狼の逆鱗に触れる者よ

エピソード一覧


前話


本編

 アルマは|門《ゲート》の外で、|紅砲剣《エクスタシス》をサイレンスへと変化させる。すぐさま地面へ寝転がったサイレンスに凭れかかりながら遅刻気味のサリナを待つ。

「お前意外とのんびりしてるよな」

 と、頭をゆっくり撫でながらアルマはそう呟く。サイレンスは少し耳を動かすが、気にせず眠り続けている。

「ごめん、遅れた遅れた」

 |門《ゲート》で出場手続きを取り、商業都市パレルから出るサリナの姿を見たアルマは、しゃんと立ちサイレンスを起こす。

 紫のローブに薄桃のケープを羽織り、煌々と煌めく紅い宝玉が先端についた杖。烈火の杖を背中に背負い、赤毛の髪を揺らしながら走ってくる姿にアルマはかつての友人を照らし合わせる。

「血か……」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「そう、じゃあ早速行くとしようか!」

 朝から頭に響く大声でサリナは言い、ファリスとは正反対の方向を指さした。

「違う、向こうだ」

 とサリナの腕の方向を訂正し、サイレンスの背中へと跨る。サリナはそのアルマの様子を戸惑ったように見つめている。

「どうした?」
「乗って良いの?」
「走ってついてくるか?」
「乗る」

 サリナは丁寧にブーツの汚れを落とした後、なんとかサイレンスの背中へと乗った。少しの時間丁度良い腰の位置を探し、その後アルマの腰へ手を回した。

「結構スピード出るからしっかり掴まってろよ?」
「う、うん」
「よしサイレンス。|二倍速《デュアルブースト》だ」

 契約獣には主の魔力を分け与えることで契約獣自体の身体能力を向上させることができた。魔力の譲渡、そこに目を付けたアルマは|大喰手《ビックイーター》の身体強化を利用することで変質した魔力をサイレンスに譲渡した。

 結果、鎌鼬であれば敏捷性が、|蜥蜴人《リザードマン》であれば筋力が、と平均的な能力の向上だけでなく、一つの能力のみを急激に向上させることができるということを発見した。

 そして|二倍速《デュアルブースト》は鎌鼬の身体強化を利用した魔力を流し込むことで、サイレンスを利用した長距離移動をより効果的に行うというアルマが編み出した|術《すべ》であった。

 アルマの言葉に応えるように唸ったサイレンスは数秒、風が止むのを待った後、風が止んだ瞬間その脚を踏み出した。
 
 一歩で数メートルを飛ぶように駆ける狼は、地上に白い閃光が迸るが如く。背後で絶叫するサリナがいなければその姿は一種の驚異的な自然現象として、語り継がれていたことだろう。



 草原を駆ける狼は、脅威の実力を持つ魔物であるのも確かだが、剣になるという性質上一定時間、所持者の元で安息を取る必要があった。

 しかし本来第一の目的地まで人の足でかなり掛かる道程を、数時間で半分ほどまで進めてしまったのだから、やはり実力はさすがと行ったところなのであろう。

 アルマはサイレンスにお礼を伝えた後、剣へと変化させ、サイレンスに休息をとらせた。



 日はだんだんと傾き始め、アルマはここで野宿をすることを伝える。アルマは目的地である傭兵都市まではあと数時間で着くはずであるが、サイレンスの休憩を考えると今日の道のりはここまでだ、と伝える。

「あれ? 目的地は聖教都市ファリスだよね?」

 サリナは率直な疑問の元、アルマに尋ねる。アルマはサリナを小馬鹿にした後、説明を始める。

「俺たちがいた商業都市パレスは人間種領最南端の都市だってのは知ってるな?」
「うん。そこから東にあるトルム峠を抜ければ王都グレイクに着くんだよね?」
「ああ、これから俺たちが向かう聖教都市ファリスってのは商業都市パレスからほぼ北に一直線に進んだところにある。|副担任《アイロス》が言ってたように聖教都市ファリスは対魔人都市だから、魔人種領の近場にないと意味がないだろう?」
「そっか、魔人種領ってこの大陸を南北に分けたうちの北側何だっけ?」
「そうだ。それで最北端と最南端の都市を直線で結び、その直線の中心の地点にある都市こそ、今向かっていた傭兵都市ドルエムだ。聖教都市に行くには傭兵都市を通っていくのが一番ってわけだ。わかるか?」

 サリナは少し頭を傾げながら「なんとなく」と呟いた。

「まあ道は間違えてないから安心しろ」
「そうね」

 と、言ってさっさと野宿の準備を始めるサリナを見て、野宿より道のりが気になったのかとアルマはサリナの精神の図太さに感心する。



 アルマはヴェルヌから貰った鞄からテントを取り出し、それを組み立てた。中には藁を敷き詰め、その上に布を敷く。これで簡易的な寝床の完成であった。しかし重要なのがここからである。

 テントから五十メートル離れたところで|蜥蜴人《リザードマン》の巣から採取した、尿と糞を混ぜたものをテントを中心とした円上に振りまいていく。

 そしてまたそこから百メートルほど離れたところで、森林蜜蜂の蜂蜜を振り撒く。これで大体の準備は完成だ。

 夜、寝ている時に恐ろしいのは夜盗と魔物。人を寄せ付けないために魔物呼びのための蜂蜜を振り撒き、その呼び寄せた魔物をテントへ寄せ付けないために|蜥蜴人《リザードマン》の糞尿によってテントの周囲を|蜥蜴人《リザードマン》の縄張りと勘違いさせる。

 この魔物の特性を利用した二段構えのバリケードはなかなかに有用性の高いものであり、アルマは毎度愛用していた。



「おかえり、アル。なにかあったの?」
「いや、まあ夜を寝やすくするための作業をな」

 サリナは自分で持ってきていたのであろう食料に手を付けながら話している。果物や弁当のようなものなど。

 明らかに長期遠征を想定できていない食料であり、アルマは保存食を多めに持ってきていて良かったと心の中で安堵した。
 それからというものの多少の雑談を交わし、アルマは焚火の手入れを、サリナは本を読み暇な時間を過ごしていた。

 そして夜の帳が落ちるとアルマは焚火を消し、二人はテントに入り、寝床についた。

 いざということも考えアルマは|紅魔眼《マジックセンス》を発現し、辺りの物音に警戒しつつ夜を過ごすことにする。

 いくつかの魔物の声で目を覚ましたこともあったが|蜥蜴人《リザードマン》の糞尿のおかげでテント近くまで魔物が寄って来ることはなく、安心した夜を過ごすことができたようだった。



「おはよう、アル」
「おはよう。眠れたか?」
「もうぐっすりよ。今日もバリバリ動けそう」

 こんな寝床で眠れたとはやはりサリナの精神力は凄まじいものだとアルマは驚いた。

「それならよかった。テントを解体したいから外に出ていてくれるか?」
「うん、わかった」

 そしてアルマは布や藁を片付け始める。事が急変したのはテントの骨組みを解体しようとした時であった。

「あ、アル!」

 そんなサリナの声が聞こえ、アルマはすぐさまテントの外に飛び出した。サリナの視線の先にいたのは数人の男達。魔物の毛皮を被り、少し錆が見える剣や斧など適当な装備を身に着けた男たちがテントの周囲を囲んでいた。

「ガキが二人……。こんなところでなにをしてるんだぁ?」

 一番身なりの良い装備をしている男が言う。

「盗賊か。出発早々運が悪いな……」
「よぉくわかってるじゃないか。クソガキ。今すぐ荷物とその女を置いて立ち去れば命は助けてやるぜぇ?」

 アルマはその男の言葉に呆れながら言う。

「盗賊ってのは皆その言葉を言うようにとでも言われているのか? 同じことばかり、どうせ何を応えても俺の命の保証はないんだろ――」

 瞬間、空を切る音が連続で辺りに響き渡る。身なりの良い盗賊は何の音か、すぐさま判断することはできないが、テントの布に穴が開き、その奥で人が倒れる音がしたことで何が起きたかに気付く。

 アルマの|投擲短剣《スローイングナイフ》は一人ではなく三人の男の命を奪い去っていた。七人いた男たちは既に四人へと数を減らし、身なりの良い男は驚きを隠せない。

「なっ。ガキの癖にいとも容易く殺人とは……。お前ら! やっちまえ!」
「おい、待てよ。気付いたことはそれだけか?」

 アルマは手を広げ、自分の姿を見せる。

「はったりか?」
「はったりなんかじゃねえよ。対象の観察。それが戦闘で一番大事なことだろうが」

 確かにアルマは|投擲短剣《スローイングナイフ》を投げる前と投げた後で変化があった。それは腰に差していた|紅砲剣《エクスタシス》。今のアルマの腰にはその|紅砲剣《エクスタシス》が差さっていない。

「ぎゃあ!」

 そんな叫び声が続けざまに三つ辺りに響き渡る。体躯を真っ黒に染めたサイレンスが三人の男の首を咥え、アルマの横に立つ。それを地面へ転がしたサイレンスの毛並みは、戦闘終了を認識したのかゆっくりと白い毛並みへと戻っていく。

「さあ、これで一対一だ。どうする? そうだ。お前の言葉をそのまま返そう。今すぐ荷物を置いて立ち去れば命は助けてやろう」
「ガキが馬鹿にしやがって!」

 最後の一人になった身なりの良い盗賊は斧と剣を引き抜き、アルマへと迫る。アルマは右手にトレンチナイフのみを装備し、男の斧を拳鍔で受け流す。そのまま短剣の峰で斧を弾き飛ばし、剣との鍔迫り合いに入る。

 もちろん身体強化を使っていないアルマの筋力は貧弱で、盗賊の剣に押されていく。金属同士がぶつかり合い火花を散らすが、それこそアルマの気分を高揚させる一片の欠片でしかなかった。

 アルマは|大喰手《ビックイーター》で|岩豚人《ロックトロール》の身体強化を発現し、筋力を上昇させる。

 見る見るうちに盗賊の剣は肩の方へと接近していき、剣の刃が盗賊の肩へと食い込んでいく。その瞬間から盗賊の力は急激に弱くなり、アルマの通常の筋力で抵抗できるほどになった。

「ぐ、ぐぅ。お、俺が悪かった。助けてくれ」

 肩から血を滲ませる盗賊はそんな情けない声を出すが、アルマにとってそんな言葉は届いていない。

「あの時、荷物を置いて立ち去っておけばよかったのになぁ!」

 一つ、何かが転がり落ちる音がその場に鳴り響いた。



 全てをただ眺めているだけであったサリナは、アルマが作り出した惨状を見て、その不快感を吐き出した。

 その姿を見たアルマはそっと近づき、背中を擦るが、突き飛ばされてしまったため、近くにヴェルヌから貰った水瓶を置き、盗賊たちの遺留品の回収を行う。

 錆びついた武器でも後で手入れをすれば売れそうなものをピックアップし、盗賊たちのアイデンを探し、それも拾う。

 もし、王都から賞金首として指名手配されていれば、報酬を得ることができる。

 アルマにとって盗賊の討伐は金稼ぎの一環であったのだが、サリナにはどうしても人の死が先行してしまう。それが十五歳の当然の反応であり、普通であった。

 それは自分を守ろうとしてとった行動だと、自分に言い聞かせようとするが、やはり頭に引っ掛かる。友人が躊躇なく人を殺めたということが。

 しかし、なるべくアルマに悟られない様、笑顔を作り、アルマの元へと駆け寄った。

「アルはやっぱり強いね」

 アルマの表情は険しく、サリナの作り笑いを見透かして告げる。

「サリナ、無理するな。人殺しを軽々とする奴を軽蔑するのは当然だ」
「え、いや、そんな……」
「きついなら今引き返しても良い」

 サリナの意思を無視してその瞳からは雫が溢れ出す。一筋だけではなく、何かが崩れ去った様にぽろぽろと、とめどなく。

 ――止まって、止まって、止まって。そんな風に思いたいわけじゃないのに。

 人の死体を目の前にした恐怖心からではない。アルマが殺人という行為を軽々とやってのけたことへの悲しみではない。

 親友であったはずのアルマに対してこんな感情を抱いてしまう、自分の心の醜さに。

 そんな自分がサリナは憎くて憎くて堪らなく涙を流した。

「ごめんな。俺にはお前を慰める権利はない。これが俺だ。軽口をたたいて、適当に金を稼いで、何も思わず人を殺して。受け入れろとは言わない。だがお前がそれを気に入らないというなら付き合わなくたっていいんだ。冷たいことを言うが、俺がここにいるのはお前が誘ったからだ。お前が必要としないなら今すぐに商業都市へ送り返して、俺はまた戻るよ」

 学園に入学したのもサリナがアルマの家の扉をノックしたからだった。アルマがまた人と関わるようになったきっかけはサリナだった。その人が気に入らないのなら消える。筋は通っているが理不尽。

 しかしアルマにとって人間関係はそれほどに息苦しく、やり辛く、触れたくないものであった。



 サリナは一度自分を落ち着けるために、深呼吸をして何とか言葉を口に出す。

「私が必要とするなら、まだついてきてくれるってことでしょ?」

 アルマはその言葉に少し微笑み、応える。

「そうとるか。まあそういうことにもなる」

 ――どんなことをしてもアルはアル。強くなるために来たんだから、私もアルみたいに強くならなきゃ。

「どうせ人の関係なんてすぐ終わるもんだ。俺のことなんて傭兵かなんかだと思ってればいいんだよ」
「まあそんな風には思えないけど、ありがと」

 サリナは不器用ながらも自分を見守ってくれているアルマに父親の姿を重ねていた。サリナ自身それがアルマを男性として見ていないということになってしまっているが、やはりアルマのことは好きであった。

 アルマはサリナに対し、人と関わるきっかけをくれた人として感謝の気持ちを抱いていたが、アルマもそれをサリナに伝えようとはしなかった。

 深い関わりを持てば、またあの時のようなことになった時、辛くなってしまうから。



 それから、血のついてしまったいくつかの装備を濡れた布巾で適当に整えた後、再度サイレンスへと跨り傭兵都市へ向かう。
 
 街道を走って行けばだんだんと馬車が多くなってくる。当然それと同時に人の目が増えるため、アルマ達は目立つ前にサイレンスから降り、サイレンスを|紅砲剣《エクスタシス》へと変化させ、傭兵都市への街道を歩いた。

 馬車の乗り手も商業都市とは違い、全体的に汚い身なりをしている者が多く、ほぼ全員が先ほど戦った身なりの良かった盗賊のような恰好をしていた。見た目より武装に重きを置いた装備。そう、ここが傭兵都市ドルエム。荒くれ者と傭兵と冒険者と、血生臭い戦いに生涯を投じることを決めた者たちの街。

「相変わらずきたねえ街だ」
「なんか変な匂いがする……」

 街に入れば商業都市との差を克明に感じることができた。見た目もそうであるのだが、特に感じるのは匂いであった。そこかしこの家々にアルコールと油が染みついたような匂いが街中に漂っていた。

 最初の内はサリナも気分が悪いと言い、口元を抑えながら街を歩いていた。

「仕方ねえよ。ここに住み着いてるのは商人や貴族とは程遠い傭兵だ。家だの庭だの美しさってもんに興味がある奴は皆無だろうよ」
「そうなんだ」

 しかしやはり新しい街だから気分が高揚しているのかサリナは道を知っているアルマより先に道を歩いた。



 サリナの要望で一番高い――商業都市の一番安い宿より質の悪い――宿に部屋をを取り、ある程度の荷物を置いて街に出た。
 遠出なのだから金を無駄に使えないと言って、サリナは同じ部屋に泊まることを望んだが、少なからず高い宿を頼みながら、その要望はどうかと頭を傾げるアルマであった。

 そんな宿でもやはり、どこか汚い。
 どこもかしこも荒っぽさが滲み出ている建物はアルマの神経を少しずつすり減らしていく。

 傭兵都市についたのはまた日が傾き始めた時であり、アルマ達は夕飯を摂るため傭兵都市最大の酒場ダイスダイスへと足を運ぶ。

 昔、仕事の後、仲間たちと必ず足を運んでいたダイスダイス。汗水たらしてきた男たちに向けた脂っこいジャンキーな飯にアルコール度数の高い酒を、比較的安い値段で提供してくれる良い店であった。

 それもここの店は、食事をとりながら賭け事ができるという、画期的な店でもあり、店の収入は食事より、ギャンブルの方が多かった。

 金具が錆びつき酷い音を鳴らすスイングドアを抜け、マスターがいるカウンター席へと向かい、席に座りつつアルマはマスターに皮肉を投げかけた。

「相変わらずきたねえ店だな。マスター」
「ん? おお! アルマ、久しぶりじゃねえか」

 マスターは洗っていた木組みのコップを置き、アルマの顔を見た。マスターは笑顔でアルマ達を歓迎しているが、周囲の冒険者たちの表情は一変する。

「おい、聞いたか。アルマってあの――」
「黒ローブに短剣、――のレイヴンだ」
「おい、あいつら呼んで来い、レイヴンがいるって――」

「マスター今日は、ラッキーセブンを頼みに来たんだ」
「久しぶりかと思ったらいきなりラッキーセブンか。相変わらず面白れえ奴だ。絶対にやめた方がいいと思うが、男の言葉は曲げねえよな? 手順通りにやらせてもらうぞ?」
「ああ、もちろん」

 すると、マスターは後ろの酒棚を叩き、スタッフを呼び集める。

「ラッキーセブンの注文だ! 知ってるだろうが、決まりだ。ここでラッキーセブンの説明と行こう。これから出される七つの酒は大男でもぶっ倒れちまうめっちゃ強力な酒だ。それをこのラッキーセブン特製ジョッキに入れ、一気に七つ飲み干すことができれば未来永劫この店で食べた食事のお代は全部タダ! 酒も飲めて飯も食べれて一石二鳥! しかし飲み切ることができなければ今日の店の負け分全て支払ってもらうぜぇ。今日の負け分は十五万と七千リル!」

 マスターはアルマの前に、七つの――普通のジョッキの三つから五つ分くらいの容量がある――ジョッキを置き、そこに様々な酒を注いでいく。

 その様子を見ていたサリナは不安な面持ちでアルマに尋ねる。

「十五万リル……。アル、今日そんなに持ってきてるの?」

 アルマはその質問に対して、間も開けずに返す。

「持ってきてるわけないだろう」
「え、大丈夫なんだよね?」
「問題ない」

 アルマのその確かな眼差しに、アルマは今までだって何度も想像もできない困難を潜り抜けた実績があることを思い出し、サリナはアルマを信じることにした。

 そしてアルマは一つのジョッキを手に取り、一口飲んでみる。鼻に抜けるアルコールの香りはすさまじい勢いで鼻腔を侵していく。味覚と嗅覚を同時にアルコールで侵されていく感覚は、それこそ頭から落雷を食らったように、全身にかけてじりじりと灼けるような痛みを齎していく。その一口で、思考が停止しかけ、目の前に並ぶコップは全て毒物の入った飲み物に見えるほど。

「アル、大丈夫?」
「も……問題ない」

 その様子を見たマスターは高笑いをし、アルマに降参を勧める。

「やっぱり言った通りじゃないか。もうやめたっていいんだぜ? 金はこの都市で稼げばいいんだからなあ!」

 しかし、何も考え無しで行動するアルマ=レイヴンではない。少しの間、酒を見つめた後、もう一度ジョッキを手に取り、それを数秒もしないうちに飲み干して見せた。それを皮切りにアルマは連続して六杯、全ての酒を飲み干してしまう。その一連の流れを見ていたマスターは文字通り自分の目を疑った。

「さあ、これでラッキーセブンクリアだろ?」

 マスターは目の前で起きた事実に圧倒され、まともに受け応えができなかった。それを見兼ねたアルマは一つの卓に座り、他のウエイターに注文を頼んだ。

「アルなにか|特殊技能《スキル》を使ったんだよね?」

 サリナは不思議そうにアルマの口元を見つめながらそう呟いた。もちろんそうであった。アルマの年齢は十五。

 今年で成人として認められ、酒を飲み始めたばかりの人間にあれほどの量を難なく飲めるなんてことはなかった。そこでアルマは|大喰手《ビックイーター》を利用した。

「サリナには言ったことあるよな? 魔物の特徴を複製する能力。そのうちのスライムの消化器官を強化する能力によってアルコールに耐性を付けたんだ」

 サリナは出てくる料理に目を奪われ、ほとんどアルマの話を聞いていなかった。

 それもそうだろう。商業都市で出る料理は繊細な料理で、作法なども口うるさく言われながら食べるものが多かった。しかしここで出される料理は、食材なんてだいたいのものは油で揚げてしまえば美味くなると考えているような者たちが作った料理であるため、作法もへったくれもなく、この大雑把さが商業都市出身のお嬢様には輝いて見えたのだろう。

 並んでいる料理は|鳥獣類の皮の唐揚げ《トリカワノカラアゲ》に、|鳥獣類の翼焼き《テバサキ》、|小型水棲甲殻類の唐揚げ《カワエビノカラアゲ》、|獣類の内臓煮込み《モツニコミ》、そこに申し訳程度のパンとバターが並んでいた。

 他にも|獣類の炙り焼き《ローストミート》など様々な料理が並んでいたが、サリナの目には揚げ物系が常に映っており、それらの料理の減りが早かった。

「はぁ、おいしかった」

 サリナは丸々と大きくしたお腹を擦りながら、そう言葉を吐き出した。かなりの量があったと思うのだが、二人はそれを全て食べ尽くして見せた。それに驚いているのは店の者たちもそうなのだが、一番驚いていたのは隣で見ていたアルマであり、そのリアクションをしていることから察せられるように大食いなのはサリナであった。

「ラッキーセブンの制覇者でありますのでお代は頂きません。またのご来店お待ちしております」

 店員のその言葉に、アルマは一つ相槌をして店を出た。



 店を出たアルマ達は周囲の異変に気付いた。それも出た直後、すぐに。
 なぜなら、多くの冒険者がダイスダイスの入り口を囲うように集まっていたからであった。

「なんだか、見たことある光景だな」

 サリナはアルマの後ろに隠れるように移動し、右腕の袖を不安そうに握った。

 ――おい、でてきたぞ。本当にレイヴンだ。
 ――アルマ=レイヴン……。
 ――仲間殺しのレイヴンだ。

 その最後の言葉を聞いた瞬間、周囲に熱が伝わるかと思われるほど強く激昂した。

「今、言った奴前に出ろ!」

 そう叫んだアルマの言葉には魔力が込められており、|圧力《プレッシャー》を周囲にはなっている。その勢いに周囲の冒険者は一瞬怯むが、その集団の中から一人、男が現れる。

 竜の逆鱗に触れた男、それこそ面白半分、ふざけ半分で発言した大した男ではなかったのだが、アルマの激昂具合と|圧力《プレッシャー》で怯んでしまったことに対する怒りでその姿を現した。無様な姿でさらされることになるとは知らずに。

「アル、なに? 知り合い?」
「いや、自分が弱いことに目を瞑り、同じような奴等と集まって強くなった気でいるくそ野郎どもだ」

 男はその言葉に怒りを露にして返す。自分より一回りも下の少年に対して。

「おいおい、この街から逃げて行った奴がなに大きなこと言ってやがる? その隣にいる女は娼婦か何かだろう? 仲間なんて言わねえよな? 仲間殺しの――」

 男が全てを言い切る前にアルマは男の首を鷲掴み、男の体を持ち上げていた。男は苦しそうにもがきながら、アルマの手を引き剥がそうとするが、男を持ち上げているのは左腕。|人間《・・》の力でどうにかできる代物ではない。

「言っていいことと悪いことがある。これは俺に対してじゃねえぞ」

 そしてアルマはその男の顔を地面に叩きつける。布が翻るように地面に落ちた男は今相手にしている少年の力の強さに怒りで気づかない。しかし確かに周囲はアルマの人ではありえないような力に気付いていた。

 かつて都市最強と謳われたパーティのリーダーは如何にしてこれほどの力を身に着けたのか。その状況を見ていた者たちは皆、それについて考えてしまう。

 男は咳き込んだ後、アルマに襲い掛かる。

「調子に乗りやがって、殺してやる!」

 腰に差していた直剣を引き抜き、間合いを取る。

「それは決闘の申し出として受け取ってよいのか?」

 この都市では冒険者同士の殺し合いが合法であった。しかしそれはある条件下での話であり、それが決闘。双方が決闘の申し出を承知していた場合、殺人が許される。それと共に負けた方の遺品は全て勝者に所有権が移るという特典付きで。

「てめえの命もろとも根こそぎ奪い取ってやる!」
「弱者は敵の力を測ることすらできない」

 アルマの頭の中ではあの学園で入った時に行われた模擬試験でのイギルの姿が浮かんでいた。相手の力を測ることもせず、醜態を晒したイギルの姿が。

 しかしその時とは絶対的に違うことがある。それはアルマの怒りであり憎しみ。それが自分を馬鹿にされたからか、|仲間《サリナ》を穢されたからか、この時のアルマにもわからないだろう。



 それら多くのことが瞬時のうちにアルマの頭を駆け巡るが、結果はかつてのそれと同じであった。

 凍った様に止まったかと思えた空気は男の剣が地に落ちる音と、なにか水が吹き上げるような音で動き出す。

 アルマの拳は男の剣をへし折り、男の顔の中心を捉え、打ち抜かれていた。それは文字通りであり、男の肉体はその耐えきれない過重を、男の頭を胴体から切り離すという手段で解決して見せた。

 それを解決と表現していいものかと言えば不明ではあるが、男の体がアルマの力に耐えきれなかったのは確かである。

 男の頭は、その男の後方でいざこざを見ていた別の冒険者の足元に転がっており、命令器官を失った体は血を切断部から噴き出しながらアルマの足元へと倒れこむ。

「こいつの物なんていらねえ」

 アルマは頭の無い死体を頭の元へと蹴り飛ばした後、返り血を隠すようにフードを被り、その場を後にする。



 サリナが後を追えたのはそれから数分後のことであった。

次話


コメントを投稿するには画像の文字を半角数字で入力してください。


画像認証

  • 最終更新:2020-04-16 01:09:30

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード