて、それをどうすることもできなかった。

「だが、まずイレイスの偽物についてはどう決着をつけるつもりなんだ?」
「そんなことに気付かないなんて、君も案外鈍いんだな。身体を変化させる魔法なんてものはいくらでもあるんだよ。魔人がそれを使って私に変わっていたという選択肢は君の中でアリかい? ナシかい?」

 アルマは盲点だったと言わんばかりに、そうかと声を漏らした。

「はは。まあこれで君に合格のことは伝えた。ではなんでここにランスがいるかということだ。彼は既に聖教騎士団に所属しているから君の合格なんて関係がない。友人が合格した結果を間近で聞かせてやろうと思ったわけでもない。ランス、君は今日から聖教騎士団先行部隊の隊員、聖教騎士の任を解く」

 イレイスの言葉はランスに衝撃を、多大な衝撃を与えるが、ランスの表情はすぐに戻る。もうここに過去に囚われる卑屈な男はいない。絶対的な自信の元、自らの功績から新たに他の聖騎士が行うことが出来ない任に付かされるのだろうと考え、イレイスに尋ねる。

「団長、俺の次の任務はなんでしょうか」

 イレイスはその堅い意思を受け止め、静かに微笑む。

「話が早いのはいいことだ。ランス、君は彼とともに王国軍選抜部隊、対魔人族独立遊撃部隊として人間の希望となってもらう」

 アルマとランスはその言葉に、これから共に同じ部隊として戦えるということを素直に喜んだ。そして対魔人という言葉に一層気が引き締める。

「まず一つ問おう。君たちは|合成獣《キメラ》のことを知っているかい?」

 名前は聞いたことがあるが、深いことは知らない。それはランスも同様であった。なにか子供用のお伽噺のようなもので名前だけ目にしたことはあるが、実際いたかどうかすら。

「だろうね。|合成獣《キメラ》というのは君たちが生まれる前、あの大戦で猛威を振るった魔物だ」

 大戦。魔人軍が人間族に初めて多大な被害を齎した、ここ聖教都市ファリスができるきっかけになった戦争。

「狼人族ってのは聞いたことがあるだろう。我ら人間種に味方して、魔人種に滅ぼされた種族。狼人族は獣人種で最強の部族だったという。狼人族なら新米の兵士ですら魔人貴族と渡り合えたと言われるほど。そしてその最強の彼らを滅ぼしたのは一匹の創られた魔獣、|合成獣《キメラ》。|合成獣《キメラ》の脅威っていうのがそれで伝わるだろう。それと君たちがどんな関係があるか。私が君、アルマ君を知ったのはあの森でゴブリンたちと戦った時、多くの魔物を一人で、しかも魔物の力を使って勝利した少年。体中から魔物の体を発現し魔物と戦うなんてあの忌まわしき魔物、|合成獣《キメラ》の能力と酷似しているんだ。我らの種族に合成獣の後継がいる。前にアルマ君に言ったように最近、人間種領で魔人の目撃情報が増えているんだ。だから君の情報が魔人に知れ渡り君が魔人の手に落ちるのを防ぐために君のクラスに潜入し、君とその周囲を監視することにしたんだ。だがすぐにそんな心配をする必要がないということがわかったよ。ランスと戦った時も目立たないように戦っていたしね。だがそんな中、君たちは魔人に遭遇した。何かしら魔人の介入があるのを予測して王都の試験に急遽変更したんだ。でも何らかの方法で魔人は王都に侵入し間接的に、勇者との試合を利用して君を殺そうとした。情報が漏れてしまったんだろう、人間種が|合成獣《キメラ》を育成してるとかね。まあ私はそういう関係で少し顔が出せなくてね。だが私は君が|合成獣《キメラ》だとは思っていない」

――|合成獣《キメラ》だとは思っていない? 今自分で|合成獣《キメラ》だと言ったのに。

「確かに君の能力は|合成獣《キメラ》に酷似しているが、君はれっきとした人間だろう? それが故に今日も多くの人を救った。私はその事実だけで君を十分信用していいと思っている。中には君を魔人の手先だと思う輩もいるがね。しかしそれが社会というものだ。人間に|合成獣《キメラ》がいました。はい、そうですか。と簡単に済ませる事象ではない。だから私はこの選抜部隊を提案した。魔法学園の優秀者で君を監視させ、|合成獣《キメラ》の変化に柔軟に対応する。いくら|合成獣《キメラ》だからって共に過ごした仲間を殺すのは戸惑うだろうからってね。だから君の大切な友人にはこの事実を述べた後に、君の意思が失われたらすぐに殺せと伝えてある。その時都市部の諸君は容赦なく襲い掛かるだろうね。しかし君に勝てるわけがない、すぐに彼らは君に殺されるだろう。しかし地方部の諸君は君を殺さずにどうにかその事態を打開することを望むだろう。それなら君は死なないし、地方部の諸君も君を殺さずに済むだろう。まあ現実そんなうまくいくとは思わないがね」

 イレイスの考えは、先読みという言葉を超えていた。これが聖教騎士団団長の思考か、と何か絶対にかなうはずのないものに直面したような、そんな感覚に陥る。

「というのが建前」

 今のが建前だと、言い始める始末。もう驚き疲れ、イレイスの言葉を静かに聞くことにする。

「アルマ君を実力者で取り囲み、いつでも殺せる状況でうまく運用する。それが建前。本来はアルマ君とランスで魔人との内通者を探ってほしいんだ」
「内通者……?」
「そうだ、推測だが人間の中には魔人の内通者がいると思う。魔人と繋がり、人間の情報を漏らしている者が。それを君たちに探ってほしいんだ。建前として、君を自由に動かすために”独立”遊撃隊として申請してある。上からの命令に従うのは当然だがいざというときはそれを無視して動く権限がある部隊、それが独立遊撃隊だ。そして私は君たちならやってくれると信じて、この話をしている。この話を知っているのはここにいる三人だ。私は君たち二人しか信用していない」

 イレイスのその言葉。常に理詰めのように話していたイレイスがここで初めて、適当なことを言ったように思えたアルマは、それについて問う。

「根拠は? 俺たちが魔人と繋がっていないという根拠は?」
「実力者の勘だよ」

 イレイスは笑いながら「話は終わりだよ」と言って部屋から出て行った。最後の言葉、アルマはイレイスに自分と似た感性を感じ、どうも否定することができなかった。それはイレイスの頭の良さに圧倒されていたからかもしれないが。

 この部屋を出るとき、アルマの頭に「アイロスは魔人」という疑いは既になくなっていた。



 王都で行われた選抜試験は終わり、イレイスの転移で地方部の生徒はパレルに帰還。そのまま解散となった。

 選抜部隊に選ばれたのは地方部六人、都市部三人という異様な結果になった。地方部六人は言わずもがな、都市部はガルムラス、エルノ、リリアーノの三人。この九人の中にランスが入り、十人の部隊ということらしい。エリスはこの結果に涙を流し、イレイスは拍手を送った。

 アルマたちが明日から通うのは、王都グレイク。いや、通うという表現は間違っているだろう。

 寮に住み、日々訓練に明け暮れることとなる。ということは必然的に、この家に帰ってくることはもうないということ。自然に溶け込み、森の匂いが染みついた壁に触れ、感傷に浸る。

 アルマは肌寒くなってきた外に出て、火を焚き、湖の近くで、森で一晩を過ごすことにした。

 遠くで聞こえる鎌鼬の声が懐かしく、獣が枝を踏む音が心地よい。

 確かにここで過ごした時間は短かった。だけどここで暮らしたことで、アルマの心はとても癒されていた。

 雄大な森、煌めく湖、満天の星空。

 懐かしさという感動がアルマの心を包み込む。バケツで水を汲み、たき火を消すと、遥か上空に満天の星空が浮かんだ。小さな星の煌めきは別れを惜しむように、大きな星の煌めきは旅立ちを称えるように。

 アルマは地面に寝そべり、その星空を眺めながらゆっくりと目を閉じた。

次話


コメントを投稿するには画像の文字を半角数字で入力してください。


画像認証

  • 最終更新:2020-04-16 01:22:27

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード