正邪双鳴

 サリナは対応に追われていた。新たに開戦した戦。サリナはまた魔都から魔人軍が攻めてくるとして、イギルやセラに商業都市の復興を一任し、イレイスやリーシュら人間種幹部を集め、崩れた城とは別に城下町に仮設した建物にて緊急会議を開いていた。
「あれから五年か。いつかくるかと思っていたがとうとう……」
 車いすに座っているイレイスは頭を抱えながら呟く。
「はい。今やアルマもいないし、アルマが作り出した城も消えた。兵士もほとんどいない。同盟を組んでいるわけではないレイヴンの協力も期待できない」
 そう現実を並べたサリナは、一拍おいて言う。
「でも戦わなければならない」
 その言葉に対しリーシュは問う。
「どうやって?」
「トルム峠で迎え撃ちます」
「またあそこでか……」
「はい。兵士の数が足りていない現状で、シル平原を戦地とした総力戦は不可能です。復興しつつある商業都市を手放すような形になりますが、大体の兵士たちを商業都市に配置。トルム峠に多くの罠を張った後、主力がそこで迎え撃ちます。今の私たちであれば……背後からの凶刃がない限り、冒険者を殺すなんてことは容易い。消耗戦のような形になると思いますが、一定時間そこで耐えることが出来ればレイヴンもいることですし、援軍の可能性も出てくるはず」
「それは希望的観測に過ぎなくないか?」
 イレイスが言う。そうだった。アルマだと確信した|鴉《クロウ》卿との同盟。それも希望的観測によって判断が行われ大失敗に終わった。もしこのまま戦えばまた負ける未来になってしまうかもしれない。しかし人体方陣という禁忌に関わる|超越種族《ヴィヨンド》と共生するわけにもいなかい。絶望的なこの状況に置いて、最終判断を下すサリナですら希望に縋らなければならない。それが今だった。
「しかも商業都市に置く兵士たちは捨て駒ということだよね?」
「致し方ない犠牲です。私たちには命を守ってくれる人体方陣なんてありませんから、死んだら死にます。商業都市を任される者が死ぬより、私たちかつての|強戦士達《モンスターズ》や王国軍の主力が死に絶えた方が痛手です。私たちが消耗戦で少しでも勝利できるように、確率を上げるためには彼らの犠牲は不可欠です」
 と、残酷なことを吐き捨てたサリナの背後から一つの声が響く。
「ダメもとで聞いてみたらいいじゃないの。同盟は断られたけど助けてくれませんかー? ってさ。万が一でも私や|鴉《クロウ》の気が変わって、助けてあげるってことになるかもしれないじゃない? 戦神の武器たちもいるわけだし?」
 黒い狼と白い狼を連れたレイヴンがその長い黒髪を手で弄りながら歩いてくる。仮面は付けず後頭部の方に回し、付け、軽い足取りで会議室を歩く。
「でもあなたの任務は私たちの動向観察とサイレンスの保護でしょう? 助けてくれるとは思えない」
「だからそれはサリナ、あなたの予想であってさっきまでの話が希望的観測と言うのなら、これは絶望的観測ってところかしら?」
 レイヴンは寝そべったサイレンスに凭れかかりながら言う。
「仲間だって信じられないのに、どうしてあなたを信じろと言うの? でもじり貧なことには変わりない。だからレイヴン。私たちに協力をしてくれない?」
 そのサリナの願いに対してレイヴンの答えは早かった。
「断らせてもらうわ。私の任務はサイレンスの保護だからねぇ。それは私の仕事じゃないの。それじゃ」
 そう言ってレイヴンはその場を後にする。

「ちっ。人のことを馬鹿にして!」
 激昂したサリナはその怒りを言葉として発散したと同時にその拳を机に叩きつける。
「まあ落ち着きなさい。元から戦力としては考えていなかったんだ。想定内のことで一喜一憂している暇はないよ。取り敢えず武器や防具でもちゃんと戦えるように整備しないといけない。今までは王都から出るために商業都市で高い通行料を払わせられていたから、最小限、君たちの装備しか整備していなかったからね」
「はい。生憎商業都市ほどまではいかないながらも技術者は残っています。まだ時間はあるでしょう」
「それとトルム峠の罠設置もそうだけど、徴兵も考えなければならないということを頭に置いておいてくれ」
「徴兵……」
「ああ、物量戦になるなら最大限使えるものは使わないといけない。残酷なことを言うようだけど、これは君の提案に沿った回答だ」
 イレイスは静かに冷静に、でも優しく告げる。指揮官ではなく、指導者としての立ち位置でサリナたちを導き続けた男は今でもどんな状況になったとしても彼らを支える覚悟があった。この幻肢痛がなくなるであろう死の日まで。



 |結晶都市《クリスタルバベル》の一件に追われていたサリナは各兵士に魔人の対策案を伝えた後、自室に入り一息ついていた。
 年々大きくなっていった部屋と椅子の代わりに、サリナの心には虚しさが積もっていた。ため息をつき、一言「徴兵……」と漏らす。サリナの心にはかつての友であるアルマの「俺が皆の|武器《アルマ》になる」という言葉が呪いの様に残っている。その言葉に取りつかれた様に、サリナは地獄の業火と民衆に恐れられ、嫌われても彼らのために奮闘し、その身を傷つけてきた。近接戦闘士がイギルしかいなくなった現状サリナが武器を持ちイギルと共に前線に立った。
 そのため体には女性とは思えない程痛々しい傷が刻まれ、顔に達してはいないものの首筋には縦に大きく裂傷が残っていた。
 数少なくなった茶葉を少量入れて作られた白湯に近い紅茶を口にしていると扉がノックされる。
「どちら?」
「お母様。シラーフです……」
「入りなさい」
「失礼します……」
 シラーフが着ている服は土埃に塗れ、とても見た目がみすぼらしい。リーシュとの鍛錬によってついたものだろう。
「早く沐浴を済まして眠りなさい」
「はい。でも伝えたいことが……」
「何? 早く言いなさい」
 シラーフはその言葉に、嬉しそうに笑う。
「今日初めて、火球が発現したんです!」
 本来魔法が発現できるようになる平均年齢は十歳程。サリナは少し発現が遅く初めて三属性魔術の初球魔法を扱えたのは十二歳のことだった。そう考えると五歳のシラーフが魔法を発現させることが出来た事実は天才と敬われるほどの素晴らしいことであった。だがサリナの反応は冷たい。
「そう、それなら明日からもっと精進しなさい。私はもう疲れたから眠るわ」
「お母様、まだ……」
「ごめんなさいシラーフ。疲れているの」
「はい……。失礼しました……」
 そう言ったシラーフはそのまま部屋の外に出て、一人扉が閉まる音を聞いた後、食い縛っていた歯を緩める。するとつーっと一筋を皮切りに涙があふれだした。それを知らずにサリナは部屋の灯りを消し、寝床につく。



「|狼騎士《ウルフライダー》が三十騎。竜槍兵が五十人。重戦士が二十人。|鳶《カイト》卿が同行する。そして後から|鷹《ホーク》卿も合流するだろう。魔人大隊の元聖教都市到着を狙い、|鷹《ホーク》卿が内部から攻撃を行う。それに合わせて諸君らには外から元聖教都市を攻略してもらう。そこで魔人大隊を抑え込むことが出来れば、傭兵都市で孤立した魔人軍は小規模で王都へ向かわなければならなくなる。この一戦がこの大陸を左右すると言っても過言ではない。吉報を期待して待ってる」
「ああ、任せろ。今日この日のために生きてきたと言ってもいいくらいだ。また皆で……いやこれはまだ後にしよう。それじゃあ後は任せたぞ」
 |鳶《カイト》卿は|鴉《クロウ》卿にそう告げ、総勢百名の兵士を連れ、|結晶都市《クリスタルバベル》から元聖教都市を目指す。



 突然の爆発音に兵舎で待機していた冒険者や魔人は驚き、武器を取り外に出る。しかし外に出たものから暗闇から飛び出す影に襲われ命を落としていった。その影こそ|鳶《カイト》卿が率いていた|狼騎士《ウルフライダー》であった。|白狼《ホワイトウルフ》の背に甲冑を着込んだゴブリンが乗り、彼らの身体に見合う直剣を手に暗闇を疾走する。
 |白狼《ホワイトウルフ》だけでは人を想定した戦闘には弱い。ゴブリンだけでは人を想定した戦闘は行えるが力が及ばない。そのため彼らを一組として戦わせることで、弱点を補わせた戦術的形態こそ|狼騎士《ウルフライダー》だった。
 |白狼《ホワイトウルフ》の俊敏性により敵に肉薄し、ゴブリンの直剣により敵の首を切り落とす。騎士と言う名がついているが彼らの戦闘スタイルは基本的に奇襲。だいたいの敵が|狼騎士《ウルフライダー》の戦略に気付いてきたら、竜槍兵と重戦士の出番だ。

 敵の物理、魔術を全て反射できる鱗鎧という固有魔法を扱えるまでに鍛錬された|蜥蜴人《リザードマン》たちはその手に鋭利な長槍と、その二メートルの身長を覆うことが出来る盾を持っている。それを巧みに扱い多くの冒険者を一瞬に狩っていく。もともと|蜥蜴人《リザードマン》は手練れな冒険者パーティでも全滅させることができる魔物だった。それが人並みの知恵を持ち、人と同じ武器を持ち戦う。ただでさえ、その咆哮一つで数十名の人間を怯ませることが出来る竜槍兵に敵はいなかった。
 そこに新たな戦力が投入される。重戦士だ。

 ||岩豚人《ロックトロール》と|泥傀儡《ゴーレム》によって構成された部隊が重戦士だった。彼らの人体方陣には硬化の魔法が刻まれており、他の魔物の様に知恵を増幅させると同時に武器を受け付けない身体を手に入れていた。本来彼らには武器なんて必要ないのだ。その大槌のように大きな拳は見張り矢倉を破壊し、城壁に簡単に穴を開けることが出来た。
 そのような者たちが人を相手にするとどのようになるかなんて想像に容易い。片手一振りで十人ほどを屠る一撃が、魔物独自の無尽蔵の体力から無数の殴打として繰り出される。

 本来このようなトラブルにはほぼ奴隷に近い裏切り者である冒険者が対応にあたる。しかし今回の場合は魔人も対応せざるを得なかった。なぜなら、冒険者の力だけでは|超越種族《ヴィヨンド》の猛攻を止められないから。

「ちっ。手間取られやがって。こんな夜遅くに何で俺たちが戦闘に駆り出されなきゃならないんだよ」
「仕方ねえだろ。人間は弱っちいんだから」
 そんなことを愚痴りながら宿から出てくるのは二人の魔人。魔都ではなく人間族の領土に近い元聖教都市で駐留させられている彼らは、この多くの冒険者の統率を任された魔人の手練れであることは間違いなかった。
 魔人は腰に提げていた武器を手に取り、魔法を発現する。



「魔人がいるうえに冒険者が数百人は駐在しているであろう聖教都市に約百名で攻め込むなんて無謀にもほどがあるんじゃないか? |鴉《クロウ》卿」
 商業都市から来たばかりの職人の一人であるベイルが|鴉《クロウ》卿に尋ねる。
「いえ、そんなこともないんですよ。なぜ我らの軍隊である不死隊が不死隊と呼ばれるか」
「地下のアレ? のおかげだろう?」



 地面に手をついた|鳶《カイト》卿を目の前に、二人の魔人は絶叫する。
「な、なんで魔法が発現しない!?」
「お前ら魔人の魔法の発現方法に理由があるんだな、これが」
 |鳶《カイト》卿はそう告げながら、耳を指差す。そのことによって魔人二人は遠くで鳴っているように聞こえていた音に気付く。甲高く、耳鳴りのような音に。

 本来人間は睡眠中に魔素を肺に取り込み、魔力として還元して体内に溜め込む。それに対し魔人はその身体の脆弱性が故にその魔力を運動補助に全てを使い切ってしまう。その結果魔素をその場で直接魔力に還元し、魔法を発現する魔素直接使役能力を獲得した。しかしその魔素というものには限りがある。
 空気中にある魔素を使うのは勿論だが、他の魔人が直接使役を行っている魔素を自らの魔力に還元することはできない。言うなれば魔素の所有権の対立。
 では、今耳元で鳴っているこの音は?

 |鳶《カイト》卿が地面に手を付き、地面にある魔素から空気中にある魔素全てを微細な魔力によって振動させる。かつてアルマが行って見せた「魔力の共振」の拡大版がその元聖教都市で行われていた。
 そして|鳶《カイト》卿は不敵に笑い告げる。
「今この場にある魔素の所有権は全て俺にある! 我等|超越種族《ヴィヨンド》は負け戦を行わない。勝利が確定した戦争のみ兵を動かす。それが故の不敗の不死隊。不死であり、不敗。この戦争によって我等|超越種族《ヴィヨンド》は劇的な勝利を遂げるだろう!」



 成す術の無い魔人の背後から二本の剣が貫かれる。魔人大隊から先行した一つの部隊。その二人の魔人を討ち果たした二人の魔人兵の指揮官の顔を見て、死に絶える魔人は声を上げる。
「な、アスレハ……。貴様、なぜ……」
 その言葉を聞きながらアスレハはその顔に蜘蛛の柄が描かれた仮面をつける。
「遅かったな|鷹《ホーク》……」
「私なんていなくとも貴様一人で片付けられたであろうに。だがまだ敵は残っている。全隊気を抜くな! この聖教都市に残る冒険者を皆殺しにするぞ」
『御意!』



 魔人二人の討伐を確認した|鳶《カイト》卿は地面から手を放し、|鷹《ホーク》卿こと元魔人軍将アスレハの元に歩み寄り尋ねる。
「残りの雑兵はどうする?」
「移動や先の戦闘で貴様らは疲弊しているだろう。生憎私の魔法は広範囲に優れている。私がやろう」
 灰色のローブに蜘蛛の仮面。|鷹《ホーク》卿となったアスレハはそのローブの袖をまくり上げ、自らの武器である篭手を露出させる。その篭手には黒い珠がはめ込まれており、アスレハ自身の魔力を活性化させる。
 その珠に自らの魔力を感応させ、無詠唱で暗黒の瘴気を噴出させた。その暗黒の瘴気は波動に変わり、元聖教都市全体へ広がっていく。魔人である彼は繊細な魔力操作を会得しており、人体方陣から感じられる仲間の魔力を感じ取り、仲間がその波動を中てられない様調整する。
 結果アスレハの瘴気は多くの冒険者たちの身体を侵食し、口や目から血を吐き出させた。その様子は彼らの頭がぽんぽんと爆発していくように錯覚させ、その風景は圧倒的な不快感を齎していく。
 それを容易くやって見せたアスレハは袖を元に戻し、|鳶《カイト》卿の元へ歩み寄る。
「あらかた片付いたぞ。だが残ってる」
「残ってる?」
「私の瘴気に触れたのに、その魔力が消滅しなかった者が居る。気を付けろ手練れだぞ」
「魔人は二人じゃないのか?」
「私もそう思っていたが、違うみたいだ」
「しかもホークの瘴気を躱せるほどの……」
「使徒かもしれないな」
 アスレハがそう言った瞬間だった。一筋の魔弾が凄まじい勢いで|鳶《カイト》卿の顔すれすれを飛び去って行ったのは。

「はあ。また外した……。なんで僕はこう一撃は外してしまうんだろう……。僕の技術が悪いのかなあ。いや、そんなことはない。二回目は必ず当たるから。じゃあなんで一撃で当てられないんだろう。あ、それだとつまらないからか。甚振って殺したい……。甚振って殺したい!」
 黒いローブに身を包んだ男はそう叫び、|鳶《カイト》卿に肉薄する。
 その魔人の殴打に合わせ、身を後ろに引く|鳶《カイト》卿だが、その魔人の腕から黒い魔弾が放たれ、それを綺麗に腹部に食らってしまう。
「見たことあるだろう? 銃拳だよ。君の隣にいるアスレハの技さ。ほぉらもう一回行くよ?」
 と、魔人は|鳶《カイト》卿目掛けてアッパーカットを繰り出す。それを避ける|鳶《カイト》卿だが、案の定その拳からは魔弾が放たれる。しかし上空に打ち上げられるアッパーカットでは|鳶《カイト》卿を狙えない。
「間違えているんじゃないか? アッパーじゃ魔弾を当てられないだろう」
 その|鳶《カイト》卿の言葉に魔人は口を押えて笑う。
「くひひっ! いつ誰が魔弾は一直線にしか飛ばないって言ったよ!」
 言葉と同時に、|鳶《カイト》卿の脳天に強烈に魔弾が降り注いだ。酷く頭を打ち付けられた|鳶《カイト》卿はその場に膝を付いてしまう。
「馬鹿め、油断するからだ。手を貸すか?」
 アスレハが|鳶《カイト》卿に尋ねる。
「いや、まだいらない。武器すら抜いてないからな!」
 膝を付いたのはフェイクで、ローブの下に隠していた剣を引き抜くためであった。|鴉《クロウ》卿から教わった抜刀術を行い、魔人に一太刀浴びせる。
「あ痛っ! 痛い。痛い……。イテテテテ。痛いなぁ! ふざけるなよ」
 その瞬間、魔人が一瞥しただけであるというのに|鳶《カイト》卿の身体が後方へ強く吹き飛ばされた。
「なっ。ぐふっ」
 風圧を腹部に食らった|鳶《カイト》卿は強烈な吐き気と共にその嫌悪感を口から吐き出した。それはかつて訓練の中で師からみぞおちに殴打を食らった様な気分だ。
「風魔法も扱うか……」
「いや、それだけではないよ?」
 魔人が言うと、|鳶《カイト》卿の周囲に突然炎が発現され、|鳶《カイト》卿を取り囲む。焼けるような熱さに怯む|鳶《カイト》卿に向かって、もう一度魔人は風弾を放つ。物理的ダメージを与えるだけでなく、炎を纏った風弾は|鳶《カイト》卿のローブを焦がし、下に着ていた鎧を露出させた。
 成す術がない|鳶《カイト》卿はその剣を強く握りしめ、ローブを脱ぎ捨てる。背中に背負っていた魔封盾を投げ捨て、自らの魔力を高めていく。
 炎によって風が巻き上げられ、|鳶《カイト》卿の金髪が鮮やかに靡く。魔力によってその封を解かれたダインスレイフはその剣に込められた力によって周囲の血を求め、鼓動を刻む。
「日は陰り、夜は深い。だとしてももう俺の血は使わない。生憎、ここは戦場だ――」
 ダインスレイフを手にしたランスはそれを地面に突き立て、地に染み込んだ血をダインスレイフに吸わせていく。力を溜めたダインスレイフに自らの魔力を流し込み、闇の波動を周囲に放った。それによってランスを取り巻いていた炎は掻き消され、代わりに闇の炎が迸る。
 黒炎は対象を燃え尽くすまで消えない――。
「熱いっ! 熱い熱い熱いっ――」
 そう叫びながら魔人はローブを脱ぎ捨て、その黒炎からなんとか逃げ延びる。
「第一使徒に暗黒を纏う剣か……。さて面白くなってきた」
 魔人は自らの上着を脱ぎ棄て、その状態で魔力を高めていく。
「神を殺す力であれば、人なんて……」
 魔人の背中にあった小さな紋章はだんだんと大きくなっていき、その身体を埋め尽くしていく。それは獅子の紋。使徒を表す、鴉ノ王に見込まれた魔人の象徴。そしてその男の背には大きな黒い羽根が生えていく。
「ここでその力を使うかエイヴィ!」
 アスレハはエイヴィと呼んだ魔人を前に、自らの上着を脱ぎ捨てた。
「待てよアスレハ。久々の対魔人戦なんだ。俺にやらせてくれないか?」
「貴様の力でやれるというのか?」
「わからないさ。だが全力でやるのはアイツに禁止されてたからな。今日、この日まで」
「そうか、それなら」
 アスレハは脱ぎ捨てた上着を拾い上げ、灰色のローブを身に着け、一歩後ろに引いた。
「長い鍛錬で身に着けた技だ。俺だから、俺しかできない技だ。光と闇の双鳴! 太陽の女神よ、貴女の御業を今ここに!」
 覚醒状態にあるダインスレイフの上から、神授魔法である太陽の加護を重ねる。光の力を持つランスが闇の剣を振るう。太陽の光を宿したダインスレイフは聖剣のように魔を退けるだけではない。慈愛を以て闇を光の下へ受け入れる。
「これこそ|暗光剣《ダインスレイフ・ソル》。俺と同じ混じった剣だ」
 ランスは|暗光剣《ダインスレイフ・ソル》を振るい、周囲にまき散らされた血をダインスレイフに吸わせていく。
「なぜだ? 闇の剣であるはずのダインスレイフがなぜ光を!? なぜ、なぜなぜなぜぇ!」
 羽根を手に入れたエイヴィはその機動力を以てランスに肉薄し、鋭く伸びた爪を振り回すが、ランスはそれを|暗光剣《ダインスレイフ・ソル》で受け止め、今一度魔力の波動によってエイヴィを怯ませる。それによって生じた隙を見逃さず三連続の斬撃をエイヴィに放った。
 ただの剣であれば闇の魔力によって防御壁が施されたエイヴィの身体に傷をつけることは不可能であろうが、闇と光が介在している|暗光剣《ダインスレイフ・ソル》であれば、光によってその防御壁を中和し、闇によってダメージを与える。
 魔人は闇に弱かった。長らく人との戦いを続けた魔人は光に対する耐性が少なくともついていた。光への対策もだった。しかし味方であるはずの魔人の特徴である闇に対する耐性はゼロに等しかった。

「ぐぅ――。これが闇の痛みかぁ! 貴様が裏切らなければこんな痛みを受けなくて良かったというのに! アスレハぁ!」
 エイヴィは標的を変えアスレハの元へ肉薄するが、それをランスが許さない。|暗光剣《ダインスレイフ・ソル》によって放たれた殴打を受け止め、その力を自らの背後に受け流し、|暗光剣《ダインスレイフ・ソル》をエイヴィの左胸へと突き刺した。そして魔力を放つ。
 するとエイヴィの体が震え、口から血が噴き出る。
 光の魔法は体の内側を破壊する。表面を破壊するだけなら魔人の能力での回復も容易いだろう。しかし複雑な器官を兼ね揃えた体内の回復は困難だ。瞬時に回復とはいかない。
「まっ。死――」
「俺は五年もこの日を待ったんだ。師を殺され、愛する人とも引き裂かれた。貴様たちへの恨みは深いぞ」
 魔力を放つ。エイヴィが吐血する。
 それを行っているランスの目に光はなく、そこに宿るのは一片の曇りもない闇だった。魔力を放つ。魔力を放つ。魔力を放つ。
 既に死に絶えているエイヴィの身体に何度も何度も何度も、ランスは憎しみを込めた魔力を放った。



 元聖教都市にいた全ての魔人軍を狩り尽くしたランスこと|鳶《カイト》卿は全軍を、かつてアルマと戦った聖教騎士団訓練場に集め言った。
「俺たちの勝利だ。元聖教騎士団ランス=バルドは|超越種族《ヴィヨンド》|鳶《カイト》卿の名の元聖教都市ファリスの復興をここに宣言する。勝鬨を揚げろ!」
 |蜥蜴人《リザードマン》やゴブリンなど多種族である|超越種族《ヴィヨンド》の勝鬨は様々な声が入り混じる。しかし一人も欠けることなく行われる勝鬨は恐らくどの種族よりも大きく、誇り高いものであっただろう。



「聖教都市が落とされただと!?」
 冒険者のギルドマスターであり、今は魔人側人間種の指揮を任されているミレスは絶叫し、傭兵都市指揮室の机を殴りつけた。
「なぜだ! 人間種は王都に封じ込まれているのではないのか!? 人間種でなければどこのどいつが……」
 ミレスは静かに考えた後、「獣人種か……?」と声を漏らした。しかし聖教都市には、あと数日もすれば魔人大隊が到着するだろう。それならば今更反旗を翻した獣人種の殲滅なんて赤子の手をひねるより簡単なことだ。それならば今傭兵都市にある勢力で王都を攻め、制圧してしまえば自分の功績は大きなものとなる。あわよくば魔人軍将の地位さえもと思ったミレスはすぐさま軍の指揮を執る。

 傭兵都市には一人魔人軍将とはいかないまでも実力を持った魔人副将が駐屯していた。ミレスは彼らにも出陣の声を掛け、人間種領の制圧の準備を始める。



「エース将軍! 傭兵都市に駐屯している魔人軍がこちらへ進軍を始めました!」
「魔人大隊より先に傭兵都市の方から軍隊が現れた……!? いや、でもこれは不幸中の幸いかもしれない。多くの魔人がいる魔人大隊はまだしも、冒険者ばかりの軍隊であれば、私たちにも勝機は」
 そう言ったサリナはもう一度商業都市の地図を広げ、作戦を練り直す。
「トルム峠で迎え撃つのは止めにする。全戦力を以て商業都市で魔人軍を迎え撃つ! 恐らく敵軍の到着は一週間後。各員戦闘準備! ここで負けたら人間種は終わり。最初で最後の戦いを始める!」



 傭兵都市の軍隊が動き始めたという情報は|鴉《クロウ》卿の元にも届いていた。それを聞いた|鴉《クロウ》卿は全ての兵士に待機を命じて、一人自室に戻る。
「トルム峠での決戦か。バロン、エルノ、ナディア……。やはり俺のことを呼んでいるのかもしれないな」
 |鴉《クロウ》卿は自らの道化師の仮面を外し、単身商業都市を目指す。
「約束を果たす時だ――」

  • 最終更新:2019-05-20 00:03:49

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