戦鎚の悪魔が穿つ心の楔

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前話


本編

――そのパーティの解散から何年くらいだったか、多分一年とかそのくらいだった気がする。

 アルマは森の中で小さく、静かに自給自足で暮らしていた。

 生きるために鎌鼬を狩りに家を出たりするが、かつてほど精力的に戦闘技術を高めようとはせず、淡々と肉を食うための狩猟を行っている。

 それこそアルマの生活の行動は、毎日同じで生きているというより、反射などに近いものだった。

 重い腰を上げて、訓練に勤しもうとしても、戦闘能力なんて何に使うんだと、自問自答を始め、結局ベッドにその重い身を沈めてしまう。

 しかし、そんな生活でも武器や道具、食料は刻一刻と減っていく。銀の短剣も、黒鋼のトレンチナイフも砥石などがあるため、ほとんどかつてと遜色ない切れ味を誇っていたし、狩猟を行うために、食料も足りている。

 それでも鎧は見る見るうちに傷んでいっていた。鎌鼬に切り裂かれたら糸と針で縫い合わせたが、やはりその糸もだんだんと腐っていく。

 結局もう使い物にならない程につぎはぎだらけの皮の鎧を見つめ、アルマは久しぶりに商業都市へと向かうことにした。

 もちろん本当は外界と接触するなんてことはしたくはなかったのだが、これに至っては仕方ない。



 敢えてベイルの店ではない雑貨屋で静かに買い物を済ませ、さっさと帰ろうとしていた時だった。

 街にある掲示板に一枚の紙切れを見つけた。紙切れというよりかはチラシや号外に近い。王国軍の活動報告のようなものであった。

 そしてそれには気になる情報が描かれている。

『王国軍、有志冒険者と協力し、戦鎚の悪魔討伐に着手。部隊派遣は二週間後。参加者募集』

――王国軍を手古摺らせるほどの盗賊か。

 いつものアルマであればそれで終わり、帰ってしまうところであったが、その一部分が気になってしまい、その紙を掲示板から引き剥がし、ポーチに押し込んだ。

――戦鎚の悪魔……。

 アルマはそこで通りかかった人を呼び止め話を聞く。

「なあ、あんた。戦鎚の悪魔について知っているか?」
「ああ、そいつのせいで最近商売も上がったりなんだよ。悪い、急いでるから」
「そうか、悪いな」

――ここらで質の良い情報屋は……ねえな。やっぱりドルエムか。

 アルマは門へ赴き、門番に尋ねた。

「速くドルエムへ向かう馬車はあるか?」
「傭兵募集している商人は……。今から三時間後にあるぞ」
「契約してくれ。俺は一時間後にここに戻ってくるから、クライアントにはそう言ってくれ。|魔物部屋《モンスターハウス》踏破者アルマ=レイヴンだ」

 アルマはアイデンを取り出し、門番へ掲示する。最初こそその言葉に疑いを持っていた門番だが、その名前を確認するや否や、弾かれたように契約書を書き始める。

「アっ。アルマ=レイヴン!? しょ、承知しました」

 アルマは門を出て、家に向かって走って行く。

「戦鎚か。ガルベスではないことを願うが」

 あの情報誌が出されたのは数日前。ドルエムにつく日数などを考慮すると、もう猶予は数時間もない。

 一度家へ戻り、銀の短剣に黒鋼のトレンチナイフ、鉄の短剣を数本に弓を取った。

 ポーチに鉄の短剣を入れ、矢筒を背負い、弓は手で持ち、再度商業都市へ走る。



 息を切らしながら街の外にあるキャラバンに駆けつけたアルマに、恰幅の良い商人が声を掛ける。

「君が今日の護衛をしてくれるアルマ君だね?」
「はい、急な契約ですいません。本当に助かります」
「いやいや! |魔物部屋《モンスターハウス》攻略者を護衛に付けられるなんて思ってもいない幸運だよ!」
「まあ俺も急ぎでドルエムに行きたい用事があって。そう言って頂けるなら良かったですよ」
「そうかそうか! では早速向かうとしよう!」

 商人は馬車を引く馬に鞭を打ち、馬を走らせた。アルマは馬車の荷台に乗せてもらいドルエムを目指す。

 走り出してから十数分後、静かな馬車に痺れを切らしたのか、商人はアルマに声を掛ける。少しうとうとしていたところだったので、アルマは少し驚いた。

「アルマ君はかなり若いようだけど、いくつ何だい?」
「俺ですか? えっと十三か十四だった気がします」
「十三か十四……?」
「最近浮世離れした生活をしていて。親もいないから誕生日もハッキリしていないんですよね」
「そうか、それは悪いことを聞いてしまった。でもその歳で傭兵稼業なんてすごいなあ。私は戦いはなあ。はっはっは!」
「そういう人のための傭兵ですからね」
「傭兵より冒険者の方が稼げると聞くけどね」
「まあ人それぞれってことですよ」

 アルマは冒険者のことを持ち出されたことに嫌気がさし、早々に話を辞め、馬車の揺らめきに体を任せ、また目を閉じた。

 次に目を覚ました時は、馬車が不自然に揺れた時であった。アルマはそれに違和感を覚え、荷台から咄嗟に飛び降りた。

「くっそ。パレスからドルエムの間でも盗賊が出るほど治安が悪くなっているとはな」
「あ、アルマ君! すまない、もっと早くに気付いて声を掛けられたら良かったのだが」

 既に馬車の周りは盗賊に囲まれており、その盗賊は皆武器を取り出し、臨戦態勢に入っている。

「大丈夫ですよ。すぐ片付けますから。馬車の中で荷物とかを守っていてください」

 アルマは念のため、鉄の短剣を商人の男に手渡した。

「敵が来たら、この切っ先を向けて前に突き出せばいいので」
「あ、ああ」

「へっへっへぇ。こんなガキを雇うなんてなあ。馬鹿な商人だ。お前らやっちまうぞ!」

 盗賊は四人。そのうちの三人が武器を持ち、アルマの元へ駆け寄ってくる。

「こんな平原でわざわざ真っ向から突っ込んでくるなんて」

 一緒に走り始めたはずなのに、実力の差か、バラバラと結局一人ずつアルマの元に来た盗賊に対し、アルマは一人ずつ着実にトレンチナイフの拳鍔で気絶させる。

「ガキを舐めているからこうなる。さあどこが拠点だ?」
「そんな軽々と教えてやるかよ!」

 盗賊の男は剣を手に能無しの如く、直線で走ってくる。

「雑魚は武器の持ち方もなっていない。隙だらけだ」

 アルマは振り下ろされた剣をすんなりと避け、男の背中に回り込み、後頭部に向かって軽く打撃を加えた。

「ぐはっ」

 盗賊の男は力なく、地面に崩れ去り、そのまま動かなくなる。

 アルマは盗賊の装具を纏め回収し、盗賊たちをひもで縛りあげた。

「ここにいれば誰かが面倒見てくれるはずだぜ? 獄中に装備は必要ないだろうしな」

 そう吐き捨てて、アルマはそのまま馬車に戻ろうとするが、微かに何かの気配を感じた。

「誰だ! 出てこい! いることはわかってるんだ! もしこのまま逃げようと思っているならどこまでも追いかけて見つけ出してやるぞ!」

 一瞬その場に耳が痛くなるような静寂が流れる。突然訪れた緊張にアルマは耳を澄ませる。少しすると、向こうの岩陰から一人の若い男がこちらに歩いてきた。

 そして弓を番えたままアルマは指示を出した。

「男! そこに武器を全て置き、手を頭の上に載せてこちらに歩いてこい! 少しでも不審な行動をしたら頭を撃ち抜く!」

 男はアルマの指示に従い、ゆっくりとこちらに歩いてきたがあと数歩と言うときにアルマに向かって走ってこようとした。

「止まれ! 本当に頭を撃ち抜くぞ!」
「アルマさん! アルマさんですよね!?」

 男はフードを取り、顔を良くアルマに見せつつ言った。アルマはその距離でも弓を向けながらその顔を見た。

「お前、テンか! テンだろ!?」
「はい! そうです! アルマさん! お久しぶりです!」

 盗賊の最後の男、テンは嬉しそうにアルマの周りを駆けまわり、それを鬱陶しく思いながらアルマは弓を収めた。

「だから敬語はやめろって。ってかなんでこんなところに?」

 と言いつつ、アルマは全てを悟ってしまった。テン、この男はガルベスの弟分のような奴であり、ガルベスと比べ、貧弱な体つきでどこか冴えない顔立ち。今持っている鉄製の剣もおもちゃに見えるほど。

 ガルベスが外でアルマたちと金を稼ぎ、テンが拠点でそれらの管理をする。元は同じスラム街の出身らしくその縁で共に生活しているようであった。

 アルマはパーティリーダーだったからかは知らないがなぜかテンはアルマに対し、敬語を使い、目上の人間のように接してきていた。テンはアルマより年上であったというのに。

 そんな男なのだ、このテンという男は。



 そしてそのテンが盗賊団との一員と言うことは。

「やはり、戦鎚の悪魔ってのは……」
「はい、そうです。ガルベスの兄貴が……」

 テンはその言葉を放つと同時に、表情に影を落とす。

「そうか。じゃあ俺が今どこに、何をしに向かっているのかはわかるか?」
「ガルベスの兄貴が目的だというのは何となく」
「だいたい二週間前にガルベスを標的にした討伐隊が王都周辺で組まれたらしい」
「それは兄貴から聞いてます……」
「俺は偽善者や金目当ての奴にガルベスを殺させるつもりは無い……」
「じゃあ! アルマさんが兄貴をたすけ――」

 アルマは勘違いをしているテンの言葉を遮り言った。

「俺が殺す」
「え? な、なに言ってるんですか? 冗談きついですよ」

 テンは額に汗を浮かべ手や声も震わせ、瞳からも光が消え失せていた。

「悪いな、テン。だけどいくらガルベスだとしても王国軍とギルドの連合部隊に敵うわけがない。ましてや部下はあの様だろう?」
「いや、でもアルマさんが助けてくれたら!」
「テン、お前がなに言っているかわかるか? お前たちは昔のように正義を掲げる傭兵じゃなく盗賊なんだ。言い方は悪いが、俺はみすみす自らの手を悪に貶めるつもりはない」
「そんな……」
「ガルベスと会うためなら、周りの部下を残らず、ぶちのめす。そして最後にガルベスを。人殺しは怖いだとかそんなことを言っている暇はない。後二週間しかないんだ。テン、もし俺の考えが気に食わないならここで止めても良いんだ。だがその時は俺も容赦しない」

 テンはやはり、というか当然悲しそうな顔をし俯く。

「もし諦めてくれるならテンも一緒にドルエムに向かおう。あそこは気に入らない奴が多いけどギルドに嫌われなければ今までの経歴は気にせずにやっていけるはずだ。どうする?」
「そんな、すぐに決められることじゃあないけど、もうわかってたんです。そろそろ潮時だって。兄貴も何度か俺に勧めてくれたんです。団を抜けて、まっとうな生活をすることを。でもやっぱり兄貴と一緒に居たかったんです。でも後のことはアルマさんに任せます」
「そうか、じゃあ馬車に載せてもらおう。多少は戦えるわけだろ?」
「はい……」

 テンは涙を浮かべながらアルマの手を取った。

 アルマは商人の男に話を付け、テンと共にドルエムを目指した。テンにはガルベスやジン、バンディの話を聞かせてもらった。

 解散直後はジンやバンディと共に今までと同じような仕事をしていたらしい。しかし何をやってもギルドの奴等の邪魔が入るおかげでまともに仕事をできたものではなかった。そのため前々からパーティを組んでいた三人も解散。

 バンディとジンは共に安定した平和な仕事を求め商業都市へ。ガルベスは腕の恨みとしてドルエムに残ることを選んだ。

 一人で仕事をこなし続けた。汚い仕事でもやり続けた。そしていつしか盗賊に成り果て、結果的にその盗賊団は王国軍に討伐隊を組まれるまでに至ってしまった。

――そうだ、ガルベスが盗賊となったのは、傭兵都市に一人取り残されたからだ。ガルベスが傭兵都市に残ったのは、腕を失ったことを恨んでいたからだ。ガルベスが腕を失ったのは、俺のせいだ――

 だからアルマはガルベスを討たなければならなかった。戦鎚の悪魔を生んだのは自分で、これは自分があの時、適当にライラスをあしらわなければ避けられた事態だからだ。

 あの時の、人に絶望したあの日の責任を、アルマは今果たさなければならない。



「いつ見てもきたねえ街だな。気分が悪くなる程だ」

 自分でもその見た目の汚さが原因ではないということはわかっていた。傭兵都市という名で、ほとんどの実権を冒険者というクズたちに握られたくだらない街。

 かつて心の奥に抱え、未だ煮え切らない感情が行き場のない怒りとなってぐるぐると果てしなくアルマの中を回っている。

 目に入る人間一人一人が憎かった。
 冒険者に武器を授ける鍛冶屋が憎かった。
 冒険者に食事を振舞う飯屋が憎かった。
 冒険者に寝床を与える宿屋が憎かった。

 だが何よりも、ガルベスが苦しんでいる中、何もしてやれなかった自分が一番憎かった。

 大切な仲間であるというのに。



 アルマは商人に報酬を貰い、宿をとった。

「じゃあ、俺は早速ガルベスの元に向かうつもりだ。ここには帰ってこないから、この金でチェックしておいてくれ」

 アルマは机の上に金を置き、その場を後にしようとする。

「あ、あの」
「どうした?」

 テンは俯きながら静かに涙を流す。

「うっ――く。どうかっ。どうかっ。ガルベスの兄貴を救ってやってください」

 テンの口から出た言葉は静かにアルマの心に鋭く突き刺さった。覚悟を決め、その願いを託す男の言葉は力強く、どうしようもなく儚かった。

 テンもわかっているのだ。救ってやると言いながらも、ガルベスを救うにはこの地獄みたいな世界から旅立たせてやるしかないと。

「ああ、俺に任せろ」

 テンを部屋に残し、アルマはガルベスがいる廃砦に向かう前に、傭兵都市の酒場ダイスダイスへと向かう。

 ダイスダイスに入ると、かつてアルマたちが仕事の後に必ず使っていた、四人では大きすぎる卓に知らない冒険者たちが座っている。

 アルマはフードを被り、静かにその卓の空いている椅子に腰を掛けた。

「だ、誰だよてめえ」

 警戒しながら言う冒険者に、アルマは食って掛かることなく静かに応える。

「すまない。この席がダイスダイスでの思い出の席なんだ。酒を一杯だけ、それだけでいいんだ。そうしたらすぐいなくなるし、ちゃんとその分の金を置いていく。もし席代と言うのなら、酒の値段の三倍を置いていく」

 とても重い声音と、その真っ黒なローブから醸し出される雰囲気は、不気味以外の何物でもなく、冒険者はごくりと喉を鳴らし、アルマを受け入れた。

 アルマは店を練り歩いているウェイターを呼びつけ、大樽のエールを頼んだ。

 仕事終わりの一杯。それこそ今から仕事だが、ガルベスはいつもこの何リットルかわからない大樽のジョッキに入ったエールを一息で飲み干して見せた。

 アルマはそれに倣って、そのエールを一息で飲み干す。

 炭酸が喉を切り裂くようにぴりぴりとした刺激を齎すうえに、初めて飲むエールの味は苦くて堪らなかった。

 だが、酒に酔ってないとガルベスを殺しに行くなんて覚悟を決められるわけもなかった。

 炭酸の刺激によって、流れた涙か。この現状に対する涙か。
 一筋の涙を流したアルマは、凄まじい勢いでジョッキを机に叩きつけ、予定よりもはるかに多い金を机において、ダイスダイスを後にした。



――最初の殺しがかつての仲間になる。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:14:19

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