第一章 終りゆく世界

 壊れた歯車は聞き苦しいほどの騒音を掻き鳴らしながらも、その使命を全うするために未だ回り続けている。
 ――君は僕で、僕は君だ――
 しかしその歯車が創り出したものは既にその使命を忘れ、主たる存在自体に牙を剥く。
皮肉にも世界は滅んでいた。



 この世界で生きる人々の安寧を脅かす者たちの襲撃。それを表した警鐘はけたたましい音を掻き鳴らし、村中に避難を伝えていく。
 多くの家々は移住を想定した簡易的なテントのようなものであるため、全て置いて逃げたとしてもそれほどの痛手はなかった。そんな状況でもなるべく多くのものを持って逃げようとするのは、人の罪深い欲望からだろうか。
 しかし命の危険が迫っているなか、慌てふためき逃げていく者たちとは違い、その襲撃者に対して立ち向かっていく者たちもいた。
 物を言わずにただ銃を構え、襲撃者である掃除屋と呼ばれる機械兵器目掛け弾丸を放つ傭兵らの中に一際異彩を放つ兵士がいた。彼の名前は有馬(ありま)烏(からす)。皆が持つ疑似駆動銃を手に、スコープ越しに二輪車型の掃除屋を狙った弾丸は、空気圧によって射出されたものであるため、火薬の爆発などの大きな音は鳴らさない。その弾丸は掃除屋の核とも言える通信機器を確実に破壊し、掃除屋の数を減らした。
この灰が舞う世界でこれほど確実な射撃を行える兵士は少なく、カラスはバイクの停止を確認した後、もう一度その銃に弾丸を装填し、エアコッキングによる空気の加圧を行う。
 そして別の兵士が撃ち漏らした何台かのバイクは彼らの間をすり抜けた後、急激な転回を行い、その車体から機関砲を露出させ、兵士たちに狙いを定める。
「三、四、五。流石にこれ以上減らされたら困るな……」
 今残っている兵士を数えた後、そう呟いたカラスは疑似駆動銃をその場に置き、背負っていたライフルを構えた。他の疑似駆動銃とは違い、複雑な機構を搭載したそのライフルからは先に針のついた管が伸びている。カラスはそれを腕に突き刺すことでそのライフルを起動する。カラスの腕からは管を伝い、赤黒い血液がライフルに流れていき、その血液が機関部分に到達すると、内部がじんわりと光始める。組まれたパーツの隙間から漏れる光は鈍い色で、黄色とも赤とも言えないような色をしている。
 そしてカラスが呟く。
「駆動装置起動――」『――認証、確認』
 瞬間、トリガーを引かずとも銃口から真っ赤な弾丸が飛び出し、こちらへ迫り来るバイクの集団の中心へ着弾した。そこから目を覆いたくなるほどの閃光が放たれ、巨大な爆発が掃除屋たちを呑み込んでいく。



「傭兵さんや。生憎あんたらに渡せるような食料はもう残っとらんのだ。村の女子供に配る分はあれど、男どもの分はもう無くて、傭兵を雇ったものの上げられるようなものは限られておる……」
 自らたちを雇った村の村長にそんなことを言われた兵士たちは口々に文句を垂れる。
「俺は食料は要らない」
 そんな中、暗い声音でカラスは言う。
「ここ周辺の地図、若しくは過去の遺物があれば」
 過去の遺物。響きだけであれば貴重な代物のような印象を受けるが、砂と灰に塗れ緑という色を失い、荒廃しきった世界では、身の糧にならないものは全てゴミ同然であった。そのためカラスは村民からすると、命を救ってくれた報酬にゴミを寄越せと言う都合の良い傭兵であった。もちろん村長はその言葉に驚きを隠すことはできず、それと同じように他の傭兵たちはカラスを笑う。
「そ、そんなもので良いのか?」
「ああ」
 その返事に対し、村長は一人の青年に声を掛け、心当たりのある遺物を持ってこさせることにした。
「いやあ、それにしても変わった傭兵さんは変わった武器を使うんだな?」
 と、傭兵の内の一人がカラスの腕に張られた絆創膏を見ながら言った。この絆創膏は先ほどの駆動装置の管を血管に繋いだ際にできた傷を保護するための物だ。

今この世界で主流となっている武器はカラスが最初に使っていた銃を代表とする疑似駆動銃と呼ばれる兵器であった。それは火薬を扱うものであったり、カラスの銃のように空気圧を利用したエアガンであったりと種類は様々であるが、それら全ては旧世界に存在していた駆動装置を利用した武器のまがい物であった。
 そしてカラスの背負っているものこそ最大の過去の遺物、生命力を消費することでその絶大な効果を発揮させる駆動装置を搭載した兵器であるが、その存在はほぼ伝説となっており、一目で判断できる者はいない。
「ああ、まあな。友人に優秀な技術者がいるんだ」
 と、適当な嘘で誤魔化し、カラスは報酬を受け取り、その場を後にする。
 駆動装置で破壊したバイクは既にガラクタに成り下がっていたが、最初の疑似駆動銃で通信機器のみを破壊したバイクはその原型を留めたまま、村の外に転がっている。カラスはそれを持ち上げ、自らのポーチから工具を取りだし、徐にバイクの機関部分を弄り始める。
 先ほど傭兵たちに優秀な技術者の友人がいると述べていたが、それは嘘であり、機械兵器や過去の遺物に対する技術と知識をカラスは持っていた。背負っている駆動装置の搭載された兵器も自らが改造したものであったため、ほぼ無傷の機械兵器を自らの乗り物として改造するなんてことは赤子の手をひねるよりも簡単な作業であった。

 通信機器及びその周りの機械を外してしまえば、掃除屋たちの中枢である世界システムからの通信を遮断でき、掃除屋の攻撃性を、遠隔操作を取り除くどころか、この世界では既に作ることが出来なくなった機械を獲得することが出来る。しかし通信機器のみを破壊する難易度と、機械兵器自体の危険性からそれ自体を懐柔するという発想に辿り着く者はおらず、その中でもカラスはそれを体現して見せた数少ない人類の一人だった。

 改造し終わったバイクに跨り、カラスはアクセルを捻る。腹の奥を響かせるようなエンジンの音を鳴らした後、地面に降り積もった灰を巻き上げながら砂漠に新たな道を作り始める。



 依頼を行った村からバイクで数時間のところにカラスの拠点はあった。掃除屋は通常その技術を漏洩させないために、攻撃目標への到達時間と行動時間、帰還時間を合算した作戦時間が設定されており、その時間を越えると自動的に爆破されるようになっていた。流石のカラスの技術を以てしてもその回路を遮断することは未だ成功しておらず、今日獲得したバイクもいくつかのパーツを外した状態で拠点から数キロ離れた場所に放置した。
 拠点に向け、少し歩くと背後で爆発音が鳴り響き、先ほど乗っていた掃除屋が作戦時間満了により破壊されたことがわかる。その数秒後、爆風がカラスの背中を吹き付けるが、かなりの距離が離れているため、何か障害になるようなことはなかった。
 しかし拠点への残り数キロの道も、世界の大地を覆っている灰が足を取るために歩きづらく、この世界では歩行すらも重労働に等しい。

 世界は灰色に染まっていた。世界樹と呼ばれる天を突くほどの大樹から放たれていた花粉はいつしかその伝承にあった幻の力を失い、ただの灰として世界に降り注いでいった。それどころかその灰は分厚い雲として太陽を隠しただけではなく、河川や海にすらも降り注ぎ、その姿を一変させてしまった。河川は消え、海はかつての青を保っていない。
 その中で人は数を減らしながらも何とか生き長らえ、今を生きている。カラスが見て来た村には死んだ人間を贄として食らう村もあった。そんな程度には世界は荒み、人々は疲弊しきっていた。

 枯れた木を自らにしかわからない目印に見立て、拠点を隠すための灰をいくらか掘り起こし扉を開け、中に入る。拠点の中はもちろん薄暗く、扉を開けたすぐのところにあるランタンに火を灯し、その他の灯りにも点々と火を灯していく。カラスの家は砂漠のど真ん中にあるということを関係なしに、汚かった。
 それはただ掃除をしないというわけではなく、特別カラスが、片付けが苦手だという訳でもない。ひたすらに彼の家にはモノが多かった。先ほどのように、解体した掃除屋の部品を持ってきては、自らの生活をよりよくするための機械を作っているのだが、持って帰ってきたものが必ず欲しいものであるはずもなく、今必要のない部品がそこここに余り、転がっていた。
 カラスは冷蔵室という名の、パイプを組み合わせて作った通気口によって風通しを良くした暗室から食料を取り出し、口にする。基本的に冷蔵室に入っているのは運よく見つけることのできた動物を解体して得た内臓であったり、灰を吸い込みすぎて死んだ魚であったり、となるべく鉄分の多い食べ物を集めていた。それもカラスが使っている駆動装置は一発弾を撃つのにカラスの血液を二〇〇ミリリットルも消費する。体重五十キロ強のカラスの血液量は三〇〇〇ミリリットル強。血液量の内、三分の一を失うと致命的であるとされていることから駆動装置を利用して撃てる弾丸は五発が限界であった。
 そんな兵器を利用しているカラスは食によって多くのより良い血液を生産しなければならない。そのためこのように多くの鉄分を得ることが出来る食材をカラスは好んで食していた。

 既に乾燥肉に成り果てたそれらをくちゃくちゃと何度も噛みながら、今日取ってきた部品と遺物を作業台に投げ、工具を手に未完成の装置の完成に努める。
 今作り上げているのは、本拠地がわかっていない掃除屋を追跡するためのレーダーや追跡装置。またドローンを利用した地形把握装置に、駆動装置の変換機の三つであった。
傭兵として生きているカラスはその仕事を楽に、なるべく犠牲を少なくしたいと思い、地形把握装置や一発撃つのに必要な血液量を減らすことが出来る変換機などを求めていたが、微かにこの世界の掃除屋を撲滅し英雄となるという野望も心に隠していた。
 それの成功のカギとなるのが追跡装置であるのだが、電波や電気信号にめっぽう敏感な掃除屋を騙せるほどの追跡装置を作るという難易度はその言葉通り異常であった。
 今回獲れた部品も利用できないとわかるや否や、ため息をつき、部品を床に起き、椅子に力なく項垂れた。そしてカラスはそのまま目を閉じ、眠りにつく。



 目が覚めたのは次の日の朝であった。今日は西に十数キロ行った村に傭兵としての仕事があり、それを思い出したカラスは準備を始める。地下水を吸い上げる井戸からコップ一杯の水を汲み、そこに布を浸して顔を拭う。そしてその水で口を濯いだ後、それを呑み込んだ。この井戸から採れる水は三日に一リットル行くか行かないか。また薄っすらと灰に汚れており、清涼とは言い難い。そして薄っすらと潤った口にいくつかの食料を放り込み、傭兵としての装備を着ていく。
 薄いインナー、皮で作られたコート風の防具にその上から焼け石に水程度にしかならない防弾チョッキ。頭を覆うことが出来るメットにミラー加工で目線を悟られることのないゴーグルをつけ、腰回りにいくつかのポーチ、背中に駆動装置銃と疑似駆動銃を背負い、扉を開け外に出る。
 外は変わり映えのしない灰色の世界だ。吹き付ける風には灰が混ざっており、呼吸ごとに灰が口や鼻に入り込むため、適当なマスクを着け歩き出す。



 今日辿り着いた村は昨日依頼を行った村よりはるかに大きい村だった。かつて世界に存在していた砦と言われる建築物の跡地の一画を改修して作られた村らしく、その砦という本来の建築物の防御性の高さから、移動せずともその栄華を壊されることはなく、かなりの発展をこの村は遂げていた。
 村の周囲には掃除屋の部品を利用して作られたであろうタレットと称される自動防衛兵器がいくつも備えられており、同じく村の周辺を哨戒している警備兵の装備も潤沢であった。
 興味津々に歩いているカラスの姿を見た警備兵たちは、背負われている駆動装置を目にして口々に武器を意味するアルマという名を告げる。このように大きな発展を遂げている村には少なくとも知識人と呼ばれる者たちが数名居り、戦闘における技術の高さや過去の遺物であろう駆動装置を巧みに扱うことのできるカラスは度々彼らに傭兵としてではなく、畏怖の念を持ち武器そのものと称され、いつしかアルマという名でその名を轟かせていた。
「遺物の武器(アルマ)」
 逸話や伝承のように語られていたカラスを目にした者たちは、それこそ畏怖の念を持ち、傍からその姿を見ることしかできなかった。
その砦の核とも言える門に辿り着くと、カラスは門の横に伸びている梯子を上ることを許され、そのまま砦の中に入る。
 一辺百メートルはあるかと思われる壁に四方を囲まれた塔に作られた村の中は後に作られたであろう木組みの足場によって縦に複雑な構造になっていた。ちょうど梯子を昇り切ったところにある壁に紙が貼られており、その何層もの階を記したそれはこの村の地図であることがわかった。
 村の観光は後でできるということなので、まずその警備兵に従い村長のいる場所へ足を運んだ。
「朝だというのに、この村は暗いんだな……」
 先導している警備兵にカラスはそう告げた。
「でしょう? 飛行型の掃除屋の襲撃に備えて、元あった砦にドーム状の屋根を取り付けたんですよ。そのため大体ランタンなどの灯りで誤魔化しているので、このような暗さに。でも村の下層にある市場や上層にある酒場ではそんな暗さも忘れられるほどの喧騒がありますけどね」
 と警備兵は笑いながら応えた。カラスは周りから聞こえてくる騒がしい声から、その警備兵の言葉に納得する。
「良い村だ……と思う」
「そうおっしゃっていただけると、村の者たちも喜びます」
「そうか」
 何を思ったのか、カラスはそれ以降話すことをやめ、警備兵も無理に会話を続けようとは思わなかった。

 かつて砦として組み上げられたときから残っているであろう足場はしっかりとしているが、この村の者たちがあとから付け足したであろう足場はやはり不安定で度々カラスを驚かせる鈍い音を鳴らしたが、それは村の者たちにとって日常であり、警備兵は驚いているカラスを小さく笑いながら「音楽と似たようなものですよ」と告げた。

 やはりこの村の構造は複雑で、案内無しに門まで戻れと言われたら無理であろうなと思う程のルートを数分辿った後、カラスは村長のいる部屋へと通された。
「そうか、そうか。そなたがあの……アルマと呼ばれる」
 白いひげを蓄えた腰の曲がった老人は何とも言えない表情でそう告げた。戦いに身を投じ、それで金を稼ぐカラスに対する哀れみか、過去の遺物を呼び起こしたカラスに対する恐怖か。少なくとも快い言葉ではない。
 ただそれが気に入らなかったわけではない。カラスは常に依頼者と対等でいようとした。
「ああ、依頼を受けるためにここに来た」
「本来傭兵(あなた)には村を守ってほしいという依頼をするべきなのだろうが、生憎見てもらった通り、この村の防衛設備は完璧だ」
「完璧はない。一度、地震動を起こす掃除屋を見たことがある。この村の足場ではすぐに壊されるだろう」
 カラスは右足で床に負荷をかけ、二度ギッギッと音を鳴らした。
「そうか。それは懸念していたが……それについては傭兵ではなく建築家を雇う」
「じゃあなぜ俺を?」
「青い鳥(ブルーバード)が確認された」
 恐らくここにいる者は誰も知らされていなかっただろう[青い鳥]の情報。昔この大地には青い羽毛を持つ鳥がいたという。それは清涼な水場を住処とする鳥であり、灰が降り始めた頃、その青い鳥を多くの人間が求め追跡した。結果オアシスを見つけることができたという話が存在していたがそれも数百年以上も前の話。既に清涼な水場なんてものが無いこの世界で生きることのできない[青い鳥]は絶滅したとされていたが、それが確認されたということは、未だに[青い鳥]が生きることのできる灰に侵されていない世界が存在しているということ。
「なぜその情報を俺に?」
「青い鳥を探しに出した。その探索隊は何か……大いなる何かを発見したという記録のみを残し消息を絶った。その何かが場所なのかモノなのか。全てわからないがその記録が残されていた座標のみ残っている」
「ならばそこにその何かがあるのではないのか?」
「いや、そう思いその周辺を探索させたが何も見つからなかった。いや見つけられなかったということが正しいか……」
 村長はその言葉と同時に表情に影を落とす。
「見つけられなかった?」
「ああ、探索途中に無数の掃除屋たちに襲われたらしく、探索隊は行方不明だ……」
「そんなのそこに何かがあると言っているのと同じではないか」
 その情報から考えるに、その記録が残っていた座標は一度に多くの掃除屋を派遣することのできる場所であるということ。ということはカラスが探していた掃除屋たちの本拠地、若しくはそれに準ずる何かがそこに存在している可能性が高い。

 という考えを述べた後にカラスはこの村長の思惑に気付く。
「行方不明者の捜索、及び座標の探索が依頼か……」
 村長は少し間を置いた後、話し始める。
「儂は長と言えど、民に何かを強いるようなことをするつもりはない。行けば掃除屋が押し寄せるとわかっている場所にもう一度探索隊なんぞ……」
 カラスは自らの現状を思い返し、告げた。
「これ以上最適な人物はいないだろうな」
 カラスに家族はいなかった。それも彼がかつて生き別れた女性ともう一度出会うためと、故郷を捨てた旅人であったからだった。しかしその目的が果たされることはなく、彼は未だ死ぬための戦いを続けていた。
 死んでも誰も悲しまない。そして自らも自らの死地を探している。武器と称される実力の背景にある物語から彼は本当に伝説の人間のように謳われていた。
「この依頼受けていただけますかな?」
 村長は言った。
「わかった。報酬は……いらない。だが出る前の準備としてそれなりの物資提供はしてもらう」
「それはもちろんだ」
 村長は座標と共にある程度の地図とこの村でのみ利用できる何種類かの貨幣の代わりとなる物資を渡し、カラスを送り出す。

 村長の部屋があるのが八階層であったらしく、カラスは市場がある最下層まで歩いていく。既に崩れかけている足場は何度も鈍い音を鳴らし、申し訳程度に付けられたであろう木組みの手すりは本当に情けなく、心細い。下への階段が北の区画にないため、南区画へ移るための吊り橋を渡らされた時はさすがのカラスもその歩調が狂った。足場と足場の間が三十センチは空いているであろう、その吊り橋は良くも悪くもカラスの気を引き締めた。
 市場に辿り着く前、最下層の一つ上の階層からは既に吹き抜けを介して市場の喧騒がカラスの耳に届いていた。
 向かい合って武器を売る商店があっても多少のいがみ合いのみで、それほど激しい争いはしない。そんな温かみのある賑やかさに心を洗われるような感覚を覚えたカラスはまずその商店に顔を出した。
「いらっしゃい、兄さん! 旅人さんかい?」
「ああ、まあそんなところだ。ここではどんなのを売ってくれるのかな?」
「見たところ銃しか装備していない兄さんには好都合! ここでは近接の武器を売ってるんだよ。もちろん外で遭遇するような掃除屋には銃の方があっているが、最近は頭脳を特化させた人型の掃除屋も見られるようになったらしい。そういう奴には銃より近接の方が効くんだってさ」
「そうなのか……。人型か、まだ出会ったことはないが念のためは必要だよな。何がいいとかってあるのか?」
「それならこれ!」
 と武器屋は長さ二メートルほどの棍棒を指さした。先にはワイヤーで金属片をぐるぐるに巻き付けたものがついており、それこそこれで殴打を行ったら一溜まりもないだろうが、明らかに戦ったことのない者が考えるような武器であり、カラスはそれを断る。
「例えばナイフとかマチェーテとかの短い得物があればいいなと思ったんだけど……」
「そうか、それならここらへんだろうかな」
 と、言っていくつかの近接武器を机に並べる。長めの剣のようなものから果物ナイフのような大きさのものまで。その中に一つカラスは気になるものを見つけ、尋ねる。
「これは?」
 カラスが指さしたのは、美しい装飾の施された流線型の刃を持つ、全長三十センチほどの銀の短剣であった。
「ああ、これはただ暇だから装飾にこだわって見ただけだよ。特別なにか他より強力だとかは一切ない」
「これを貰っていいか?」
「え!? まあ止めはしないが本当に飾り以外何もないぜ?」
「それでいいんだ。結局のところ負けるときは負けるんだからな。もう昔みたいにはいかないんだよ」
 カラスはそう冷たく呟き、老けた自分の手を見つめる。
「昔って言ったって、兄さん二十代、いっても三十代前半くらいじゃないか?」
「正確には三十二歳だよ。そうだお代はどれがいいのかな?」
 村長から貰ったいくつかの種類のある貨幣を机の上に見せると武器屋は疑似駆動銃の弾が入っている袋を指さした。
「基本的に戦闘に扱うものを買いたい時は弾丸を、食べ物とか衣類は植物の種だ。医療品はこの錠剤。全部外に持っていっても扱える代物だが旅人さんからしたら使い果たしちまうのがお得かな」
「色々とありがとう」
「おう! こちらこそありがとう!」
 それからカラスは散弾銃型の疑似駆動銃と数日を耐えられる食料と砂橇を買い砦の村を後にした。

 砦の村から出るとまた同じような灰の砂漠が広がっている。向かう座標まではこの灰の砂漠が作り出した大砂丘を何十とも越えなければならない。そこで役に立つのが先ほど購入した砂橇であった。
 スキー板のように両足に履き、その板の裏にはこの砂漠に唯一適応した生物、陸鮫の皮がついている。砂丘を昇る際は鮫の皮についた鮫肌によって通常より強い摩擦が生まれることで、多少昇りが楽になり、降りる時こそスキーのように降りられるという画期的な装備であった。

 そして灰除けのためのゴーグルとマスクを着け、座標に向かって歩き出す。



 砂丘の砂が流れ落ちる音がした。さらさらとではなく、大きく動くようにザラッという音。ちょうどそこはカラスが歩いた道ではない。そして強い風が吹いたわけでもない。陸鮫の襲撃だ。
 地中でも酸素を取り入れるために、かつての鮫が酸素と共に水を吸い込んだように、砂を共に飲み込み、尾鰭側についている鰓から砂を排出する。それを推進力としたうえで、地中を移動する陸鮫の鼻先には発達した上顎が吻として存在しており、それが地中を移動するための切っ先となり、本来不可能なはずの移動を行わせる。
「ちっ」
 カラスはそのまま砂橇に身を任せる。これから掃除屋との激闘が想定される中、無駄な弾丸を使うわけにはいかなかった。そう考えるとこの場所で選択するべき手は逃げの一択のみである。
 砂丘を滑り降り、次の砂丘の上り坂の途中まで勢いを利用して登り、勢いがなくなると同時にもう一度全力で走り始める。息を切らし始めたカラスを嘲笑うかのように、陸鮫の群れは地中を泳ぎ、その距離を見る見るうちに近づけていく。
 それからカラスが陸鮫に囲まれるまで、時間はそれほどかからなかった。過去に存在していた砂漠とは違い、猛烈に照り付ける太陽が無いものの、灰として降り積もった花粉は確かに人々の肺を侵していた。
 周囲を陸鮫に取り囲まれ、とうとう背中に背負っていた疑似駆動銃を手にしようとしたところ、凄まじい地響きがカラスを襲う。
 立てなくなるほどの地震は地面を割り、その地面の割れ目に陸鮫は見る見るうちに吸い込まれていく。ただ地面が割れるだけでなく、陥没し、隆起し、カラスの周囲の砂漠は凄まじい勢いで地形を変動させた。そして何の偶然か、背後で隆起した断層には洞窟のような道が伸びている。
 岩の隙間に見えるようなその洞窟の壁面は明らかな金属の壁で補強されており、人の手が入っていることがわかる。
「なんだ……これは」
 ふと、腕に嵌めていた座標系に目を落とすと、そこはあの村の村長が指定していた座標であり、連続の偶然に驚きつつも、カラスはその道に足を踏み入れざるを得ない。



 洞窟かと思われたそれは洞窟とは言い難い形をしていた。横穴というものを洞窟と称するならばこの横穴とは言い得ぬ何かは洞窟とは言えない。というのも壁面が明らかな金属の壁で覆われているということもあるのだが、明らかに地下深くへカラスを誘うかのように下りの道が続いていた。それどころか驚くべきことに、暗く辺りが不安になってきたところで、ぼうと弱弱しい橙の灯りが点々と道の先に延びていった。
 カラスが来るのを待っていたかのように、その口を開いた横穴は確かにカラスをその奥へと誘導していた。
 道はひたすらに長かった。いくら歩いただろう。自分が踏み入れてはいけない場所に足を踏み入れてしまった様な、それこそこの横穴が無限に続いているのではないかという錯覚にカラスは襲われていた。自分が入ってきたはずの入り口は既に遠く見えない。しかしゴールとも言える何かも道の先に見えるわけではない。
 言葉通りひたすらに歩いたカラスは疲れによって、その道の脇に腰を下ろし、目を閉じる。外はもう夜の帳が落ちている。
 目を覚ますと、カラスはその変わらずに伸びる金属に覆われた道を見つめた。依頼を受けたから。この先に掃除屋の何かがあるかもしれないから。[青い鳥]が生きることのできる環境を発見できるかもしれないから。そんなことは既にカラスの頭にはなく、ただこの先には何があるのだろうという好奇心のみがもう一度カラスを立ち上がらせる。

 また数時間歩き、数時間眠り、歩き、眠りを繰り返した後、カラスは空間に辿り着いた。この時代において空間と呼ばれる概念はいささか取り扱いにくいものであるが、カラスの目の前に現れた開けたそれは空間としか言いようのない存在であった。
 虚無さえ感じられる空洞は莫大な広さを持っており、天井は遥か高くまでに伸び、空洞の反対側は目が霞む様に見ることが出来ない。
 しかしふと瞬きをした瞬間目の前に巨大な都市が突然出現する。
「……!?」
 先ほどまでには何もなかったその空間には、かつてこの目にした高層ビル群が立ち並んでいるような大都会が広がっていた。何が起きたかわからないカラスは、ふと目眩のような物を感じ、その場に膝を付く。
「夢でも見ているのか……」
 自分が眠っているのかどうかを確認する行動である頬をつねるということを行う者なんてそうそういないであろう。しかし今のカラスはそんな馬鹿らしい行為をするほどに動揺し、現状に疑心を抱いていた。
 痛みは感じる。カラスは当然の如くわかっていた。今自分は覚醒状態にあり、これは夢ではなく、目の前にある大都市は自分の瞬きの後に突然出現した。わかっているが理解が追いつかない。そんな状況でありながらカラスはその大都市に足を踏み入れる。
 カラスが足を踏み入れたのは、それが言われていた座標であり、目的地かもしれないからではない。これが掃除屋の本拠地かもしれないからではない。微かに街から聞こえた音。人の生活音に似たものを、彼の耳が捉えたからであった。
水の流れる音。車の音。話す声。それどころか料理でしか嗅ぐことのできない豊潤な食材の香りさえも。
 しかしそんな好奇心を嘲笑うかのように、カラスの目がそれを捉えた時、カラスは疑似駆動銃を構え、それを狙った。まん丸の身体は絶えず回転し続け、それによって移動を行い、体当たりと言う方法で人間に攻撃を行う球体型の掃除屋。外の世界でも見ることが出来る一番弱いとされる型であった。しかしその掃除屋はゆっくりとその街を歩くように移動し、カラスの脇を通り過ぎていった。
「攻撃してこない……」
 その掃除屋を目にしてからというもの、先日破壊した二輪車型や砦の村の長に話した地震動を引き起こす巨人型の掃除屋など世界中で人間を襲っている掃除屋たちをカラスはその大都市内で確認した。
 その掃除屋たちをよく見ると、球体型であれば表面に付けられた液晶、二輪車型であればヘッドライトといった具合で光を不規則に発していることが見受けられる。
 それは人が声と声で行う会話と同じ役割を持つ行動であることがカラスにはわかった。世界システムと称される中枢ネットワークに接続されている掃除屋たちは、本来意思を持たないただの世界システムの手足に過ぎないのだが、人間を見て襲ってこないことや、掃除屋同士で会話が必要であると考えるとその世界システムから逸脱し、個体ごとに自我と呼ばれる意識が芽生えているということになる。
 意志や心と言ったものまでにいかないまでも、今カラスの目の前にいる掃除屋は自らの意思でカラスを攻撃しないと判断し、自らたちの意思でカラスをこの街に迎え入れていることになる。
 もちろんカラスと掃除屋たちがコミュニケーションをとることが出来るわけではないのだが、少なくとも恐らく世界で初めて人間と掃除屋に友好と呼ばれる言葉が誕生した瞬間であっただろう。

 と、思いつつもただ不規則に予測できない動きをする掃除屋にこの街を案内させるわけにもいかず、カラスはそのまま自分の思うがままに歩を進める。

 その都市は大都会であった。カラスが過去に見た世界がそのまま発展したらこのような形になるのではないだろうかと、想像できるくらいには近未来という言葉が似合う街並みであったが、近い未来という言葉の本質を考えると、今の世界の延長がこのような形になるとは想像もできなかった。

 目的地に沿った動く歩道や、でかでかとビルの壁面を覆う広告用電光掲示板、人間が想像したとは思えないスタイリッシュな形状の建築物たちなど。その既視感のあるようで、全てにおいて進化を遂げている文明は確かにカラスの心を躍らせた。
 かつて『旅行記』という名で多くの街や国を見て回り、そのルポを書籍化したことのあったカラスは久々にモノを書く意欲が湧くが、そんなものを書いても今更誰も読まないということも承知していた。
 その中には病院や銀行、商店など掃除屋には必要のないような施設が立ち並んでおり、それが特にカラスの興味を惹きたてた。カラスはその興味が向くがまま、依頼の内容を忘れ、病院の中に足を踏み入れた。
 硝子で作られた自動の扉を抜けて、目に入る光景は白い壁に、薄い暖色のソファ、人に近い形を持った掃除屋が立ち並ぶカウンターだった。清潔感のあるそれらは今の時代にある診療所とは違うカラスの想像に値する病院の姿を持っていた。そしてソファには患者のような恰好をした掃除屋が座っており、カウンターには看護師のような恰好をした掃除屋が立っている。診察室と称された部屋から包帯を巻かれた二輪車型の掃除屋が出てきたときには、カラスはその口を閉じることが出来なかった。
 ここにいる掃除屋たちのみではない。外にいて会話を行っていた掃除屋も、恐らく銀行や商店らしき施設にいる掃除屋も。ここの都市の住人を演じているのだ。
 なぜ。何のために。
 それはここの住人ではないカラスには、絶対にわからない話であり、恐らくここの掃除屋もカラスに理解してもらおうなど思っていなかっただろう。
しかし一つだけ分かったことがある。世界の終末と共に突然現れた掃除屋と呼ばれる機械兵器は来るべくして人間を襲い始めた。そしてその機械兵器を統制しているのは人間であるということ。それも人間の形をしていない機械に人間を演じさせ、孤独を紛らわそうとしている悪趣味な人間であるということ。

 それに気付いたカラスは突然背中を気味悪く撫でられたような感覚に襲われた後、この都市を作り上げたであろう人間を探すため、病院から飛び出した。
 病院の周りには先ほど見た風景と同じように、掃除屋たちが街を歩き、思い思いに人のように行動している。乳母車に小さな球体型の掃除屋を乗せ、二輪車型の掃除屋がそれを押す。道路を四輪車型掃除屋が走り、鳥型掃除屋が空を舞い、喫茶店のシートに円柱型の掃除屋が座り、何も書かれていない白の紙を広げ、難しい表情らしきものを浮かべながらそれを読んでいるような素振りをしている。
 機械に自我が芽生えた? そんなことはありえない。機械によって作られた機械の楽園? そんなものは実在しない。
 愚かな人間が、愚かな孤独を慰めるために作りあげた偽物。それがこの機械都市であり、真実だった。
「気分が悪い。気味が悪い」
 先ほど来た時は、それこそ生命の神秘と似たような感覚を覚えた。世界システムから逸脱した機械は、機械でありながらこれほどまでに劇的で鮮やかで美しい進化を遂げるものなのかと。しかし真実を知った今、自らの周りをうろちょろとする掃除屋は気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪かった。

 この街を作らせた者、その者がいるであろう建物は大体察しがついていた。この街の中心にある城のような建造物。近未来的な建造物とは打って変わって、過去を感じさせる石材で作られたそれは豪華絢爛で、刺々しい塔の数々は痛々しい程に目を引く。未来に対し、中心に聳える過去は不自然に不気味で、不快感を覚えさせた。

 中心にある城へ歩いていくカラスの背中に、言語を持った掃除屋たちの光が当たる。歩いてくるカラスを見て、通り過ぎた後も掃除屋たちはその背中を見つめ続ける。本来であればカラスは彼らの敵であり、掃除するべき対象だ。しかし彼らはカラスのことを攻撃しようとはせずにその背中を見守り続けていた。
 それはさながら旅立つ子供の背中を見守る母親のように。カラスがこの地に来るのを待っていたかのように。
 どこから現れたのか、無数の掃除屋たちはその城までの道を両側に並び、道を作り、カラスの行く末を見つめ続けた。

 城の中は何もなかった。周りの装飾からは考えられない殺風景さに驚きを通り越して、落胆を感じていた。もちろん人間の真似事をする機械に不快感を覚えたのも確かであるが、それを感じても尚、その好奇心が薄まることはなく、城の内部に多少の期待を抱いていたのも確かだった。だというのにその城の内部はがらんどうで、見えた装飾なんてものは何一つなかった。
 ただ石材の切れ目のみが続くその道の先に薄っすらと地下への階段を見ることが出来た。薄暗い建物の中にあるそれは黒い口を開き、獲物を待ち構えるようにそこに存在している。
 行く道もないカラスはそのまま歩を進め、階段を下りていく。彼の心には一片も恐怖と言う感情はなく、その先に何があるのか、好奇心のみが動力なっていた。
降りた先には二枚の両開きの扉がある。病院で見た硝子の扉とは違い、金属製のそれこそ鉄板のような扉は簡単にその口を開いた。

 期待とは裏腹に、どうせまたがらんどうがあるのだろうと予測していたカラスはその部屋とは言い難い空間の光景を見て驚きを隠すことが出来ない。その抑えきれない驚愕は振動となって、カラスの手を震わせている。
 これほどまでに滑らかな空気はいつぶりに感じたであろうか。水のせせらぎを何年ぶりに聞いただろう。そして無数とも呼べる[青い鳥]たちはその青々とした羽根を、青々と茂った深緑の上で羽ばたかせていた。
「ここは建物の中ではないのか……? そうか地下だから灰の影響を受けないということか」
 と口に出し、頭の中でこの状況を整理しようとするが、そんな簡単に理解できるほどカラスの頭は柔軟ではなかった。
 地上ではもう見られなくなった森や川が佇み、突然変異を余儀なくされたものの、環境に適応できず死滅した動物たちがそこで闊歩している。そこは臭かった。これほどまでに世界は臭かったのかと思うほどに緑の青臭さは鼻腔を鋭く抜け、そこらに転がる動物の糞は鼻をついた。だがそれらは酷い懐かしさと共にとてつもない心地よさをカラスに与えた。自然界から逸脱した人間は、その自然を利用する存在であっても、自然を心から慕っていた。その人間が、自然を失った世界で生きることがどれだけ苦痛であるか、それをカラスは痛感していた。

 しかし彼にもう一度言葉を発せさせる前に、身体は弾かれるように動き、その清らかな河川へその頭を突っ込ませた。
 カラス自身、川の水を煮沸せずに飲むことが危険であるということは十分知っていたのだが、長年一日に数滴、それも濁った水しか飲むことが許されなかった彼がその川を目の前にして欲望を抑えることは不可能であった。いくら喉を大きく鳴らし水を飲み込んだとしても、その川から水が尽きることはない。家の雨水タンクであれば、コップ二杯も飲んでしまえば向こう二週間は、水を口にすることはできないだろうというほどなのに、その川は枯れ果てるということを知らずに、ただひたすらに流れ続けていた。
 また疑似駆動銃を手に取り、その森で歩いている動物に狙いを定める。流線型の鮮やかな体躯を持ち、可愛らしい目の上に聳える一対の凛々しい大角。
 鹿だ。
 エアコキによって射出される弾丸は、火薬による爆発音が聞こえないため、仕留めることは簡単であった。どさりと力なく倒れたその鹿に解体のため近寄ろうとすると、近くの茂みから白い何かが突然飛び出し、その鹿の元へ歩み寄った。
「白い……狼……」
 頭から尻尾までは三メートルはあろうかと思われるその狼は鹿の首元を顎で掴み、カラスの方向をきつく睨んでいる。首元を鹿の血で染めつつ、喉を鳴らし、これは俺の獲物だと言わんばかりに威嚇し、数秒カラスの目を見つめた後、今一度森の中へと走って行った。
 狼にとっての数秒は、カラスにとって数十秒にも感じられ、恐怖を与えるにはその数秒で充分であった。久々に見る弱肉強食と言う自然の生態系は底知れぬカラスの好奇心を簡単に覆う程に苛烈だ。しかしその自然すらもカラスの心を豊かにする。

 この森の青臭さが、この川のせせらぎが、この動物たちの鳴き声がどれだけ優しいものかカラスは強く心に刻み込む。しかしそんな自然の中に一つだけ異様と言えるものを見つけた。自然の中の異質。それは明らかな人工物であった。
 円柱状の硝子容器の中には茶褐色に色づいた水が溜まっており、その周囲には仰々しい機器が立ち並んでいる。硝子容器の大きさは鹿や羊などの中型草食動物一匹人分が簡単に入れそうな大きさを誇っており、カラスは疑似駆動銃を手に取り警戒する。
 近づいてその機械の様子を見てみると、その金属部分の壁面に文字が刻まれていた。
「O(オー)……。中に入っている何かの名前か?」
 カラスはその文字を指でなぞりつつ、そう呟いた。瞬間、機械は駆動音を鳴らし始め、硝子容器の中を満たしていた茶褐色の液体が外へだんだんと放出される。カラスはこの環境で生きている動物たちがこれから生まれてくるのだろうと思っていた。そのためその液体が下降にするにつれ、人の頭が現れた時、カラスは驚くどころか、腰を抜かしその場に尻をついた。
 可憐な、少女だった。幼いために、女性らしき凹凸は見られないが、その男にあるべきものがないということから少女と判断できた。
 硝子容器であるために一糸まとわぬ姿を晒した少女はその瞼を閉ざしたまま、首の裏に繋がれたプラグのみに体を支えられているようで、液体がなくなった後もだらりとその体を項垂れていた。
 カラスは何とかその少女を救い出そうと、硝子を銃床で打ち付ける。一回、手応えはない。二回、若干のひびが入った。三回、硝子は砕け散り、少女に手が届く。

 その少女の身体を硝子で傷つけないようにその容器から取り出した後、自らの上着をその少女の身体を覆うように被せ、自分の気を紛らわせるために辺りを見回した。
 少女の入っていた機械らを破壊したものの、掃除屋が襲いに来るということもなかったために、カラスはそっと胸を撫で下ろした後に、その少女の顔を見つめた。
 厚い唇や、すっと通った鼻があるわけでもない、主張の少ない顔のパーツは寧ろそれが故にバランスを保っており、綺麗な顔立ちに見せていた。しかし瞼から伸びるまつ毛はピンと背を伸ばし、その長さから女性らしさを確かに感じる。薄いピンクの唇は可愛らしく、いじらしい。
 ふと、あの首に刺さっていたプラグのことを思い出し、首筋をそっと撫でると、既にそこにそれらしいものはなく、ただ白い肌が地続きにあるだけであった。

 カラスがその首筋を確認した瞬間、少女はがばっと、勢いよく上体を起こし、目を覚ました。その突然の出来事にカラスは唖然とするが、間髪入れずに彼女に声を掛ける。
「君は――」
「僕は――誰だ……?」

  • 最終更新:2019-04-28 21:59:59

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