強くなりたきゃ牙を抜け

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前話


本編

 アルマは森を出て、住居を王国軍の寮へと移し、新たな生活を始めていた。
 
 それこそ掘っ立て小屋とも呼べる家に住んでいたアルマにとって、与えられた一室はとても豪華に思え、柔らかく沈むベッドにはそれとない違和感を覚えていた。



 王国軍兵士の朝は早い。日が昇り、少ししたら寮のチャイムが鳴らされ、食堂へ招集される。

 流石に王都だからといって豪勢な食事とは言えないが、バランスの良く、身体の体調を整える献立が考え、提供されていた。

 その食事が済めば、各自自らの訓練を担当する教官の元へ赴き、そこで昼までの訓練を受ける。

 そして今日は王国軍選抜部隊、初の訓練。アルマは掲示板で見た担当教官リーシュの元へと赴く。

 皆は山岳地帯の座標を指定され、早速実践訓練といったところであろうが、アルマが指定されたのは王都の訓練場であった。その差に少し肩を落としつつもアルマは訓練場の扉を叩く。

「さあ、君の訓練は私が担当するよ」

 リーシュは満面の笑顔で、手を差し伸べながらアルマにそう伝えた。

 新たに作られた王国軍選抜部隊。部隊だとしても、対魔人用だとしても、結局のところまだ学生としてのカリキュラム途中なのだ。

 高等部の内、残りの二年をここで訓練してもらえる。それが本来の王国軍選抜試験であり、アルマとランス以外はその真意を伝えられずに、今までの先人が行ってきたように王国軍の訓練を行おうとしている。

 アルマは「よろしく」と言いながらリーシュの握手に応える。その瞬間一気に体の力が抜け、その場に膝を付いてしまった。今、自分に何が起こったかわからない程、力が抜けるというか寝起きの力の入らないような感じにアルマは地面に倒れ込んだ。

「ふむ、ここまで依存しているのか。まるで魔人のようだね」

 リーシュは顎に手を添えながらそう呟く。その言葉の意味を咄嗟には理解できなかった。

 が、ふと握手をしようとした手を見てみると銀の、飾りも模様もない、味気ないという言葉がまさに正しい腕輪が付けられていた。その時の思ったモノをそのまま言葉にして吐き出す。

「またかよ、これ」

 リーシュは不敵に笑いながら説明を始めた。

「これは君の魔力を制御する|呪い《まじない》を掛けた腕輪だよ。君のなんて言ったっけ。あの|合成獣《キメラ》の能力。あれはとても強力で、武器とすればとても叶う相手はいないだろう。だが、それは|特殊技能《スキル》が強いのであって、君が強いわけではない。だから私の訓練ではこの腕輪を付け、君の|特殊技能《スキル》を使うことを制限させてもらう。ただでさえ、この腕輪を付けただけで膝を付いてしまうのだから君がその|合成獣《キメラ》の力にどれだけ頼っているかわかるだろう?」

 リーシュは淡々とそう告げたが、理解するには時間がかかってしまった。要するに、魔法、|特殊技能《スキル》は使えない。そして気づかないうちにアルマは魔物の身体強化を自らに使って生活していたということ。

「君が|特殊技能《スキル》を手に入れる前と手に入れた直後の戦闘データを私なりに取らせてもらったんだが、君は筋力が乏しいようだね。だから君の訓練は筋力増強をメインで行くからね。あと君、サリナから聞いたけど、なんかスイッチ? ってのがあるんだってね。だからそれも矯正するから」

 また淡々と続けていくリーシュ。流石あの隊長の補佐役と言ったところか。熱と冷の表裏一体をコンビで表しているようだった。

「まあスイッチと言うかキレるみたいなもんだよ」
「戦闘中怒りに身を任せるなんて、愚か者の行為だ。だから腰回りの武具を一旦外してくれ」

 この話が通じない感じ。言う通りにしていた方が良いだろうと本能が察した。そして言う通り短剣や|紅砲剣《エクスタシス》を腰から外し、少し離れたところにある机の上に置いておいた。

 その時ついでに|紅砲剣《エクスタシス》をサイレンスに変換させ、自由にさせることにした。

「よし、君がこれから扱う武器はこれだ」

 と言ってリーシュは手を前に差し出す。その手には何も握られていないが、刹那魔方陣が浮かび上がり、地面から小さな粒がその手の中に集まっていく。

 そして少しするとその手には特殊な形をしている剣が握られていた。それはリーシュが腰に差しているモノと同じモノであった。

「これは刀剣と言ってな、遥か東にある国から入ってきたモノだ。今は海路が絶たれたことで入ってきていないが、運のいいことに書物にそこの国の記述が残っていてね。遺産とその書物を見ながら私なりに作ってみたんだよ。これが他の剣と違う部分は……」

 リーシュは鞘から刀剣を引き抜く。その剣には片方にしか刃がなく、実に不思議な形をしていた。

「まあ刃が一番の違いかな。片方にしか刃が付いていない。そうすれば鍔迫り合いで自らを傷つけることはないだろ? あと、この切れ味だ」

 リーシュはもう一度手の平の上に魔方陣を構築し、何かを作り始める。すると上空に黒く大きな何かの塊が浮かんでいた。そしてアルマに先ほど作り上げた刀剣を渡したのち、自らの腰に差していた剣に手を添え、呼吸を整えた。

 そして異様とも言える気迫がリーシュから感じた瞬間、上空の黒い何かが突如としてリーシュに向かって落ちていく。

「セィァアア!!」

 一瞬の金属音の後、黒い塊は半分に両断され、地面に落ちた。酷く重い音を立てて。

 真っ二つに切断された黒い塊は、金属の塊であることがわかった。切り口を触ると、指を切ってしまうのではないかと思うほどには鋭利で、そんな切断面を作ってしまう程の切れ味を持つ剣。

 リーシュが持つ剣をアルマは驚きと憧れの念を持ちながら見つめる。するとリーシュが話し始める。

「これに必要なのは一瞬を切り裂く瞬発筋と空間と剣を確実に把握するための精神力。君がこれでこの鉄球を切れるようになったときは既に君の実力は選抜部隊の中で頂点となっているだろうよ。さあ、君は今まで通り既に得た力で驕るかい? それとも新たな武器を手にして最上の道を選ぶかい?」

 アルマの答えはもう既に決まっていた。リーシュの言葉に一息置き、告げる。頭を下げて。

「俺に刀剣を教えてください」

 アルマがこれほど深々と頭を下げるのは後にも先にもこれが最後だろう。



「そういえば、あの鉄球も刀もどこから発現されたんだ?」

 リーシュの行動を見ていて疑問に思ったことを尋ねる。

「見てなかったかい? あれは全て地面にある金属を錬成して作ったんだよ」

 錬成魔法というのは金属というこの世界に存在する複雑怪奇な物質を自らの魔力のみで編成させる超高難度魔法だ。それを使いこなして見せたリーシュ、かなりの実力者だとアルマは悟る。

「錬成魔法……それにあの剣術か。訓練を途中で投げ出したら殺されそうだな」

 と、半笑いすると、リーシュはアルマをきつくにらみ言う。

「逃げるつもりだったの?」

 その目から放たれる圧力。そこからアルマは本当に逆らってはいけないと悟った。

「いや、冗談だよ」

 と、言うが表情が明らかに引きつっているのがわかる。リーシュは笑いながら新たに錬成に入る。

 錬成が終わるとリーシュの手には黒い刀剣が握られていた。

「これが君の訓練用の刀剣だ」

 と言ってリーシュはそれを差し出す。アルマはそれを受け取り、鞘からそれを静かに引き抜いた。小さく金属が擦れる音がした後、鈍色に煌めく刃が姿を現した。それを|紅砲剣《エクスタシス》の要領で軽く振ってみると風を切る音がする。

 それを見るとリーシュは何かを思い出したように近づき、刀剣に触れる。すると刀剣は異様な程の重量を得、地面にめり込んでいった。

「忘れていたよ、君は筋力の訓練も行うんだから」

 と笑いながらリーシュは自分の刀剣を鞘から引き抜いた。そして刀剣を持っていない方の手で地面に触れながら詠唱を行い、地面を隆起させた。

 その隆起させた地面に対し、リーシュは剣を振るって見せる。するとその地面はするりと刀剣の刃を受け入れる。

「刀剣を使えばこの通りだよ。君はまず抜刀でこの土塊を綺麗に斬り裂いてもらう。それが第一段階だ」

 と、言うがアルマの刀剣は地面にめり込むほどの重さ。しかもそれを|大喰手《ビックイーター》無しで。

「こんな重さ、まず持ててすらいないんだがそれについてはなにか?」
「なにか? じゃないよ。君がこれを達成するまで何も教える気はないからね」

 リーシュはそれが当然のような顔で淡々と述べる。

「あ、そうだそうだ。抜刀術のやり方くらいは教えてあげよう」

 そう言ったリーシュはアルマに足さばきや、刀剣の持ち方、振り方などを教えた後、「任務があるから」と告げ、アルマを一人訓練場に残しその場を立ち去ってしまった。この異常なほどに重い刀剣は常日頃携帯、魔力を封じる腕輪はいかなるときも外すなと添えたうえで。



 リーシュの訓練に対し、アルマはどうしようもない不安を抱えていた。それも専任の教師である顔合わせの次の日である今日、選抜部隊のメンバーとの合同訓練を、全ての特殊技能を封じられたうえで、この錘とも言える武器を抱えながら行わなければならなかった。

 面倒臭さに耐えきれずため息をつき、アルマはその集合場所へ向かう。

 全員が集まったところで選抜部隊の主任教官であるバロンがその大きな体に見合った大きな声で話し始める。

「今日は選抜部隊で行う初めての全体訓練だ! 本来なら十人で一つの選抜部隊だが、もう一人は聖教都市での仕事で来れないため、九人。魔法学園から選抜された君たちだけで訓練を行ってもらう!」

 ランスの顔合わせは未だ行われておらず、その一人が誰かと言うことを知っているのはアルマだけであった。

 本来なら既にランスは合流しているはずだったのだが、選抜試験での一件から魔人貴族には至らない何人かの魔人が人間種領に侵入し、それを討伐する任務に追われているらしい。

 最近はその任務の関係か、ランスの名前を世間で多く聞くようになっていた。

 アルマは他の選抜部隊の顔をそこはかとなく確認した。地方部の面々はいつも通りという面持ちであったが、都市部の三人のうち二人。

 リリアーノとガルムラスはアルマに対し、冷たい視線を何度か送っていた。

 イレイスが言っていた。アルマが合成獣の後継だと部隊の面々に伝えると。そしてアルマが暴走した場合は容赦なく殺せと。もちろん暴走なんてしないつもりであるが、アルマは一度戦いの記憶を失っている。だからこそ、彼らに頼る時が来るかもしれない。

 薄っすらとアルマに対する負の雰囲気を感じ取ったバロンは手を叩き、皆の注意を引く。

「今日の訓練は遠距離の移動を考慮した訓練だ。また何人もでは意味がない。一人でこの王国の周囲にある山岳地帯を五周してもらう」

 一周約二十キロあるであろう山岳地帯を五周。

「五周終わるまで、王都の中に入ることは許されない。何日かかっても構わんが、この訓練は極限状態を味わってもらうためでもある。そのためこの訓練を途中で終わらせることは絶対にない。もちろん途中で休憩だって食事だって睡眠だってとってもらって構わない。恐らくそれらを行わなければならない状況になるだろうからな。だがこちらから支給する者は一切ない。夜の寒さを凌ぐ衣、空腹を凌ぐ食、魔物から身を守る住、全て自分で見つけ、用意してくれたまえ。先ほども言ったが協力は禁止だ。もし仲間の手を借りた場合、その貸した者の周回数を二倍にする。質問はあるか?」

 都市部出身の魔導士、リリアーノが手を挙げる。

「中止はないとのことですが、いざ行動不能に陥った場合は?」
「実力のある諸君だ。そんなことはないだろう。他には?」

 その性格の悪い返答に、どんな質問も思ったような答えが返ってこないだろうと悟った皆は何も口にしなかった。

「そうだ、普段から身に着けている装備は許可する。それでは訓練開始だ。頑張れよ」

 と、言いバロンは王都の中へ消えていった。



 アルマはまともに使えない左手を握りしめる。能力はなくてもサバイバルと体力には自信があったアルマは、刀剣を背負いなおし、一日では終われないものの一番にゴールできるだろうと思った矢先、リーシュがアルマの元へ走ってきて、刀剣に触れる。瞬間、刀剣は二倍近くの重さに変化し、アルマの膝を無理に折ってしまった。

「は!? この重さでどうしろって言うんだよ!」

 あまりにも理不尽な重さにアルマはリーシュに対し声を荒げる。しかしリーシュはいつも通り微笑みながら。

「山岳地帯を五周でしょ? 頑張り給え、若人よ」

 と言い、王都へと向かっていく。

 選抜部隊の地方部出身の面々も、アルマに対し心配の声を掛けるが、直接的に手を貸そうとはもちろんせず、その優しさに悔しさを感じたアルマは皆を先に行かせる。

 皆と別れてからどれくらい経っただろうか。かなりの力を足に入れ、ゆっくり一歩一歩山岳地帯の道を歩いていた。さながら巨大な岩を抱えているようなそんな感覚にアルマは陥っている。しかし背中にあるのは一本の黒い刀剣だけであった。



「まずは水を確保しないとな」

 と、汗にまみれた手を見ながら呟いたアルマは疲れによって座り込み、樹に凭れかかっていた。

 しかしリーシュにほとんどの装備を取り上げられた現在、手元にあるのは魔物化して戻らない左腕と、このけた違いな重さを持った刀剣のみ。

 最近は雑貨屋から買ったアクアボトルで水を生成していたがために、久々に魔物の血を飲まなければならないかもしれないと覚悟を決めていた。

「まあ流石にまともに使えない刀剣一本でやれとは言わないだろう」

 アルマは何とか立ち上がり、見覚えのある樹の元へ行き、枝を確認した。

「よし、よく撓るな」

 アルマは刀剣を鞘から引き抜く。手に持つことは不可能なので、足や腕を使い、なんとか刀剣を抱えていた。

 持つだけでかなりの体力を必要とするが、なんとかその状態で折った枝を削り、形を整えていく。

 両端には二つ穴を開け、そこに木の蔓を撚った弦を括りつける。またその他に硬く強い木の枝の先端を鋭利に尖らせ、その逆の先端に適当に形を整えた木の葉を張り付ける。

「羽根が良いんだけど、しょうがねえか」

 その鋭利にさせた木の枝をいくつか作り、ポーチへと仕舞う。これで弓と矢の完成だ。これがあれば多少の獲物は狙える。

 道を歩いている途中で魔物か何かの糞を見つけた。辺りを見回すと、多少道が開けているように見えなくもない。それらを考慮するとここの辺りはけもの道だろうか。その糞に触れてみると未だ微かに温もりを感じる。

 そこからこの糞の主である何かがまだここら辺にいるということが分かった。アルマはその場に屈み、耳を澄ませる。|紅魔眼《マジックセンス》を使えれば多少なりとも獲物の発見は楽になるだろうが、それすらも使えない今、本当に生身の自分に頼るしかなかった。

 あの森の中でアルマは多くを学んだ。生き物を食すことの難しさや、生活を確立するまでの困難。

 少なくとも笑顔で話せるような体験ではなかった。それでも学んだそれらは今この瞬間生きている。狩猟で大切なのは待つことだ。ひたすら待って待って待ち続ける。

 自分は樹だ。ただそこに佇み、土に沈み、風を通り抜ける。

 自分が自然の一部となった時、茂みが音を立てる。流れる様な動作で、樹が風で揺れるように、弓を構え、矢を番える。姿を現したのは牙兎。


 身体は鎌鼬ほどで、牙と言う名前に劣り戦闘能力もそこまで高くない。ただ大樹を齧り、巣を作る習性があるため歯が異常に発達していた。

 その肉で作る料理は大変美味で冒険者の間ではとても好まれる逸品だった。


 アルマは音を立てないように照準を合わせ、牙兎に矢を放つ。木々の間を鋭く突き抜けた矢は牙兎の首筋に命中し、牙兎の行動力を奪った。首を射抜かれた牙兎は茶色の毛並みを血で汚しつつも、脅威から逃げようともがくが、体躯の二倍近くの長さがある矢のせいでそれすら敵わない。

 アルマは早めに牙兎の元へと駆け寄り、手ごろな木の枝に、牙兎の足を括りつける。血抜きを行うためだが、その血が滴る元へ使い物にならないアクアボトルを添える。

 一滴ずつだが着々とアクアボトルが血で染まっていく。これで飲み水も食料も確保できた。今日一日はこれで乗り越えることが出来るだろうか。

 清涼な水が手に入る、選抜試験で利用した沢は周回の計算で十五キロほどの地点にあった。まだ五キロも歩いていないだろう。

 血が抜けきったところで解体作業に入る。毛皮を剥ぎ、牙を外し、頭を落とし、内臓を取り除く。
 
 肉の量から察するに明日の夜まではやっていける量だろう。

 もちろん身体を動かすにはという前提であり、最低限だ。このままの調子では少なくとも三日は持たない。

 水は足りないし、食料も普段食べている一食分の半分にも満たないだろう。簡単に火は起こせないし、食中毒の危険だってある。だが|紅魔眼《マジックセンス》しか扱えなかった時ですら、|迷宮《ダンジョン》に潜りサバイバルを行ってきた手前、少ない食事で生きることは余裕であったし、こんな状況で焦りを感じるほど温かな生活を過ごしてきてはいなかった。

 そして牙兎の血液を少しずつ口にしながら登山を再開する。歩いているうちに足が慣れたのか感覚が狂ったのか、歩行速度もそこそこ上昇し、なんとかゴールするヴィジョンが見えてきた気がする。しかし見えてきたと言ってもゴールできるという漠然とした結果だけであり、それが何日後になるかは全然わからなかったし、考えたくもなかった。

 考えたくないと言ってもそれが現実。もし何日もかかってしまうならば食料の心配もしなければならないし、今日以降の訓練もどうなってしまうのやら。

 と、考えたくなくても働いてしまう頭を恨めしく思いながら、アルマはただひたすら足を動かすしかなかった。



 歩き続けていたらいつの間にか夜になっていた。頭は朦朧とし足も靴擦れで傷だらけ。もはやそれが靴擦れなのかわからない程に、足は傷つき、靴には血が滲んでいた。

 この山を歩き続けてわかったこと。それは”重さ”というのがとてつもない武器であるということであった。それは上から押しつぶすとかそういう単純な話ではなく、体にかかる負荷を倍増させる。

 それだけで相手は身動きを取れなくなるし、少し歩いただけで足がこれほどまでの傷を負う。

 アルマの頭には歩いている途中から、どのようにこの重さという攻撃を利用しようかという考えが巡っていた。

 辺りが暗くなってしまったため歩けないと判断したアルマは、落ちている乾いた木の枝などを拾い上げ、火を焚いた。

 辺りはぼうと赤く照らされ、火によって疲弊した体は温められた。

 もうほとんどない牙兎の血液を口にした後、靴を脱ぎ去った。最近は自己再生により傷はすぐ治していたため、自分の体にある生々しい傷が不快で仕方がなかった。

 しかし考えても仕方がないため、道中で採取していた薬草をいくつか取り出し、服の裾や袖で足を拭い、薬草で傷を抑え、その上から靴を履く。そのまま辺りを歩いてみる。

 痛みはアスレハとの戦いの後遺症によって既に感じなくなっていたので大丈夫だと確信したアルマは焚火のそばに座り、睡魔を待った。

 二週目になったあたりだろうか、王都の門の奥を歩いているイギルとロードが目に入ったのは。

 アルマが実力で小馬鹿にしていた者たちは二周する間に訓練を終えてしまったのだ。

 結果的に今アルマは山中で野宿をしようとしている。今日達成できた周回数は三周であった。

 だいたい三周と半分ちょい欠けくらいだろう。

 早めに終わらせたいが無謀に歩き回ったら命が危ない。都市の周囲にいる魔物は所詮その程度、と鼻で笑えるような奴らばかりであろうが王都周囲の山岳はあの獣人種領の大部分を占めるカルチ山岳地帯と繋がっている。

 カルチ山岳地帯に住む魔物たちは過酷な環境で育ったため、一個体一個体かなりの凶暴性を有しているため油断はできない。

 それらがなんらかのきっかけでこの山岳地帯に紛れ込んでしまうなんてこともあるだろう。この体力でそんな奴らと遭遇してしまえばそれこそ危険というもの。そのためアルマはもう休むことにしたということだ。

 木々の間から差し込む光が狙ったかのように顔を照らしていたおかげで朝早くに目を覚ますことができた。ここらの山岳地帯は朝になると湿気が増えるようなので早めに荷物を整え、水分の採集に入ることにした。

 足にポーチから取り出した布を巻きつけ、膝より下の茂みに足を踏み入れる。そこから少し歩いて、一旦足に付けた布を外すと思った通り絞れるほど水分を吸っていたため、その布を絞りその水分をアクアボトルへと流し込んだ。

 朝露である。植物の葉に着いた朝露はこのようにして採集することができるというのを森に住んでいた時に発見していたのが、ここで功を奏した。

 これを何回か繰り返しアクアボトルいっぱいの水分を確保できたため歩き始めることにした。



 日が真上から少し傾いた時、アルマはやっと訓練を終えることができた。

 門の前にはバロンが立っており、アルマの訓練終了を確認すると次の訓練へとアルマを引っ張っていった。

 その時の態度は、あのファリスで出会った時とは違い苛立っているような、いや教官らしい態度であった。

 この疲弊した体でのその態度は多少腹が立ったが悪態をつくほどの余裕がなかった。

 次の訓練は実践式の訓練だという。訓練は、基礎体力訓練などの基本的訓練と選抜部隊同士が行う模擬戦の実践訓練を交互に行うとのことであった。

 そして今日はその実践訓練の日。訓練を一日で終えられなかった者に休憩はないと言わんばかりに、バロンはきつい面持ちで足早に訓練場へと歩いて行った。アルマもその後を何とか追っていく。

 訓練場に着くと選抜部隊の面々が既に集まっていた。地方部の面々はアルマに心配の目線を送ってくれるが、都市部の者たちは変わらず冷ややか視線を送っている。

 アルマはなんだか肩身の狭い思いをしながら訓練場に入らざるを得なかった。

「これから実践訓練を始める。諸君らが行う対戦カードは既にこちらが設定してある。選抜試験の時とは違い二本先取の試合を行う」

 そう言うとバロンは豪気という魔法をアルマたちに施した。陣の形成などは回復術と同じであるが、魔法陣から発現した光は赤く禍々しい。それらがアルマたちの体に入り込んでいく。

「この魔法によりお前たちは気絶しなくなった。そこで、相手の背中、または頭部を地面に付けることができれば一本とする」

 豪気。これは本来拷問のために使う魔法であるがそれを俺たちに使うとは、どうやら俺たちが受けているのは王国軍の”過酷な訓練”らしい。

 そして選ばれた第一試合はアルマとガルムラスであった。疲労や訓練終わりということは考慮してはくれず、そのうえアルマは今、刀剣がまともに使える状況にないため攻撃手段は拳しかない。

 そんな圧倒的な不利な状況であるにも関わらず、アルマに反論をする気力も道理もなかった。



 鋼鉄の大剣が目の前の空を切る。ガルムラスはその巨大な鉄剣を華麗な身のこなしで絶え間なく、容赦なく振るってくる。

 この容赦のなさは出身校が違うからか、はたまたアルマが|合成獣《キメラ》だからか、それはわからない。しかし訓練でのこの威勢の良さはアルマのためになるだろう。

 寡黙な奴という印象であったガルムラスの戦闘スタイルは誰よりも迫力のある凄まじい五月蠅さがあった。

 アルマは鋼鉄の大剣を何とかすれすれで躱していく。

 しかし躱し切れない斬撃、その剣の切っ先によって身体にはみるみるうちに傷が増えていった。

 傷が増えたとしても魔力操作が不可能であるため自己再生を行うことが出来ず、体力も血液も失っていった。

 しかしガルムラスの連撃は留まることを知らない。恐らくこの大剣の直撃を喰らったら一溜まりもないだろうが、この非常識な刀剣のお陰でアルマは一矢報いることすらできない。

 と言っても好機は訪れるもので、ガルムラスが大剣の大振りを行った瞬間、大きなそして頭を地に付けさせるには十分な隙ができた。

 が、ガルムラスは大剣を軽々と持ち上げ攻撃態勢に入る。アルマは大剣を振るうという労力を考えたうえで最大の一撃をお見舞いしようとする。

 その瞬間、ガルムラスの大剣が鮮やかな一直線を描きアルマの前へと”突き”出された。避けようがない程のスピードで出された大剣をアルマは左腕を盾として出すことしかできなかった。

 直撃したガルムラスの大剣は左腕を通し体の髄を刺激する。自らの体が宙に浮いているのを感じているが、受け身をする余地がない程の衝撃を体が受けてしまいそのままアルマは地に頭を付けることとなった。

「勝負あり! どうするお前たち。少し休憩するか?」

 訓練後初めて与えられた休憩であった。アルマは即答で休憩をくれと頼み、訓練場の真ん中に座り込みながら考える。

 ガルムラスの素早い大剣を掻い潜りどうにかこの状況を打開する方法を。しかしどう考えても打開策など見つかるはずがなかった。重い武器、それを使いこなす技量があるガルムラスとないアルマ。結果は明らかだ。
 
「あちゃあ、もう訓練始まってたのか。でもこの感じだと山の訓練はなんとか終えたみたいだね。おつかれおつかれ」

 という声と同時にアルマの頭の上に小さな手が乗っかる。上を見上げるとそこにはリーシュがいた。文句を言おうにも疲れ果てていたためそれすらも出ない。

 リーシュはその態度を悟ったのか静かに後ろに座り、刀剣に手を触れる。するとその刀剣の重さがかなり軽くなった。その行動に驚いたアルマはリーシュに問う。

「おいおい、訓練じゃないのか? 刀剣をこんな軽くしちゃってもいいのかよ?」

 リーシュは真剣な眼差しで続ける。。

「もう一度さっきの重さに戻していいのかい? まあ軽くしたと言っても山の訓練の前と同じ状態だから重いことには変わりないよ?」

 アルマはその言葉に驚きを覚えると同時に、この訓練でのガルムラスに対する勝利への道筋が見えた気がした。



 休憩が終わり、定位置に付き試合開始の合図を待つ。

「それでは試合開始!」

 体の軽さを慣らすため、一度後ろにステップをきめる。すると先ほどより圧倒的なスピードで動くことが可能であるとわかった。ガルムラスの振り下ろされる大剣がスローに見えるほど。この変化は異常とも言えるが、この時のアルマはそれを気にすることすらしなかった。

 試合結果はもちろん。スピードを手に入れたアルマに敵はない。二度とも難なくガルムラスの頭を地面に叩きつけアルマの勝利で終わった。



「団長。初日と二日目の訓練の結果報告書です」

 リーシュは三枚ほどの紐を閉じた紙をイレイスに提出した。

「それで? どんな感じ?」
「はい、一応全てそれに記入してはいますが。昨日ですかね、かなりの重さの錘を付けさせて訓練を行いました。その当初はその重さに耐えきれず足をつくほどでしたが、訓練後治癒術を掛けたところその重さを苦ともせず立ち上がり、あの大剣のガルムラスに難なく勝利して見せました。破壊された筋繊維の回復力や成長速度、身体自体は魔物としか言いようがありません」

 イレイスは報告書をめくり、内容を確認しながら話を続ける。

「筋繊維の異常発達か……。心理的な変化は確認できるか?」
「いえ、普段と変わりはありませんが、戦闘に対する貪欲さと言いますか、それは凄まじいものです」

 イレイスはリーシュのその言葉に小さく笑う。

「それは前からのことだろう。まあ彼が|合成獣《キメラ》のような者に成れ果てるとは思わないけど」
「思考が失われれば魔に囚われます。それでもってあの能力。やはり人の私たちが扱うには無理が……」

 リーシュは不安な面持ちでイレイスの顔を見つめる。

「彼は扱われる者じゃあないぞ? リーシュに彼の教官は無理だったかな? 私の目に狂いはないと思ったけど」

 イレイスは優し気な表情でリーシュを諭すように言う。

「いえ、それは……」
「思考が失われればって言うけどね、彼はもしいざ思考が失われたとしても人のために戦おうとするんじゃないかって私は思うよ」
「思考が失われればそれは人ではありません。獣です」

 普段目上の人間に反論をすることがないリーシュもイレイスの根拠のないこの言葉には反論せざるを得ない。

「いや思考が失われても人は人だと思うな。人は他の者たちより強いものを宿しているからね」
「理性的な思考を持ってこそ人です。しかしその他の者たちより強いものとは?」
「こんな思想を持ってるなんて我ながらロマンチストだと思うけどね。彼は思考を失っても私たちを傷つけることはしないと思うよ。彼の心がそんなことさせるはずがない。なんてったって彼は出会って数日の私たちの仲間を腹に風穴を開けながら助けて見せたんだからさ。なんでも信じてみることから始めてみようよ」

 イレイスは一人静かに笑った。

次話


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  • 最終更新:2020-06-30 01:44:22

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