新国家の足掛かり、黒岩の砦

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前話


本編

 アルマは、狼の牙のパブロを含めた数人を引き連れ、改めて黒岩の砦を訪れた。まずはこの砦を修繕しなければならない。しかし下手に綺麗にしすぎても気づかれてしまう。今の状況はとてもとても難しい。
 主な後ろ盾は魔特会のみ。協力として獣人がいるかもしれないが、それはまだ未確定だ。アルマ自身は王国軍最大の戦力でもあるうえに、合成獣という能力上魔人に狙われてもいる。
 この話をして|強戦士達《モンスターズ》の誰がついてきてくれるかはわからない。そう考えると全戦力はアルマを含めて五十人にも満たない。五十人にも満たない組織で、人間種と魔人を敵に回そうとしている。
 だからこそ下手に表立った行動はできない状況で、ゆっくりと力を蓄え、その双方に敵う戦力に仕上げなければならない。それも人間と魔人の戦争が始まってしまう前に。

 既に人間と魔人の戦況は一触即発と言ってもおかしくないからこそ、気づかれないようにゆっくりと力を蓄えると言いながら、急ピッチの作業が必要となる。そうすると黒岩の砦を大きく形を変えずに、新国家の拠点とするには。
「地下に作るしかないな」
「地下……」
「ああ。西の砦と同じように、まずは地下を進めていく。俺がお前と初めて会った時アーデがすぐさま本拠地に俺を転移させたんじゃなくて、タチャラの森まで歩かせたのは地下っていう魔力を通しにくい場所に拠点があって、距離があると転移が発現しないからだろう?」
「素晴らしい。あの状況でそこまで把握していたとは」
「ということは土属に精通した魔術師がいるという解釈でいいな?」
「はい。もちろん。それでは取り敢えず同じように、広間なり会議室なりを作らせればよろしいですか?」
「ああ。よろしく頼む。それ以外の技術を要する設備についてはちょっと思い当たる人がいるから、俺は今からそいつに会いに行ってくる。中の片づけとかは任せるぞ? 多分冒険者たちは基本的にサイレンスの闇魔法で片付けてるから、血溜まりとかはないはずだ」
「わかりました」

 そう言ったアルマは黒岩の砦を後にして、アーデに尋ねる。

「アーデ、商業都市まで連れて行ってもらっても大丈夫か?」
「もちろんです」
「敬語?」
「はい。今狼の牙においてアルマ様は、パブロ様より位は上。敬語を扱うのは当たり前のことです」

 先日までとても挑戦的に振舞っていたアーデにこう下手に出られると、なんだか調子が崩れるが、それについて話し合っても仕方ないので、商業都市へ転移してもらった。

「多分少し時間はかかると思うが、必ず連れてこられると思うから、ここらで暇を潰して貰っててもいいか?」
「わかりました。私はここで」

 と言って、|門《ゲート》の脇に座ったアーデに何を言っても、恐らくどうしようもないので、アルマは目的の場所へ向かう。

 商業都市には顔見知りがいる。ベイルやエイミー。技術者として凄まじいほどの力量を持った者たちだ。だが、二人はアルマとの顔見知りでありながら、他にも多くの顧客を持っている、所謂売れっ子だ。
 だからこんな足の浮いたような状態の計画を持ち込んで、おいそれと納得してくれるとは思えない。だがアルマには素晴らしい技術者の知り合いがもう一人だけいる。
 そいつは良いものを作るものの、その性格の癖から店に客は入らず、餓死しかけるほど。



 アルマはやはり建付けが悪い扉を開き、薄暗く物が散乱した店内で声を上げた。

「ヴェルヌ。いるか? 聞こえないか」

 床に転がっているものを避けながら、カウンターのところにたどり着き、『御用の方はこちら』と書かれているベルを鳴らした。

 そうすると奥から力ない声で「はいはーい」という声が聞こえ、少しすると店の奥からヴェルヌが姿を現した。

 髪をハーフアップにして、作業用ゴーグルをつけていたであろう所以外、煤だらけになっている彼女こそ、アルマのほぼ無限にものが入れることのできるポーチ、クロノスの懐や、魔力を注ぐことで無限に飲料水が生成できるポセイドンの涙を開発した元宮廷調合士兼錬金術師のヴェルヌだ。

「久しぶりだな」
「えーっと……?」

 覚えていないようだ。

「ほら! この前。えっと半年くらい前にこのポーチとボトルを買った!」
「ああ! あなたのおかげで美味しいステーキが食べられたんだよぉ。まあ久しぶりに食べたのがステーキってのが重すぎて半日胃痛に苦しめられたんだけど」
「客の金で食べた飯で、客を覚えているのか……」
「いやぁすいません。改めてお名前を聞いても?」
 頬をぽりぽりと掻きながら、申し訳なさそうに尋ねる。
「アルマだ」
「そうだそうそう! アルマさんだ!」

 喜びながらそういうヴェルヌだが、絶対に覚えていなかったとアルマは確信する。

「今日は何をお求めに?」
「今日はモノを買いに来たんじゃないんだ」
「買い物じゃない。でもうちは雑貨店だけど?」
「仕事の依頼があって」
「しぃごぉとぉ? あーだめだめ。人に言われて作る物は楽しくないんですよ。ポーション、ポーション。またポーション。それが終わったと思えば、なんか気難しい鍛冶屋と仕事させられて嫌だったらありゃしない」

 なにかせかせかと色々な仕草をして見せてくれたが、少なからずそんなことをせずとも、目を見開きながらも眉間にしわを寄せ口をへの字にしてるところから明らかに「仕事」というものが嫌いだと理解できた。
 
「ポーションでも鍛冶仕事でもないけど」
「でも仕事でしょう?」
「いや仕事というか、あんたの知恵を借りたいんだ。こんなものが欲しいっていうでっかい構想はあるんだが、それをどうしたらいいかが全然判断つかなくて」
「ふむふむ。ふむ?」
「真剣に話を聞いてくれたら、商業都市の好きな店で飯を奢るからさ、聞いてもらってもいいか?」

 そういうとヴェルヌは目を輝かせながら、首が取れそうなほど頭を上下して頷いた。アルマはヴェルヌにところどころを端折りながらも、新しい国を作るためにヴェルヌの力を借りたいということを伝えた。

「国かあ」

 何か自分の中で考えているような語調だ。

「国かぁ」

 笑みが零れた。

「うんうん。ポーションでも鍛冶仕事でもなくて、国を作りたいのかぁ。そーれーは、面白そうじゃないか! あ、でもでも政治とかは嫌だよ?」
「わかってるよ。政治は俺がやるつもりだ。ヴェルヌは国に必要な病院だったり、さっき見せた人体方陣で意思疎通が取れるようになった魔物とコミュニケーションを取る手段だったりと、今までにはなかったようなものの発明を頼みたいんだ」
「報酬ってのはいかがなほどで?」

 とても卑しい顔をしているが、アルマは見なかったことにして続ける。

「人体方陣を組み込む以上、人間種領には帰ってこれない。だから新たな国ができた場合の永住権がまず。国の整備が終われば、今みたいに好きなものを自由に作ってくれて構わない。必要な材料とかも基本的に俺たちが取ってくるはずだから、ただだ。まあどれだけかかるかわからない話だから、その都度頼んでくればいい」
「……」
「ダメか?」
「っこうじゃないか!」
「え?」
「最高じゃないか! 新しい国、新しい技術、新しい発明! しかも材料は全部タダ!? やる、やるよ! 絶対やる!」

 今まで生きてきた種族を裏切ることになる以上、これほどまで喜んでついてくるとは予想していなかったアルマは、その勢いに気圧されてしまう。

「いいのか? 人間種としてはもう生きられないんだぞ?」
「別にそこにこだわりはないね。君は初めて来たとき驚いていたけど、面白くないからって理由で宮廷での仕事を捨てるような奴だよ、私は」
「だから面白いことを頼み続けたら、ずっと協力してくれるってことだよな?」
「もちろん! だけど私はそこんとこ、難しいからね。すぐにでも退屈したら仕事なんてほったらかしだよ?」
「ま、まあどれを面白いと感じるかはわからないけど、努力するよ!」
「じゃあ契約成立だ。私は君たちについていこう」

 ヴェルヌとアルマは強く握手を交わした。
 それからヴェルヌは必要な道具をぽんぽんとクロノスの懐へと入れていき、店の中にあったものほとんどを入れ切ってから、店の外へと出てきた。

「さあ、ちゃんと話を聞いたんだ。ご飯を奢ってもらおうか」
「忘れてなかったか」
「おっとお。なんだその言い方はー。食べ物の恨みは怖いぞぉ」
「わかってるわかってる。だが、もう一人誘いたい奴がいるんだ。そいつも一緒でいいか?」
「まあ別にいいけど、少し待ってろってこと?」
「ああ。ちょっとだけ」
「わかった。じゃあ私も短い間だったけど、やっぱり思い入れがあるから、もう少しこの雑貨屋を惜しんでから。だからまた戻ってきてもらっていい?」
「わかった。じゃあちょっと待っててくれ」
「はーい」

 そういうとヴェルヌは改めて、酷い音の鳴る扉を開け、店の中に入っていく。対してアルマは、そのもう一人の誘いたい奴を探しにエイミーの魔服店へと向かう。



「恐らく……。やっぱりいたな」

 魔服店の外をうろうろしている背の高い男、それはかつてアルマが参加していたパーティ|炎熱部隊《フレイムウォリアーズ》の一人、バンディだった。

「お前もやっぱりこんなとこで鼻の下伸ばしてたのか」

 エイミーから大剣と直剣を持った傭兵がこの店によく来るということを聞いていたうえで、その傭兵は冒険者と呼ばれることをとても嫌ったという話から、バンディもエイミーに鼻の下を伸ばす一人だと、アルマは知っていた。

 その言葉に弾かれた様に驚き、振り返るとバンディは泣きそうになりながら、アルマに抱き着いた。

「お前何してんだよ! 今まで何してた!」

 抱き着いたと思ったら、身体を押し、アルマの頬をその丸太のような右腕で殴り飛ばそうと、拳を振りかぶる。アルマに避ける権利はない。だから今までの謝罪も含めて、何も言わずにバンディの拳を待った。
 しかしいつまでたっても、頬に突き刺さる痛みは訪れない。瞑った目を開くと、ぎりぎりとアルマの目の前で拳を握りしめながら、その拳を止めているバンディがいた。

「ここで今までの俺の心配や不安や怒りや恨みを込めて、お前にぶつけてもガルベスも、ジンも帰ってこねえし、お前に俺の気持ちがわかるわけでもねえ。だけどな! 一つだけ言っておくぞ! てめえ次一人で何かしようとしたら、そん時は今の分含めて二倍だぞ!」

 自分が子供の時、舐めてかかって共に笑いあっていたバンディは自分より遥かに大人であった。いやもちろん年齢差が二十近くある時点で大人であることに変わりはないのだが、この唯一自分のことを叱ってくれる仲間は、アルマを子供として扱ってくれる大人だった。

「済まない……」
「馬鹿がよぉ。てめえがなんについて謝ってるかわからねえよ。だけど、本当にお前が無事でよかった」
 そう言ってアルマの頭を包み込んだでっかい手は暖かかった。



「まあ、いくらか話は聞いてたからな。王国軍の新しい部隊にアルマって名前のやべえやつがいるって。その腕や髪色だって色々と事情があるんだろう?」
「聞かないのか?」
「お前が俺らの前から姿を消したってのは何か言いたくない事情でもあったんだろ。言いたくねえなら言わなくていい」
「そうか」
「ああ」
「ありが――」
「やめろ。俺はお前に感謝されるようなことは一つもしてねえ。だから話せよ。これからのことをさ。何か思ったことがあって、俺を探しに来たんだろう?」

 予言者のようにアルマが行おうとしたことを言い当てるバンディの言葉に驚きを隠せないでいると、バンディが続ける。

「これでもお前がリーダーになる前は、俺が仕切ってたんだ。仲間を見る力は少なからずあるつもりだぜ」
「それだと助かるよ、本当に」
「なんだよ気持ち悪ぃ」
「ここでは話せないことなんだ。もしよかったらお前が今泊ってる宿とかに行けないか?」
「ああ、いいぜ」

 アルマはバンディの好意で、今バンディが宿泊している宿屋へと足を運んだ。バンディの泊っている部屋に入ると、なんだか懐かしさが心の奥から溢れてくる気がした。
 乱雑に転がった鎧や、|迷宮《ダンジョン》探索用の道具。小汚い下着や衣服がベッドの上に置かれており、だが彼の得物である大剣と直剣は昔と変わらず、綺麗な輝きを保ったまましっかりと武器棚にかけられている。

「悪いな汚くて」
「大丈夫だ。清潔さは期待してない」
「おい」

 と小突かれた背中はもう痛みすらも感じなくなってきている。だが、バンディと再会できたことは少なくとも酷い痛みを発していた胸のあたりは、すーっと引いていくような感覚があった。

 それからバンディには胸の人体方陣を見せたのちに、自分が何をしようとしているのかということを告げた。バンディはたまに質問を投げかけたが、基本的にはその体躯からは考えられないほど、静かに真剣にアルマの話を聞いた。
 言うなればレジスタンスだ。今ある王政をひっくり返そうとしている。もちろんこことは違うところで新しい国を作るということは反乱とは違うのだろうが、王国軍にいながら今の政府組織と敵対するといった点においては変わりがない。

「と、言った感じだ。どうだ? 俺たちと一緒に戦ってくれないか?」
「面白い。冒険者を皆殺しにできる可能性。魔特会の共闘。ゆくゆくはこの大陸を背負って立つんだろ? 小さな傭兵のパーティリーダーがでっかくなったもんじゃねえか」
「じゃあ」
「だが済まない」
「えっ」

 バンディは絶対についてきてくれると思っていた。どれだけ無理難題だろうと、彼となら乗り越えられると思っていた。

「お前も俺の大事な仲間だが、一人忘れてねえか?」
「忘れてない。ジンだろう。行方不明だっていうことは聞いてる」
「ああ。俺は自分の話の前にジンのことを聞いてくると思ってたんだがな」
「いや、ジンの娘と知り合いだから」
「だが、最後に会ったのは俺だった」
「そんな話」
「俺もお前の話なんて知らなかったさ」

 なんだかバンディの言葉に怒りが籠っているような気がする。

「ジンはどうしたんだ?」
「ガルベスの討伐隊には参加しなかったのは知ってるよな?」
「ああ」
「あの時はもう旅に出てたんだ」
「旅?」
「ああ。目的地は魔人種領ガズラ砂漠」

 その場所を聞いて、アルマは思い出したことがあった。
――|世を創りし大いなる炎よ《フラム》、|悪に罰を与えし熱き焔よ《グラン》、|我に全てを灼き尽くす力を《ウェア》。|炎の精霊の名の元に《サラマンディア》――
 |海竜の迷宮《ダンジョンリヴァイアサン》にて、|魔物部屋《モンスターハウス》の主を倒すときにジンが使った魔法だった。詠唱文の最後。サラマンディアという言葉。恐らくそれは炎の精霊サラマンダーのことを指しているのだろう。

 この大陸に存在している三つの精霊迷宮。その|迷宮《ダンジョン》を攻略した者はこの世の理を作りし、精霊から精霊魔術を授かると言われている。もしジンがあの時使用した魔法が精霊魔術だとするなら、ジンは少なくとも一度、アルマたちが知らないところで精霊迷宮を攻略したということだ。

「精霊魔法」
「そうだ。攻略したことないからわからないが、何かそこに忘れ物をしてきたって言ってた」
「忘れもの? それを取りに?」
「わからない。家族はどうするんだ? って聞いたが、サリナはもう大人だって。そう言って行っちまったよ」
「それから連絡は?」
「あったら、こんな話してねえよ」
「そうだよな。済まなかった。使命感に駆られて、大切な仲間のことを忘れてた。忘れてたというか、もうジンは死んだものだと」

 その言葉にバンディは表情に影を落としながらも答える。

「俺ももうそう思ってるさ。でもお前が帰ってきたように、ジンだってひょっこり帰ってくるかもしれねえ。たまに帰ってるんだよ。傭兵都市にさ。誰かが一人でも待っててやらねえと」

 吹っ切れたように見えたバンディさえ、未だ過去に囚われていた。自分より年上だから、明るい奴だから。そんなバンディに期待して、勝手に縋った自分が恥ずかしかった。彼には彼のやることがある。

「そうだよな。突然すまなかった」
「いや、俺こそ応えてやれなくてすまねえ」
「気にするなよ。でもバンディならいつでも歓迎だからいつでも来てくれ」
「ああ。傭兵都市からほぼ直線に東にある黒い砦だろ? もしお前の言う新国家ってのが本当に力のあるものになった時は、昔馴染みだって言って、甘い汁すすりに行くからさ。取り敢えずは先に行っててくれ。俺はもう少し皆を待ってるからさ」

 ああ、そんなに悲しそうな顔をするな。突然現れてよくわからないことを並べて、同情を誘って、それでバンディの人生もすっぽかして。そんな自分勝手な話だというのに、真剣に聞いてくれただけありがたいんだ。
 そう思いながら、でも心のどこかで、こいつはついてきてくれると思っていたさっきまでの自分がどうしようもなく憎かった。
 だが、そんなことをバンディに言ったところで、もっと彼を傷つけてしまうだけだ。

「そうしてくれ。帰れるところがあるってのは嬉しいことだもんな。俺も今日、バンディに会えて嬉しかった」

 本当だった。でもなんだか言葉にすると嘘くさい。この彼への感謝の気持ちをどうやって表したらいいのか。アルマの戦いに振り切った頭ではそんな都合のいい言葉は浮かばない。だから何も言わない。下手な感謝はむしろ人を嫌な気持ちにさせる。

「俺もだ。あ、そうだ。いるんだろ? そこにはあいつも」
「ああ」

 バンディはアルマに顔を合わせようとはしないが、その体の震え方や声のトーンから見て、泣いているのが分かる。だが、今のアルマにはそれを馬鹿にすることはできないし、アルマも見せられない顔をしているのも確かだ。

「じゃあ……。よろしく伝えておいてくれ。また会いに行くって」
「ああ。任せろ」

 静寂が流れた。でも嫌な静けさじゃない。こんな話をしていたというのに空気は軽いし、心も晴れやかだ。

 だけど苦しい。死に別れも苦しいが、生き別れも苦しかった。もう既に違えたはずの道だというのに、再会してしまったがゆえに、改めて違う道を行くのはとても辛く悲しいことだった。

 だから無理を言ってバンディにはついてきてほしい。だけど勝手にパーティを捨てたアルマにとってそんなことをいう権利はない。

 だから再会を願って。

「じゃあな。俺は先に行ってるから。先で待ってるから」

 そう言ってアルマはバンディの部屋を後にした。

 失ったのは自分だけじゃない。バンディだって失って、ジンだって失った。でも今は商業都市に来る前より、もっと本気でやれる気がする。
 バンディが言っていた皆を待つ場所。そう。次は俺がそれを作るんだ。決別したはずだった仲間たちが、また笑って過ごせるようなところを。
 そうしたら教えてやるんだ。一緒にここを築き上げた仲間たちを。いい奴らばかりだから、すぐ仲良くなれるって。

 思い出せ、ガルベスとの約束を。フランとの約束を。



「悪い、待たせたな」
 約束通り、ヴェルヌの店を訪れたアルマの表情と、一人で帰ってきたことを見て何かを察したヴェルヌは率直に尋ねる。
「だめだった?」
「いや、今はやることがあるって。そのやることが終わったらくるって言ってた。だから俺たちだけ先に行こう。腹、減っちまった」



 少年がとても悲しそうに笑ってしまうから、どう返していいかわからなかった。だけど。だから。自分が食べたいと思っていた店ではなく、発明が行き詰った時によく行った、家庭料理を振舞ってくれる店に行こうと提案した。
 少年はそんな安いところでいいのか、と尋ねたけど、いいんだ。よく考えてみたら、この都市で食べる最後の食事になるかもしれない。それなら知ってほしい。あの優しい、心温まる味を。
 でも深くは教えてあげない。こういう味は、悲しければ悲しいほど美味しいなんてことは絶対に。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:24:52

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