狼は岩に刺さった聖剣か

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本編

 狼の迷宮五階層。四階層も魔物はほとんど変わらず目的はなかったので素通りし、五階層へと向かう。

 アルマは五階層にいる魔物の種類を確認する。三階層から引き続きいる|白狼《ホワイトウルフ》。その|白狼《ホワイトウルフ》の上位種に当たる|双頭狼《オルトロス》。火、風、水の基本魔法を扱うピクシーの三種類だ。

 |双頭狼《オルトロス》は二つの頭を持ち合わせたことにより、通常の二倍の思考能力、二倍の思考速度を有しているだけでなく、牙という獣たる武器を通常の二倍有している強力な魔物だった。

「基本的に前衛として向かってくるのは|白狼《ホワイトウルフ》、|双頭狼《オルトロス》だ。その後ろからピクシーが魔法支援してくるということになる。全て俺が何とかするがここまで来るとかなりキツい。あ、いやお前らがいるとって話ね」
「もう、ふざけてないでちゃんと説明してよっ」
「わかったわかった。そんなキーキーするなって。まあそう言うことだからイギル。お前はサリナの盾だ。俺がお前らから離れるとき相手の支援攻撃からサリナを全力で守れ。サリナはいつも通りで頼む」
「うん、わかった」
「盾だな。全力でやるよ」
「よし。じゃあ最後に。死ぬなよ?」
「うん!」
「おう!」

 アルマは新たな魔力を有している|双頭狼《オルトロス》に向かって風刃を飛ばす。こちらに気付いた|双頭狼《オルトロス》は異様な速さでこちらに駆けてくる。案の定、バックにはピクシーが。

「イギルは結界! サリナはピクシーを優先!」
「はい!」
「わかった!」

「水よ、悪しき流れから我を守り給え!」

 イギルによる水の結界を確認した後、アルマはトレンチナイフを引き抜き、|双頭狼《オルトロス》へ肉薄する。トレンチナイフを片方の頭に噛ませ、すぐさまナイフを噛ませていない方の頭を|岩豚人《ロックトロール》の身体強化を使いつつぶん殴る。

 |双頭狼《オルトロス》は片方の頭の痛みを感じ右側の頭の行動が遅れるがそんな多くの余裕はない。アルマの首を狙ってきたので一旦後ろに引き態勢を整える。

 右側の頭は顎が外れ、使い物にならなくなっている。こうなれば一匹の狼と一緒だ、と思ったその瞬間目の前に大きな水の弾が現れた。

「炎よ、無数の火の粉を舞い散らせ!」

 それをすぐさま避けようとした瞬間、その水の弾は目の前で蒸気となり消え去る。サリナの炎魔法が間一髪ピクシーの魔法を相殺したらしかった。

「サリナ支援遅い! 気ぃ締めろ!」
「ごめん!」

 アルマは|双頭狼《オルトロス》の目の前に特大の風刃を放ち、砂煙を焚く。そして。

「二人とも耳を塞げ!」

 特大の大地斬と共に魔力振動を発し、一種の超音波のようなものを発生させる。空気が歪んだように錯覚する程の音は周囲で狩りを行っていた生徒にも影響を与える。

 それほどの威力であったため、目の前にいた二匹は耳から血を吹き出す。案の定ぐったりと横たわる二匹がおり、アルマは先に|双頭狼《オルトロス》に止めを刺し、ピクシーも左手で魔力を吸い取った後、止めを刺した。

「連携だとやっぱ調子が崩れるな」

 アルマは砂塵によって汚れたローブを叩きながら呟く。

「アル、大丈夫だった?」

 それを見ながらサリナが問う。

「問題ない。でも次はもうちょい速めで頼む。お前は直接敵を狙ってもいい」
「わかった!」
「イギルはあれでいい」
「おう!」



「すげえ! こんな武器初めて見た!」

 イギルは刃に複雑な文様が描かれた大斧を掲げ喜んでいる。これこそ|迷宮《ダンジョン》の魔物が稀に落とす武器晶石から作り出された武具、|岩豚人《ロックトロール》の大地斧。

 装備魔法を発現することで|岩豚人《ロックトロール》の固有魔法である大地斬を放てるようだ。

 持ち手は長く刃も大きい、両刃斧と呼ばれるタイプの斧であるため斧を好んで使うものにしか扱うのは難しいだろう。それを横目で見ていたサリナが自分の装備を自慢げにイギルに見せる。

「私のだって、見てこの短剣。こんな形見たことないよね!」

 黒い宝玉に柄がついており、湾曲した爪のような刃の短剣。これがピクシーの武器晶石から作り出された装備、黒爪。

 魔法系には必須のサブウエポンになる武器だ。装備魔法を発現することで、黒霧を前方に発生させる。ピクシーの固有魔法である毒霧とは違い毒の効果はないが相手の視界を遮るということで魔法の詠唱の手助けとなるだろう。

 アルマは|双頭狼《オルトロス》から銀の短剣の代わりとして扱えそうな両方に刃がついている短剣。

 銀双剣を獲得した。刃が長めの法を逆手にし、装備する。装備魔法は雷の魔法強化であった。やはり帯電というところで通じるものがあるのだろう。

「よし、目的は果たしたしそろそろ帰るとするか」
「うん」
「ああ」

 全員にあった武器晶石を回収するという目的を達成した、アルマたちは新しい武器を装備した後、四階層への階段へ向かった。魔晶石の袋もいっぱいになったため稼ぎも十分だった。

 しかしアルマたちが階段を昇ろうとした瞬間、背後の六階層への階段から異様、いや異常と言える魔力の圧力が伝わってきた。|紅魔眼《マジックセンス》での視界がくらむ程の膨大な魔力が。

 空気が一瞬にして凍り付き、その氷が気管全てを凍て尽したような感覚に陥る程。
「おい、お前ら二人は先に先生のところに戻ってろ」

 二人もその異様な雰囲気を察していたようで、アルマを一人にして帰るのを頑なに拒んでいる。

「また一人でやるの?」

 サリナが不安な面持ちで聞いてくる。

「いやこの状況だしな。俺が時間を稼ぐ形になるだろう」
「どういうことだよ。俺たちはパーティだろ?」
「いや俺の足枷だ」

 その言葉にイギルは今までとは違う態度を示す。

「ふざけんな! ここまで来て何言ってやがる!」

 イギルがここに初めてアルマに食って掛かってきたが、イギルのその態度にアルマはムカつきイギルのことをきつく睨みつける。

「てめえが死のうが俺には関係ねえ。だがな俺とパーティ組んでるときには死ぬのは許さねえ。俺の経歴に傷がつくからな」

 イギルはそのままアルマの胸元を掴み、今にも殴りかかってきそうな勢いで言う。

「おい、ここまで来てそんなこと抜かしてんのか!?」
「たかが闘技区五階層を一緒に攻略しただけで、仲間になったつもりか?」
「ぐっ……」

 その言葉にイギルは何も言い返すことはできない。一応、ぐうの音は出たようだが、それ以降何かをしようということはなかった。

「サリナは下がってろ」
「う、うん……」

 アルマは一人、その異様な圧力が来る方を見た。

「竜か? それとも迷宮主のお出ましか?」

 アルマはこの状況だからこそ皮肉を言って、この空気を払拭しようとしたが未だ続く圧力に対し、恐怖心が無くなることはない。

 しかしアルマは知っていた。|迷宮《ダンジョン》の構造上、階段に見えるあれも転移の魔法と光の幻視の魔法を掛け合わせた人が作り出した移動手段に過ぎない。本来魔物が階層を移動することは絶対にないと。

 なら、この|圧力《プレッシャー》は何か。

 アルマにとってもこれほどに大きな|圧力《プレッシャー》は初めてであった。実戦慣れしてきたアルマでさえ、鳥肌が立っている。周囲にいたクラスメイト達は|圧力《プレッシャー》に押しつぶされ、その行動は赤ん坊のそれと変わらない。仕方ない、仕方ないのだ。数か月前にやっと初めて魔物と対峙したような者たちが出会っていいレベルの圧力の強さではない。

 全てにおいて規格外。それが|圧力《プレッシャー》の主。



 アルマは手汗で塗れた手で、メイン武器である銀の短剣を握りしめ、|紅魔眼《マジックセンス》を発現し、その先を見据える。

 本来魔力を見る|紅魔眼《マジックセンス》に魔素が反応しているのは、何かの多すぎる魔力が周囲の魔素に影響を及ぼしているからだろう。

 時間が経つにつれ見える魔素は濃くなっていき、何かが近づいてきているのを察する。

 そしてその|圧力《プレッシャー》の主、黒き狼は姿を現した。

 三メートルはあるかと思われる体躯は豪快で、殴られたら一溜まりもないであろう筋が浮き出ている筋肉。

 短剣のように鋭く太い爪がその棍棒のような腕の先についている。風のほとんどないこの中で綺麗な黒の毛が靡いているのは強すぎる魔力が風となって毛を靡かせているのだろう。

「アルマ君!」

 息切れ気味にアルマに駆け寄ってきた少女は、あのゴブリンの村で長時間結界を張り続けていたセラであった。

「今忙しいんだ。後にしてくれないか?」
「それが――! 大変なの!」

 必死さを一番に感じ取ったサリナがセラの肩を支えるようにして掴み、尋ねる。息を整えたセラは今アルマたちの現状を克明に説明せずとも明らかにして見せた。

「四階層への階段が無くなってるの……」
「な!? それはやべえな……」

 アルマはこの現状を見てその声を漏らす。
 異常、災害とも呼べるような強大な敵が目の前にいる状況で逃げ道がない。学園の多くの者がここにいるのもそうだが、ここには自分のパーティメンバーがいる。あの魔物を倒せなければ誰かが死ぬことになるかもしれない。

「だけど、このくらいのプレッシャーが心地良いってやつだ」

 アルマが一歩前に出ると、セラのパーティメンバーである勇者ロードはサリナの方に文句を付ける。

「本当にアルマ一人に任せていいのか!? アルマのパーティメンバーなんだろ!?」
「あなたにアルマの何がわかるって言うの? アルマの実力の上ではここにいる人の誰が助太刀をしても邪魔になるだけ。アルマが一人でやるって言ってるからいいの」

 そう告げるサリナの瞳に光はなく、ロードもその深い不安を感じ取った。

「あれは|血狼《ブラッディウルフ》だ! 下層も下層、迷宮区の最深で出るような魔物だ! それをあいつ一人で倒せるはずがない! 前まで魔法が使えないって言っていたのに!」

 そう喚くロードの頬を鋭いイギルの鉄拳が突き刺さる。

「うるせえよ。ゴブリンの村でただ気絶してたくせに。俺たちは素性も知らないあいつの力を信じるしかねえんだ」

 ロードはその言葉に今までの威勢を失い、イギルの立ち位置から一歩後ろへ下がった。

 そのイギルの様子を見たアルマは少なくとも悪い気はせず、にやりと口角を挙げる。



 狼はアルマの存在に気付くが、未だゆっくりと歩いている。アルマは鎌鼬の身体強化を使い、狼の元へ走る。敵対心剥き出しの奴が向かってきているというのに、狼は未だ歩き続けている。

「そっちがその気なら先手は頂く」

 鎌鼬の刃を発現し、風刃を前足、頭、そして足元へと放ち、砂塵を焚く。この程度の魔法がこいつに効くとは思っていなかった。それはこの道中で新たに開発した大喰魔術、それを叩き込んでやるための布石。

「大喰魔術弐型。|竜ノ雷槌《ドラゴライトニング》」

 |白狼《ホワイトウルフ》の身体強化により、筋力と敏捷を大幅に上昇させつつ、帯電を行い、左腕に先日手に入れた|蜥蜴人《リザードマン》の魔力から得た腕を発現し、指を閉じて貫手の構えを取る。

 そして狼へ肉薄し放つ。雷の速度を持った鉄の短剣を軽くへし折る腕と爪により放たれる最高の貫手。

 それは狼の体を通り抜けるが手ごたえはない。

 狼は影のように、靄のように歪み、ゆっくりとその姿を消し去った。

「幻影……?」

 狼はアルマの真後ろにいた。気付くにはそれほど時間は掛からなかったが、動きを予測されたという衝撃に体が、思考が追いつかず、それこそ思考回路がショートしたように状況を理解することができなかった。

 狼はゆっくりとその手を振り上げ、それをアルマに振るった。異様な重さを脇腹に感じた瞬間、頭が吹き飛ぶではという程の速さでふっ飛ばされ、岩壁に激突する。

 意識が朦朧とする中、短剣で自分の手を切りつけることで意識を取り戻す。

「なめやがって……」

 狼の今の力を見る限り、本当であれば今の一撃でアルマを殺せたのであろう。しかし狼はアルマを殺さなかった。アルマとの戦いをただの遊びだと思っているのだろう。

「俺を今殺さなかったことを後悔させてやる」

 泥弾を無数に飛ばし、狼の視界を奪おうとする。それを悠々と避ける狼。
 しかし狼の左わき腹に大きく裂傷が浮かび上がる。目を見開き驚いた表情をする狼はそのまま牙を剥きだし、アルマを威嚇する。

「やっと俺を敵と認識したか……」

 敵の行動予測ということは奴にも魔力が見えている可能性が高い。

 それならば目に見える泥弾の合間に、風刃を忍ばせれば泥弾の魔力に邪魔をされ風刃は見えないはずだ。そしてアルマのその予想は大当たり。

 血が滴り落ちる姿はやっと対等で、アルマはその姿に勝機を見いだす。

 狼はこちらに走ってきてアルマに噛み付こうとするが、アルマは瞬時に|蜥蜴人《リザードマン》の腕を発現し、|鱗鎧《スケイルメイル》を発現する。

 防御に他の魔物特性を掛け合わせることのできる|鱗鎧《スケイルメイル》は、その腕にびっしりと生えた鱗がより大きくなり、各々が魔力の膜を張る。
 そして風刃を織り交ぜた|鱗鎧《スケイルメイル》は、狼の攻撃を反射し、右前脚に大きな裂傷を生み出した。

 狼は前足を傷つけたことで体勢を崩す。それを見逃さず|岩豚人《ロックトロール》の斧を発現し、大地斬を放つことで狼の周囲を岩で囲い、逃げ場を無くす。

 立て続けに脳天目掛け、斧を振り下ろす。しかし狼は体を回転させ、後ろ蹴りを放ちアルマの腕を蹴り飛ばすことでその攻撃を防ぐ。

 岩の腕でなければ粉々になっていただろう圧力が左腕に掛かる。そして狼は鋭利な岩の地面から抜け出し、身体の周りに漂う魔素を吸収し始める。

「させるかよ!」

 アルマは狼の周り毒霧を放った後、風刃を放つ。アルマが一瞬気を抜いた瞬間、奴の周囲には深い紫色の槍のようなモノが多く宙に浮き、並んでいた。

 そしてそれをアルマに向かって放つ。|紅魔眼《マジックセンス》で弾道を予測し、一本目を側転で避ける。二本目を回転しつつ避けるが服を破かれる。三本目はアルマの腹部の中心を鮮やかにとらえたのだった。

「アルマ!」
「アルマ君!」

 イギルとセラが同時に叫び、アルマの元に駆け寄ろうとするがサリナがそれを止めた。

「大丈夫、アルなら」

 アルマは周りの砂塵を振り払い、ゆっくりと歩く。敗れた服からは岩が垣間見えている。

「あぶねえ、人間てのは凄いもんだな」



 この瞬間だった。アルマがこの能力のせいで人の道を外れていく未来が始まったのは。



 生物から手に入れ体内に別の魔力として存在させ続けていた『独立生物魔力』の自由な操作を可能にし、今まで左手のみの発現であった能力を身体のあらゆる部位から発現できるようになった。

 いや、本来この能力の真髄はここにあるかもしれない。それほどの劇的な進化であった。

 そしてアルマはもう一度、狼の元へと走る。早く、速く、疾く。

 鎌鼬の身体強化を使い、狼へ肉薄し、|岩豚人《ロックトロール》を発現し狼の顔をぶん殴る。それは牙に防がれるが、アルマはその勢いのまま鎌鼬の刃を発現させた足を振り上げ、斬撃を狙う。鎌鼬の刃はアルマのブーツを貫き、狼の右わき腹に突き刺さる。

 しかし狼は魔力の波動によって、一瞬アルマの蹴りの勢いを殺したらしく、かすり傷程度にしかならない。

 アルマはその足の引っ掛かりを利用してもう一度体を回転させ、もう一本の足で踵落としを行う。踵には岩鬼の斧を発現し、それを華麗に狼の背骨へ叩き込む。

 なにかが砕け散るような、そう閉ざされていた窓をたたき割るようなそんな音。それが辺りに鳴り響いた時、憎悪とも取れた狼の魔力の波動は温かな力として、アルマの体の中へと入り込んでくる。

 毒素を抜いていくように、狼の毛はその魔力を放つごとに白くなっていく。その全ての毛が美しい雪原の大地のような白銀を見せる頃には、アルマの傷は全て癒えており、驚くことにブーツやズボンなどの装備の損傷も全て治っていた。

 そして狼はその矛を収め、アルマの横へと座り込む。狼の額にはアルマの左手と同じ魔方陣が浮かび上がっている。

 その魔方陣は少しの間狼の元で佇んだ後、粒子のように変わり、空気へと消えていった。

 これこそ人間と魔物との主と従の契約完了の証。本来は魔物の魔力を自らの魔力で凌駕し、その敵意の波を抑えることが契約、契約魔法の条件であるのだが、アルマと狼の場合は違った。

 異常、狼の登場と言い、手のひら返しと言い、その言葉が一番合うであろう結果であった。

「アル! あの戦いの間に契約を行うなんて凄いじゃん!」

 サリナが嬉しそうに駆け寄り、近づいてくる。周りから見たらアルマが戦闘を行いながら、契約を行っていたように見えたらしい。そのためか周囲の反応は、称賛の嵐であった。

「しかし毛の色が変わる狼なんて、なにかの魔物の亜種なのか?」

 ロードが不思議そうに狼の白い毛並みを言いながらそう漏らす。言われてみればそうだ。血を浴びたような黒い毛をしていたというのに、この姿では体が大きい|白狼《ホワイトウルフ》だ。

「契約獣の詳細はアイデンを見ればわかるんじゃなかった?」

 サリナがそう言ったため、アルマはアイデンを取り出し確認する。するとそこに、この魔物の名前が記されていた。

 |剣狼《ソードウルフ》。見たことも聞いたこともない名前だった。またその狼は所謂|名付き魔物《ネームド》でサイレンスという名前がついていた。その魔物についてを周りの奴等に聞いてみるが誰一人その名を知る者はいなかった。

 またその名前の由来として考えられる、契約者との魔力の共鳴により姿を変化させるというのも聞いたことのない特徴の一つであった。

「新種っぽいな……」

 アルマは周囲にいる人間が、ロードを除き、信頼できる者だと思い、そう声を漏らした。もちろん周囲が見せるのは驚きの反応。

「入り口が閉じて好都合だ。この姿で連れ歩いたら下手なパニックを生むだろうから」

 と言ってアルマは|剣狼《ソードウルフ》と魔力共鳴を行い、|剣狼《ソードウルフ》の姿を変える。その姿は赤い柄に鈍色に輝く二又の刃を持つ剣であった。柄には狼の紋章が描かれたこの剣は|紅砲剣《エクスタシス》と名付けられていた。

「銃剣『紅砲剣』。陶酔の剣……」

 それらを見ていたサリナやイギル、ロードなど皆言葉が出ない。
 アルマはその剣を腰に差し、五階層入り口がどうなっているか確認に向かうことにした。その淡々とした行動にやっとイギルが口を開く。

「待て待て待て! お前のそのリアクションは絶対におかしいって。なんだよ、それについて教えてくれよ。みんなそう思ってるって!」
「剣になる狼らしい。その剣は剣としてだけじゃなくて魔弾も撃てるみたいだ」

 と言って、アルマは紅砲剣に魔力を流し込む。すると二又に別れている刃の間に黒い魔力が溜まり、アルマの意思でそれを射出するとダンジョンの岩壁が抉れて見せた。

「このくらいだな」
「このくらい!? このくらいだって!? それがどれだけの価値がある物かわかってんのか!?」
「今日だってちゃんと稼いださ。ただこんなものだから大事にされたくないだけだ」

 と、アルマが言うとイギルは気付いたように声を小さくするが、アルマは心の中でもう手遅れだと告げる。

「まあ、この威力だ。階段だって転移陣で繋がってないにしても、上に掘り続けたら何とかなるんじゃないか?」
「普通の奴がそう言うと信用ならんが、お前が言うと出来そうに感じちまうのが嫌な感じだよ」

 サリナやセラも苦笑という形でイギルのその言葉に賛同する。それこそ皆が呆然としている中、アルマは五階層階段へと向かい周囲を確認した。

 やはり崩れているのは転移陣が破壊されたためであったのだが、アルマはこの時、この瞬間をとても後悔することになる。これからの生活、常に疑心を抱きながら過ごさなければならない事実を発見したが故に。

 転移陣は内側から破壊されていた。後から聞いた話であるが、この時狼の迷宮にいた人間は深層攻略で数週間帰ってきていないパーティとアルマたち学園の生徒であったらしい。

 深層攻略のパーティは事実上五階層の転移陣を破壊するのは不可能である。とすると犯人はもっと限られてくるだろう。

 なんて嫌な話だ。アルマは溜め息をつき、それを誰にも言わず、外側の助けを待った。

「これは掘るより待った方がいいな」
「どうして?」

 サリナは不安な面持ちでそう尋ねたため、それを安心させるために言う。

「今日来た教師は何が得意だった?」
「転移魔法!」
「そういうこった」

 と言ってアルマは手ごろな岩に凭れかかり、教師たちが来るのを待つことにした。

 どのくらい経った頃だろう。サリナとセラの声に起こされ、目を覚ましたところ周りでは生徒がエリスやアイロス、他の生徒に何があったか喜怒哀楽を示しながら話しているところであった。

「転移陣は治ったのか?」
「治ったみたいだよ。皆が階段から流れ込むようにこの階層に入ってきてすごいことになってるでしょ」

 サリナのその発言に、セラは笑っている。

「大手柄だね、アルマ君」

 セラの誉め言葉に俺は無表情で返す。

「金を稼いだだけだ。サリナ、イギル呼んで来い。やることも終わったんだし帰るぞ」
「はいはい、皆と団欒はしないんだよね?」
「すると思うか」

 サリナはなんだか満足そうな表情をして言う。

「えへへぇ。思わないー」
「早くしろ」
「はーい」

 アルマとイギルとサリナは騒がしい五階層を昇り、狼の迷宮を出て、クラスの中で一番最初に換金手続きを行った。魔晶石を管理所に差し出すと、数分後金を包んだ巾着袋が手渡される。中を確認するとざっと十万リル入っていることがわかる。

 もちろん学生としてそんな大金を見たことない二人はその金額を聞き、驚愕の表情を浮かべるが、アルマが「荷物が無ければ三十は行けるんだけどなあ」と言うとなんとも言えない表情へと変わった。

 金は順当に一人頭三万リル程度でわけることなる。しかしこれから起こるであろう予測できることを目の前にすると、今の金額では圧倒的に少ないと感じる。

 何が起こるかなんてことはアルマにはわからなかった。だが少なくともいつもの通り、嫌な予感というものが強く感じられていたのだ。それこそ転移陣の破壊がこの嫌な予感の始まりであろうが、なんだかアルマはこれで終わりのような気がしなかった。

 そんなことを考えている内に、ふとアルマはサリナに声を掛けられる。

「アル、もしよかったらでいいんだけど。長期休暇に入ったら、少し出かけない?」

 その言葉の真意がアルマにはわからなかったが、別に長期休暇は暇であったし、今日の感じを見るとサリナはアルマの速度に着いてこれるということも確認できたことから、アルマはそれを承諾する。

 アルマはどこかサリナの頼みを断れない節があった。良くも悪くも。

「ああ、それもいいかもな。もちろん俺を誘ったわけだから遊びに、じゃないのはわかってるよな?」
「うん、今日のアルの姿を見て、私もアルみたいに強くなりたいって思ったの」

 そのサリナの緋色の目の奥には覚悟が感じられる。赤い瞳だからではない、確かに熱い闘志のようなものがアルマには感じ取れた。

 そんな話をしていると、アルマ達の話を小耳にはさんだのであろうアイロスが後ろから話しかけてきた。

「もし鍛錬の旅なら聖教都市ファリスがお勧めだ。あそこには聖騎士が訓練に使うダンジョンが溢れているし、何よりあの苛酷な環境での戦いは力になるからね」

 アルマはアイロスのその言葉がなんだか気に入らなかったが、サリナがその言葉に影響されてしまったため無視しないわけにはいかなかった。

「先生はファリスにいたことがあるんですか?」

 アルマは疑問を率直にアイロスにぶつける。

 ファリスは人間種が長い間戦争を続ける敵対種族、魔人種の侵攻を食い止める第一の砦でもあった。シル平原ではなく、理を司る炎の精霊が作り出した迷宮の影響によって砂漠になってしまった地帯に存在する人間種の前哨基地。そして王国軍精鋭部隊である聖教騎士団が駐屯している軍事基地でも。

 もちろん冒険者や市民も少なからずいたが、その人口のほとんどは軍事関係者であった。

「少しの間だけだけどね。まあ私が実力を付けることができたのはファリスにいたからと言っても過言ではないかな」

 過去も真意も読めない男にアルマは疑いの視線しか送ることができない。いつもなら自分の真意を知られないようにポーカーフェイスで会話を貫き通すのだが、なぜかこの男にはそれをすることができなかった。

「そうですか。アドバイスありがとうございます。気が向いたら行ってみますね」

 と言って、アルマは好きでもないクラスの者たちの元へ歩いて行った。

 狼の迷宮を訓練で行ったこの日は既に七の月に達しており、後一週間ほどで長期休暇に入ろうかというそんな時期であった。この休暇が終われば、アルマの目標であった王国軍の選抜試験が始まる。

 それこそアルマ自身この試験で落ちるなんて想定はしていなかったが、他の生徒を完膚なきまでに叩きつぶすのもいいだろうと思い、自らの力を尚高めることを決意した。

 そう、次の目的地は人間種対魔人用前哨基地、聖教都市ファリスである。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:09:00

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