彼らの記憶

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前話


本編

 黒岩の砦に辿り着いたアルマを迎えたのはアーデだった。

 二人は黒岩の中を歩きながら話す。

「久しぶりな気がするな」
「十二日ぶりです」
「ヴェルヌの容態は?」
「元気です。今も医療ホールの建築に勤しんでいることでしょう」
「ちゃんと安静にしていたんだろうな?」
「二日目までは。三日目からはそれまでの高熱が嘘だったように働き始め、今のところ疲れ知らずと言ったところでしょうか」
「ちゃんと寝ているんだろう?」
「はい。ですが元からショートスリーパーだったようで、その働き量は恐るべきものです」
「そうか。少しくらい休んでもらわないとな」

 そう言ったアルマは、まずヴェルヌの元に行かねばと、歩を進めた。

 地下へと入り、アジトを目の前にしたアルマはその変わりように、驚きを隠せない。ここを出る前は、基本的に必要最低限を突き詰めたような見た目であったはずだった。

「いや俺も十日近く開けたけど、流石に変わりすぎじゃないか?」
「ヴェルヌ様が、やるなら見た目もこだわれと。割り当てられた技術班のメンバーは疲労困憊です」
「あんなに汚い雑貨屋営んでたってのに……」

 アルマはすぐさま医療ホールの予定地に急ぎ、作業しているヴェルヌに声をかけた。

「ヴェルヌ!」

 その言葉に、作業している部下たちは一度手を止め、アルマに礼をする。

「そういうのはこれからするな」

 そう告げ、仕事に戻らせたアルマは聞こえていなかったヴェルヌの肩を叩いた。

「あ、ああ。久しぶりだね、アルマさん」

 ショートスリーパーという話はどこに行ったのか。黒く塗ったのではと思われるほどの隈を作った疲れ切った表情で、アルマを見たヴェルヌの顔は酷いという言葉に限る。

「仕事のし過ぎだ」
「いや、でも作るのが楽しくてさ。止まらなくて」
「技術班の班長。それがヴェルヌの立ち位置だ。もちろん作るのも仕事だが、部下をまとめ上げるのもヴェルヌの仕事だ。わかるか?」
「でも」
「でもじゃない。三日、休暇を取る。その間は絶対に仕事をしちゃだめだ」

 不満そうな顔を浮かべるヴェルヌは、少し静かにしただけで眠ってしまいそうなほど、うつらうつらとしている。

「受け応えもまともに出来ないじゃないか」
「いや、ははは。流石にこりゃやりすぎかもしれないね」

 と言ったヴェルヌを寝かしてやろうと、アルマはアーデに目配せをした。アーデはよくできた部下だ。こうやって共にいれば会話の内容と、アルマの視線の先を察知し、何をさせたいか言葉を介さずとも理解してくれる。

 もちろん今回も、アルマの伝えたいことをしっかりと理解したアーデは、ヴェルヌに幻惑の魔法をかけ、睡眠へと誘った。

 すぐにすーすーと安らかな寝息を立て始めたアルマは、彼女を抱きかかえ、医療ホールを後にする前に部下たちに声をかける。

「俺が空けている間に、迷惑をかけた。これからはしっかりと働く時間とか決めさせるから。これから今日を含めず三日、休暇にするから、是非思うがままの休日を過ごしてほしい」

 アルマの言葉に、技術班の部下たちは「やっとか」、とか「休みだーっ」と口々に喜びを露にする。

「色々と考えないとだめだな……」

 そう呟いたアルマはヴェルヌを居住区のベッドに移し、パブロの元へ向かった。



「これはこれはお帰りなさい。任務の方はいかかでしたか?」
「ああ、まあ上々ってところか。|狼の迷宮《ダンジョンウルフ》を踏破してきた」
「え!?」

 パブロが声に出して驚くが、アルマの後ろに控えるポーカーフェイスのアーデさえ驚いていたことにアルマは一人ほくそ笑む。

「未踏破の|狼の迷宮《ダンジョンウルフ》を?」
「もちろん一人じゃないけどな」
「ですが……」
「あー、いいのいいのその話は。まず部下たちの仕事の待遇について考えなきゃと思ってな。ていうか何で止めなかった?」

 少しアルマの声には怒りが籠っている。

「いえ、止めたのですが、まさに暴れ馬の様で」
「ヴェルヌにも言ったが、それをコントロールするのがお前の役割だろうが」
「申し訳ありません」
「まあいい。あいつらに金を配ってやりたいんだが、それだと他の奴らに不平等だ。魔特会は今までどうしてた?」

 アルマは基本的にパブロに金銭面を任せていたが、自分もいくらかは知っておくべきだろうと思い、尋ねる。

「暗鬼組の訓練生に、|迷宮《ダンジョン》探索を任せ、一定額を納めてもらっています。後は王国書院の情報であったりですね。まあ過去からの資金が多くあるのでそれほど困ることはなかったですね」
「そうか。じゃあそのまま戦力の底上げに使おう。現状暗鬼組で活躍する者たちを|迷宮《ダンジョン》に向かわせて、踏破したものを戦士として認めよう。それを一つの基準にして運用する。その際に稼いだいくらかを報酬として渡して、それ以外を組織の運用に回す。その資金で全員分の装備も食事も賄い、報酬は娯楽にふんだんに使えるようにする」
「ふむ。まあやれないこともないですが、人が増えていけばどうなるか」
「そこは敏腕政治家のパブロさんの腕の見せどころじゃないのか?」

 笑いながら少し考えたパブロは思いついたように話し始める。

「これはもちろんもしの話になりますが、獣人種の協力が取り付けられれば、カルチ山岳地帯の鉱石の利権を手に入れられます。それがあれば元手なしで装備や、建築の資材を集められますし、それ自体を売買して金を稼ぐこともできます。獣人種の協力が入れば、それだけのものが手に入りますし、入らなければ少数のままなので」
「そうか、リアムの協力次第か……」

 少し考えたのちに、アルマは話す。

「でもそれは医療ホールが完成してからにしよう。実力試しで死者が出ても仕方ない」
「そうですね。ではどうしましょう、暗鬼組は」
「基本的に砦の警備もそうだが、他の者たちの仕事を体験させてみてもいいかもしれない。なるべく相互の意識を強くしたい」
「わかりました」

 そう言ってアルマは足早に黒岩の砦を後にしようとした。

「もうお帰りですか?」
「ああ、仕事を終わってここまで来たが、いつまた召集されるかわからないからな」
「そうですか……。そう気を落とすなって。またすぐ戻って来るから。ヴェルヌのこと頼んだぞ?」

 パブロは確かに頷いて言った。

「はい。銃後を守ります」
「堅ぇ堅ぇ」

 そう笑うと、既にアーデが転移の詠唱を始めており、アルマは王都の|門《ゲート》から少し離れた森の中にアルマを転移させた。

「私は商業都市にいますので」
「ほら」

 アルマは立ち去ろうとするアーデに腰につけていた革袋を手渡そうとする。

「これは?」
「言ったろ? |狼の迷宮《ダンジョンウルフ》を初踏破したんだって。マップと|迷宮主《ダンジョンマスター》討伐の金を皆で山分けしたものの一部だ。俺は王国軍だから装備も飯も国が支給してくれるからな」
「そんな、受け取れません」

 相も変わらずポーカーフェイスで表情を変えず、手を出そうともしないアーデの手を引っ張り出し、無理矢理押し付ける様にそれを渡した。

「アーデは俺に良くしてくれてるからな」
「それは……」
「もちろん仕事だからってのは分かってるけど、そういうことは正直に言うもんじゃぞ。でもこれは俺の個人的な気持ちだからさ。ついていけないのは申し訳ないけど、商業都市でさ、美味いものでも食べてくれよ」

 とアーデが少なくとも革袋を掴もうとしたことを察知したアルマは、パッと手を離し、革袋をアーデに渡す。

「あっ。いやでも…………」

 アーデは少し悩んだ後に、静かにいつもの表情で「ありがとうございます」と告げた。

「わかってないなぁ。そういう時は笑いながら言うんだよ」
「あ、ありがとうございます」

 男勝りなアーデとて、女性だ。女性の笑顔は可愛い。不意を突かれたアルマは恥ずかしそうにしながら、振り返り「じゃあな!」と言って、|門《ゲート》へ歩き始める。

「あっ。でも皆には内緒な」

 アーデはもう一度笑った。



 仲間の顔を見ることが出来たアルマは、自分が獣の腕の存在を忘れていたことに気付く。そう、仲間の存在が忌み嫌われるべき象徴を消し去っていた。それに気付いたアルマは、自室に戻る。

 すると部屋の扉の前にリリアーノが立っているのを見つけた。

「おう、どうした?」

 アルマの声に少し身体を震わせて、振り返ったリリアーノの面持ちは不安げだ。

「どこか行ってたの?」

 黒岩の砦の話をするわけにはいかないアルマは申し訳ないと思いながら嘘をつく。

「ああ、商業都市にな。少しだけ。でも今日はもう休むつもりだ。疲れたしな」
「少し良い?」

 と、部屋の扉を指差すリリアーノは、何か話したいことがあるのだろう。別に疚しいものなど部屋に置いていないアルマは、鍵を開け、リリアーノを通した。

「で、どうした?」

 ローブを脱ぎ、手袋を脱いだアルマは自らの左手を見せながら呟く。

「次はどこがこうなるか……。これの話なんだろう?」
「そう」
「難しい話だよ。今から戦場に発つ兵士に怪我するなっていうくらい」
「|合成獣《キメラ》の能力ってあなたが思っているより危険なの」

 なぜ他人であるリリアーノがそう告げているのか。アルマは理解できず、苛立ちを覚え、それをそのまま言葉にする。

「能力保持者でもないお前に何が分かる? 周囲の視線。守るべき者たちからの忌避。人間という姿を失っていく恐怖。でも使わないと、誰かが死ぬ。俺には覚悟がある。都市部から安泰の道のために軍に来て、きつい訓練を重ねて、心が折れそうなのもわかるけどな、それを俺に言うのは間違えてるぞ」

 リリアーノは、アルマの暴言ともいえる言葉に、表情を変えたりはしなかった。

「別にあんたを慰めようと思ってきたわけじゃない。これはあんたには言うなって言われてる。でも言うわ。こっちだけ一方的にあんたを気にかけなきゃいけない気も知らないで」
「なんだよ……。言いたいことがあるなら言えよ。言ってみろよ!」

 激昂だった。自分が守るためにと決めた者からの言葉は心配であるというのに、否定のように心に入ってくる。

「独り言……」
「あ?」
「独立魔力解放を使った後、あんたは独り言を話すの。指揮官は選抜試験の時が初めてだって言ってた」

 選抜試験の時。魔人を無意識化で惨殺したあの時だ、とアルマは思い出す。

「俺は、なんて……?」
「良くは聞き取れなかった。でも『出られた』って」
「出られた……。何が?」

 自分の心拍が上がっているのを感じる。何がと尋ねながら、アルマは薄々と気付いていたのだ。自分の身体が別の者に奪われる感覚を。恐らく彼女はそのことについて言っている。

「何かは分からない。皆はその魔力に残った魔物の意識の残滓だと思っている。でも私は違うと思う」
「|合成獣《キメラ》……」

 ハッと顔を上げたリリアーノは気付いていたのかという表情をしていた。

「いや、違う。話の流れで、そうなんじゃないかって」
「そう……」

 先ほどの熱は嘘のように、二人の間には耳が痛くなるほどの静寂が流れる。少しの呼吸音と、衣擦れと、外の兵の訓練での声が遠くに聞こえる。

 何秒か、何分か。膨大に思える時間の流れがゆっくりと流れ始めたが、二人して何か話そうとはしない。

 この次に何を言ったらいいかわからなかった。
 リリアーノは慰めか、警告か、はたまた別の話か。
 アルマは。

「そいつと話してみる様に努めるよ。それでうまくいかなかったらまた別の方法を考えてみる」
「話してみるって……。あんたは私たちを守ろうとして、戦ってる。教えてくれることだって、学園で学んだものより遥かに有用なものばかり。でも忘れないで、私たちもあなたを守りたいっていうことを」

 リリアーノはそれだけ言うと、アルマの部屋を出ていった。すぐに出ていってくれて良かったかもしれない。何よりそれに返す言葉が見つからなかったアルマは、ベッドに座り込み、窓の外を眺めた。

 自分の中に|合成獣《キメラ》が眠っている。能力ではなくその人格自体が。だとするなら、そいつと対話して、この力の使い方を覚えるのが一番の強さへの近道かもしれない。
 そう思ったアルマは、ベッドの上で足を組み、独立魔力を解放する。三十パーセントだ。

 そして|紅魔眼《マジックセンス》を意識的に使用することで、自らの魔力の流れを観察する。|合成獣《キメラ》がいるのはどこか。
 頭か、胸か、腹か、独立魔力の中か。
 検討はついていた。

 左腕。

 アルマはそこに注視し、その文献で見たイメージ通りの|合成獣《キメラ》の形を魔力で再現する。

 瞬間、一気に何かに引き込まれるような感覚に陥り、アルマは戦場にいた。



 戦場と言っても、戦場だとわかるだけで、今ここで争いが起きているわけではない。あるのは二つの死体だけ。

 獅子の頭に山羊の胴体、毒蛇の尻尾。文献で見た通りの|合成獣《キメラ》が、一人の男の肩口に噛みついており、その男の腕は|合成獣《キメラ》の心臓を的確に貫いていた。
 男は綺麗な銀髪の髪に、銀色の耳、銀色の尻尾を持っている。狼人族であった。

「狼人族の英雄……」

 アルマはその立ったまま相討ちによって死んでいる狼人族の英雄に触れ、呟いた。

「そうだ。我を殺した憎き存在」

 突然背後からした声に驚き、振り向いた先には人型の何かがいた。何かと形容するのも、明確な形を持っているのではなく、霧が人の形を成したかのようにぼんやりとした、そう丁度|紅魔眼《マジックセンス》で見た魔力の様な不定形の存在であったからだ。

「お前は……」
「我は、お前だ。お前であり、その後ろで死に絶える二人でもある」

 刺々しい、悪の魔力を孕んだ重い声だった。

「どういうことだ?」
「相討ち……。奇妙な話だ。何の因果か、相討ちで死した我らの魂ともいえる何かは天に召される際に混ざり合い、一つとなった。そして新たに生まれた主の元へと導かれた」
「俺は|合成獣《キメラ》だけじゃなくて、狼人族の英雄の後継でもあると?」

 不定形の何かは、姿を変える。その見た目ははっきりとはわからないが、シルエットからアルマの後ろにいる狼人族の英雄であることが分かる。
 そして次に聞いた声はまるで、別人のようで、静かに温かい。

「そうだ。その腕、狼人族の腕であろう」

 アルマは自分の手を見つめる。|合成獣《キメラ》の能力を有していながら狼の腕を持つ、この左腕は、今も白い毛に覆われている。

「主が言っている独立魔力解放。それは我ら獣人種の力、獣化の真髄と我の能力、不完全、|合成獣《キメラ》の能力、|大喰者《イーター》が混ざり合ったもの」

 アルマはかつて獣都で、リアムが使った「深度」について思い出す。

「だから狼みたいな形になるのか……」
「でもそれならなんでこんな後遺症が残るんだ? |合成獣《キメラ》が俺の身体を奪おうと思っているならまだしも、英雄の力なんだろう?」
「先ほども言ったが、|合成獣《キメラ》も我も同じ存在。主の身体を奪おうとするのは|合成獣《キメラ》であり、我でもある。そして主に宿る獣化は不完全でありながらも、最高深度を超えると死が訪れるのも変わらない」
「そうか……」

 アルマは血に塗れている草花の上に、気にせず座り込み、ため息をつきながら、《《彼ら》》を見た。

「どうやったら共に戦える? 俺は仲間を守れるならそれでいい。守れるならあんたらに身体を明け渡してもいいと思うくらいだ」
【なら今すぐ寄越せぇ!】

 姿を変え絶叫したのは|合成獣《キメラ》だろう。アルマはその声を無視して、ぼーっと二人の死体を見つめる。

 周りはタチャラの森だった。

 魔特会の本部があり、不帰の湖と言われる魔物の巣窟、それがタチャラの森だ。

「ここはタチャラの森か……」
「そうだ。我らが共に討ち死にした地」
「まずはあんたらを理解するところから始めないといけないかもしれないな」

 そう呟いたアルマは、今一度《《彼ら》》を見つめる。

「まあまた話しに来るわ」

 白い何かは、再度英雄の形へと変化し、話す。

「我が名はシルバ。主が納得のいくまで、我を抑え込む努力をしよう。しかし長い間は無理だ。何か現世で見つけられることを期待している」
「ああ。シルバ。ありがとう」

 目を開けるとそこには普段と変わらない部屋があった。

 次の目的は決まった。目指すは魔窟、タチャラの森だ。

次話


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  • 最終更新:2020-06-13 21:52:58

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