第五章 世界システム

 凄まじい攻防が繰り広げられていた。バギーで砂漠を爆走する三人の目の前に広がる光景は戦場。こんなにも人は生き延びていたのかと、驚くほどの人々が自らの村を、生きる土地を守るために擬似駆動銃を手に闘っている。それこそ男女関係なく、老若関係なく。
 この地球の長い歴史の中で人がここまで生きてこられたのは、ただ一つしぶといからだった。
 自らより遥かに大きな生物が大地を闊歩していようとも、黒死病によって多くの人が死に絶えても、核という自分たちの手で作り上げた技術に殺されそうになっても、パンデミックによってその数を一人にまで数を減らしても、世界大戦によって一国以外の生物が滅亡したとしても。
 人はその幾度の危機を、自らの遺伝子を地球に残し続けるためにしぶとく生き、子を作った。だからこそ掃除屋と称された不明の機械兵器が一斉に人を殺しにかかっても、人はそれらに抵抗し、未だ未来をしぶとく生きようとする。
 なぜか。それは人がしぶとい生物だからだ。

「おろせ!」
 カラスはそう叫び、バギーの男に指示するが、彼は一切ブレーキを利かせようとしない。
「あんたを連れていくのは俺たちの村だ! こんなところで時間をとってる暇はない!」
 そういった瞬間、カラスはオーと共に、砂漠へ華麗に飛び降りる。バギーといえどそこそこの速度が出ているため、下手に下りれば重症は免れないだろう。しかしカラスの隣にいるのは数時間の休憩によって体力を回復させた魔術師だ。
 重力に逆らったように、地に降り立った二人は、バギーに乗せられていた擬似駆動銃を手に、小さな村を襲っている掃除屋たちに弾丸を撃ちこんでいく。
「凄い量いるけど!?」
「弾がなくならない程度に減らしていく! オーはまだ申請を行うな!」
「りょおかい!」
 オーに銃の経験はなかった。しかし遠距離から放つことのできる魔法を扱う術を得ているオーにとって、照準に合わせて、引き金を引くという最低限に簡略された行動は、赤子の手を捻るより簡単なことであろう。
 カラスが愛用しているものとは違い、この世界では珍しく目覚ましい発展を遂げている砦の村から支給された火薬式の疑似駆動銃は、引き金を引くごとに少女の身体を鋭く揺らすが、生まれて数日、劇的と言っても良い旅をしてきた彼女にとって、その程度の衝撃は痛くもかゆくもない。それどころか、ふと鼻に付く硝煙の香りが病みつきになりそうであった。
 同じ武器を持っていたとしても、カラスのオーを守るという信念は変わらず、オーは長銃型で後方支援を、カラスは銃身を切り詰めた、ソードオフという型の散弾銃を片手に、鋼鉄の槍を振り回しながら、近接戦闘を行っていた。
 人型が丸鋸を振り上げれば、その手首の部分に槍の持ち手をぶつけ、動きを抑えながら、腹部に散弾を放つ。迫り来る二輪車型の通信機を凄まじい勢いの突きによって抉り取り、背後から忍び寄る球体型をノールックショットで破壊する。
 駆動装置という失われた遺産を使っているからではない。機械という到底生身では勝てない敵に対し、たったの二種の武器のみで圧倒的な戦闘を行って見せるカラスは、武器《アルマ》そのものであった。
「今いる傭兵で片を付けられるだろう数まで減らした! バギーを出せ! オー、行くぞ」
「え、はやっ。もうそんなかい」
 と、オーは笑いながらバギーに乗り込む。カラスを狙い迫る掃除屋たちの間をすり抜け、カラスはバギーへと飛び乗る。
「スピア! 出せ!」
 砦の村から派遣された男はスピアと言った。情けない男であることには間違いなかったのだか、バギーという駆動装置に劣らずに珍しい代物を乗りこなす彼は少なくとも、運転という技術に関しては一級である。
「任されましたよー!」
 思い切りアクセルを踏み込み、その車体を走らせる。



「上からの砲撃を絶やすな! 弾が尽きたら銃ごと下がり、装填済の者と交代しろ! 絶対に弾幕を絶やすな! 今日この日、弾が尽きても良い! 絶対にこの砦を死守しろ!」
 カラスの目からはただの老人に見えただろう。しかしこの人類の危機とも言える事態に、砦の村の長は、杖を付きながらも兵士たちを自ら指揮し、しわがれた声で指示を飛ばした。
「スピアが必ずあの二人を連れて帰って来る。そこまで持ちこたえろ!」
 そう叫んだ時だった。砦の村全体が異様な揺れに襲われた。適当な足場によって作られた階層はミシミシと音を立て、埃や木片を下層へ落としていく。
 矢倉にただ観測用のために弾の無い狙撃銃を装備した兵士が、大きな声で叫ぶ。
「巨大な掃除屋を確認! そいつがこの地響きを起こしているようです!」
 砂塵が舞うこの大地の遠くに薄っすらと見えた影。巨大なハンマーのヘッドが脚のようについた掃除屋がゆっくり、ゆっくりと地鳴りを起こしながら砦の村へと近づいてきていた。その高さは十メートルにも及びそうであるが、巨大なのは脚だけで、身体の部分はとても貧弱だ。
 その掃除屋の存在を聞いた村長は、初めてカラスに会った時に言われたことを思い出す。

――完璧はない。一度、地震動を起こす掃除屋を見たことがある。この村の足場ではすぐに壊されるだろう――

 巨大な掃除屋を近づけさせる前に破壊しなければ、砦の村の崩壊は免れない。しかし数百二も見える掃除屋が迫り来る中で、兵士を村の外に出すということは、ただ殺すのと同義であった。
「新手……! いやあれは俺たちのバギーだ! スピアが戻ってきた!」

「だから言っただろうが。地震動を起こす掃除屋がいるって……。オー! あのでかい奴に辿り着きたい。バギーごと行けるか⁉」
「この大きさだと反重力になる……。反重力で維持して……」
 その時オーは、不帰の森でのチェイスでカラスが行った、ブラストによる慣性の法則についてを思い出す。
「そうか、反重力にブラストを掛け合わせれば、最小限の力で。いける!」
「任せたぞ! 俺はあいつを破壊する! そしたらそのままこの足で砦の村を目指すから、オーとスピアは先に行け!」
 オーはまずブラストが撃てるよう身体に申請を行った後、バギー全体に反重力を付与し、その瞬間斜め下、後方に向かってブラストを放った。その瞬間、バギーは凄まじい速度を以て、飛翔した。そして一番巨人型に近づいた瞬間、カラスはそのバギーを足場に飛びかかる。
「いやっ、このタイミングで別ベクトルに力を掛けたら!」
 バギーはクルクルと回転し始め、そのまま大きく土を巻き上げながら着地する。しかし駆動音が絶えることはなく、その砂塵の中から無傷の状態でオーとスピアが現れた。

「今時粘着手榴弾を抱えてるなんて、俺より十分遺物じゃねえか!」
 と叫びながら、カラスは巨人型の頭部らしき部分に粘着手榴弾を接着し、そのままもう一度飛び上がる。数秒もすればその手榴弾は轟音を鳴らしながら爆発し、巨人型は地に伏した。
 華麗に着地したカラスの装備は矛先に人型の丸鋸を付け、腰に付けたバッテリーと銅線によってその丸鋸を作動できるようにした槍と、ソードオフショットガンだ。
 飛びかかる球体型を丸鋸によって分断し、巧みな槍捌きによって戦地を横切る二輪車型のタイヤをパンクさせる。
 バギーに乗ったオーはバギーに搭載されていた様々な銃器を利用し、別に掃除屋を制圧していく。
 カラスはオーに、オーはカラスに同調していた。だからカラスはこの戦いで命を散らす気はないし、オーはカラスを始めとした人類を守るために家族たる掃除屋を破壊する。二人に躊躇はない。

 カラスの持つ散弾銃は獲物を喰らう獣のように掃除屋の身体を鋭く抉り取る。オーの放つ長銃は死者を求める死神のように掃除屋の核を刈り取る。別のところで戦っていたとしても同じ戦場にいる。その事実が二人の力を強く高めていく。
 遠くから放たれた弾丸はカラスの左ふくらはぎを貫き、カラスに膝を付かせた。弾丸を放った者を確認しようと向けた視線の先には鋼鉄の羽根を持つ飛行型の掃除屋がいる。カラスの持つ武器では届くはずのない位置で、カラスの眉間を狙う飛行型を破壊したのは、無数の弾幕だった。
「カラス!」
 バギーによって近づいてくるオーの手を取り、カラスは何とかバギーに転がり込む。
「撃たれた! だが弾も貫通しているし、出血の量からしても問題はない! 応急処置をする時間をくれ!」
「任せて! 次は僕が前線に出る。カラスは後方支援を!」
 意志の籠った強い眼差しを見たカラスは、オーの覚悟を受け取る。
「大丈夫なんだな?」
「ああ、いざとなれば申請で弾丸だって躱せる」
 大真面目にそう言って見せるオーの姿に笑いを零したカラスは、オーの肩を叩き「行ってこい!」と叫んだ。
「さあ、第二ラウンドと行こうか!」
 ここまでに使った申請は三回。正確には測っていないがほぼ連続で二十を超える申請を行えるオーのガス欠には三回ではまだほど遠い。
 上空を多く飛ぶ鬱陶しい飛行型にまず目を付けた。オーは射撃用の申請を行う。追尾《ホーミング》と大炎弾《フレア》、そして拡散《スプレッド》の三重申請。その瞬間手を付きだしたオーの手の先に真っ赤な幾何学模様が現れ、オーが手を上空に掲げると、それに連動してその幾何学模様も上空へと移動し、その中心から巨大な炎の球が撃ち出された。花火のような音を鳴らしながら撃ちあがっていくそれは飛行型が飛んでいる高さをゆうに超えたはるか上空で爆発し、無数の炎の球へと姿を変える。
 危機を感じた飛行型はその翼を羽ばたき、その攻撃から避けようとするが、その炎には追尾《ホーミング》が付与されている。
 両翼の中心。核に炎を食らった飛行型はその身体を融解させ、漏れなく全て地面へと墜落する。しかし申請において、術後数秒隙が生まれることを知っている掃除屋はオーに猛追を仕掛ける。
「待って! ハンドル離して! ぶつかるっ!」
 オーを狙った二輪車型はカラスが助手席からハンドルを奪取したバギーによってその身体を粉々にさせられる。
「ここまで来たら、乗り物だって武器だ! 止まるまで体当たりで敵を仕留めろ!」
 カラスはすぐさま、後方へと身体を反転させ、凄まじい射撃技術を以て、オーに迫る掃除屋を殲滅していく。
 もちろん砂漠という不安定な地形を走行しているバギーに乗っている以上、完ぺきとは言い切れないが、外したらリロードをするのではなく、置いてある別の銃で弾丸を放つなどして、最高効率で弾丸を撃っていく。

 オーの申請と、カラスの射撃。二人の猛追は掃除屋よりも激しく、砦の村数十人が手古摺っていた軍勢を、時間は掛かったもののほぼ制圧してしまった。

「まさか、二人の力がここまでとは……」
 そう漏らす村長はぐったりと横になっている二人を、寧ろ呆れかえったような目で見ている。オーは体力を使い果たし、カラスは輸血を受けている。それこそ戦闘が終わった瞬間、ほぼ同時と言っていい程のタイミングで二人はその場に倒れ込んだ。その状況に驚愕したスピアはいつ爆発するかわからないバギーに二人を乗せ、砦の村に逃げ込んだということだった。
「ここまでしてもらって悪いな」
 カラスがそう言うと、村長はとんでもないといった様子で、続ける。
「いやいや、二人がいなければこの村は壊滅していただろう。感謝してもしきれん。して、スピアから二人には目的があるということを聞いたのだが」
「ああ。この前依頼を受けて行った地点。そこにこの世界の現状打開する何かがあるかもしれない。いやあるということを確認できたから、もう一度そこへ向かおうと思うんだ。だから二人の体力が万全になったら、すぐにここを発つ」
「そうか。この世界の現状というと、やはり青い鳥、いや掃除屋のことか?」
 勘の良い村長を面倒臭く思いながらカラスは何とか誤魔化す。
「いや俺も何かがあるってことがわかっただけで、それがどのようにして打開につながるか理解できてないんだ」
『いやその言い訳は無理があるでしょ』
 と頭の中でオーの言葉が響く。
「ふーむ。わからないことにはこちらも手の出しようがないが、ここを発つまでは最大限の支援をしよう。それが私たちにできる感謝だ」
『馬鹿で良かった』
 と、オーは苦笑いする。
「助かるよ。世界樹からここまで戦闘のしっぱなしだからぐったりだ」
「まずはゆっくりと休むと良い」
 村長はそう伝えると、カラスとオーが眠る寝床のカーテンをゆっくりと閉めた。

「取り敢えず今は掃除屋の攻撃は止まっているみたいだな」
 オーは口を動かすのもしんどい様で、頭で会話を続ける。
『いくら浄化装置……掃除屋が未知の機械兵器だとしても生産の限界だって、台数の限界だってあるさ。僕たちだって凄い数壊したけど、他の人間達だって数えきれない量をやってるはずだよ』
「そうだよな。俺たちがマチに辿り着くまで、活性化しないことを願う」
『それについては僕も同感だよ』
 その言葉を最後に二人の会話は止まり、先に寝息を立て始めたのはオーの方だった。隣で眠るオーの身体に優しく布をかけ、カラスも輸血チューブがついた腕を気にしながら眠りについた。



 目が覚めたカラスたちは世界システムに向け、新たな装備を調達した。まあ新たなと言っても、カラスは長銃と散弾銃。オーは拳銃と長銃といった単純な装備であるのだが、多くの武器を世界樹にて失った二人にとっては、有難かった。
 カラスも脚の傷は痛むものの、歩行を補助する器具をもらい、歩くことは問題ないところまで回復させた。
「さて」
 と準備を終えたカラスは、鞄を持ったオーの姿を見る。
「準備出来たね」
「ああ。恐らく本当に最後の旅になる」
「長かったかい?」
「とてもな。オーは数日だもんな。俺は数十年だ」
「でも濃かったよ。とっても」
「俺もだよ。最後の旅がお前との旅で良かった」
 オーの綺麗な黒い長い髪をもった頭をぽんぽんと撫でながらそう漏らしたカラスにオーは笑う。
「その言葉は早いんじゃないかな?」
「俺も老けたみたいだよ」
「はは。別の身体ながらも数百年を旅したおっさんと、生まれて数日の少女の旅なんて、次の本にもってこいの題材じゃない?」
「そうだな、これが終わったらまた改めて本を書いてみてもいいかもしれない」
「読ませてくれよ。僕にもさ」
「なんだよ、恥ずかしいな」
「照れることないじゃないか。僕の伝記みたいなものなんだし」
「気が向いたらなぁ」
 少しの静寂が流れる。
 オーがマスクを着け、カラスもマスクを着けた。
「行こうか」
「うん」
 カラスとオーは砦の村を後にして、灰に塗れた砂漠の大地に足を踏み出した。
 これが最後の旅になることを願って。これが最後の旅にならないことを願って。



 本来なら、砂橇を使って世界システムまでの道をさっさと行くものなのだろうが、なんだか二人はゆっくりとこの道程を踏みしめるように、世界システムへの道を歩いていた。
 皮肉屋同士の二人であれば、凄まじい会話劇が繰り広げられそうなものだが、この最後の道の会話は「疲れてないか?」とか「休憩する?」といった軽い相手の身体を気遣う程度のものばかりであった。
 そんな道中であれば、変わらない景色のこの道のりはとても長いものに感じられるのであろうが、二人にとって世界システムまでの道は短く感じるものであった。
「ああ。もうついちゃったか」
「そうだな。世界システムまでもうすぐだ。さっさと答え合わせしてもらおうぜ」
「それもそうだね。なんで僕がこの世界に産み落とされたのか。前ならまだしも、今ならその使命に反することは簡単だ」
「成長だな。この前までこんなに小さかったのに」
 とカラスは手で小ささを表して見せるが、オーはカラスの脇腹に殴打を食らわせ、「身体の大きさは変わってないわ」とツッコミを入れた。
「そういえばそうだったな」
 と、言いつつカラスはマチへの階段を下っていく。
「なんだよ。そういえばって」



 階段を下りた先には変わらない機械の町が広がっていた。
「やっぱりここは異質だな。掃除屋に敵意を感じない」
「そりゃ僕と一緒にいるからじゃない? 彼らからしたら僕は家族であり主なんだから」
「まあそうか……。目的地はあそこだな」
 カラスはオーが地下で眠っていた城を指差した。
「僕もそうだと思うよ。寧ろあそこまで仰々しいものを建てておいて、他のちんけな建物の中にあったら、有無を言わさずブラストでぶち抜く」
「まてまて。そうだとしてもぶち抜くな。大事な謎が解けるまですぐなんだから」
「一理あるか」
 と、オーは静かに頷いた。
 そして二人はその城の門を潜り、ホールへと辿り着く。目の前にある大きな階段の裏にはダイチに続く階段があり、それを下ればオーがいた培養槽がある。じゃあこの上には。そう、世界システム及び、その中枢を司る者がいるはず。
 城を守っているであろう掃除屋たちに見守られたまま、二人はゆっくりとその階段を登っていく。踊り場から折り返していた階段をもう一ブロック昇り切り、目の前に聳える黒い両開きの扉を二人で開けた。
 カラスとオーはそこに広がる異様な空間に衝撃を受ける。

 真っ白だった。どこかに照明があるのだろうが、それすらも見つからない。しかし目が痛くなるほどに真っ白な空間がそこには広がっていた。そしてその真ん中に悠然と佇む機械。おそらくあれが世界システム。
 光のせいでわからなかったが、二人はその機械に近づくことで、それが普通の機械とは違うことに気付く。
 タッチパネル式のコントロールパネルにキーボード。世界地図のような物が表示されており、その各地には赤い点がいくつも存在している。また別のモニターにはよくわからないが、減り続ける数に、よくわからない記号やグラフなどが表示されている。
 しかしそんなものをすっ飛ばして二人の目に映るのはその機械の真ん中に接続されている培養液らしきものに付けられ、様々な電極と管が繋げられた脳髄だった。
「久しぶりだな、有馬海莉……。今はカラスと名乗っているのか」
 発声器官を有していないため脳髄からではないことはわかる。しかし機械にはスピーカーらしきものはついていないし、この真っ白の部屋にもスピーカーは付けられていない。しかし確かにそう聞こえたのだ。カラスはこの状況に何度か遭遇したことがあった。
「久しぶりだな。十数年ぶりだなレイ……」
 レイと呼ばれた世界システム。カラスが呼んだ自らの英雄伝とは別のもう一冊の英雄伝。二〇一七年に勃発し、人類を滅亡させたパンデミックを唯一生き残った青年の名は玲と言った。
 パンデミックによって滅んだ世界を、その手一つで再興させて見せた英雄の名だ。
「私の記録では前にお前がここに来たのは西暦で一〇二四二年のこと。私にとっては九七七五年ぶりだ」
「お前もくたばらないな。連れてきてやったぞ、お前の娘」
「娘ではない。その子は私自身だ」
 その言葉にオーは驚き、会話に参加する。
「どういうことですか? ……」
「呼び名に困っているのならレイと呼べばいい。それが私の名前だ。そしてお前も」
 カラスはオーの培養槽に描かれていた記号を思い出す。
「そうかあの〇は丸でもオーでもなくゼロ。レイということか」
「そうだ。私が身を捨ててから数千年。この姿では手の届かない世界の事象に対し、私は自らのクローンを使って、世界の歴史の間違いを修正してきた。私の名と消去という英単語にちなんでイレイスという名で。だからこの歴史の間違いも正さなければならない」
 無機質に響く世界システム、レイの声は不気味としか言いようがない。
「この歴史の間違い?」
「世界樹が吐き出し続ける灰の中で我が愛しい子供たちが、苦しみながら生き続けるのは間違った歴史だろう? だから私は彼女を使って人類の滅亡を齎すことを計画したんだ。そうレイ、いやオー。君の使命は人類を滅亡させることだ。だがあろうことか君は人類を守るために奮闘していた。なぜ気付かなかった? 自ら機械兵器を浄化装置と呼んでいたのに」
 人類滅亡のために誕生させられた命。それがどれだけこの小さき少女に衝撃を与えたかは測り知れない。しかしカラスはその程度でオーの心が折れることはないと知っている。
「人類を滅亡させてどうするつもりだった。結局自らの手で愛しい子供を殺しているじゃないか」
「こんな世界で生きるくらいなら死んだほうがましだ! 私は殺した彼らの墓標を立て、彼らがこの世界で生きていたという照明を未来永劫行っていく!」
「だから墓なんて矛盾を。だが滅亡したらそれで終わりだ。どうやって新たに人類を作るつもりだった? いくら自分のクローンで男女を生み出したとしても、それは根本的な解決にはなっていない」
「そうです。記録によればイレイス、レイのクローンは皆男であったはず。なぜ僕は女として生まれさせられたのですか⁉」
「カラスとの子供を作らせるためだ。求めていたじゃないかカラス。君はあの世界改変の日、再会を誓った彼女、リッカを! だから彼女の遺伝情報を使い、オーを生み出した。ほら似ているだろう? オーはリッカの遺伝子を継いでいる私のクローンだ」
 先ほどまで淡々と会話を続けることのできていたカラスだが、その言葉を聞いて、自らの内側から湧き出る怒りを抑えることが出来ず、激昂する。
「貴様は人の命を何だと思っている!」
「いや、でもそれは僕の記憶の中にある使命の中に会ったじゃないか」
 とオーはカラスを引き止める。そうオーが英雄伝を読まなければならない理由は英雄のどちらかに恋をする必要があったからだ。世界を知るうえでカラスに恋をさせる。そのためのチュートリアル。
「じゃあここに俺を来させたのも計算のうちか」
「当り前じゃないか」
 カラスはこの機械のせいで何度も何度も苛酷な運命を強いられた。その憎しみは深い。しかし今となって、それは今日のように窮地を脱する力となっている。だからそれについて多く問うつもりは無かった。しかしオーという純粋無垢な少女をそんな自らのための汚い理由で生み出したこいつが憎くて仕方がなかった。
「いつまでも人のことを馬鹿にして」
「その人を再興させてやったのはこの私だ」
「だが、もし俺とオーの間に子供が出来たとしてどうするつもりだったんだ。こんな世界では生きていけないんだろう?」
「少なくともカラス、君はパンデミック前に生まれた人間だから私の子ではない。だがこの世界を救ってくれたのも事実。オーとの子供が出来たら丁重に殺し、丁重に弔うつもりだったさ。そしてオーからはその受精卵を摘出し、オーも殺す。地球がまた住みよい土地になるまでその受精卵は冷凍保存だ」
 倫理観もくそもない。それこそカラスにとって十数年前に出会ったレイはもっとまともな判断を下せる奴だった気がする。
「九千年前だって? そんな長い間にお前は壊れちまったみたいだな。もう壊れちまったんだよ。だからそんな馬鹿げたことを淡々と言えるんだ。世界改変の波に飲まれちまってどこかに行っちまったリッカを探すって聞かなかった俺に、お前は最大の恩情として、世界を飛ぶ力を与えてくれた。そのレイはもういないんだろう?」
「お、恩。オン。感情論なんてくだらない。私は世界システムだ。世界の中枢だぞ。私の決定に文句を言うのは許されない!」
 明らかに言葉の中にノイズが走った。しかしカラスはそれを聞かなくともレイは壊れてしまっているということに気付いていた。オーは自分の運命に衝撃を受け、俯き、何も話そうとしない。だからこそカラスはかつての恩人であったレイに銃口を向けた。
「長い間、お前はよくやったよ」
 一つの銃声が鳴り響く。しかしその銃声はカラスが銃の引き金を引いたからではなくレイがカラスの銃に対して何かを行ったからであった。
 その銃声の直後、カラスの手から銃は吹き飛び、白い床に転がる。そして転がった銃は沼に沈んでいくように白い床へと消えていく。また立て続けに二回音が鳴り、残っていた疑似駆動銃と、駆動装置を弾き飛ばし、白い床へと吸い込んでいく。
「なっ!」
「みすみす自らの攻撃を受ける馬鹿がドコにいル! もし私ヲ殺せば、世界システムに組み込まレタ破滅術式が作動し、この部屋は爆発に包マレるぞ!」
「そうしたら俺とオーは死ぬぞ! なんで自分がやってる矛盾に気付かない!」
 そう叫ぶカラスに対し、オーは宥めるように肩を叩く。
「カラスは帰ればいいよ。カラスが皆を率いれば、この世界はどうにかなるんだ。また再興の道を歩めると僕は思う。根拠はないけどそう思うんだ」
「なんだよ、オー。どういう意味だ」
「世界システムを破壊すれば、浄化装置の機能は停止する。そうだろう、レイ?」
「あ、アタいまEだ。私が、世界の中枢、世界システム!」
 もうレイは言葉を成していない。先ほどまで会話が出来ていたのが嘘のようだ。
「自分の片は自分で付けるよカラス」
 そう言うと、オーは手を掛けていたカラスを後方へ投げ飛ばし、扉を開き、外へと放り出した。申請を行っていたのか、一切の抵抗が出来ず、カラスはその部屋から閉め出されてしまう。
 扉を強く叩き、カラスはオーの名を叫ぶ。
「オー! ここを開けろ! オー!」
 声が裏返ることを気にせずもっと強く叫ぶ。
「オー! お前が俺に生きろと言ったんじゃないか! その言葉の責任を取れ! 一人で逝くな!」
 扉の向こうから聞こえるカラスの声にオーは覚悟をより新たにする。
「人を滅ぼすのが僕の使命? 違う、僕は人を護るという使命を全うするよ、レイ」
「お前には救えナイ! 結局、貴様ハワタシのコピーに過ぎない!」
「でもそれはやってみないとわからないじゃないか」

 絶叫するカラスに忍び寄る影があった。それはマチの機械兵器たち。狂った中枢を持った彼らは、先ほどとは打って変わってカラスに対し牙を剥く。
 カラスの頬を銃弾がかすめ、カラス目掛け球体型の体当たりが迫る。それを何とか足を引き摺りながら避け、そのまま階段を転げ落ちる。
「くそっ! 銃もないし、オーは自分勝手だし!」
 その瞬間、腹部に鋭い痛みを感じたカラスは、腹部に手を当てる。手の平には血がべっとりと付いており、自分が撃たれたことを悟る。
「なんだよ。もう俺は生かす価値はないってか。ふざけやがって」
 痛む腹と足を抱えながらなんとか階段をずり落ち、カラスは城のホールへと転がり落ちる。
「助けに、助けに来る! ここを脱せばなんとか……」
 その時だった。自らの目の前を白い何かが通り過ぎたのは。



「レイ。決着を付けよう」
「私は魔術を司るものだぞ! 貴様に何ができる!」
 世界システムの恩恵を得ることが出来ない今、オーはただの非力な少女に過ぎない。
 透かさずオーは拳銃をホルスターから引き抜き、弾丸を放つ。しかし先ほどのカラスと同じように拳銃を弾き飛ばされ、レイは怯んだオーに向かって大炎弾《フレア》とブラストの二重魔法を放つ。
 風によって勢いを増した大炎弾《フレア》は凄まじい勢いを以てオーに迫る。じりじりと焼けるような熱さを感じるオーは横っ飛びでそれを避け、長銃で射撃を行う。レイは申請を行った直後であるために、ラグが存在している。結果銃自体を弾き飛ばすことはできず、自らの周りにシールドを張ることでその弾丸を防ぐ。弾丸はシールドによって弾かれ、白い壁に消えていく。
 その直後、オーの手から銃が弾かれるが、銃のベルトを右腕に絡めていたため、手を離れることはなく、長銃は今一度オーの手元に戻った。そして再度、申請のラグを狙って弾丸を放つ。
 しかしこの弾は反射によってオーの腹部を綺麗に貫いた。
「ぐふっ」
 激しい痛みだった。よく考えてみれば今までの戦闘は全てカラスが攻撃を防いでくれていたため、オーが傷つくということはなかった。だからこそこれは初めての痛みで、底知れぬ絶望を感じる。
「痛い……。痛い……。レイには実弾では敵わない」
 痛みの中でも活路を見いだそうとするオーは先ほどの弾かれた弾丸について思い出した。白い壁に消えていったあの弾丸はカラスの銃とは違い、沈むようにではなくただ姿を消した。
 もしこの空間はレイが作り出している幻覚のようなものだとしたら、今まで奪われた銃は全て見えないだけでこの床のどこかに転がっているかもしれない。
 そうレイに対抗できるのは、カラスがいつも背負っていたあの銃。匂いでもいい。音でもいい。カラスを感じろ。カラスが命を削り、自らを守ってくれた。あの武器を。
「掴んだ! 使い方は知ってる! これなら世界システムに影響されない! だって自らの血液を使って撃てるようカラスが改造したから!」
 駆動装置を拾い上げたオーは機構部分から伸びる管を腕に突き刺し、自らの血液が伝わるのを見た後、唱える。
「駆動装置、起動――」『――認証、確認』
 小さな少女の手から放たれた弾丸は世界システム目掛けて飛んでいく。自らを守った友が使った武器。その弾丸はレイがシールドによって防いだとしてもそれを砕き、やっとその弾丸を届かせた。
 その弾丸によって崩壊を始めるレイは、音に近い声で叫び、爆発を始めた。



 初めてダイチに訪れた時に見た巨大な白い狼。なぜだかわからないがその狼が乗れと言っているような気がしたから。カラスは彼の背に跨り、マチを走っていた。無数の弾幕を華麗に避けながら走る狼はみるみるうちにマチの出口に辿り着き、外への階段を駆け上がっていく。
 長い長い階段の中腹くらいだった。突然背後で激しい物音がしたと思えば掃除屋たちがそのまま階段を転げ落ちていく。それとほぼ同時に鋭い爆発音がカラスの耳を捉えた。
 オーが世界システムを破壊したということはすぐわかった。だからこそカラスは振り返らず狼に身を預けた。



 護り切れなかった。カラスの中にあるのはその後悔だけだ。マチの地表部分に駆けつけていたスピアたちに助けられたカラスはそのまま砦の村に運び込まれ治療を受けた。もしあのまま砂漠で野垂れ死ぬことが出来たら。そう考えながら塞ぎつつある傷口を見つめる。
 弾丸でもグラスでも銃でも何でもいい。適当に音を鳴らし聴覚を紛らわせる。そうしないと、耳の奥で彼女の声が響くのだ。カラス、カラス、カラス。優しく健気に呼ぶ少女の声が。
 後でスピアから聞いたが、もうあの地点には何もなかったという。全て世界システムが仕込んだことだった。だから砦の村の人間が行ってもその入り口が開くわけがない。カラスがオーに会うために開かれた入り口で、オーが世界システムに会うために開かれた入り口だったのだから。もうあの入り口は一生開くことなく、地下深くに崩壊した世界システムを抱えながらマチやダイチはそこにあり続けるのだろう。
 長らく腐っていたカラスは最後にオーと話したことを思い出した。オーと旅したこの日々をまた本にすると。そして出来たものをオーに見せると。
 最初こそは書く気も起きなかったのだが、寧ろ耳の奥で響き続ける彼女の声を後世に、彼女は数日でも生きていたということを残すためにカラスは筆を執ることを決めた。










 あらゆる世界を旅した旅人と、皮肉好きな培養槽から生まれた少女。奇妙な二人旅を、全てを終えた私は、今一度彼女のために筆を執ろうと思う。彼女が私に残してくれたものを、彼女が世界に残してくれたものを、数日しかこの世にいなかった彼女が確かにこの世界にいたということを未来に残すために。
 最初の一節はどうしようか。面白おかしく? 感動的に? 叙情的に?

 そうだ。彼女の大好きであった皮肉を込めてこう綴るとしよう。

 ――自らを機械と呼んだ彼女の手は誰よりも温かかった――

「そう、今大地を煌々と照らす太陽のように……。ね?」

  • 最終更新:2019-06-13 02:23:48

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