私を忘れないで

 ベニの脳裏に焼き付いているのは、カブトが落ちた瞬間。あのカブトの何とも言えない表情。いや、カブトは笑っていた。

 満面の笑みという程では無かったが微かに口角は上がり、目は緩んでいる。なぜ、これから死を迎えるという状況であんな穏やかな表情をしていられるのか。ベニはどうしてもそれがわからなかった。
 ベニの幼い、この世界を何も知らないに等しい頭では何もわからなかった。カブトのベニを思っての行動。カブトの優しさ、自らが苦しんで死んだという印象を与えないように、と。しかしその行動は空しくも裏目に出てしまった。ベニを一層悩ませ、カブトという存在を心に深く焼き付けてしまった。そしてベニに行動を移させる。

 ベニは紙とペンを持ち、事件の経緯を全て書き出していく。幼き頭と手で事件の概要を整理しながら、凄まじいスピードで。それこそ烈火の如く。
「事件の切欠は……わからない。でもカブトが師を殺したというのは事実? カブトが認めたからって本当にそうなのか? 誰かを庇って……。レナ――」

「カブトがレナを庇って罪を――。いや、それはないな……レナは師を知っているけどまともに会ったことはない。カブトのことを好きなレナが、カブトが一番慕う人間を恨むはずがない。じゃあ他に誰が。いや、もっとほかの目的が……」

 ベニは尚も思考を巡らす。

「師はこの都市を、唯一ノ木を嫌っていた。それならなにか、他に」

 ベニは知っているのだ。ジュソの経歴を、それをカブトから聞いたから。

「じゃあカブトはそれを誰から聞いたか? 師は国の嫌われ者だったのなら師の話をしたがる者はいないはず。しかも証拠を聞いて回ったとき師のことを知っている人はほとんどいなかった」
 ベニの中で何かが繋がる音がする。
「カブトは師と国のゴタゴタに巻き込まれた……?」

 ベニはこの結論に辿り着いたとしてもそれを丸飲みすることはしなかった。流石にぶっ飛び過ぎてる。国がジュソを邪魔だと考えて、その思想を継ぐカブトをも殺した。いや違う。なぜカブトはジュソを殺した? ジュソを殺したのはカブト、国ではない。カブトはなぜ自ら堕ちた。

 ベニの頭の中でグルグルと言葉が廻りつづける。しかし今は規則正しく、はっきりと。そして考えに考えた後、ベニは一つの結論に辿り着く。
 カブトは確かな意図があって自らの意思で落ちた。
「地上になにがあるんだ……」

 ベニは地上が忌み嫌われているのは知っている。魑魅魍魎が大地を闊歩し、人々はそれらに恐怖しながら細々と生き抜いている。その中でも未だ人々は戦争を続け、日々血と憎しみと恐怖に塗れて暮らしていると。
 地上はしばしば地獄と形容される。そんなところになぜ自ら行こうとしたのか。しかも囚人服のみということは裸とほぼ変わりない。地面に叩きつけられて終わりだと気付かないのか、と考えているうちベニは昨日の出来事を思い出した。
 何らかの力によって切断された縄、そしてその直前カブトが呟いた言葉。
「魔法……?」
 ベニは共にカブトと魔術の勉強をしていた。しかしベニにはカブトも、うまく魔法を扱えず苦笑いをしていた覚えがある。この都市の歴史上、先祖は魔法を後世に伝え忘れた。いや伝えたのだがそれはかなり複雑で、自由に扱えるようになるには五十年の時間を費やし、使えるようになったとしても使えば一日は動けなくなると。
 カブトはそれを齢17歳で体現し、扱った後難なく歩いて見せた。

 なぜか。

 ベニは気付いている。
 地上では魔法をスカイエンドより簡単に扱う方法があるということを。カブトは地上となんらかの繋がりがあったことを。

 そしてベニには新たな疑問が生まれた。カブトは敵か味方か。いや、これは正確ではない。ジュソ側か国側か。
 カブトが魔法について嘘をついていたという事実がベニのカブトに対する信用を損なわせた。カブトはもっと大きな嘘をついているのではないか、と。
「道場に通っていたのも師を殺すため?」
 しかしそれは違うだろうとベニは確信している。
「師を殺すのが目的なら自ら地上へ落ちようとはしないはず。カブトを葬ることまでが国側の計算か? 国側が裏で手を引いてカブトに師を殺させた……。それだと辻褄は……」
 ベニの頭では合っているように思えた。
 しかし一番の謎であるカブトがなぜジュソを殺したのか、それを見落としていた。カブトの真の意思を掴むことは出来ずに。

 ベニは様々な考察を一旦自分の中で完結させ、自分の部屋を出た。

 そこではベニの母親が小瓶に差してある白い花の水を取り替えているところだった。
「あ、ベニおはよう」
 ベニの母親は柔らかな笑顔でベニに言う。
「おはよう、母さんそれは?」
 ベニは返事をした後、母親が持っている白い花を指さして言う。
「ああ、これはカーネーションよ」
「白いのにカーネーション?」
「カーネーションの色はいくつかあるのよ」
「そうなんだ。で、なんでそれを父さんの写真に?」
 部屋の一室に作られたスペース。
 そこには警備兵だったベニの父親の写真と父親が使っていた剣が置かれている。

 ベニの父親は五年程前警備兵の仕事をしていて、とある殺人事件の犯人を追っている最中、その犯人に殺された。しかしその時の功績が讃えられベニの家は国から援助を受けている。

 そしてベニの母親はその写真の隣に白いカーネーションを添えた。
「なんでまた白のカーネーションなの? カーネーションて普通赤じゃない?」
「白のカーネーションはね『純粋な愛』と『私の愛は生きています』っていう花言葉を持ってるの。父さんは少しロマンチストだったから、喜んでくれるかなって」
「そうなんだ……」
 ベニの母親は少し寂しそうに写真を見つめた後、優しくベニに微笑んだ。ベニは母のその笑顔が作り笑いだと、気付くことは出来なかった。

「花言葉ねぇ。そんなロマンチ……花言葉!」
 ベニの中でもう一つ、最後のピースが嵌る。カブトが残した言葉。
『レナをいつも心に……』
 もしカブトがレナを守れと言う意味であれを言ったのであれば、レナを大切にしろ、とそのまま伝えればいいはずだ。しかしそうしなかったということはカブトの中になにかベニに伝えたいことがあったのではなかろうか。ベニはそのことに気付いた。

 もう一度先程の紙を確認しながら父親が遺した植物図鑑を開く。
「この図鑑には花言葉も載ってたはず……。ワ、ワ、ワ……。あった」
 ベニが開いたページは勿忘草のページ。
「勿忘草、花言葉は……『真実の愛』と――」
 ベニは全てを放り投げ、家を飛び出す。
「カブトが求めことが本当に――なら!」
 ベニは国からの御触れが張り出される役所の掲示板へと走った。そして息を切らしながら掲示板に手を付きとある書類を確認する。観測者募集と書かれた書面。そこにはこう書かれている。

『唯一ノ木の衰えを考慮し、地上の開拓を計画中。それに伴い地上がどのような様子になっているかを確認、連絡する人員、観測者を募集する』と。

「もしカブトが地上で生きているなら、俺をこれに……?カブト、お前は何を考えてるんだよ……」
 ベニに浮かぶ新たな疑問。しかし手に入れた新たな希望。ベニはそれを心にある者の元へ向かう。



 勿忘草の花言葉は『真実の愛』と。



「私を忘れないで」

  • 最終更新:2019-04-25 17:32:14

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