獣紛いの獅子と成り損ないの狼

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前話


本編

 レオンはその志を体現できない|人型《ヒューマノイド》であった。

 古い歴史から常に獣王は原初の形に近い、|獣型《ビーストイド》が選ばれ続けた。|人型《ヒューマノイド》は器用さに長け、|獣型《ビーストイド》は力に長ける。

 そんな神が定めた形式の元、力のみで決まる王位決定戦に|人型《ヒューマノイド》が出場するなんてことは、過去に何人かいたとされるが、以ての外だった。

 それも当然だろう。単純に|人型《ヒューマノイド》では、|獣型《ビーストイド》には勝てないのだから。

 そんな常識ともいえるこの世界で、|人型《ヒューマノイド》として生まれたレオンは、寧ろその性格上|人型《ヒューマノイド》だからこそ、王を目指したのだろう。

 |人型《ヒューマノイド》でも王になれるということを|獣型《ビーストイド》よりも、長い歴史の間、諦め続けた|人型《ヒューマノイド》に示すために。

 |獣型《ビーストイド》相手に、血の滲むような訓練を二十数年続けた。血の滲むようなではなく、流血は絶えなかっただろう。
 それこそ|獣型《ビーストイド》では、その分厚い脂肪層や毛皮によって、ある程度の斬撃でも耐えられるというのに、人を多く継ぎすぎた|人型《ヒューマノイド》は紙ですら皮膚を切り裂かれるのだから。

 レオンはただひたすらに、がむしゃらに走り続けた。黒みがかった髪も、薬師に頼み、鮮やかな黄金に近づけ、獅人族の戦士となり、その戦士の中で一番となり、いつしか獅子王の称号を得た。

 あと手に入れるのは獣王の称号のみのはずだった。



「だというのに、なぜ貴様は倒れない!」

 目の前に立つのは、もう何度も自らの剣を浴びせた、|獣型《ビーストイド》の犬であった。
 既に狼という絶滅した部族の欠片さえも見えなくなり始めた成り損ないの狼犬だった。

 だがその狼犬の中にあるものも、レオンと同じ獣人を思う心であった。

「もしあなたが獣王として君臨すれば……獣人は大戦の前のような栄華を取り戻すかもしれない! でもそれではこの疲弊しきった国は救えない!」

 血を吐きながら叫ぶリアムの体はもう目も当てられないほどにぼろぼろだった。

「自らで言っているじゃないか! 私が王になればこの国は栄華を取り戻すと!」

 リアムは槍を持っているというのに、槍を使わずに、レオンを殴り飛ばそうとする。しかしその攻撃は獣化しているレオンにとっては、鈍重すぎる。
 軽々と避け、また一太刀浴びせる。

「力ではだめなんだ。わかってるじゃないですか! 獣人が力に優れているのは! そんな当たり前になんで気づかないんですか! 力だけで決めた王がよりよい王であるはずない!」

 また殴打を行おうとするが、逆にリアムがカウンターを食らい、そのまま後方に倒れる。

 ぐらぐらと揺れる空を見ながら、リアムは勝てないのかと。死に物狂いで自らのためにアルマたちが戦ってくれたというのに、勝てないのかと悔しさに拳を握りしめる。

「力でどうこうするのは嫌いですが、分からず屋には力で分からせるしかない! 深みへ」

 そういったリアムの毛は逆立ち、爪は大きく、牙はその大きさを抑えきれず、口外へ露出される。そして持っていた槍を投げ捨て、飛び上がるように立ち上がり、四足でレオンの元へと肉薄する。

 喉の奥で震える声が、唸り声と変わり、鋭い牙でレオンの肩を抉る。

「ぐっ! 獣の力になんか負けん!」

 左肩を抑えながら、今一度レオンは剣を構える。
 リアムは立ち上がり、口内に残っているレオンの肉片を吐き出し、今一度肉薄する。
 凄まじい勢いで繰り出される殴打をレオンは咄嗟に避けようとするが、その避けた先に拳が迫る。

 先見の明。

 かつてリアムの先祖である狼人族が使用したとされる予測の力によって、紡がれる軌道は、レオンの体に吸い込まれるように食い込んでいく。

 そうだ。皆で決めた目標はこれだった。レオンの顔面に一発ぶちかます。


 それが今決まった。


 レオンの左の牙を砕き、左顔面へ食い込んだリアムの殴打は、|人型《ヒューマノイド》のレオンの体を軽々と吹き飛ばす。

 だが、一発程度で倒れるレオンではない。脳が激しく揺らされただろうに、それを痛みで何とか覚醒させ、リアムに切りかかる。
 力を剣で補填するレオンにとって、剣は生命線ともいえるだろう。それをわかっていたリアムはその一太刀を素手で受け止めた。指の間が裂け、肘の方へ血が滴っていく。

 しかしその手によってレオンの力は封じた。凄まじいほどの握力によって、剣を離すことなく、そのままその剣に爪を立てる。

「離せ!」

 そう言いながらリアムの腹部を蹴り上げるレオンだが、かなり深い深度まで獣化したリアムにそんな蹴りは効かない。

「がああああああああああ!」

 その咆哮と同時に、バキンっという音があたりに鳴り響く。それはリアムが素手で剣をへし折ってしまった音だった。
 そしてもう一度、レオンをその拳で殴る。

 レオンの顔は血に塗れ、もうすでに視界も赤く染まっていた。

 だがレオンもその志が故に負けるわけにはいかない。レオンもその人の腕で、リアムのことを殴る。

 もう技術も力も関係ない。ただの殴り合いがコロシアムの中心で繰り広げられていた。

 そして二人の目が合う。

「次で」
「最後だ」

 瞬間、リアムの右腕はレオンの左頬を、レオンの右腕はリアムの左頬を捉えた。凄まじい勢いで、同時に後方へ吹き飛ばされた二人は、地面に伏し、そして共に気絶した。

 相討ちだった。



 怪我をした者たちはまず医務室へと運び込まれた。治療を施されたうえで、もう大丈夫だとされたジン、バンディ、アルマはそのまま牢獄へと入れられ、ガルベスは未だ医務室で治療を施されている。

 それもそうだろう。アルマたちは狼人族のいない獣人にとって、敵対種族だ。それが神聖な王戦決闘の場にいたことは大問題だ。

 そしてアルマたちを国へ引き入れたリアムも同様に、王城で尋問を受けているところだった。生憎|人型《ヒューマノイド》と|獣型《ビーストイド》の力の差によってリアムの復帰の方が早く、レオンは未だガルベス同様、治療を受けていた。

「あーあ。俺たちこんなにボロボロになって戦ったのに、殺されんのかなぁ」

 アルマは鉄格子の間から覗く夜空を見つめながら呟いた。

「まあそんな雰囲気を察したら、さっさと牢屋を壊して逃げますけどね」

 そんなことできるのか? と思ったアルマだが、この牢屋は獣人を想定した牢屋であるため、ジンの炎の魔術を防ぐほどの耐久性はない。

「そっか。今なら魔法使い放題だから逃げる余地があるのか」
「ほんと、ガルベスが|限界突破《オーバーソウル》なんて使わなけりゃこんなことにはならなかったのになあ」
「そうですねぇ。あんな盛大にやってくれるなら私だって最初から魔法を使ったのに」
「というか。獣化? リアムが最初からあれ使ってれば、俺たちこんなボロボロになる必要なかったんじゃないか?」
「そうじゃんか! なんであいつあのこと隠してたんだ!?」
「私は聞いてたんですけどね……。|獣型《ビーストイド》の獣化は王戦決闘において禁止されているみたいですよ。だから相討ちだったらしいですけど、その結果もどうなるか」
「王にはなれそうにないのか……」
「まあいいんじゃねえか? レオンの顔をぶん殴るって目標だったんだからさ。それで多少なりともこの国が変われば」

 バンディのその言葉に二人は賛同を示した後、会話は止まった。静かになった牢屋の中で、小窓から薄っすらと風が吹き込んでくる中、三人は今一度眠りにつく。



「おい、起きろ」

 その声で起きた三人は、拘束も全て外された状態で、外に出た。その衛兵に連れていかれたのは獣都ヴァルグランド王城、王の間だった。

 大きな扉の先には一つの玉座が置かれており、そこには年老いた獅人族が座っている。その横に佇むのは、頭や腕、様々なところに包帯を巻いた獅子王レオンだ。

「人族の戦士なぞ、何年ぶりに見ようか……」

 現獣王はそう声を漏らした。しかしどういう状況かわからないアルマたちは誰も話そうとはしない。

「安心しろ、お主たちの仲間は王城の医者が付きっ切りでついている。命についても別状はないという話だ」
「それはありがとうございます、陛下」

 跪きそう言ったのはバンディだった。それにつられてジンも同じように跪くが、アルマは跪こうとはしない。

「リアムは?」
「これは見込みのある若者がいたものだな」

 |圧力《プレッシャー》の乗った言葉だ。しかしアルマはそんな言葉に屈することなく、同じように音に魔力を乗せ、言う。

「リアムは?」

 アルマの言葉に獣王もレオンも何かを感じたようだが、流石に動じることはなく話を続ける。

「狼犬族の戦士についても安心せい。別に悪いようにはしない。儂はな。もう王戦決闘の結果により、レオンが時期獣王だと決まった。狼犬族の戦士の処遇については全てレオンに任せることになっている」

 アルマの鋭い視線は、獣王からレオンへと移る。

「そう、そのことについておぬしらに話そうと、ここへ呼んでもらったのだ」

 レオンがそう言ったと同時に、獣王は「よっこらせ」と立ち上がり、「あとは若い者たちに任せた」と言って、退室していった。

 あまりにも呆気ない獣王の退場に一同が驚いていると、レオンが続ける。

「リアムにはもう話したんだが、俺は獣王の座をリアムへ譲ろうと思っている。もしリアムにその覚悟があるのなら、だ。あの戦いを見た国民の支持率も悪くないし、何より、リアムは我より獣人のことを想っていた」
「それを俺たちに話してどうするんだ? 俺たちはただリアムの依頼を受けて戦ったに過ぎない」
「私は王の位から退き、獣人の軍の将となるつもりだ。もしよかったのなら、主らも我等と共に獣人のために戦ってくれまいか?」

 唖然とする一同は、お互いに顔を見合わせる。レオンと話していたアルマだが、流石に返答できかねると、バンディとジンを見る。

「ガルベスから聞いたぞ」
「はい、そうですね」
「何をだよ?」
「リアムがレオンの顔面に一発入れたあの時点で、俺たちのパーティリーダーはお前だってことだよ」
「ガルベスも勝手に決めてしまうのだから」

 と笑うバンディとジンに背中を押され、アルマはレオンと対峙する。

「それは依頼か? 俺たちは高いぞ?」

 ぷっと吹きだしたレオンはそのまま笑い続ける。

「わっはっは! こんなところに留まるお前たちではないなぁ! 安心しろ。人間種領への帰路はちゃんと馬車を出し、安全に送るつもりだ。あの戦鎚の戦士が治るまでの間、獣都を楽しんでいってくれたまえ!」



 アルマたちは狼犬族のハウスへと戻った。

「皆さん!」

 扉を開けた瞬間にリアムがアルマたちの元へと駆け寄ってくる。

「リアム!」

 笑い合いながら抱き合った四人は、ひとしきり喜び合った後、ダイニングの椅子へと腰かけた。

「それで? 受けるんだろう?」

 アルマが尋ねる。もちろんそれはこの狼犬族のリアムが獣王として君臨するかどうかの話だ。

「いえ、まだ悩んでいます。私はレオンほどのカリスマ性も、武力もない」
「根性はあるじゃねえか」

 バンディが言う。

「優しい心だって」

 ジンが続く。

「言ってたぞ? あの戦いのお陰で国民からの支持率も高いってな。獣化はずるだったみたいだけど」

 笑いながら言うアルマに、すいませんとバツの悪そうに笑うリアムは、獣王として推薦されている男とは思えなかった。

「やるだけやってみたらいいじゃないか。獅子王だって補佐についてくれるんだろう? 獣人種を変えたい奴がトップにならなくてどうする」
「そうですよね……。自信はないですが――」

 鋭くアルマがリアムの頭を叩いた。

「お前はあの獅子王に勝ったんだぞ!? わかるか!?」
「引き分けだろう?」
 と、バンディが横槍を入れる。
「ちげえよ馬鹿。志で勝ったんだ。戦いに。あの殴り合いで、レオンはお前という男がどこまで本気か気づいたんだろう? だからお前に獣王の座を譲ったんじゃないか」
「そう、ですよね……。やります。やってみます! どこまでやれるかわからないけど、全力で獣人を変えて見せます!」

 リアムは飲みに行こうと三人を誘うが、アルマはそれを止めた。勝利の美酒はガルベスが完治してからにしようと。

 それもそうだとなり、アルマたちは獣王に飯を作れと命令した。



 |門《ゲート》にはリアムやレオン他、多くの獣人が集まっていた。

「皆さん本当にありがとうございました」

 リアムはバンディ、ガルベス、ジン、アルマと順に握手をした。

「もし皆さんになにか災難が降りかかり、どうしようもないとなったら、またこの扉を叩いてください。人族とまだわだかまりのある私たちですが、皆さんであれば全力でお助けします」
「ああ、よろしく頼むよ」

 最初に馬車に乗り込んだのは、ガルベスだった。その次にバンディ、ジンと乗り込んだ。
 アルマは今一度強くリアムとハグを交わし、馬車に乗り込もうとする。

「若き戦士よ!」

 レオンだった。

「お主の戦いぶり見事であった。成長した暁には今一度ここを訪れ、手合わせを願おう」

 そう笑ったレオンにアルマも笑い返す。

「あんたに追いつけるようになるのなんて、何年かかるのやら、だ。でもその日が来るのを楽しみにしている!」

 そしてアルマは馬車へと乗り込み、その馬車は獣人種と人間種領の境へ向けて、走り始めた。



「いやあ楽しかったなぁ」
 そう笑うのはバンディだ。
「けっ。俺もレオンとやりたかったってのによ!」
 ガルベスはいつも通り悪態をつく。それに笑いながらジンが続く。
「そうですねえ。猿酒が飲めなくなるのは少し残念ですねえ。アルも当分先まで酒は飲めないわけですしね」
 と、先日、人間種の法では未成年のアルマが猿酒を煽ったことを皮肉りながら笑う。
「うるせえな。人間種領では絶対に呑まねえよ」
「それがいい!」
 そんなことを言いながら笑い合う三人の中、ガルベスはアルマを小突き一言だけ、静かにアルマに伝えた。

「よくやった」
 これがアルマの、初めてのパーティの物語だ。



 そして三年の月日が流れる。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:13:15

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