大食らい、モンスターハウス

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本編

 崩れ去った|魚人《マーマン》から転がり落ちた魔晶石は、人間の子供の頭ほどの大きさを持っており、それだけで|魚人《マーマン》の魔力量の多さを物語っていた。

「一匹で五万程度か……」
「この扉の奥にいる奴はどのくらい金を落としてくれるかね」

 バンディが還元強化を解除し、鞘に大剣を納めそう言った。

「そういえばガルベスさん、頬の傷は大丈夫ですか?」

 ジンに尋ねられたガルベスは不機嫌そうに言い放つ。

「唾つけときゃ治る」

 恐らく途中までやっていた|魚人《マーマン》を取られたのが不満なのだろう。案の定、ガルベスの言葉はそれだけでは終わらず、怒号ともとれる声量で続ける。

「クッソ! 俺だけ何もできてねえ! さっさとそこの扉を開けてくれよ!」
「お気持ちもわかりますが、アルとベンディさんはかなり疲れているはずですし、少し待ちましょう」
「むぅ」

 ガルベスは悔しそうにその場に座り込む。酒の場などであればまだ食って掛かるだろうが、これから先にあるのは何人も死者を出している|魔物部屋《モンスターハウス》。ガルベスという男はなんだかんだ物分かりの良い男でもあった。だが、ここで休憩と言ってもという話だ。

「バンディ疲れているか?」
「いや、それほどでもないかな」
「それなら扉開けちまうぞ?」

 バンディは手をひらひらと振りながら応える。

「問題ねえぞ」
「だってさ、ガルベス」
「ああ! お前らが良いなら問題ねえだろ!」
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ、このまま脳筋野郎に騒がれている方が疲れてそうだ」
「それなら――」

 その瞬間ガルベスは|魔物部屋《モンスターハウス》へとつながる大きな扉を思いきり蹴り壊して見せた。崩れ落ちる瓦礫を前に、「行くぞ」と意気込んでいる姿を見て三人は溜め息をつく。

「は?」

 最初に声を上げたのは最初に足を踏み入れたガルベスであった。その扉の向こうにあったのは高級宿を彷彿させる景色だった。

 豪華な革のソファ、白い大理石で造られた風呂場、あらゆる食品が揃った冷蔵室など。|迷宮《ダンジョン》とは思えない空間がそこに広がっていた。豪華なソファのある部屋床には大きな魔方陣、正面の壁にはタイマーが設置されており、それが刻一刻と減っていく。

「はっ、死ぬ前を存分に楽しめってことか? 舐めてやがるな」
「アル、それはどういう?」
「だから多分、あのタイマーはこの魔方陣と連動しているんだろうよ。後丸一日。ここでゆっくりしてあのタイマーがゼロになった瞬間ここから|魔物部屋《モンスターハウス》に飛ばされるとか、ここが|魔物部屋《モンスターハウス》になったりするんだろ?」
「か~!! なにぃ!? じゃあまた俺はお預けってことか? ふざけんなよ!?」

 とガルベスがその場にあったソファを蹴り飛ばし、破壊して見せたが、数秒もしないうちにそのソファは修繕され、元の場所に戻る。

「全ての家具とか道具とか入り口含めて、タイマーが作動するまで自動的に修理される魔法でも掛けられてんのか。結局どのみち一日はここで釘付けみたいだな」

 アルマのその言葉に驚いたジンとバンディは入ってきた扉――ガルベスが破壊した――を確認しに走る。が、アルマの言う通りその扉は元通りに戻り、それどころかその大きな口を開けようともしなかった。

「だろ?」

 バンディは場の状況を飲み込んだのか、大剣と直剣を部屋の武器棚に立てかけ、ソファに深く座り込んだ。

「はぁ。この感触、|迷宮《ダンジョン》とは思えないねえ。女がいればもっと良かったんだがな」
「バンディ、それじゃあ宿じゃなくて娼館だ」

 バンディのその姿を見て、ガルベスも戦鎚を武器棚に並べ、一人掛けソファに座る。
 そこで一人焦ったような顔をしていたジンがやっと口を開く。

「ゆっくりするのもいいですが、一旦いいですか? 冷蔵室の食料が安全かどうか、お風呂に何かないか。この部屋に|罠《トラップ》はないか。それを一通り確認しませんか? 時間はあるわけですし、それからでも遅くないのでは?」

 バンディは納得し、立ち上がるが機嫌の悪いガルベスは「気にし過ぎだ」と言って立ち上がろうとしない。

「その一人掛けのソファも魔力が通ってるぞ。こっちのソファとは別の魔力が」

 アルマがそう言うと、ガルベスは急に立ち上がりソファを警戒し、距離を取る。

「冗談だ」
「おい、性格悪ぃぞ!」

 ガルベスはもう一度ソファに座り込んだ。



 基本的に|罠《トラップ》はアルマの|紅魔眼《マジックセンス》で、食料はバンディが魔法の|鑑定眼《サーチアイ》で確認を取った。それから各自風呂に入ってから、飯をこしらえ長めの休憩を取ることにした。

 他の三人に任せるとまずい食事しかできないと言ってアルマは率先して台所に立ち、明日の体調を考え、精が付き、食あたりしづらい食材を選んで料理を作った。

 話をしながら武器の手入れなどをしているといつの間にか時間は過ぎるものだった。

「あと十六時間か、一人ずつ交代で見張りをすることにしよう。二時間前には起きておきたいから後十四時間。一人大体三時間の見張りだな」
「俺は寝かせてもらうぜ。戦闘もほとんどしねえで、とんだ生殺しを食ってんだ」

 ガルベスは誰の意見も聞かずさっさと大部屋を離れベッドがある部屋へと行ってしまう。

「自分勝手な野郎だ」

 とバンディが毒を吐く。

「私がやりますよ。体力的には全然ですし」
「そうかじゃあ頼む。俺ももう行くわ」

 バンディは手をひらひらと振り、寝室へ向かう。

「アルも行っていいですよ?」
「ああ、でもまだ寝る気にはなれねえから少しここで暇をつぶしてていいか?」
「もちろんです。三時間一人はなかなか暇ですからね」

 アルマは冷蔵室からいくつか果物を持ってきて、それに齧り付きつつソファに座った。

「ジンも食うか?」
「それでは一つ」

 アルマは同じものをジンに投げ渡し、部屋のタイマーを見つめた。

 微かに遠くから聞こえてくる二人のいびき以外は何も聞こえない静かな空間に、果物の咀嚼音だけが響いていた。

「そういえば、アルは今いくつでしたっけ?」
「歳かぁ。いくつだったかな。傭兵都市なんか場所は、幼いことを免罪符にしてくれる場所じゃねえしな。最近なんか自分の誕生日なんかも忘れちまったな」

 アルマはそう言いつつ、武器棚の脇に置いて自分のポーチからアイデンを取り出し、自分のプロフィールを確認した。

「えっと生まれ年が狼ノ暦二五年だから、十三か十四だな」
「二五年ですか……。私が五年生まれですから、二十歳も差があるんですね。そうすると多分私の娘と同い年ですね」

 ジンは優しく微笑みながらそう言う。

 人の世では「人が生まれ狗を飼いならし、兎を捕る。狼は猪を追い、魔を食う。そして訪れし竜は全てを狩り尽くし、人を産む。」という言葉を元に暦が組まれていた。
 人、狗、兎、狼、猪、魔、竜。そして人へと転じる。各暦は百年毎で次の暦へと移る。
 それは人間種の中で起きた狼と竜を崇める風潮から作られた言葉であった。

「娘がいるんだっけな」
「アル程しっかりしていませんし、戦闘技術もまだまだです。私の教え方が悪いんでしょうか。アルはどうやってその戦闘技術を?」
「覚えていない」

 アルマの発言にジンは笑いながら応える。

「え? 何か秘密の特訓か何かと言うことですか?」
「いや、本当に何も。俺、お前たちと出会った時からちょっと前の記憶しかないからさ。俺の記憶の切り替わった地点? 今のアルマとして認識している最初の時。俺の隣に落ちていたあの銀の短剣を拾ってふらふらして、ジンたちと出会って、そこでも強くなって、そしたらいつの間にか|魔物部屋《モンスターハウス》の処理を頼まれてたってな感じだ」
「そうですか。悪いことを聞きました」

 表情に影を落としたジンに対してアルマはフォローを入れる。

「いや、気にするな。覚えていないから悲しいなんてことは別にないんだ。寧ろ子供の時のことを覚えていたり、親のことを覚えていたら今みたいにさっぱり、きっぱり、ばっさりみたいな冷たい判断はできないだろうし。この性格が生きていく一番の武器になっているしな。まあそう考えると覚えていることは戦いにおける技術だけかもしれないな。だから戦っている時が一番安らぐ」
「……」

 ジンは自分の娘とアルマを照らし合わせようとしたが、目の前にしている少年が抱えている何か深いものが自分ですら抱えきれないだろうものだということを察し、言葉を紡ぐことができない。

「どうせ死ぬなら戦いで死にたい。王国にいる老いぼれ見たいに動けなくなって、人に迷惑を駆けながら生きるなんて気はしないな。それこそ俺は戦いで死ぬために生まれたもんなんだろうよ。神は唯一そんな記憶だけを残したわけだし、知らずうちに付けられた|武器《アルマ》って名前だって」
「でも……。でも今回で死なないでくださいね。君の死体を持って帰るなんてことは私には耐えられない」
「その言葉をそのままお前に返すよ。家族がいる奴なんかと仕事をするつもりは無かったんだがな」
「はは。後出しですいません」

 と頭を掻きながら謝罪を述べるジンであったが、それ以降は黙りただただ果実を齧る音だけが部屋に残っていた。アルマはその果実だけを食べ終えると、寝室に行き眠りについた。

 どのくらい経っただろうか。アルマはガルベスの声で起こされた。

「おい、交代だ」
「くっそ、汚い男の声で目が覚めるなんてな」
「文句言ってんじゃねえよ。俺を起こしたのなんてバンディだ。最悪の目覚めだぜ」
「はは。そりゃあご苦労なこった。俺が最後か?」
「ああ、俺はもうひと眠りさせてもらうぜ」
「お疲れさん」

 ガルベスは何も言わず、寝室に向かった。アルマは乾いた喉を水で潤した後、冷蔵室から果実を取り出し、ソファに座ってタイマーを眺めた。未だカウントダウンを続けるタイマー。緊張はなぜかしていなかった。何人もの猛者を屠ってきた魔窟に向かうというのに怖いどころか心が躍っている。誰も到達したことのない世界、誰も勝てなかった敵、そんな奴等と相見えることができるなんて。

 手が震えている。武者震いだ。

 自分に言い聞かせているわけではない。本当に武者震いであった。銀の短剣を握りしめ、タイマーを見据える。心の中でここでなら死んでいいと思っていた。ギルドの誰もが倒すことができなかった魔物と刺し違えて。

 しかしギルドの、ライラスの顔が浮かび、ライラスの驚く顔を見なければ死ねないと思う。別にアルマは攻略がしたいわけではなかった。今までは生きるために金を稼いできていた。しかし今日、今わかった。

 アルマは、アルマの体は強者を求めている。

 危機を、絶体絶命を。



 時間になると皆はアルマのいる部屋へを出てきて、準備を始める。それもアルマが作った飯の匂いがしたからであろう。それを平らげ、トイレを済ませ、歯を磨きと朝起きたようなことを終わらせた後、武器を確認し、皆魔方陣の上へと立つ。

「よし、お前ら準備はいいか?」
「おう」
「もちろん」
「ばっちりですよ」

 皆武器を手に取り、タイマーを見据える。

 ――五、四、三、二、一。
 魔方陣が白く光り出し、アルマ達を包み込む。光により目が開けられなくなり、その明るさが収まり目が開けられるようになった時、そこには巨大な地底湖が目の前にあった。

 地底湖、アルマの家の近くにある湖より鮮やかである。

 湖底で煌めくのは魚だろうか。大自然が生み出した鍾乳石などが湖から放たれる青のコントラストにより雄大に輝いている。足元は岩が砕けに砕けたのか、砂浜のようになっていた。それこそ鮮やかな砂浜のビーチを鍾乳石による天井で覆った様な、そんな景色であった。

「すげえ……」

 誰の言葉かわからなかったが、皆考えていることは同じであった。しかしいち早く気持ちを切り替えたのはやはりアルマであり、|紅魔眼《マジックセンス》で周りを見渡すとかなりの魔力が漂っていた。そして湖の中に巨大な魔力が蠢いており、それがこの|魔物部屋《モンスターハウス》の主であろうと気付くにはそれほどの時間を要さない。

「あちゃあ、これじゃあ私が出る幕がないんじゃ……」

 ジンが呟く。流石に炎魔法に精通したジンでも水中で炎魔法を発現するなんて不可能だ。その言葉を聞いたガルベスが声を出す。

「おい、ジン。そんなことはないようだぜ?」

 ガルベスの視線の先には。
 砂浜が異様に盛り上がり、そこから腐敗している手、頭、身体が現れる。

「こんな美しい場所で|不死《アンデット》とは、なんてセンスの悪い」
「ただの|不死《アンデット》じゃあないみたいだぜ?」

 砂浜から湧いて出たアンデットの中にはまだ肌にハリがある者もいる。しかもかなり良い装備をしている者も。

「そういうことか」

 アルマがそう声を漏らすとバンディが尋ねる。

「どういうことだよ?」
「最初この部屋を見つけちまった冒険者は簡単に湖の魔物に殺される。そして次の冒険者は湖も砂浜も、魔物の巣窟、|魔物部屋《モンスターハウス》の真髄を見たんだろうよ。それが何度も何度もここで行われて、本命の攻略が来る前には|不死《アンデット》の大軍隊の完成ってことさ。ジン、ガルベス、バンディは上でこいつらの相手をしてやれ。俺は湖にいる奴を何とかして足止めをする。俺が死ぬ前に上を片付けてくれよ?」
「アル、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、相手は所詮魔物だ。見つかったとしても砂浜に上がれば大丈夫だろう。このために銛を持ってきてるんだからな」
「じゃあよろしく頼みます」
「おう」

 そう言って、アルマは三人を見送る。



「あらら、ポコポコと沢山出てきてるよ」

 ガルベスが状況を皮肉りながらそう呟く。

「二十とちょっとくらいですかね? ガルベスさん、ちょっと先に私がやってみてもいいですか?」
「まあ、いいだろう。お前は殲滅型だからな」
「ありがとうございます。|地の中で燃ゆる炎よ、全てを焼き尽せ《フラム・オラージュ・バレット》」

 放った炎が|不死《アンデット》たちの真ん中に着弾し、大爆発を巻き起こす。

「おいおい、ジン俺の分も取っておいてくれよ?」

 ガルベスの心配はすぐに解決する。爆発によって起きた砂塵が収まるといくつかの結界が見えた。

「あちゃあ、あれはただのゾンビではないですね。|虚無騎士《ホロウナイト》になれるほどの魔力と肉体を持って――るのは当然ですね」

 |不死《アンデット》。それはいままで生きていた生物に魔素が作用することで、意識の無い人形として復活した姿であった。その中でも生前魔力を多く持っていた人間はより多くの魔素に影響され、ゆっくりと動き、生前の頃の武器を弱弱しく振るうゾンビとは違う|虚無騎士《ホロウナイト》として復活することがある。

 |虚無騎士《ホロウナイト》は通常の|不死《アンデット》とは違い、身体の腐敗はほぼ進んでおらず、魔法も使えるうえに生前とほぼ変わらないと来ている。それもゾンビはほぼ獣として生肉を求めるという行動原理から人を攻撃するが、|虚無騎士《ホロウナイト》は稀に新たな自我が芽生えるという圧倒的なアドバンテージがあった。

「これなら俺も楽しめそうだな。ジン、もういいだろう? 俺も行かせてもらうぜ! |流れる水が如く《オー・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスは、金の装飾が鎧に施された騎士の元へと走る。しかし巨大な風の弾が行く手を阻もうとする。それを戦鎚で弾き飛ばし、水の覇気を纏った戦鎚で装飾騎士をぶん殴った。装飾騎士はそれを硬化した盾で防ぎ直剣で攻撃を加えようとする。

「させねえ!」

 その攻撃をバンディが直剣で防ぎ、魔法により装飾騎士を弾き飛ばす。

「雑魚はジンに任せてきた。攻略組の|虚無騎士《ホロウナイト》は二人でやるぞ!」
「チッ。仕方ねえな。足を引っ張るなよ!」
「お前こそ!」

 バンディは大剣も引き抜き、巨大な斧を持つ戦士に対峙する。ジンが参戦するまでは体力を残しつつ、倒せそうな|虚無騎士《ホロウナイト》を殲滅していく。

 |虚無騎士《ホロウナイト》として復活しているのは五人。それを二人で捌く必要があった。



 アルマはまず傭兵都市で購入しておいた水色の薬品を服用する。これを服用することで肺に沢山空気を溜められるという代物であった。亀のような魔物である|牙亀《ファングタートル》の胆嚢で造られた薬であるため味は酷いものであるが、ここで戦うには絶対に必要なものであった。

 ――|紅魔眼《マジックセンス》! 数は七……。短剣、地の利を得ている魔物に接近戦は無謀か。

 それならと、アルマは背中に背負っていた普段使わない得物、鉄の銛を引き抜き、鞄からロープを取り出し銛の柄に括り付ける。鞄などの荷物を砂浜に投げ捨て、銛といざの短剣のみで水の中に潜っていく。

 そして狙いを定め、魔力を流し込みつつ放つ。|速度上昇《アクセル》の魔方陣が刻まれた銛は見る見るうちに勢いを増していき――リーダー格であろう――鮫の周りにいた魚型の魔物を貫いた。傷口から溢れ出した紫の血液が水の中に流れ溶けて行く。アルマはロープで銛を手繰り寄せ、もう一度魚の魔物を銛から外し、もう一度狙いを定めた。

 魚の魔物は異様と言えるほどと弱く、簡単に狩ることができた。しかし全て狩り尽くすには至らないところで、鮫に敵として認識されてしまった。苛立ち尻尾を大きくうねらせており、驚くべきことに近くにいた魚の魔物を一口で飲み込んでしまった。それを行っている間もずっとアルマと目を合わせたまま、次はお前も食ってやると言っているようであった。

 ――共食い……。 何か意図がある行動に違いない。

 アルマが察したように鮫の魔力量は跳ね上がり、アルマに向かってすさまじい勢いで体当たりをしてくる。水中で水棲生物より早く動けるわけもなくアルマは鮫に体当たりを食らい、そのまま水中の岩壁へと激突する。鮫の突進は腹に巨大な岩が当たったようで、首や手足は引きちぎられそうだった。アルマはそのまま湖底まで沈んでいく。少しずれていたらあの尖った岩にぶつかり、身体を貫かれていただろう。

 鮫は水面へと泳いでいく。勢いをつけアルマにとどめを差す気であろう。しかしアルマとてやすやすと止めの一撃を食らってやるはずもない。アルマは銛のロープを岩の先端に括りつける。

 これで準備は万端であった。一か八か。この機を逃したらアルマは殺されるだろう。

 ――一瞬に懸ける。

 アルマは横にあった岩を蹴り、寸でのところで鮫の体当たりを避け、鮫の尾ひれに向かって銛を投げつけた。華麗な直線を描いた銛は深く鮫の尾ひれへと突き刺さり、鮫の身動きを捕れなくする。アルマはその間に陸へ上がり、三人の様子を見に行く。



 砂浜には一つ炎のドームが発現しており、それを無数の|不死《アンデット》が囲んでいる。

「ミスったのはガルベスかバンディか」

 炎のドームは明らかにジンの結界魔法であった。

 |不死《アンデット》は肉体が腐り果て、魔力のみで動いている。筋肉や腱、骨などは機能しておらず通常の人間よりもろい身体のつくりをしている。そのため短剣と疾駆によって部位攻撃を得意とするアルマにとって|不死《アンデット》は都合の良い敵でしかなかった。

 アルマは脚の取られる砂浜をできるだけ全力で走り、一匹の|不死《アンデット》の脚を切り落とす。紫色の血が噴き出た瞬間に、絶妙なバランスを保ち、維持されていた腐敗した体が左右に分かれ、臓物が溢れでる。魔力の少ない者から順に|不死《アンデット》を狩り、結界の周りの|不死《アンデット》を減らしていった。

 これまでにかかった時間は数秒。アルマは凄まじい勢いで|不死《アンデット》を狩りつくし、三人に声を掛ける。

「ジン、結界を解除しろ!」
「アル! 助かります」

 アルマはすぐさまその場から離れ、ジンの結界の解除に備える。そして瞬間結界はその炎を放射状に放ち、中からはジンたちが現れた。

「大丈夫か? 何があった」
「これを」

 ジンは力無い声でそう言いつつ、板のような物を差し出す。確認するとそれは装飾騎士のアイデンであることが分かった。

「通りでお前ら三人でしくじるわけだ」
「誰なんだよ、こいつは?」

 アイデンに表示されている顔を見て、ガルベスはそう声を漏らす。

「お前ら世間知らずにもほどがあるぞ。こいつは傭兵都市のトップランカーだ。こいつもお陀仏していたとはな。だとしてもお前らならやれない相手じゃないだろ?」
「いえ、最初はこちらの方が優勢でした。しかし途中からだんだんと、いや一気に奴らの動きや強さが跳ね上がったんです」
「複合|特殊技能《スキル》か?」
「可能性は高いですね」

 アルマは|紅魔眼《マジックセンス》で|虚無騎士《ホロウナイト》たちを確認すると、一つの事実に気付く。

「そうか。皆魔力の糸のようなもので繋がれているな。それが影響しているのは間違いない。だからあの装飾騎士を攻撃するより手下みたいなやつらをやった方がいいかもな。俺が装飾騎士を足止めするから、お前らは他を片付けてくれ。久しぶりの三人だろ、期待してるぜ?」
「おう」
「任せろ」
「了解です!」

 アルマは近くにあった石頃を装飾騎士に投げつけ、こちらにおびき寄せる。

「俺とやろうぜ。傭兵都市の最強さんよ」

 ガルベス、バンディ、ジンの三人はかつてアルマがこのパーティに参加するまで荒くれ者としてパーティを組んではいなかったが三人で行動することが多かったらしい。もちろん好き好んでというわけではなく、成り行きで。そして依頼された任務は今ほど難しいものではなかったが、全て鮮やかに完遂して見せたという。

 そしてバンディが叫ぶ。

「ガルベス! お前は前衛だ。俺とジンで支援する!」
「おう!」

 ガルベスは残っている|虚無騎士《ホロウナイト》の方へと走って行き、戦鎚で一匹の|虚無騎士《ホロウナイト》を叩きつぶし、そのまま詠唱を始める。

「|吹き荒れる風が如く《ヴァン・ムー・フロウ・オリジン》」

 ガルベスの熱い吐息と共に溢れ出した緑の|覇気《オーラ》はガルベスの体に纏わりつくようにその色を落ち着かせる。風は速さを極限までに高める|覇気《オーラ》。それから放たれる一撃は風をも超える。

 戦鎚では考えられないような速さを持ったそれは|虚無騎士《ホロウナイト》の頭を簡単に弾き飛ばし、魔晶石へと換える。

「ガルベス! 準備しろ!」

 バンディのその言葉にガルベスは緑の|覇気《オーラ》を周囲へ暴風として放ち、隙を作った後に戦鎚を自らの背中へと背負い戻し、その形を変化させる。

 巨大な戦鎚はガルベスの体を覆うような形になり、バンディとジンの攻撃に備える。

「|地の中で燃ゆる炎よ、全てを焼き尽せ《フラム・オラージュ・バレット》」
「|風の精霊の名の下、我風を操らん《ヴァン・ムー・バレット・シルフィア》」

 ジンの放った|爆炎《コアフレイム》はガルベスの手前で着弾し、爆発を巻き起こす。

 バンディの放った|精扇風《シルフィブレス》は三属性魔術、風魔法最強の魔法であり、風の精霊シルフが作り出した世の理を司る風の精霊魔術に匹敵する強さを持つ魔法でもあった。

 風によりこの空間にある全ての空気を操る魔法、それこそ世界を作りし、|精霊の吐息《シルフィブレス》。

 バンディの大剣から放たれた魔法により、爆炎はその姿を留め、宙を走る。流線型を描き、|虚無騎士《ホロウナイト》たちを飲み込んでいく姿はさながら炎を纏った竜が獲物を食らうが如く。

 そしてバンディが魔法を解除するとそこには焼け爛れた鎧と、魔晶石のみが残るだけだった。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:13:41

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