我が牙は、狼のために

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前話


本編

 かつてこの地を訪れた時は、春先であったためもう少し暖かかった気がする。真冬のカルチ山岳地帯はそれこそ|三首狗《ケルベロス》を倒したとき以来だろうか。今は街道を進んでいるため、そこまで雪にやられることはない。それより、街道が建設されていたことにアルマは驚きながら、サイレンスの手綱を引いた。

 未だ変わらずにその巨大な木造の|門《ゲート》を聳え立たせる獣都ヴァルグランド。その姿はかつての仲間たちとの思い出を、酷く濃く想起させる。

 じわりと浮かぶ涙を堪え、アルマは馬車を降り、サイレンスを|紅砲剣《エクスタシス》へ戻した。巨大な白狼が馬車を引いてきたことに、警戒して衛兵が|門《ゲート》の前へと出てきている。

 体の奥底から溢れ出る様々な感情を抑えるのに精一杯で、彼らに何か気を遣うでもなく、淡々と馬車から獣人の女たちを下ろし、死体も下ろしていった。

「手を挙げろ……」

 傷だらけになった女たちとその死体を見た衛兵は怒りを露にして、槍をアルマの方へ向けるが、パブロのみ慌てふためき、アルマは動じない。魔特会の長といえど、ここは敵地の首都の|門《ゲート》前。そこで衛兵に武器を向けられて、平静を保ってられるはずもない。

「武器を向ける前に、こいつらを治療するなり、弔うなりする方が先じゃないのか? 人間だから警戒するのもわかるが、敵意がないのは分かってるだろう? 敵意があれば、もう武器を抜いてるさ」
「なっ」

 槍を向けていた兵士は、部下であろう兵士たちに指示をして、数人を背後に残しながら、女たちを回収する。しかし槍を納める気はないようだ。

「まあ納得いかないならすぐ帰るさ。王か将軍にアルマが来たって伝えておいてくれ」

 そう告げ、アルマは山を下り始める。

「アルマさん!? ご友人はよろしいのですか?」
「入れてくれないんだからしょうがないじゃないか。それより俺は砦の掃除をしないと。死体がそのままだ」
「馬車は……?」
「金は払うよ。サイレンスはもうガス欠だ。歩いて帰ろう。登るより下る方が楽だから安心しろ」
「そう……ですか」

 実力を試すなんて自らの都合のために、十六ほどの青年に人を殺させ、過去の傷を抉ってしまったことに落胆しているのか、パブロは初めて会った時の様な威勢はなく、静かで冴えない。灰の混じった髪の毛が若いはずのパブロを老けさせているように見せるほどに。

「その者! 止まれ!」

 背後で咆哮のように響く声。この|圧力《プレッシャー》には聞き覚えがある。
 ゆっくりと振り向くとそこには黄金の鬣を靡かせ、派手な装飾を施された剣を帯びる戦士がいた。数年あっていなかったとしてもその姿で誰だかすぐに判別することができた。

 先ほどまで、表情に影が落ちていたアルマの、顔に光が差し込む。懐かしい友。獣人種|人型《ヒューマノイド》の盟友レオン、その人だった。

「通りで、ずかずかと領土侵犯を行うわけだ。大きくなったではないか少年!」
「相変わらずの上から無線は気に入らないが、今はお前の存在がありがたいなぁ」

 アルマはゆっくりとレオンの元へ歩いていき、堅く握手を交わした。

「して、私と改めて剣を交わらせるために?」
「違う。納得いくように話すには少し長話になっちまうから、簡潔に。あそこにいるパブロって奴の依頼で、悪人に乗っ取られた人間種領の砦を解放したら、そこは獣人の女を娼婦にして金を稼ぐ娼館になってたって話だ。それで、連れ去られたであろう女を全員、死体も含めて、運んできた」

 レオンは俯きながら静かに頷く。

「山に出かけた女子が行方不明になるという事件がたびたび起きていた。魔物に襲われてしまったのだろうと諦めていたが、そういうことだったか。そうか……。ありがとう。ちゃんと客人として持て成させてもらう。今は真冬だ。こんなところでは寒いだろう。入るがいい」
「いいのか?」
「獣王の命令だ。かつて王戦決闘に出場した人間種が訪れた場合は、国を挙げて、最大のもてなしをせよとな」
「ありがたい話だ。あいつもいいのか?」
「連れももちろん歓迎だ。信頼していいのだろう?」
「信頼か……」

 言葉に詰まるアルマに、焦りながらパブロはフォローを求める。

「帰ってからしっかりと依頼の報酬も含めて、こちらも持て成させていただきますから」
「威厳もくそもないな。いくぞ」

 アルマのその言葉に安心したパブロは二人の後に続いた。



「リアムは?」

 アルマは、二人の先を歩くレオンに尋ねる。

「獣王としての仕事の真っ最中だ。何より女たちから何があったか聞いているだろうからな。人間種に対して何かしらの報復を行おうかと考えているのではないだろうか。ここだけの話、貴様だから話すが、魔人種の者が先日人間種領侵攻のために戦力を貸してほしいと、国に来た。今、国では今まで通り我関せずの態度を貫くか、いっそ魔人種に着いてしまうかと議論になっていたところだ」
「それじゃあまずいのでは……」

 そう告げるパブロにレオンが続く。

「そうだな。今回の件で我らは人間種と敵対することを選ぶだろう」
「そんな……」
「今王城でそう言った話が成されてるんだろう? それならそこに俺を案内してくれよ」

 そういうアルマに対して、レオンは不敵に笑う。

「何か考えがあるのか?」
「ああ。少し前から考えていたことがあってな。何かあったら何でも言ってくれと言ってたリアムに相談しようと思ってたんだ。昔の恩返しをしてもらうついでにな」
「それは?」
「また後で教えるさ」

 一国の将たる男がここまで、アルマに寛容であっていいのかわからないが、少なくとも、獣人からの信頼は底知れないものであった。それに驚きながらパブロは未だに二人の後に続くことしか出来ない。



 リアムたちが議論している部屋からは、今まさに大激論の真っ最中らしく、怒号や机を叩く音などが聞こえてくる。扉の前で二人を待たせ、レオンは扉をノックし、「レオンだ」と告げ、扉を開けた。

「今大事な会議中だぞ! 知っておろう、人間種の邪智暴虐を!」
「客人です」
「ええい! うるさい! そんなのにかまっている暇などないこともわかっているだろう!」

 先程から声を荒らげているのは虎人族の長ベルガーだった。王戦決闘でアルマと戦い、敗北した男でもある。

「だが、王戦決闘で貴様を負かした人間の盟友だぞ?」

 部屋の中にいないアルマでさえ、獣人たちの中に衝撃が走ったことがわかる。その衝撃の後、懐かしい声が聞こえた。

「誰が来ているんだ? 四人全員か?」

 その言葉を聞いたレオンは、アルマを部屋に入るよう促した。

「よっ」
「アルマ! 今日は君だけなんですか? 他の方は?」
「詳しくはまた後で話すよ。まずはこれを収めてくれ」
「いや、もう収まりました。女たちを連れてきてくれたのは貴方ですね?」

 リアムの言葉に驚きながら、ベルガーは何も言わずアルマの表情を伺った。

「そうだ。人間種領の砦を不法占拠していた盗賊たちを皆殺しにした。獣人の手土産にはそのくらいしないといけないと思ってな。首も揃えて持ってきた方が良かったか?」

 その言葉にベルガーは脂汗をかく。

「よくやる……。わかったか? この問題は人間種全体ではなく、人間種のはずれものの悪行だ。国同士の争いにするほどのことではない」

 リアムのその言葉に納得した獣人の重鎮たちはリアムの指示に従い、会議室を後にした。部屋に残されたのはリアム、レオン、アルマ、パブロの四人だ。


 アルマはリアムに獣人種領を後にした後の顛末を伝えた。ダンジョンリヴァのこと。ガルベスのこと。ジンが行方不明であるということ。バンディは生きていること。|大喰手《ビックイーター》のこと。自らの身体が人から遠ざかって言っていること。

 それを聞いたリアムは、悲しそうにしながらも、アルマと再会できたということを改めて喜んだ。そして獣人種の今の状況を話し始める。

「アルマが言ったように、魔人種が戦争に備えているということは本当です。先日魔人種の使者がこの国を訪れ、人間種領侵攻における同盟を求めてきました。今は保留としていますが、状況的にそれを承諾する流れにはなっています。狼人種がいない今、魔人種に抵抗する力は私たちにはありません」
「そうか。だがそれは断ってもらう」
「なっ」

 レオンは驚き、目を見開く。

「どういうことかわかっているのか? その願いが我ら種族を滅ぼしかねないということを」
「ああ、わかってるさ。だけど魔人と敵対しろって言ってるわけじゃない。あくまで中立を保ってほしい」
「何か考えが?」
「ああ。俺は人間種に愛想が尽きちまってな。愚王。敵対し合う各軍。盗賊紛いのことを繰り返す冒険者に買収される軍の上層。救いようあるか?」
「それでどうするのですか?」
「新たな国を作る」
「なっ? 私たちをそれに?」
「いや人間も獣人も魔人も、魔物さえ垣根を超えた種族を作る。一度コミュニケーションを取ることのできた魔物がいた。そいつが言うには、俺からは嫌な臭いがしないって。それで考えたんだ。人間と獣人に敵意を剥きだして、魔人には敵意を示さない違いは何か」
「はい……」
「魔力だ。かつて獣人に人間の魔法を扱えた者がいたって伝説があるだろう?」
「はい。異端児のことですね」

 獣人は基本的に魔力を有していながらも、魔法を扱うことはできない。しかし稀に魔法を扱える忌み子が生まれることがあった。

「だが魔人の魔法の発現方法は俺たちとは全く以て違う。だから根本が違うんだ。魔力の。それに対して、俺ら人間種と獣人種の魔力は同じものか若しくは、似た性質を持っている。魔物はその魔力に反応して敵意を示した。だから|大喰手《ビックイーター》によって人間の魔力が薄れていた俺には、魔物は敵意を示さなかったんだ」
「そうだとして、どうやって魔物との共存を?」

 アルマは徐に上着を脱ぎ、自らの左胸を三人に見せた。引き締まった鍛え上げられた身体の胸部には魔方陣が痛々しく刻み込まれていた。

「人体方陣!?」

 それに驚いたのはパブロであった。人体方陣。それは肉体に魔術を刻み込む術で、それを扱い、人の意識を奪い自らの兵器とした魔法使いがいたことから、人間種の中では絶対に行ってはならないという禁術であった。

「魔力中枢は心臓にある。その心臓に一番近い位置に魔方陣を組み込むことで、魔物が反応する俺らの魔力の臭いって奴を封じ込めることに成功した。わかるか? これがあれば、もう魔物が無暗に敵意を示すことはないんだ。もちろん縄張りに入ったりすれば攻撃されるだろうけどな。そして|小鬼《ゴブリン》や|蜥蜴人《リザードマン》は独自の言語の様なもので、意思疎通を図っていることがわかってる。それをまた解明することができれば、魔物との共存は夢じゃない」
「なんてことだ……」

 リアムは目に涙を浮かべながら、その人体方陣に触れる。

「あなたはどうして……」
「五年だよ」
「え?」
「五年経ったんだ。事情も人だって変わる。だが俺は変わっても尚、かつての仲間の絆を求めてここまで来たんだ。門で槍を向けられようとも。もちろんすぐに決められないのはわかっている。俺はこれから人間種領と獣人種領の境辺りにある黒岩の砦というところを拠点にするつもりだ。だから考えがついたら誰か砦に寄こしてくれ。漠然とした計画があるだけだ。そんな状況だからこそ勧めてるんだ。創設メンバーに獣人がいれば、獣人の権利を主張することだってできる。逆に、第四の勢力なんて邪魔だと思うなら今ここで俺を拘束するなりしたらいい」
「そんなこと……。ですが言いたいことは分かりました。幸運なことに獣人種は王だろうと民だろうと、関係なく信頼関係は厚い。まず私たちで相談した後に、民の意見を求めることにしましょう。長らく求めた平和が訪れるというのであれば、先祖たちは迷わずその道を選ぶことでしょうし」
「そうか。ありがとう。じゃあ俺たちは帰るとするよ」
「えっ。もうですか? せめてまた猿酒でも飲みに」
「いいや。元気にやってるお前を見たら力が湧いた。前向きに考えてくれるようだし、俺もくよくよしてられない。少なくともお前らが協力してくれるってなった時、何も決まっていなかったらどうしようもないからな。生きていれば酒なんていくらだって飲める」

 そう言って、恐らく二人の頭にはほぼ同時にガルベスの顔が浮かんだ。目が合い、二人ともそのことを察するが、言葉にせず、目で確かめ合う。

「そうですね。また生きて共に」
「ああ。またな」

 そう言って部屋を出ようとするアルマの背中に向かって、レオンが言葉を投げかける。

「少年! 私との約束も、忘れるな!」

 アルマは何も言わずに、手を上げ、その場を立ち去った。



 獣都の|門《ゲート》を抜け、少し歩いたところでパブロが口を開こうとしたため、それを遮って話す。

「人体方陣のこと話すなよ」
「もちろんですよ。ですが、ここまで辿り着いていたとは」
「どういう?」
「私たちの名前をお忘れですか?」
「魔特会だろう?」
「はい。魔物特性研究会。通称魔特会。長い間の研究で魔物の敵意が人間の魔力に反応してということは突き止めていたのです。ですがその魔力を察知させない方法がいくらやっても発見できなかった。それをどうやって」
「そうだったのか。まあ教えてやる。俺の|特殊技能《スキル》、|大喰手《ビックイーター》は魔物の魔力を吸収し、その魔力から魔物の特性を複製し身体に発現することができる能力だ。本来、身体にある魔力は発現にのみだと思われてるが、身体の諸器官を動かす手助けもしている。霊管って目には見えない管を通って全身に魔力を供給していてな。だから魔力の枯渇は気絶を引き起こすんだ。これ以上魔力を消費すると死んじまうって。基本的に体を巡り続けるのがその魔力。生体魔力と言ってもいい。それに対して俺が魔物を吸収して手に入れた魔力はその生体魔力とは絶対に混ざり合うことはない。俺はこいつを独立魔力って呼んでる。この独立魔力はちょっと不思議な性質を持っていてな霊管を通ることはなく、本当に空に浮かぶ雲みたいに、体内をふわふわと浮遊してるんだ。もう一つ変な性質があって、生体魔力を利用して体内でその魔力を二分割するとしよう。そうすると体に二種類の魔物の特性を発現できる」

 そう言ってアルマは左手に鎌鼬の刃、右手に|蜥蜴人《リザードマン》の腕を発現して見せる。

「だが解除した瞬間、まあ見えないからわかりにくいと思うが、この独立魔力は体内で一つに戻っちまうんだ。元の一つに戻ろうとする性質があるってこと。この性質が厄介だったんだが、独立魔力を利用して無理やり霊管をこじ開けて、そこに独立魔力を少しでも流し込むと、見る見るうちにその独立魔力は体全体に巡っていく。だが霊管をこじ開けるなんて荒業はその性質だけではできない。水に油を垂らすとどうなるか知ってるか? 一滴だとしてもみるみるうちに水面に広がっていくんだ。それに似た現象が体の中で起きる」
「そうすると魔物が敵意を剥ける魔力の臭いが消える?」
「ああ。そうだ。気味の悪い話かもしれないが少しでも魔物の魔力を取り入れた体は、数日の熱に悩まされるが、順応するとまあ多少だが身体能力の向上も見られる」
「なんでそんなことを?」

 アルマは|紅魔眼《マジックセンス》発現して見せる。

「これを使うと魔力の可視化ができる。魔力の供給量によって見えるものがより詳細になったりするんだが、それで発見した。離れ森に家を持っててな。賞金首の盗賊で実験したんだ」
「なっ」
「残忍か?」

 パブロは思っていた反応とは裏腹に目を輝かせて言った。

「素晴らしい! 暗鬼組なんていう物騒な戦力があるので忘れられがちですが、結局私たちは研究者であって学者ですからね。新しい発見に対する興奮は抑えられません」
「なんだよ。そういうことなら、その離れ森の家に色んな魔物の研究資料とかが置いてあるから、今度見せてやる」
「本当ですか!」
「一冊十万リルでな」
「ぐっ。知識のためであるなら安い!」
「安いのか。まあいい。アーデっていう戦士は転移を使ってたぞ。もう|門《ゲート》から離れたから使ってくれてもいいんじゃないか?」

 そう聞いたアルマに対し、パブロは申し訳なさそうに答える。

「すいません。私、魔法はちょっと」
「なんだよ。魔特会の長が聞いてあきれるなぁ」
「返す言葉もないです……」

 アルマはぷっと笑い、「俺も魔法はてんでだめだ」と答えた。



 歩いて黒岩の砦についたアルマは、黒岩の砦を整える前に一度魔特会の本部に寄ってほしいと言われ、アーデの転移によって先に魔特会の本部に足を運んだ。

「なんだよ。俺は今すぐにでもあそこを綺麗にしたいんだ。用があるなら早めに終わらせてくれないか」

 そう振り返った先には、恐らく魔特会全員であろう人間が集まっていた。もちろん全員集まったところを見たことない以上、何人を以て全員とするのか判断つかないが、いる人間の多さに全員と思ってしまう。

「こんなに人を集めて、なんだ? サプライズか?」

 何を企んでいるかわからないパブロを前に、アルマは刀剣の柄に手をかける。

「我ら魔特会……。志高き貴方の剣になりましょう」
「あ?」

 アルマの前で一斉に跪き、頭を下げた魔特会の者たちに、面食らい、単語すらも返すことができない。

「黒岩の砦を攻略した時点で、貴方に協力することは決まっていたんです」
「決まっていた?」
「はい。私たち魔特会は魔物の情報を集めることが主と考えられていますが、真の目的は冒険者の滅亡……」

 同じ目的。しかしそれに共感を覚えるより先に、単純な疑問を抱かざるを得ない。

「なんで。それこそお前が今のこの時期に大きく戦力を削ぐようなことはって」
「それについては魔特会の発足の歴史について話さなければなりません」

 と言って、パブロは魔特会の設立について話し始めた。

「魔特会。簡単に言ってしまえば、我らはかつて人間種に味方した狼人族と共に戦った傭兵団です。その人間たちが、狼人族の滅亡を聞き、彼らの意思を継いで設立したのが、魔特会の前身、狼の牙です。当時こそは大戦直後であったために、狼を称した傭兵というのはとても支持を受け、民の心の拠り所となっていました。しかし時間が経てば、狼人族とて人間を裏切った獣人種の仲間ではないかという論調が現れ始めます。また、初代光の勇者が、当時冒険者の出ということもあり、冒険者の需要が増え始め、傭兵という職はある種異端のような存在として扱われるようにも。そんな世間の勢いには到底抗えず、狼の名を捨て、魔物特性研究会を隠れ蓑として活動を続けました。当初こそは本当に魔物の習性や特性などを書き記したものを民に配布することで、民の平和を守ろうとしていましたが、それも冒険者の邪魔立てによって、中断を余儀なくされます。魔特会が書いた情報に、誰にでもわかるような情報を書き加えたものを王国書院に提出することで、金稼ぎを始めたのです。これは書院お墨付きの情報だから、こちらを゛買った″方が良いと。冒険者は民の平和を金で売り始めた。その頃からでした。冒険者が向こう見ずな金の稼ぎ方を始めたのは」
「だから冒険者狩りを?」
「はい。生憎狼人族と共に戦ったという経歴は嘘ではありません。そこから引き継がれてきた獣人に基づいた戦闘技術は並大抵の戦士では敵わない。悪しき平和を広める冒険者を狩りながら、真の平和を願い続ける。そして冒険者に対する燻った恨みを持つ者の後押しをする」

 パブロがそういった瞬間、アルマは自分の内から途轍もない怒りが沸き上がるのを感じていた。でもわかっている。こいつらがしたのは後押し。意思の無いものを唆したわけではない。
 これで納得がいく。なぜパブロが、黒岩の砦でアルマとガルベスが戦ったことを知っていたのか。

「お前がガルベスに黒岩の砦を渡したのか?」
「狼の牙は大戦後、人間種の北、東、西の砦跡地を拠点として、各種族の動向を伺っていました。北の砦は後に聖教騎士団との協議の結果、彼らに譲られ、今は聖教都市ファリスとなっています。今我らがいるのは西の砦の跡地。東の砦がその黒岩の砦です。彼は十分に砦を任せられるほどの実力と思いの強さがあった。しかしかつての仲間に甘んじて、その命を散らした。救援を尋ねましたが、仲間との決闘の邪魔は許さないと断られてしまいました。それだけ思いの強い戦士だった。私たちも彼を尊敬していたからこそ、彼の墓をこれ以上荒らすわけにはいかないと、あのまま砦は放置しました。しかし久方ぶりに確認しに行ったところ冒険者に占拠されていたために、急遽奪還作戦を思いつきましたが、私たちではない。黒岩の砦を奪還するのは誰でもない貴方でなければならない。だから私たちは貴方の成長を待ち、満を持して依頼した、というわけです」

 彼らなりの考えがあった。怒りを彼らにぶつけるのは間違えている。頭ではわかっているが、それでもとめどなく体の中から怒りは生まれ始めていた。

「私たちを恨むのも無理ないでしょう。貴方の大切な友人を唆して、冒険者と戦う武器とした。次は貴方自身を我らの代理戦争の駒にしようとしているのだから。ですが、私たちも悲しみに打ちひしがれたのも事実。次は、誰に何と言われようと常に最大の支援を行うつもりです。その最初の一歩として貴方にはあの黒岩の砦を明け渡しましょう」
「少し一人にしてくれ。このままじゃあまともに話もできない」
「わかりました」

 そう言ったパブロと魔特会の面々は静かにアルマの前からいなくなる。ここが本部の広間だというのに、あれだけの人数どこに行ったのか。そう思わせるほどに彼らの姿が見えなくなるのは一瞬だった。

 しかしそんなことにアルマが気にしていられる心境ではない。考えろ、考えろと唱えはするものの、どうしようもなく頭の中ではあの時ガルベスを殺した感触が蘇る。

 ガルベスはそこまで頭が回るタイプではない。だからもし、こいつらが黒岩の砦なんて拠点を渡さなければ、ガルベスは途中で諦めて、今もどこかで静かに暮らしていたんではないだろうか。もしこいつらがガルベスに助力しなければ、俺はガルベスを殺さなくて済んだのではないか。

 もし。もし。もし。と、もう過ぎたことへのIFが凄まじい勢いで生まれていく。だがわかっているのだ。もう過ぎたことだっていうことを。こんなことをパブロたちにぶつけても仕方ない。

 しかしそんなことを言ってしまえば、この冒険者に対する恨みだって過ぎたことだ。だから冒険者をもし皆殺しにしたってガルベスが還ってくるわけではない。じゃあ今この苦悩すらも無駄か。

――ああ、俺はなんのために――

 久しぶりであった。もう心の奥に封じ込めていたはずの負の感情が溢れ始めている。もう何も考えたくない。すべてを投げ出してしまいたい。
 言われた通りだった。過去を吹っ切れたようで、まだ自分は過去に生きている。あの時から何も成長していない。

 アルマは座り込んでしまう。項垂れる様に、膝から崩れ落ちた。絶望だった。進むも地獄退くも地獄だ。



「ある。」

 あの時から変わったものが一つだけあった。増えていた。自分一人生きていた時は、自分の身一つだけ守ればよかった。今は違う。

 サリナがいる。ランスがいる。フランとの約束だって。

 そうだ。人間種最強の戦力とも言われる魔特会の力があれば、自分一人では覆いきれない仲間たちを守ることができる。いや、でもこの状況で魔特会を王国軍に合流させても、宝の持ち腐れどころか、最大効率で利用できない。

 そうじゃないか。今日どこに行ってきて、何を話していた。

 過去に生きているんじゃない。過去があるから生きてるんだ。ガルベスとの戦いも、冒険者に対しての恨みも、自分の無力さを呪うのも。そして守りたい仲間がいるのも、成し遂げたい夢があるのも。

 すべてを糧にする。出来事も、思い出も、過去も、未来も、感情も。なんでも燃料にして、この大陸を自分の仲間が平和に住めるより良いものにする。

「そうだ。そのためには俺たちの国が必要で……。お前たちの力が必要だ」

 そう立ち上がり、振り返った先にはアルマの新たな仲間たちがいた。
 アルマは変異してしまったことで隠していた狼の腕を露にし、その腕で拳を握りしめ掲げる。

『我ら狼の牙は、狼のために』

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:24:38

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