第一王子ファウド

「せいあっ!」
 彼が振るった剣は彼の師である王国軍将軍ダウギールに簡単に躱され、その後ダウギールの剣捌きによって弾かれ、宙を舞う。
「はっはっは。まだまだですな、ファウド様」
 笑いながら自らが弾いた剣を拾い上げ、それをファウドに手渡した。剣を弾かれたことにより、若干捻った手首を気にしながらもその剣を受け取った。
「笑い過ぎだよダウギール。将軍たる君に訓練を付けてもらっているのだから強くならなければと思うけど、やっぱり難しいものだね」
 と、不満を漏らしたファウドに対し、ダウギールは真剣な眼差しで告げる。
「近道などありませぬ。日々の鍛錬ですぞ」
「そうだな。それじゃあもう一度!」
 ファウドは短く切りそろえた金髪を翻し、ダウギールに斬りかかった。



 汗によって張り付いた服を気にしながら、王宮の廊下を歩いていた。ファウドは人間種の王族の一人であり、父は現人間王であったが、母は既に他界していた。
「これはこれは兄上……。今日も汚らしく鍛錬でございますか?」
 ファウドに嫌悪の眼差しを向けながらそう言う男はファウドの弟であり、名はジョルドと言った。
「汚いなんて言うものじゃないぞ、ジョルド。どんな王でも多少の力は必要だ」
「戦いなんぞ兵士にやらせておけばいいのですよ。争いなんて野蛮人のすることだ」
 そう言うジョルドはファウドに噛み付くように言う。

 彼らの母親は別の女性だった。前妻の息子がファウドで、後妻の息子がジョルドであった。本来であればファウドが正当な王位継承者であるのだが、後妻である今の女王が商業都市随一の貴族出身であったがために、ジョルドが王位継承最有力候補として世間では扱われていた。
 その状況を申し訳なく思う父を思ってか、ファウドはいつしかダウギールのような王国軍の将軍になりたいと言い始め、今ダウギールの厚意もあって直々に訓練を受けているということだった。

 だからこそファウドはジョルドに対し慈愛の心を以て、何においても諭すような言い方で優しく接していたが、背後に強力な権力を携えたジョルドはもう王宮に居場所がなくなりつつあるファウドに対し、冷たく当たることが多かった。
「だがその野蛮人のお陰で我等は平和に生きられるのではないか?」
「しかしその野蛮人を養っているのは私たちです。兄上ももっと王の振舞い方を覚えた方がいい。まあ次の王は私なのですが……」
「それならば私が野蛮人として、ジョルドの命を守ろう。それではな」
 と、笑顔でジョルドの前から立ち去るファウドの背中に対し、皮肉や悪口がどうも通用しないことにジョルドは腹を立て、舌打ちをした。



 ファウドは脱衣所で服を脱ぎ、白く艶やかな腰布を巻き、王宮の浴場へ足を踏み入れた。中には世話係の侍女が数名居り、ファウドの身体を洗おうとするが、ファウドはそれを止める。
「いつも言ってるだろう? 私の時くらいはゆっくりしてくれ、と。身体は自分で洗うものだし、私ももう十六だ。女性に身体を洗われるのはいささか恥ずかしい」
 そう言うと侍女は一礼し、一歩下がり、自らの待機用の椅子に座った。
 ファウドの母は傭兵都市出身の冒険者だという。ファウドの母は、現人間王が傭兵都市に視察に向かった際、盗賊に襲われていたところを王国軍の兵士より先に盗賊を倒して見せたという。
 それほどに腕の立つ冒険者であり、それどころかジョルドの母と違い、良識のある常識人であった。それが故に現人間王に見初められ、女王としてファウドを産んだ後も「王族の前に人間であれ」と貴族的な作法より、普通の家の作法をファウドに学ばせた。

 しかしファウドの母が平民の出というところで、ジョルドの母との差が生まれてしまっているのも事実であった。

 自らの部屋にある救急箱からいくつかの包帯などを取り出し、少し痛む傷に当てる。肘や膝、ある程度の負傷部分をカバーできたら、ファウドは図書館へと向かう。
 王宮の中でももちろん勉学を行うことが出来るが、それは全てにおいて人間種に寄せられた教えであった。
 ファウドは自分たちの政治の都合で捻じ曲げられた知識なんてものは必要としていない。自らの手で触れ、耳で聞き、目で見たものだけを信じたかった。
 だからこそ彼にとっての図書館、王国書院は偏りのない知識を得られる唯一の場所であった。

「今日はこれの続きを……と」
 そう言って手に取った本は『魔物生態研究書」だ。
 各魔物の特徴などが描かれた図鑑とは違い、もっと根本に近い魔物の存在自体を研究したものがこの魔物生態研究書だった。

『……魔物という者たちは明らかにそこらにいる動物とは一線を画す生物だ。それは見た目だけでなく、人間に対する反応が挙げられる。
 動物は人間に対し、ある程度の警戒を持ち一定の距離感を保とうとするが、魔物は人間を見つけ次第圧倒的な敵意の元その命を狙ってくる。
 狼と狼型の魔物に何の違いがあるのだろうか。

 魔人に捕虜に取られていた者の話によると、魔人の国では魔物が放し飼いされているという。それは人間が魔力によって魔物と意識疎通を行う使役とは違い、人間が動物に行うような信頼関係の上での“飼う”という形であったというのだ。
 それならば魔物は人に敵意を剥き出しにするのではなく、人間に敵意を抱くということがわかるだろう。

 それでは魔人と人間の違いはなんだろう……』

 ある程度読み進めたところでファウドは本を閉じ、窓の外に視線を移す。
 そこには城下町を歩く人々の姿が見え、たまに甲冑に身を包んだ王国軍の警備兵たちがいた。ファウド自身、自分が王になりたいのかなりたくないのかはっきりとわかってはいなかった。しかし少なくとも過去から永遠と戦い続けているからという理由で、自らの自国民を駒として扱い、魔物や魔人と戦わせることに疑問を抱いていた。
 そのため、このような魔物についての書物や、魔人の国から解放された元捕虜の話に興味を持った。

 訓練が終わり、風呂に入り、本を読んだ後は、いつもハミルの元へ行くと日課になっていた。ハミルは魔人に捕虜にされていた人間の生き残りの老人である。
 ハミルはファウドと話すことを楽しみにしているためか、捕虜になっていた当時の話を一気に話してはくれず、小出しにして話す。そして今日はハミルがなぜ生きて人間種領に戻ってこられたかという話をしてくれる日だった。



「やあハミル」
 ファウドがそう言うと牢獄に入れられているハミルは顔を上げて嬉しそうに笑った。本来であれば返ってきた捕虜というものは良い待遇を受けるものだろうが、人間と魔人の戦争の場合は違った。
 個体であれば圧倒的な力量差のある人間と魔人では、捕虜は逃げることが出来ないということが常識であった。だからハミルにはスパイの容疑がかけられており、魔都でも王都でも牢獄生活と言う辛い現実を生きるしかなかった。
「これはこれはファウド様。毎日私なんかのために……」
「貴方の御話は面白い。そして今日はなんで貴方が魔都から逃げられたかということを教えてくれるはずだったからな」
「そうでしたな……。魔都で人間はどのように扱われるか知っておりますかな?」
「ああ、家畜同然の奴隷であろう?」
「はい。そして夜は個別の独房に入れられます。しかし私はこちらで学者として生きていました。そのため一人の魔人に目を付けられたのです。目を付けられたというよりかは今のファウド様のように、私の牢獄に足を運んでくれるようになったのです。そしてその魔人は人の文化に興味を持ち、何度も私に話を聞きに来ました。月に照らされた青みがかった銀の髪の毛が美しい女性だった……」



 今日の労働による疲れでだんだんとうとうとし始めたくらいの時、私の独房に繋がっている階段からカツン、カツーンと足音が聞こえてくるのです。
 その音は軽く、優しく、どこかここに来るのをばれないようにしているように聞こえました。その音で私は気付くのです。ああ、また今日もあの方が来てくれた、と。
 名前は最後まで教えてくれませんでしたが、他の魔人と違い、良い身なりをしていたので高貴な方であったのでしょう。
 彼女は言うのです。
「魔人の描いた改変された人の歴史ではなく、本当の人間から聞く、本当の人間のことを知りたい」と。
 彼女はこよなく平和を愛する人でした。鞭で強く打ち付けられる奴隷がいたらその奴隷使いの手を止めさせ、奴隷を庇うようなそんな。
 牢獄の中は酷く暗い。しかしたまに月明かりで照らされる彼女の顔には薄っすらと悲しみが見えるのです。戦場に出向いた夫を待っているかのような、そんな底知れぬ不安に常に駆られているような表情を。

 そんな時でありました。魔都の大きな門から数名の鎖につながれた冒険者が連れられてきました。
 言っていなかったかもしれませんが、魔人は常に少数精鋭を好みます。人間とは違い、数が少なく一人が一騎当千な彼らにはそれが当然のこと。
 そのため魔都には家も少なく、一つの家が屋敷のように大きく広大な庭がありました。だからこそ奴隷の独房だって一人一つが与えられていました。しかしその奴隷の数が越えるようであれば、使えない年老いた奴隷を殺し、その代わりに新しい奴隷を入れるのです。

 私はこのような身。若き冒険者の奴隷を見た時、私は自分の死を悟りました。

 その夜のことです。その夜は雲が月を隠す黒い夜でした。
 普段はゆっくりと聞こえてくる足音が、今日は焦っているのか早いのです。彼女でした。
 彼女も気付いていたのでしょう。あの冒険者が私の代わりになると。そして私の独房にまで赴きこういったのです。
「私が貴方を逃がしてあげましょう」と。
 彼女は何も言わず、牢の錠前に人差し指で触れました。すると彼女の指先からはその夜より黒い瘴気を発し、錠前を中から破壊して見せました。
 そして懐から一枚の地図を取り出し、それを私に渡してくれたのです。そこには独房から大門にまで抜ける一つの道が描かれていました。
「これからあなたには数時間姿が見えなくなる魔法をかけます。その間に逃げてください。そして伝えて欲しいのです。魔人にも平和を願っているものが居ると」
 そう言って、彼女は私の独房から去って行きました。



「そうか。向こうの国にもそういう人がいるんだな……」
 ファウドはそう呟いた。既に外には夜の帳が降りており、ファウドはハミルに別れを告げ、自らの部屋に戻ることにする。



 次の日の朝。少し騒がしい城下町に気付いたファウドは自室から適当な外出用の服に着替え、外へと繰り出した。
 大衆が纏まっている中心には何人かの兵士がおり、その兵士は誰かを連行しているようだった。
 王族でありながら、自由行動を許されていたファウドは大衆を掻き分け、その誰かを確認しようとする。そしてファウドはその誰かを確認し、驚愕する。
「ハミル……!? お、おい! 止まれ!」
 大衆を除け、兵士を止め、ファウドはハミルに尋ねた。
「ハミル……! なんで?」
「今日の朝、私の処刑が決まったようなのです……。魔人に手引きされ、逃げ出してきたからスパイであることは確実だと……。ファウド様、私は信用に足らない人間でしたか……?」
 泣きながら言うハミルの言葉をファウドは理解できなかった。
「私がお前のスパイだという証拠を確信にかえるために話をしていたと?」
 話を続けようとするファウドを遮り、兵士たちがハミルの連行を開始する。
「ファウド様、申し訳ありませんがそろそろ……」

 ファウドは重い頭を抱えながら王宮の廊下を歩いていた。
「よう、ファウド……。お前が仲良くしてたハミル、さっき吊られたよ。物好きもいるもんだなぁ……。奴隷を助けるなんてさぁ!」
 ジョルドはファウドを笑いながらそう叫んだのだった。
「そうか、お前が進言したのか。罪のないハミルを殺せと……」
 ファウドは激昂していた。それこそ山一つを噴火させてもおかしくないような程、彼の中では凄まじい怒りが燃え滾っていた。だがファウドはジョルドに対し、怒りを見せたりしない。自らの後ろに手を回し、強く手を握りしめる。
 先日爪を切っていてよかった。もし爪が伸びていたら今彼の手には痛々しくその爪が鋭く突き刺さっていたかもしれないから。
 そしてファウドは一言だけ「惨めな男だ」とジョルドに吐き捨て、その場を後にした。

 ファウドは訓練場に場所を移し、訓練用の鉄の剣を握りしめ、訓練用の案山子に強く、強く剣を叩きつけた。
 絶叫し、怒りを剣に乗せ、何とかそれで発散しようとするが、頭の中でずっとハミルのあの悲し気に訴えかける目が繰り返されている。
 少しするとその声を聞きつけたのか、ダウギールが訓練場に現れファウドに告げた。
「怒りに身を任せるのも良いですが、技術をおろそかにしてはダメです。動きが単調になり、相手に剣筋を悟られます」
 その言葉にファウドは一度呼吸を整え、心を落ち着け腕の力を抜いた。
「剣を振るい、相手に剣がぶつかる瞬間にのみ、全力を載せるのです」
 ダウギールの言葉通りに振るったファウドの剣は先ほどまで案山子の木材を多少強く傷つけるだけであった斬撃とは違い、一閃。鮮やかにその案山子を真っ二つにして見せた。
 その斬撃によってすっとファウドの心も軽くなる。
「人間とは詠唱や魔方陣によってでしか魔力を扱うことのできない種族とされていますが、自らの感情が昂っている時などはそのように魔力を最大限に利用することが出来るのです。火事場の馬鹿力というのはそれらが影響した結果だとも言います」
「ありがとうダウギール。少し落ち着いた」
「いえいえ。もしなにかありましたらお聞きいたしますが?」
 ファウドは少し悩んだ後、口を開く。
「私は何もできない。何もできなかった。強さが欲しいんだ。多分私が欲しいものはここにいても手に入らない。だから母上と同じように冒険者になろうと思う」
「なっ。王国正規軍将軍と言う夢はどうされたのですか?」
「ハミルの件は聞いたか? ジョルドは私とハミルの話を盗み聞きしていたのだ。結果、その話の内容を抜き取った証言を持ち込み、ハミルを処刑に追い込んだ。私に精神的な負荷を与えるために」
「あの捕虜の突然の処刑はそういう……」
「ああ。普段はジョルドの嫌がらせに対しても年下の戯言だと躱してきた。しかし同じ種族の命すらも自らの欲のために奪うあいつを守る盾には、もうなれそうもない」
 ダウギールは助言者であった。それは純粋な助言者であり、「ファウドは王族なのだから」という理由でファウドが冒険者になるようなことを止めようとはしなかった。
「冒険者になるには傭兵都市に向かわなければなりません。しかし傭兵都市では王族の名は邪魔になるでしょう。姓か名どちらかは変えなければならないでしょうね。そして少なくとももう裕福な暮らしはできないと考えてください。姓か名を変えるということは王族としての恩恵を捨てるということ。もう二度と王宮へ足を踏み入れることはできないでしょう。一時の感情で決めてはいけないことだということはわかっているでしょう」
 ダウギールの言葉を聞いたファウドは静かに頷いた。
「ありがとうダウギール。貴方は本当に平等な方だ」
 そう告げたファウドは剣を武器掛けに置き、自室へと戻った。



 気付けばもう時は夕方に差し掛かっていた。ファウドは自らのベッドで横になりながら考えていた。
 もし冒険者になるとしたらまず傭兵都市にある冒険者ギルドにて審査を受け、冒険者にならなければならない。そこでは王族という立場は使えないし、一番下からのスタートになるだろう。
 いつ死ぬかわからない世界で剣だけを頼りに生きていかなければならない。

 そんな苛酷な世界に身を投じようともファウドは冒険者になり、魔人種領に向かいたかった。ハミルが教えてくれた女性に会うことが出来たらこの世界の何かが変わるかもしれないと。



 一日悩んだ。もう夜は更け、世界はすっかり暗黒に包まれていた。ファウドは自らの持つ服の中で一番みすぼらしいものを取り出し、それを羽織り外に出る。商業都市の行商人についていけさえすれば傭兵都市にたどりつくことは簡単だ。
 問題はどうやって城の門を潜るかであった。しかしただ考えていても仕方ないため、ファウドはゆっくりと自室の扉を開け、王宮の廊下へと出る。
「ファウド様」
 不意に声を掛けられたファウドは驚き、声を出しそうになるが口を手で抑え、その声を何とか押し込む。振り向いた先には鎧を身に着けていないダウギールがいた。
「ダウギールか。今日の任務は終えたのか?」
「はい。公のものは……」
「公?」
「これは私とファウド様しか知らない極秘の任務であります。今から私が傭兵都市へとファウド様をお連れいたします」
「なっ……。そんなことをしてはダウギール、貴方に罪がかけられてしまうかもしれない」
「いえ、これは御父上、国王陛下の意思でもあるのです」
「父上の?」
「はい。どういう形であれ、ファウド様の願いは叶えて欲しいと。世間や元王妃様の身分でファウド様の人生がめちゃくちゃになってしまうのであれば、自らの手元を離れたとしても貴方の意思を尊重してほしいと。これで明日ファウド様の行方不明が世の中に知れた時、私も陛下も驚きます。しかし二人の中ではファウド様はどこかで健やかに生きていると信じ続けるのです」
 ファウドはダウギールの言葉に静かに涙を流した。外は地獄かもしれない。しかし王宮内に居場所のないファウドにとって王宮の中こそ一番近くの地獄であったのだろう。
 その辛さを知ってくれていた父やダウギールの心の優しさにファウドは涙を流さざるを得なかった。ファウドとて未だ十六の少年であるのだから。
「よくぞここまで……」
 とファウドを抱きしめるダウギールの胸の中は武人であるために、ごつごつとした力強さを感じるが、それよりも人の温かさを改めて強く感じさせてくれた。

「さあこちらへ。ファウド様」
 ダウギールの案内に従い、ファウドは王宮の裏道を辿る。その道は途中から王都を取り囲む山岳地帯へと続き、その山岳地帯を少し進めば小屋と繋ぎ止められた一匹の馬がいた。
 ダウギールとファウドはその馬に跨り、傭兵都市を目指す。



 人生のほとんどを王宮の中で過ごしてきたファウドにとって山の植物たちの匂いは新鮮であった。鼻の奥をつんと突く青臭さでさえ、新たな人生の幕開けを告げているようで素晴らしいものだった。
 そして山岳地帯を抜け、シル平原へと出ればダウギールは馬に自らの魔法を掛け、その速度を上昇させる。
 風属性上級魔法である雷装により、馬の身体能力を底上げし、数日かかる商業都市傭兵都市間の街道を激走する。

 傭兵都市に辿り着く前でダウギールは馬の足を止め、ファウドと共に馬を降りた。
「傭兵都市はもう目前です。時間的にも私が同行できるのはここまででしょう。しかしここらであればもう盗賊などが現れることはありません。あとはこの道を真っ直ぐ進むだけです」
 ダウギールの指さした先を見たファウドは静かに頷き感謝を述べた。
「ありがとうダウギール。貴方にはずっと助けてもらってばかりだったな」
「いえ、勿体ないお言葉です。これが最後のファウド様に対する忠誠になります。私が最後にできること。陛下からの餞別でございます」
 ダウギールは背負っていた剣を取り出し、それをファウドに差し出す。
「これは?」
「太陽剣レーヴァテインの成れの果てです」
 ダウギールは力強く鞘から剣を引き抜くとそこにはただの鉄の剣があった。
「レーヴァテイン? 太陽の女神が授ける光の剣。でもただの鉄の剣じゃないか」
「この世界に対になる剣が二種類あることはご存知でしょうか」
「対になる剣?」
「はい。一種は戦神が扱ったとされる赤と青の二刀。そしてもう一種がこの太陽剣レーヴァテイン。人間王のルーツはかつて光の勇者と共に竜を打ち倒した初代太陽の騎士なのです。そして人間王は即位の時にこのレーヴァテインを受け継いでいくのです。いつしか本来のレーヴァテインの力を引き出すことが出来る王が現れるまで」
「そんな話一度も……」
「そうです。これは新たに王子が王に即位するときにのみ話されるもの。それを私がファウド様に伝えているということが、どういうことか理解できますでしょう」
「父上……。しかし太陽剣の本来の力を取り戻しどうするのだ。魔人を全て討ち滅ぼせとでもいうのか?」
「いえ、違います――」



――本来の勇者こそ太陽の騎士であったのです。世界は常に絶対的なバランスを求めます。それが故か魔人と言う種族が生まれた時既に、太陽の騎士の誕生は運命づけられていました。
 だからこそこの太陽剣こそが本来の聖剣なのです。
 しかし何の因果か、光の勇者と言う濁った光を持つ戦士が生まれた。光の勇者は世界が望まざる存在でした。いえ、魔人が、太陽の騎士がこの世界を司る者にとって望まざる存在だったのかもしれません。
 だとしても勇者と呼ばれる存在が二人生まれてしまった。本来は太陽の騎士だけで良かったはずのこの大陸に。

 月光剣ダインスレイフ。魔人にとっての太陽の騎士。鴉ノ王第一使徒が手にする剣の名前です。
 太陽と月。陰と陽が交わる時こそ絶対的な平等がこの大陸にもたらされるはずでした。しかし太陽剣は命を吸い取られるように聖剣に光の力を吸収され、このような姿に成り果ててしまったのです。

 魔人との共存を望むファウド様こそこの光の剣の後継者に相応しい。
 どうか貴方の手で平等な世界を……。



「ありがとう。そんな話があるなんてこと全く知らなかったな。この剣の力を取り戻すのが私ではなくとも、父上がダウギールがそうしてくれたように私の子供へとこの剣は受け継いでいこう」
「はい。これで私の今日の任務は終了です。最後に……。もしよろしければ新たな名を教えて下さると幸いです。もちろんおっしゃらなくても結構です。教えてくださったとしてもそれは私の心の中に仕舞い、陛下にお伝えすることすらしません。ただ私の我儘として、冒険者となられたファウド様の名前が耳に入ってきたならばどれだけの幸せか……と」
「そうだな。今ダウギールに話をしてもらって決まったよ。父上と母上に貰ったこの名は捨てようとは思わない。だから王族としての名を捨てよう」
 見え始めた朝日を背にファウドは告げる。
「ファウド=フリーデン。自由を、平等を見つける者と名乗ろう」
 ダウギールはその名を復唱する。
「ファウド=フリーデン……。ファウド=フリーデン。良いお名前です。これにて私は失礼させていただきます」
 ダウギールは今一度ファウドの前に跪き、ファウドの手に最後の忠誠の口づけを行った。そして馬に跨り、大きな声で。
「ファウド=フリーデンに、偉大なる栄光を! せぇあ!」
 雷装を施された馬は凄まじい速さで街道を駆けていく。ダウギールの大きな背中も一気に小さくなっていってしまう。
 
「まず目指すは傭兵都市だな。私……いや俺の新たな人生の幕開けだ!」

  • 最終更新:2019-05-20 00:05:49

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