第一次三種族戦争

 あれからまた五年の月日が経ってしまっていた。あれほどまでに待ち望んだアルマやランスの帰還は一年目には既に絶望に変わっており、サリナは一人生きていくことを覚悟していた。
 手間な事務作業をしていた時、部屋の扉がノックされる。
「入りなさい」
 そう言うと、一人の兵士がサリナのいる執務室に入ってきた。
「報告いたします! 明朝確認された死体は商業都市を制していた魔人軍将のものと断定。一個中隊を以て商業都市に突入。しかし大部分の住人は確認できず、残っていた住人は全て血の決戦にて魔人軍に加担していた者たちと判明。エース将軍いかがいたしましょう」
 先の戦である血の決戦にて魔人に制圧されていた商業都市が解放された。しかしそこで捕らえられていたはずの人間はほとんどその姿を消し、所謂罪人のみが遺されていたという。
 エース将軍ことサリナはその事実に驚きながらも冷静に指示を出す。
「イギルとリリアーノの部隊を向かわせなさい。イギルの部隊には商業都市周辺の哨戒を。リリアーノの部隊には都市内を確認させて安全を確保、それと同時に罪人を連行させて」
「はっ!」
 兵士は一礼をすると部屋から出て行く。

 サリナは凝った肩をくるりと回し、一息ついた後、机の上に置いてあった水瓶からカップに水を移し、それを口にした。また扉が叩かれる。サリナはそれに、口にした水を呑み込んでから応える。
「入りなさい」
「サリナ様……。もしお時間がありましたらシラーフ様のことを……」
 一人の女性召使の言葉にため息をつき、椅子に座りながら言う。
「今はリーシュと鍛錬の最中のはずよ。今私が行けば集中力が切れるでしょう?」
「……お言葉ですがまだシラーフ様は五歳であられます。もし――」
「わかった。わかったわよ」
 サリナは言われるがままにリーシュとシラーフがいる訓練場へと向かった。

「もっと強く! 足が遅い!」
 リーシュの足払いによって、シラーフの小さな体は簡単にひっくり返り、地面に後頭部を激突させた。
「ぎゃん!」
 そんな声を上げた後に、シラーフは後頭部を抑え、涙を浮かべた。短い木刀はシラーフの横で力なく転がり、それはまさに今のシラーフを表しているようだった。
 それを見ながらサリナは苛立ちを覚える。なぜシラーフは女として生まれてきてしまったのか――。
「お母様!」
 笑顔を浮かべながらシラーフはサリナの元へ駆け寄る。アルマ、ランスと武器を表す彼らの名前を真似て、彼らの様に強くと願い付けたシラーフという名前。しかしシラーフは自分と同じ女として、非力な女性として生を受けてしまった。サリナが求めていたのは男児だったというのに。
「まだ鍛錬の途中でしょう? そしていかなる時でも武器は手放すなと教えたはずよ? あなたの名前は?」
 サリナの声は冷たかった。
「シラーフ……、人類の武器です」
「そう、貴方は誰よりも強くなくてはいけない。私と話している暇はあるの?」
「あ、で……ありません」
「わかっているなら行きなさい」
「はい……」
 サリナはリーシュに視線を送り、鍛錬の続きを頼むと、その歩を城下町へと向かわせた。そろそろ早馬による情報が城門へ届くだろう。

 鍛冶師も技術師も裁縫師もいない城下町はこの五年をかけてゆっくりと荒廃していた。石畳は割れ、住居の壁は崩れ、テントの屋根は破れた。
「地獄の業火……。炎の将軍だ」
 神の雷は血の決戦においてその命を落とした。それから誰が王国正規軍将になるか軍内で論争となったが、当時一番の力を有していたイレイスの進言によってサリナが王国正規軍の将軍として選出された。
 そして何度もトルム峠から王都へと攻めてきた冒険者の部隊を一瞬にして炎で焼き払った姿から、彼女は地獄の業火と恐れられ、必然的にダウギールの後を継ぐことになった。しかしサリナが戦争後に行った揉め事によって国民からの反感は強く、今も彼らからは嫌われている始末であった。

 国民はロードが裏切ったことを知らない。

 勇者のことを言わないのはサリナの判断であった。勇者と言う心のよりどころを失った国民は本当にその団結力を失ってしまうだろう。だからこそサリナは国民からの共通の敵として振舞って見せた。
 いつ攻め落とされるかわからない王都の将となり、国民の敵となり、母となり、仲間はいれどサリナの心の拠り所はない。心はアルマとランスと共に過ごした過去に置いてきてしまっていた。

 サリナが城門に付くころ、リリィの部隊が丁度商業都市の巡回から帰ってきたところであった。
「おかえりなさい」
「ああ、サリナ。ただいま」
 リリィは自らの部下を解散させ、サリナと共に王宮までの道を報告しながら歩いた。
「で、どうだった?」
「まあ罪人だらけ。街は王都より荒廃しているし、商業都市を解放すれば取り戻されていると想定されていた職人たちは誰一人、忽然と。集団行方不明? やってらんないわよ。まあこれで多少の流通は確保できるはず」
「そう。まあいる人たちだけで何とかするしかないようね。取り敢えず今日商業都市解放の知らせをだして、明日以降修繕と入植を同時並行で続けていきましょう」
「国民を動かすならセラに任せるしかないか」
「あの子はなぜか人気だからね」
 セラは誰よりも強かった。自分だって親友を失い、愛した人を失ったというのに、その悲しみを外に出さず、多くの人をその笑顔で救って見せた。美しい彼女の笑顔は多くの人を勇気付け、他の|強戦士達《モンスターズ》とは違う評価を得ることに成功した。
 生憎、サリナやリリィはセラのその評価を利用させてもらうことで何とか国政を回すことが出来た。そのことについてはセラも同意し、騙すような形になってしまうことに戸惑いながらも協力してくれた。



 商業都市の復興が始まった。セラが主導で動き、イギルがサポートを行い、区画毎に復興を始めた。商業都市は主に魔法学園が存在していた北区画。商業都市を魔法学園から二つに分断するメインストリートの右側、東区画。その左側西区画。そして|門《ゲート》周辺にて発展した宿などがあった南区画の四つだ。
 本来ならば魔法学園をいち早く再建し、次世代の育成を始めていきたい人類であるが、まずは王都で飽和している人々の住居の作成だ。
 三属性魔法とは違い、既存のものに魔力を流し込むことで自由自在に操る使役魔法にて樹木や土を操作し、既に魔人軍が使用していた宿を改築し、仮説住居を南区画に大量生産した。
 その後、東や西区画に存在していた工房や鍛冶場を整え、王都に残っていた職人たちの仕事場を作成し、本格的な建材の生産を開始。
 商業都市の復興は数日をかけてだんだんとその復興の兆しを見せ始めていた。



 王都で飽和していた人がやっと解消できた復興から三日目の朝。早急にと、兵士がサリナの部屋へと訪れた。とある国の使者であるという戦士が|門《ゲート》に現れ、この国の一番の者と話がしたいということだった。
「どうするか……」
 とある国。この大陸の中で国と言えば今は大部分を制圧している魔人種の国。光の勇者が初めて現れた大戦から不干渉を貫き続ける獣人種の国。そのどちらかが現れたということだろう。結局どちらにしても人間種にとって不都合であることには変わりない。
 また商業都市が解放されてから魔人種の動向がうかがえないということも気になっている。だからここでは先日やっと稼働で来た二重不可侵結界の中でだんまりを決め込むのが一番の手かもしれない。
 と思ったサリナであったが、もし相手が魔人や獣人だとしたら、ここで籠城をしたとしても結局消耗戦で負けるだろう。そしてサリナは意を決して、その戦士と会うことにした。



「どうもこんにちは。炎の将軍サリナ=エース。私の名前はアーデ。我が主の命により人間種との同盟の話を持ってまいりました。もしよろしければ我が国へと主が申しております」
 執務室へ招いた女性の戦士はそう話した。美人とも言えない女性であるが、そういう顔立ちより薄っすらと残っている傷がその戦歴を物語っていた。男性とも見紛う黒い短髪は戦闘の効率性からだろう。サリナは彼女の鎧に見覚えがあった。
 青く鈍色の、胸部には狼の顔の側面が描かれた特徴的な鎧。未だ世界を知らなかった子供の時。あれはもう十年も前の話になる。
 久々に再会したランスと共に行った任務で、出会った魔物特性研究会のアサシン部隊の一人が身に着けていた鎧だ。
「あなた、私とどこかで会ったことは? その鎧は魔特会の暗鬼組が身に着けていた鎧のはず」
「魔特会……。懐かしい。かつては私も組織に参加していましたが、今は違います。狼はかつての合成獣を討ち果たした英雄種族、狼人族の象徴です。私たちの組織の名はヴィヨンド。種族を越えし種族。その真意については我が拠点にて。いかがいたしましょう?」
「種族を越えし種族……。では魔人でも獣人でもないということ?」
「はい。魔人でも獣人でも人間でもありません」
「よくわからないわね。でも魔人ではないということが明らかになっている以上、貴方達と同盟を組む利益は多いかもしれない。でもそれは使者ではなく、貴方の主と話してから決めること。今すぐにでも貴方の国へ向かおう。案内をして」
 国の復興はリーシュとイレイスに任せ、サリナはイギル、セラ、リリィといった、生き残ったかつての|強戦士達《モンスターズ》の仲間と共にその国を目指した。

 場所は商業都市から北東方向、獣人種領直前のところであった。アーデが立ち止まり、ここですと言った時には誰もが彼女の言葉を疑い、彼女の罠に嵌められたと思った。
 しかしアーデが何か見えないものに触れると|門《ゲート》のみが現れ、彼女はその先へとサリナたちを案内した。
「ようこそいらっしゃいました。我等ヴィヨンドの国、|結晶都市《クリスタルバベル》へ」
 先ほどまで何もなかったはずの空間には巨大な街が広がっていた。|門《ゲート》の先には幅十メートル以上のメインストリートが伸び、そこには多くの人々が賑わっていた。しかしその人々の姿形を見てサリナたちは一斉に剣などの武具を抜こうとするが武器は抜けない。
「なっ! なんで抜けないんだ!」
 イギルが背負っていた斧を取ろうとするがそれはびくともしなかった。
「客人の武具には封印の|呪い《まじない》がつくよう結界が施されています。あなた方はまだ同盟前。まだ敵です」
 サリナは悔しい顔をしながら、人々について問う。
「なぜ魔物が街の中で人と共存しているの?」
 目の端に映るのは明るい緑の鱗を持った|蜥蜴人《リザードマン》やゴブリン、岩を纏ったトロールや白狼、ワイバーンやピクシー、|魚人《マーマン》など。図鑑で見たことあるような魔物はほとんどが街中を闊歩している。そしてその者たちは獣人や人間と共に楽しそうに会話をしているようだった。だが人の言葉はわかるが魔物の言葉はサリナたちには理解できない。
「それら詳しいことについては主がお話いたします。取り敢えず主の元へ」
「安全なのよね?」
「あなた方が手荒な真似をしなければ」
「そう、なら安心ね」

 メインストリートの先にある巨大な城。構造はかつての商業都市に酷似している。商業都市と見紛う都市で魔物が人と仲良さそうに闊歩している。信じられない光景があるこの場所で、ふとかつての友であるアルマの顔を思い出したサリナは、彼が見たらどれだけ輝いた目をするだろうと思った。
「さあこちらです」
 アーデの言葉に従いサリナは指示された部屋に通される。そこには灰色のローブに、フードを被り道化師の面を付けた男と一人の女性が会話を行っていた。
「申し訳ありません。お取込み中でしたか」
「いやいい。してそちらの方々が人間種の?」
「はい」
 仮面の男は女性に一言声を掛けた後、サリナたちの元へと歩み寄る。
「ようこそ我らが国|結晶都市《クリスタルバベル》へ。民には|鴉《クロウ》卿と呼ばれております。あなた方とは色々と話したいことがある。しかしまずは新たな仲間を迎える準備をしなければなりません。少々お時間を。もしよろしければ見学をしていってください」
 |鴉《クロウ》卿はサリナたちをアーデと共につれ、先に部屋にいた女性と別室へと向かった。
「ここは再誕の間。人や魔ではなくその種族の境界を越えた|超越種族《ヴィヨンド》となる場。それではあなた方はこちらへ」
 サリナたちは再誕の間の横に作られた部屋へ通される。そこには窓枠がついており、再誕の間の様子がうかがえた。

 すると中に|鴉《クロウ》卿と女性が入ってきて、円形である再誕の間の真ん中に女性を座らせた。そして女性は着物をはだけさせ、上半身を露にした。
 その行為についてサリナたちは驚くが、声を上げようとしたところアーデに静かにと注意される。
 |鴉《クロウ》卿は女性の左乳房に触れ、何かを唱え始める。すると女性は一瞬苦悶の表情を浮かべた。何か痛みに耐えているようだ。
 だんだんと刻まれるように左胸に魔方陣が浮かび上がり、その魔方陣は女性の身体を這うように紋を刻んだ後、収束しまた左胸に落ち着く。
「人体方陣!? 極刑ものの罪よ!?」
「それは人間種の法であり、我等に適用されるものではありません」
「そういうことなんでしょ?」
 先ほどまで黙っていたリリィが口を開く。
「あの魔方陣が体にあるから人語を話せないはずの魔物ともコミュニケーションをとることが出来る。だから恐らく先ほど街にいた人たちには全員あれがあるってこと?」
「はい、かく言う私にも」
「でもそれだけではないんでしょう?」
「それについては主から」
 もう既に|鴉《クロウ》卿と女性は再誕の間から離れており、|鴉《クロウ》卿がサリナたちのいる部屋に入ってくる。
「お待たせいたしました。それではまた先ほどの部屋へ」



「改めまして、お越しいただき誠にありがとうございます」
「人体方陣……」
「人族の方からすれば少し刺激的なものかもしれません。しかしあれが|超越種族《ヴィヨンド》となる一歩。儀式として必要なものなのです」
「それは魔物と会話をするため?」
「それだけではありません。あれがあれば我が国民は事実上の不死身を手に入れることが出来るのです」
「不死身? そんなお伽噺。馬鹿にしているというの?」
「いえ、不老不死とは違います。戦いにおいての不死身。それがあの魔方陣のもう一つの役割です。信じられないと思いますが、貴方達が今復興している都市を解放したのは我らの兵団です。人と魔物で構成された、いうなれば寄せ集めの。もちろん私も戦いには参加しましたが、それは最後の一人を倒すためだけ。ほとんどは我が同胞の働きによって」
「手練れとも言えない人たちばかりだった。魔物だって。何人で?」
「私を含め三十人」
「さ……。戦死者は?」
「先程を言いましたように我が兵団は不死身。ゼロ名です」
「不死隊……」
「ええ。死なない兵団。この兵団があればこの魔人に制された大陸ももう一度自由な世界へ改めることが出来る。だからこそ私はあなた方との同盟を望みます。かつての血の決戦にて最前線で戦い抜いた貴方方強戦士達を」
 |鴉《クロウ》卿がそう言った時だった。サリナはローブの袖から金属のような物が垣間見えた気がした。ローブに隠すように嵌めていたグローブ。そして彼の口から放たれた「|強戦士達《モンスターズ》」という言葉。サリナの脳裏には今は亡き親友の姿を投影せざるを得ない。そのような恰好の真意を問うべく、サリナは|鴉《クロウ》卿に質問する。
「|鴉《クロウ》卿、あなたのその左手は?」
 彼は少し表情に影を落としながら微かに笑う。
「ばれてしまいましたか。先の戦争では私も戦士として戦場に赴いていました。その時左腕を大きく欠損してしまいまして。そのため義手を付けているのですよ。お恥ずかしいものを見せてしまった」
 彼は銀色の機械のような義手を見せ、それを撫でる。
「そうなのですね。申し訳ないことを聞いてしまいました。失礼を承知でもう一つよろしいですか?」
 彼はいえいえと微笑みながら、質問を続けることを許し促す。
「あなたはアルマ=レイヴンという名に聞き覚えは?」
 彼は右手を顎に添えながら少しの間考え、口を開く。
「アルマ……。忌み嫌われた|合成獣《キメラ》。先の戦争の英雄の名ですね。私の彼に対する知識は一般人のそれとあまり変わりはないでしょう。これ以上もこれ以下もないです。しかし彼の思想に強く私が中てられているのも事実です」
「そうですか……」
 |鴉《クロウ》卿はまたその優し気な微笑みを浮かべる。
「私がそのアルマと何かの関係があると? 申し訳ありませんがそのことに関してはお力にはなれないでしょう」
 サリナはその言葉に落胆したが、表情は変えず、また問いかける。
「ならばその仮面は? 客人として私たちを迎えているとするならそれは外すべきなのではないでしょうか?」
「申し訳ございません。左手と同じようにこの顔にも大きな傷を……。それを隠すためにですね」
「では、その模様は?」
 白塗りの顔に赤い鼻。人を小ばかにしているメイクをした道化師が描かれている。
「ああ、これは道化師。嘘吐きの模様です。自分への戒めとして」
 |鴉《クロウ》卿の声は明らかに落ち込んだように聞こえた。
「戒め?」
「はい。先の戦争の前までは自らの力に奢っていました。そして最愛の友を守ると約束したというのに、その約束を守れなかった。私はうそつきだ」
「あなたも色々と抱えているようね」
「はは。まあ民は慕ってくれています。その声に応えなければ」
「そう。返事は今すぐと言うことではなくても良いんでしょう?」
「はい。まあ何年もとは待っていられませんが、一年は待ちましょう。ですが気を付けてください。最近また魔人の動向が怪しい。私たちは自らに降りかかる火の粉は払いますが、同盟ではない場合は助けには迎えません。なるべく早いご決断を」
「はい。わかりました。今日はどうもありがとう」
「あぁお待ちください。このままで帰らせるようなことはしません。是非、この城の食堂でいくつかのお食事を」
「それはそれは。お言葉に甘えさせていただきます。|鴉《クロウ》卿……」

 |鴉《クロウ》卿との同盟の話を終えたサリナは、アーデに案内されるがまま|結晶都市《クリスタルバベル》の城の食堂へ向かい、そこで食事を摂ったサリナたちはすぐさま会議を開くため王都へと帰還する。

「もう出てきていいだろう。|鴉《クロウ》卿」
 そんなことを言いながら三十人ほどの人間が一室からぞろぞろと現れる。
「ああ、すいません。そんな小さなところに」
「いや、まあしょうがないだろう。人間種のお偉いさんからしたら俺らは都市を放棄して逃げ出した反逆者だ。それにこれだって、向こうからしたら極刑だろう?」
 と、男は自らの胸に付いた魔方陣を見せ、呟いた。砲丸のような肩を持ち、渋い声で言うこの男はかつて商業都市で鍛冶場を開いていたベイルという男であった。人間種の英雄でもあるアルマの武器を調整していた鍛冶師でもあった。
「だけど、大丈夫かしらね? 自分で言うのもなんだけど、私たちは商業都市でも屈指の技術者だった。今人間種に復興の手立ては……」
 ベイルの次に声を上げたのはエイミーという呪い士の女性であった。彼女もかつては商業都市で魔服店を営んでいた。
「人間種は今の愚王がある限りまた過ちを繰り返すでしょう。彼らが良き判断をしてくれることを願います」
 |鴉《クロウ》卿は街へと戻っていく職人たちの背中を一人静かに見守った。



「あれは絶対にアルマ君だった……」
 セラが帰りの道で一人静かに言った。その意見に対して反論を唱えようとするものは誰一人いなかった。彼らの目に映った|鴉《クロウ》卿は確かにアルマで、仮面に施されたであろう魔法によって声は違ったものの、あの立ち振る舞いや背格好は確かにアルマだった。
 彼がアルマであるからこそ、彼にはもっと深い考えがあるのではと思っていた彼らは早く王都に付き、|結晶都市《クリスタルバベル》について話し合いを行いたいと思っていた。
「だが本当に良かった。五年もの間姿も見せないで……」
 イギルは目に溜まった涙を堪えながらそっと呟いた。戦争から五年もたった今もイギルはアルマに|狼の迷宮《ダンジョンウルフ》でもらった大地斧を手に戦っていた。かつての戦友を忘れないために、と。彼の実力ではもっと質の良い武器を手にすることもできたであろうが、イギルは絶対にそんなことをしようとは思わなかった。
 形見のようになった大地斧は何度もイギルのことを救ってくれた。バロンの死を目の前にし動けなくなったあの時からイギルは心身ともに大きく成長していた。だが、旧友との再会にその涙腺は弱かった。

 しかしその中で一人、それを心から喜べない者がいた。
――今まで魔物と一緒に暮らしていた? 王都で苦しい思いを強いられていた私たちを置いて国を作っていた?
 仕方ないことかもしれない。何か考えがあってのことかもしれない。でもサリナは許せなかった。自分たちを目の前にして驚きも喜びもせず、他人のように振舞うアルマが許せなかった。



 人間種領王都会議室。セラ、イギルには商業都市の復興を任せ、サリナ、リリィ、リーシュ、イレイスは会議室の椅子に座り今日あったことを報告していた。
「獣人種領、カルチ山岳地帯手前にて光の魔法であろう技術によって、その都市自体を不可視化。その内部にて人と魔物の共存が見受けられました。その中の魔物が私たちや、住人に敵意を向けないのは、先ほど述べた人体方陣に起因するものかと」
 サリナが言う。
「人体方陣か……。しかもなんでかわからないが、その方陣によって疑似的な不死を成し遂げていると」
「はい。そしてその都市を治めていたのは|鴉《クロウ》卿と呼ばれる灰色のローブに道化師の仮面をつけた男でした」
「魔人に、鴉ノ王に敵対しているというのに、|鴉《クロウ》か……」
「はい。彼は左腕に義手をつけていました。他にも、私たちしか知るはずのないアルマが人を救ったという事実も知っていた……」
「|鴉《クロウ》卿がアルマかランスであるという可能性が!?」
 リーシュが立ち上がり尋ねる。
「いえ、アルマが来たときには既にランスは倒れていました。彼は確実にアルマで間違いないと私は思います。それについてはサリナとも意見が一致しています」
 リリィが言う。
「そうか、彼は生きていたか……。ならばなぜ、君たちを見て喜んだりしない? 淡々とした態度であったのだろう?」
「はい。この中だから言いますが、恐らく|鴉《クロウ》卿、アルマは私たちに人間種からの離反を求めているのかと」
 五年と言う歳月によって消え去ってしまった愛称は、彼の名であるにも関わらず異常なほどの冷たさを感じさせた。
「あれほどの仕打ちを受け、魔物にまで自らを貶めた彼は未だ私たちを助けてくれようとしているんだな」
 と、イレイスは寂しそうな顔で告げる。
「しかし離反なんて手段を取らせようとするなんて言語道断です。私たちはもう子供じゃない。未だ数百を超える人間の安寧を守れるとしてもそれが人体方陣と言う手段であり、かつての仲間の多くを殺した魔物との共存を求められるのならばこの同盟は認められません」
 サリナは淡々に告げる。
「そうか、それが君の意見か」
「じゃあ明日同盟の話しは無しだと断りに行くの?」
 リリィが尋ねる。
「いや、同盟と言う対等な関係ではなく、彼らがこちらの傘下に入るという形であれば承諾しようと思う」
「そんな形で相手が承諾するとでも?」
「いや、承諾させるわ。アルマは私たちの願いを承諾せざるを得ない」
「なんで?」
「なんだかんだお人よしのアルマのことよ。こちらが危機に瀕しているから、手を伸ばして、それに掴まってきたら好きにこちらが動いてくれると思ってる。少しの想定外受け入れてくれるわ」
 地獄の業火と謳われた将軍エースと言えど――甘えと、信頼は捨てきれていなかった。



 |結晶都市《クリスタルバベル》への道は長い。例え、いくら商業都市が解放されたとしても大陸の南半分を占めるシル平原の大部分は魔人種領だ。馬を使えばすぐに気づかれる。そのため百数キロと言う道を長い時間をかけて歩かなければならなかった。
 五年前。アルマが魔物に変わったというあの日。彼が小さな声で皆を頼むといい王宮の真ん中に突き刺していった|紅砲剣《エクスタシス》、サイレンスは未だにその姿を変えずに残っていた。一人平原を歩くサリナはふと、十年も前アルマと共に聖教都市へ行った日を思い出した。
 ランスと初めて会った聖教都市へは、眠り続けるサイレンスの背中に乗って行ったのだった。百数キロと言う道のりも短かった。もちろんサイレンスの足が速かったのもあるが、あの時は全てが新しく見えた。楽しかったのだ。現実で生きながら幻想の中で生きているような。驚きで溢れていた。
 かつてみたシル平原は戦争のせいで、赤黒い血に染まった不毛の大地へと変わってしまった。そんな醜い大地を見ながらサリナは一人|結晶都市《クリスタルバベル》を目指す。



「それでは同盟の話しは無しと言うことにさせていただきますね。まあ情けとして不死隊の一人をお貸ししますので後はご自分の力でどうぞ頑張っていただけたらと思います」
 サリナはそう言い、自らの前から姿を消した|鴉《クロウ》卿が信じられなかった。
彼はアルマではない? 烈火の杖も長い赤毛もあの時のままだ。自らに気付いていないわけがなかった。もし彼がアルマであったのなら。しかしサリナの予想は簡単に、先日のサリナのように淡々と破棄され、王都へ強制帰還となった。灰色のローブに狼の仮面。そして青い刀を持った|雲雀《ラーク》卿と呼ばれた|結晶都市《クリスタルバベル》の幹部の一人と共に。

 その帰りの道中、ただ後ろをついてくる|雲雀《ラーク》卿に警戒していたサリナであった。実力も読めない彼に対し、背中を預けなければならない現状が腹立たしく、早く王都についてくれと願うばかりであった。
 しかし彼のことが気になるのも確かだ。かつてアルマが使っていた刀剣と呼ばれる武器を携えた彼だが、その刀剣の形は少々特殊な形をしており、刃の付け根の部分に何か複雑な機構が付けられ、その中心にはめ込まれた宝玉には魔方陣が刻まれている。
 形は全く違うが、それは薄っすらと王宮に突き刺さっている|紅砲剣《エクスタシス》を彷彿させた。
 だがサリナからその武器について聞くことはせず、ただひたすらに帰りの道を歩いていた。同盟は失敗したものの、この幹部を譲り受けたのはとても大きかった。
 今日|結晶都市《クリスタルバベル》で聞いた話なのだが、あの国には|鴉《クロウ》卿と|雲雀《ラーク》卿の他に二人灰色のローブに仮面をつけた幹部がいるらしい。蜘蛛の仮面の|鷹《ホーク》卿と、剣の仮面の|鳶《カイト》卿。民はその仮面の柄で彼らを判断するようだが、本当に中身が彼らかどうかはどうでもよいことらしかった。
 中身なんて誰でもいい。|鴉《クロウ》卿として振舞ってくれるのであれば、中身が違えどそれは|鴉《クロウ》卿であると。
 その考え方にサリナは彼らの強い心のつながりを感じたが、その不安定さも同時に感じていた。



 王都に付いた|雲雀《ラーク》卿はサリナに|紅砲剣《エクスタシス》が見たいと告げた。なぜ彼がそれを知っているのかわからないが、サリナは一応客人である彼を|紅砲剣《エクスタシス》の元へと案内する。
 すると|雲雀《ラーク》卿は|紅砲剣《エクスタシス》を引き抜くと同時に口を開く。
突然口を開いた|雲雀《ラーク》卿に驚き、一瞬腰を抜かしかける。なぜそれほど驚いたかと言うと、それはそれは綺麗で可愛らしい女性、いや女の子とも言っていい程の声が、変声の魔法が解かれた仮面の下から聞こえたからであった。
「なにが|雲雀《ラーク》卿だよ。フードも暑いし」
 と言い、|雲雀《ラーク》卿はフードを取る。それに立て続き、「仮面は呼吸しづらいし」と言って仮面すらも剥いでしまう。その狼の仮面の下から現れたのはセラすらも見劣りするのではと思う程の美貌を持った女性だった。
 大きな黒い瞳に長いまつげ。すっと通った鼻に薄い静かな唇。結ばれていた長い黒い髪の毛が解かれると、それは鮮やかに風で踊る。そこまで身長があるわけではないが、その格好いいという印象を抱かれる容姿から彼女は見た目より大きく見えた。
「それは付けておかなくていいの?」
「いいのいいの。|鴉《クロウ》に人間種及び魔人種の動向観察を頼まれたもののそのやり方まで指示はされてないから。なんてったってこんな美人が顔を隠しているのもおかしな話でしょ?」
 と笑いながら言う|雲雀《ラーク》卿をサリナは好きになれないと思った。
「|雲雀《ラーク》卿は――」
「それ呼びづらくない?」
「でも私はあなたの名前を知らないから」
「そう。そうだったね」
 と|雲雀《ラーク》卿はにやりと笑い、サリナの神経を逆撫でするように、棘のある声で告げる。それと同時に|紅砲剣《エクスタシス》へと魔力を流し込む。
「じゃあ私のことはアルマ=レイヴンって呼んで? サリナ=エース?」
 五年も眠り続けていたはずの|紅砲剣《エクスタシス》は彼女の魔力に呼応し、目を覚まし、サイレンスが発現する。サイレンスは静かに|雲雀《ラーク》卿の後ろについた。

 |雲雀《ラーク》卿の手によって目覚めたサイレンスは、サリナを覚えていたようだが、そこまでのリアクションはせず、かつてのアルマにしたように後ろに付き、寝そべり目を瞑った。
――アルマの使役獣であるはずのサイレンスがなんで、どこの馬の骨とも知らない奴の言うことを? いやでも使役獣は確かな契約の元、その権利の譲渡ができる。なら彼女はいつか、どこかで確実に一回はアルマと会っていることになる……。

「あ、今なんか失礼なことを考えているでしょ?」
「いえ。まああなたのことをアルマと呼ぶのにはいささか気が引けるのでレイヴンと呼ばせてもらうわ」
「そう。アルマと呼んで欲しかったけどまあそれでいいか。取り敢えずサイレンスとの再会で私の目的は果たせたから、あとは自由にさせてもらうね」
 と言い、レイヴンは腰に提げていた青い刀剣を投げる。すると瞬間その刀は姿を変え、隊長三メートルほどの黒い狼が華麗に地に降り立ち、レイヴンの後ろ、サイレンスの横に寝転んだりせずに佇む。
「おはよう、フューリアス。自由にしていていいよ?」
 レイヴンがそう言うと、フューリアスと呼ばれた黒い狼はゆっくりとした足取りで王宮のホールを出て行った。
「なっ。黒いサイレンス……!?」
 そう零したサリナに対しレイヴンが補足する。
「違う。あの子はフューリアス。|紅砲剣《エクスタシス》の獣サイレンスと対を成す|剣狼《ソードウルフ》。|蒼銃刀《エクサルタシオン》の獣フューリアス」
「対を成す|剣狼《ソードウルフ》……」
「そうよ。サイレンスは火と闇の力を持った狼。それに対してフューリアスは水と光の力を持った狼。かつて戦神が携えていた武器と言われているの」
 寝転ぶサイレンスに寄り掛かりながら言うレイヴンの話をサリナはちゃんと聞いていた。
「戦神。じゃあ彼らは神話に描かれているような?」
「いや、カルチ山岳地帯のどこかにあると言われている戦神の祠に行かなければ彼らの本当の力は封じられたまま。私はその片割れであるサイレンスを保護しに来たの」
「保護? この王都は絶対安全なはず」
「私が信じているアルマ=レイヴンの魔力が注がれた城に守られているから?」
「ええ」
「じゃああなたはアルマの本当の寿命を知っていた?」
「本当の……?」
「彼の寿命はそのルーツからそこまでの長さを持っていなかった。なんてったって|合成獣《キメラ》の力を持って生まれてきてしまったんだから」
「どういう……」
「そろそろなの。この城に宿るアルマが死に絶えてしまうのは」
 サリナは驚きを隠せなかった。もし戦争の終わったあの時、アルマがこの場にいたとしても彼の命はあと五年しかなかったというのだ。
「なんで……」
「|武器《アルマ》の宿命……。彼は作られた存在ではなかったはず。だけど何の因果か|合成獣《キメラ》の力を引き継いでしまった。|合成獣《キメラ》っていうのは作られた存在で、戦争が終われば死ぬようにと寿命を短く誕生させられた。はるか昔、光の勇者が降臨したあの戦争の期間は?」
「十年……」
「アルマの体の中で|合成獣《キメラ》の力が覚醒したのも今から十年前。なんて偶然かしらね。それであなた達は本当に何も知らないようだから教えてあげるけど、その事実に魔人は気付いているの。人間にはないんだよね。魔力を感じられてもその魔力の詳細を読み取ることはできない。この城は崩壊する。これは事実よ。どうするの?」
 レイヴンはまだ寝転がったままサリナに告げる。サリナはその話の信憑性など関係なしに焦った表情でイレイスの元へと走った。手足を失い、車いす生活を余儀なくされたイレイスだったが、あれから五年たった今でもその智将ぶりは健在であった。

「そうか。取り敢えず同盟の話はおいておいて、|結晶都市《クリスタルバベル》の幹部を味方につけられたのは大きいだろう。でも、城とアルマ君の寿命がね……。良い機会じゃないかな?」
 イレイスは笑いながらサリナに話す。
「良い機会って。それは商業都市が解放されたからですか? ですがそれではまた都市が一つに」
「いや、彼が訓練生から兵士となるまでの五年。そして戦争が終わってもまだ五年。十年も私たちを守り続けてくれたんだ。もう彼を休ませてあげても良いんじゃないかな」
 イレイスが静かに城の壁に手を添え呟いた言葉にサリナは何も言うことが出来ない。
「長かったよ。十年と言う月日は。もし彼が生きていて、一国の主となっていたのなら素晴らしいことじゃないか。彼はいつでも私たちの想像を超えていく。都合的な話をすれば、少なくともレイヴン氏がいる間は|結晶都市《クリスタルバベル》もこちらを攻めてこないだろうしね」
「ですが……」
 イレイスは車いすを自ら動かし、椅子に座っているサリナの肩に手を添える。
「王宮の中にある大事な物資を城下町や商業都市に移す準備を始めないとな。任されてくれるかい?」
「はい……」
 サリナは一言そう言って、何人かの兵士を集め、作業を始めた。



「久々の遠征だ! 各々抜かりなく準備をしておくように!」
 戦争の勝利によって魔都に招待された大部分の冒険者の扱いはほぼ奴隷に近く、今も百数キロも離れている王都へ徒歩で少ない物資で向かわされそうになっていた。
 結局人として戦い死んだ方が良かったのではと思われるほどの生活を強いられている彼らの憎しみは一点に集中していた。
「ちっ。同じ人間種だってのに、なんだよこの扱いの違いは」
 昔の自分では想像できないような真っ黒な鎧に身を包んだ勇者はその冒険者たちの罵詈雑言をひたすらに無視し続けていた。
「相変わらず酷く嫌われているな主は」
「仕方ないだろう。同じ人族の裏切り者だというのに僕は将という位を頂いているんだから」
「ふむ、それもそうだ。ぽっと出の人族が私と同じ位につくなんてなあ。腹立たしいものだな」
「思ってもないことを言うな、アスレハ」
 ロードにそう言われたアスレハは「ふむ」と歩くロードの背中を見つめる。

 魔人たちは本拠地である魔都にて人間種最後の砦である王都を落とす計画を立てていた。既にそれは実行段階に入り、もうあとは出撃するだけというところにまで達している。本来ならばアルマの力が消えた後のタイミングを狙うはずであったのだが、人間種が商業都市を解放したという知らせが入り、人間種が体勢を整える前にこの大陸を制圧してしまおうということになった。
「アスレハ将軍。我ら部隊は全て手筈通りに……」
 アスレハが率いている少数精鋭の魔人部隊の指揮官が、アスレハの元に歩み居り、跪き静かにそう告げた。
「わかった。これ以降は下手に目立つような真似をするな。奴等に悟られない様に、行動する。お前たちには私情だというのに巻き込んでしまって申し訳ない」
「いえ、我等は皆鴉ノ王ではなく、アスレハ将軍個人に忠誠を誓った身。どこまででもお供致します」
「いつかお前たちにはちゃんと見返りをしないとな。これが反逆の狼煙になることを願って。勝利を」
「勝利を」
 そう言うとアスレハの部隊の指揮官は部下を連れ、他の大隊の元へと歩いていく。



「|鴉《クロウ》卿! 魔人軍が王都へ向かって進軍を始めました!」
 |鴉《クロウ》卿の私室に兵士が飛び込んできて、報告する。
「そうか。血の決戦から考えるに、一週間もかからないかもしれない。私たちも戦闘の準備だ!」
 その言葉に兵士はもう一度走り出し、兵士たちをホールへと招集する。

 |結晶都市《クリスタルバベル》には王座が無かった。
 それはこの国を一から作り上げた|鴉《クロウ》卿が王座に座ることを拒んだことも一因であるが、人間種の様に愚王を生み出さないためにということもあった。
 |鴉《クロウ》卿の指揮官としての立場は過半数の民の反対によっていつでも剥奪できるようになっており、新たな指揮官も|超越種族《ヴィヨンド》であればだれでもなれる資格があった。
 しかし未だに|鴉《クロウ》卿が指揮官を執り行っているのは彼の民からの信頼が故だろう。

 ホールに集まった民の真ん中で|鴉《クロウ》卿は声を張り上げ、言う。
「この戦いを以て、種族に囚われる愚かな者たちを絶滅させ、この魔法大陸を我ら|超越種族《ヴィヨンド》のものにする! かつて人間種であった私は戦争に行く前に『勝利を』という宣言を強要された。しかしこの戦いで求めるは勝利ではない! 生きるか死ぬかである! その自らの一手でこの戦に負けるかもしれない、そういう状況に陥ったとしても自らの命を選んで欲しい! 生き残るために手段を選ぶな! 生き残るために殺し、生き残るために戦うのだ! もし諸君が生き残ることが出来るというのなら私はこの身を捧げよう!」
 多くの武器を手にした人間、獣人、魔物の前に立ち、|鴉《クロウ》卿は叫ぶ。
「生きて、勝利を!」
 その宣言は、強大な咆哮となってそれは|鴉《クロウ》卿の元に帰る。
『生きて、勝利を!』



 人と魔。かつて血の決戦と謳われた戦争は魔の勝利で終わった。それから五年たった今。また新たな戦いの火蓋が切って落とされた。人と魔と|超越種族《ヴィヨンド》。三つに増えた種族間の抗争はかつて血の決戦を生き残った者たちの様々な思惑を超え、その剣を交えさせる。
 どの種族が勝つかは誰もわからない。しかしどの種族も皆、自らの種族の勝利を願い戦場へと赴く。

 これが後世に伝わる第一次三種族戦争である。

  • 最終更新:2019-04-16 23:26:38

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