弱き者の武器となる

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前話


本編

 目の前に|三首狗《ケルベロス》の足が見える。

――あれ、俺どうなってる……。あ、これ倒れてんのか、仕留められなかったのか。

「アルマ君!」
「アル!」

 アルマを踏みつけようとした|三首狗《ケルベロス》の足を、アルマは転がることで避け、近くに落ちた刀剣を拾い上げ態勢を整える。辺りを見回すと|三首狗《ケルベロス》の足元にはロードが倒れている。

 アルマはサリナやセラの元に駆け寄り状況の確認を行う。

「何でやられた?」
「三人がやられたのと同じあの火柱で……」
「サリナのと一緒だな、自動防御だ。俺一人の力で何とかなるのか……」
「リーシュ、教えを破るのは悪いと思うけど死にそうなんだからいいよな」

 そしてアルマは刀剣を地面に落とし、拡張道具袋から二つの短剣を取り出した。銀の短剣と黒鋼のトレンチナイフ。

「攻撃を仕掛ける。手出しは許さない……」

 この武器を握ると思い出す。獲物を喰らってやろうと、目の前にいる強大な敵をどのように甚振ってやろうと。

 過酷な生活の中で磨いた動物性。狼は魔物なんかに負けない。

【喰らってやる……】

 地面を蹴り上げ、|三首狗《ケルベロス》の頭へ肉薄する。ナックルダスターで殴打し、銀の短剣を左目に突き立てる。何度も何度も何度も。

【くたばれ、くたばれ、くたばれえええええええ!】

 魔方陣に熱を感じた瞬間、|三首狗《ケルベロス》の頭を蹴り上げ、魔方陣の外に出る。外に出た瞬間、魔方陣から火柱が立った。

【まだだ! まだだあ!】

 一つの頭に飛びかかろうとした瞬間、先ほど攻撃した頭から異常な熱量を感じる。そして吐き出された灼熱の業火が。地から足を離したが故にこれを回避する手立てはない。魔力が使えればこの程度いくらでも回避できたというのに。

 時間がとてもゆっくりに感じる。これが死に直面した者が見るという走馬燈というモノなのだろう。

 |三首狗《ケルベロス》の火炎が目の前に迫った瞬間、アルマの目の前に白銀の壁が聳え立った。

「なんで、お前がここに……フラン!」

 白銀の獣の姿で、雪の障壁を立てる魔物。スノーウィ。フランがアルマを助けに来てくれたのであった。しかしここの気温はゆうに王都近辺の気温を超えているため、既にフランの身体には薄っすらと水滴が現れ始めていた。

「もう大丈夫だ! フラン下がれ!」

 叫んでもフランは下がろうとせず、障壁を張り続ける。

【あいつノ動き、僕封ジる。アルマはあいツ、倒しテ!】

 アルマがあいつを倒さない限り、この場を離れる気がないのなら、アルマがやるしかないだろう。

「待ってろフラン! 俺が終わらせる!!」

 フランの障壁を抜け、|三首狗《ケルベロス》へと向かう。|三首狗《ケルベロス》は火炎を吐いているため、それ以外の部分へ魔力は回せない。ということは今、自動防御は放てない。

 アルマはもう一度|三首狗《ケルベロス》の首を狙い、刀剣を持ち、居合を放った。鞘から抜き出た刀剣は風を切り裂き、炎を切り裂き、|三首狗《ケルベロス》の首を切り裂いた。そしてもう一度鞘へ刀剣を納め、居合を放つ。もう失敗はしなかった。なぜかはわからない。風が見えたのだ。この風に刀剣を載せ放てば、成功すると、そう風が言った気がした。

 そして数秒もしないうちに三つの首が地に落ち、|三首狗《ケルベロス》は死に絶えた。

 |三首狗《ケルベロス》が地に落ちる音は、地響きの如く、雪山を駆け巡った。

「これで、終わった」

 戦いの終わりに膝を付き、一息つこうとした瞬間、背後から|三首狗《ケルベロス》の地に落ちる音とは違う小さな音が聞こえた。水たまりに何か物を落としたような、そう木の上にいた溶けかけた雪が地に落ちる音。

「フラン!!」

 アルマが倒れているフランに触れると、もう既に彼の身体は溶け始めていた。手には水滴がつき、触れるとまたドロリと溶ける。なにか固形物がが溶けていく不快感はなく、それは雪の粒が手に落ち溶けていくような儚さだけ。

「リリアーノ! 氷魔法で――」

 そう言った時冷ややかな手がアルマの頬に触れた。しかしその感触もすぐ消えていく。

【人ノ言葉がわからなクても、自分の最期くラいはわかるヨ……】

 アルマの手の中で小さな命が消えていくのを感じる。冷たく、自分の力さえも失われて行くような、気分の良いものでは絶対にない。

 ふと、アルマの目の下を滴が走るのを感じる。今まで“あの時”から失われたと思っていた涙が、自分の中から溢れ始める。

 そしてフランの身体が薄く白く輝き始め、フランの身体が魔力に還元されていく。これが魔物の最期、そしてスノーウィはこの世に体を残さない。残るのはその魔力が結晶化した魔晶石だけ。フランはもう一度、そのか細い手をゆっくりと持ち上げ、アルマの頬に触れた。

 先ほどまで話していたというのに、その声はもう擦れ、上手く聞き取ることができない。

【アル……マ……。皆が、仲良くデきるように……】

 アルマは溢れ出す涙を気にせず、大声で。

「ああ! 絶対に、絶対に。人も魔物も仲良くできる世界を作ってやる! 約束だ、フラン。だから……安心して眠ってくれ」

 フランは確かに聞こえる声で、最期の力を振り絞って。

「うん……ありがとう。待ってる。次生まれた時は……一緒に、もっともっとお話ししようね……」

 フランの身体は触れられなくなった。今そこにあるのは魔力が微かに残り、映し出す幻影のようなもの。そして光が弾け、そこには白くきれいな宝石のような魔晶石が転がっていた。



「これがスノーウィの魔晶石……。悲しい色、でも綺麗」

 サリナがアルマの後ろで言う。

 だがアルマはそれに対し、返答する気力なんてなかった。顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら地面を強く殴りつけた。

「くっ。くそっ、くそっ。俺は強くなったはずだったのに。あの時より強くなったはずなのに!! また守れなかった。また……うぉおああああああああああ!」

 絶叫はただ虚しく雪山の奥へと消えていく。ここまで取り乱すアルマを始めてみたサリナはアルマの背中に静かにそっと手を添え、アルマを見守った。





 セラの魔法によって治しきれない傷を負ったのは、主に戦士の四人であった。

 イギルは|三首狗《ケルベロス》の炎の脚による殴打で、皮膚が露になっていたところを多く火傷をした。複雑な器官をもつ顔の左側の一部に大きな火傷を負い、今は左目も含めて包帯を巻いている。

 ロードは|聖剣《エクスカリバー》による防御もあり、そこまで大きな怪我はなかったが、やはり至る所に火傷を負っていた。

 ガルムラスは右腕の骨折と、大剣の破損。エルノも同様に骨折をしていたのだが、骨が肉を突き破り外へと飛び出してしまっていたため、多くの出血があり、今は医療施設で一人ベッドの上で療養している。




 任務が終了し、皆が医療施設へと送られたのを見守った後、アルマはリーシュの元へ走る。アルマはリーシュに怒りを覚え、声を荒げ言う。

「お願いだから、この腕輪を外してくれ!」

 リーシュの驚き怯えるのを無視し、最大まで圧力をかける。この腕輪がなかったらフランを救えたかもしれない。
 突然のことに戸惑いを隠せないリーシュに対し、アルマはもう一度言う。

「もう一度言う。この腕輪を外せ!」
「わ、わかった」

 リーシュは抵抗せず、腕輪を外し、「今日は帰っていい」と言って、その場を後にした。アルマは誰もいなくなった訓練場の壁を殴りつける。そこには大きなひびが入った。



「私が錬成した魔力抑制の腕輪を自らの魔力操作で無意識に破壊しました。魔方陣が焼き切れています」

 リーシュはイレイスの机に腕輪を置き、話した。

「それ以外には」
「私に腕輪を外せと言った時、強大な闇属性の魔力が私を包みました。ローブの装備魔法で対処しましたが下手したら、死んでいたかもしれません。自分で自分の魔力を操作できていないでしょう。あれは確かに危険因子です」
「だが私は訓練生の彼らから聞いたんだ。アルマは幻のスノーウィと絆を築き、討伐目標をそのスノーウィと協力して撃退したと」
「魔物との協力……。それは彼が魔物である――」
「言うな! 言葉に気を付けろ。彼は今日も仲間を救った誇り高き人間種の英雄だ……」



 アルマは失意の念に駆られていた。人々の武器となることを誓ったのは確かだが、それでフランを失った悲しみを払拭できるわけがなかった。

 アルマは一人、王国軍に割り振られた自室で王都の様子を眺めていた。アルマが周囲の人間から“魔物”として認識されているのは知っている。守ると言っても、守られる側が受け入れてくれないのでは、どうしようもできないのだ。

 道行く人々の姿を眺めながら、アルマは獣の腕を握りしめていた。

 ふと、我に返ったのは部屋の扉を叩く音が聞こえたからだった。

「誰だ?」
「俺だ……」

 声の主はガルムラスだった。アルマが許可するとガルムラスは扉を開け、姿を現した。

「よう、ガルムラス」
「ガルムで良い……」

 ガルムはアルマの部屋に入ってくることはなく、廊下と部屋の切れ目にずっと立っていた。

「一言だけ。この前は助かった。もう手を煩わせるようなことはしない」
「そうか。それならそうしてくれ」
「ああ」

 ガルムは淡々と述べ、扉を閉めて行った。寡黙な男だと思っていたが、ここまでとは。と一人、ガルムの低い声を耳の中で繰り返した。



 そして少しするともう一度、扉は叩かれることなく開けられた。

「おい、勝手に」
「ガルムは許すのに私は許さないの?」
「礼儀ってのを」
「わかったわかった」

 リリアーノは開いた扉をノックする。

「これでいいんでしょ?」

 良いか悪いかで言われたら良くないが、リリアーノにはこれ以上何を言っても通じないだろう。

「都市部が揃いも揃って何の用だ」
「何の用も何も、エルノとガルムは私の大事な仲間なの。二人を助けてくれてありがとう。最初は|合成獣《キメラ》の能力を継いでるって聞いたから、皆警戒してたんだけど。良い言い方が思いつかないけど、人間だということがわかった。今まで嫌な態度を取ってごめん。仲間として」

 リリアーノはアルマに手を差し出す。握手を求めているんだろう。アルマはそれを快く受け入れ、堅く握り返す。

「こちらこそだ、リリアーノ」
「リリィでいいわ。あとこんなことするのも最後だから。でも本当にありがとう。エルノに至っては、もう少しあなたが|三首狗《ケルベロス》を倒すのが遅かったら、死んでいたかもしれない。本当に感謝してる」

 リリィはそう言うとアルマの部屋から出て行く、勢いよく扉を閉めて。あのつんけんした態度を感謝の時でも忘れないのは感心した。

 しかしアルマがどれだけ感謝されようとも、フランという仲間を失ったのも事実だ。

 だけどその他に多くの仲間を救ったのも事実、今それに気づかされた。だけど大を救うために小を切り捨てるやり方は気に入らない。仲間には全員死んでほしくない。そのためには仲間の協力が必要だ。

 魔物として見られるアルマだけでは無理かもしれないが、人間種として選抜された彼らとなら。自分もそうだが、まず仲間たちを強くすることから始めよう。
 
 窓の外には雨が降り始めた。



「非力な魔術系で、敵に対し魔法として有効打を持たない時、その時使うのがこの短剣だ」

 サリナとセラ、ナディア、リリィの魔術系である女性陣に話す。

「魔法使いの真髄は何と言っても剣士や魔剣士、拳闘士、その他色々な近接系を牽制できる魔法を使えることだ。だけど、先ほど言った状況になった時、今まで鍛えてこなかった筋力に頼って敵を倒さなきゃいけない。その時、敵に一番致命傷を与えやすいのがこの持ち方だ」

 アルマは竜ノ爪を逆手に持って、彼女たちに見せる。

「通常の短剣の持ち方とは逆だ。でもこれが邪道な持ち方なわけじゃなくて、ナイフって言うのは持ち方によって得意な攻撃方法があるんだ」

 短剣を持っていたサリナとセラは自分の短剣を、逆手に持ち、持っていなかったナディアとリリィはアルマから短剣を受け取り逆手に持ち、見た。

「まずスタンダードだと思われてる順手の持ち方は斬撃と刺突に特化している。だけど敵を早く仕留めるには刺突が有効だが、この持ち方は手首を痛めやすい。だからこの持ち方。逆手だと、首や肩に振り下ろす力が加わるから刺突のダメージが大きくなりやすい。だからこそ、皆にはこれを渡しておく」

 アルマが製作した手榴弾を四人に手渡した。

「ここに付いたピンを抜いて、地面に叩きつけることで一時的な失明と難聴を相手に齎す。このピンを持ってることでその効果を抑えることができるから、ピンを抜いた後これを捨てるなよ」

 四人は恐る恐る手榴弾を受け取った。念には念をということで三つ渡した。

「魔力量が危ういと感じたら、少しずつ相手と距離を詰めるんだ。魔力がないことを悟られないように二、三発撃てる程度の魔力は残しておいた方がいいな。そこで五いや十メートルでいいな。そこでこれを使う。それで、相手の動きを封じた後、これを首筋に突き立てればいい。それより後は想像通りだ」

 皆顔を揃えた後、頷き手榴弾をポーチに短剣を鞘に納めた。サリナがこちらに歩いてきて耳打ちをする。

「どういう魂胆なの?」

 ニヤついた顔で言うサリナは、講義らしきアルマの行動に少し驚いたようだった。

「別に、自分一人では何もできないことに気付いただけだ」
「あの魔物のこと……?」
「俺にとっては仲間だった」
「そっか。じゃああの子のためにも頑張らないとね」
「ああ」

 次は全員を集めた。アルマは日に一度か二度。こうして自分の今まで手に入れてきた知識や戦術、補助武器などを説明し、渡し、彼らの基礎を強くするための手助けを全力でした。

「睡眠時は鼻呼吸だ。そうすれば魔力の回復率が高くなる」

 という豆知識とか。

「真っ直ぐ歩けなくても、山では枝を踏むな」

 という基本的な話から。

「|蜥蜴人《リザードマン》の固有魔法は|鱗鎧《スケイルメイル》という魔法で――」

 |大喰手《ビックイーター》を使って発見した魔物の固有魔法及び、それに対する対策までも。

 アルマの持ち得る情報を全て彼らに渡した。イギルやエルノ、ガルム、ロードの近接系の模擬戦の相手を行い、サリナとコンビの訓練、セラとナディア、リリィの魔法の訓練にも付き合った。

 日中は選抜部隊の訓練や依頼を、夕暮れから夜にかけては皆の訓練を、深夜は魔物の研究や自分自身の訓練を。一度メンバーに体は大丈夫なのかと聞かれて気付いた。

 アルマの身体からは睡眠だけではなく、疲れや痛みという感覚も消えてしまっていたことに。それが意味するのは、多分いつか近いうちにアルマの人として崩れてしまうだろうということ。もしくは“兵器”として造られた魔物の|特殊技能《スキル》を得た副産物か。アルマにわかることもないのだが、確かに言えることは一つ。

――俺はまだやれる。



 |武器《アルマ》。自らの名前が頭で響く。

――俺の名前は武器。誰が何の理由でこの名前を俺に付けたのかは知らない。武器、それが俺に与えられた使命なら、それに応えてやる。

――俺は弱き者のための武器になる。フランが呼んでくれたこの名前、俺は後悔しない道を選ぶ。

――そうだ、俺の名前はアルマ=レイヴンだ。

次章


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  • 最終更新:2020-06-30 01:47:12

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