軋む平和の音、鴉の声

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前話


本編

 体中に電撃が駆け巡るが如く、強烈な刺激を感じる。

 メキメキと音が鳴るほど、骨は変質し、歯は硬く、爪は鋭くなっていく。脈動が耳で聞こえるほど大きく鳴り、心臓は熱くなっていく。

 |紅魔眼《マジックセンス》が両目に発現しているというのに、見えているのは魔力だけではなく、実体も捉えることが出来ている。そして髪の毛は白く染まり、頭の上部からは三角形の耳が生え、腰の辺りからは、太くふさふさとした尻尾も生えていた。

 アルマの姿はアルマとサイレンスを混ぜたような、獣人に、獣に化していた。

【アガアアアアアア! オまエを殺ス!】

 男に向かって蹴りだした足からは異様な筋肉の収縮が感じられ、地面を抉り岩石を後ろに吹き飛ばし、アルマは跳躍する。

 右腕を男の顔面目掛けて振り落とす。男はそれをするりと避けるが、アルマは地面にそのまま腕を突き立て、土を抉り、岩石を男の方に弾き飛ばす。

 その後ろに自分もついて行き、男が岩石を防いだ瞬間、鎌鼬の刃を発現し、最大出力の風刃を放つ。

 異常なほどの砂塵が吹き上げたが、敢えてそれをアルマは咆哮で掻き消す。その砂塵の晴れた先には右腕から血を流す男の姿があった。

 風刃を防いだ男の腕は切り裂かれ、紫色の血が滴っており、男はその血を見て喜びを露にする。

「私に傷をつけることが出来るとは、面白い! 面白いぞ少年! 私も少し力を出すとしようか。我が瘴気よ、人々に死の誘惑を」

 男の目の前に暗黒の魔方陣が浮かび上がり、その魔方陣は男の身体に溶けて行く。

 すると男は口から多くの瘴気を吐き出す形で発現し、男はそれを両手に纏った。

 そしてアルマの方へ駆けだす。速さ自体はそこまでではないため、アルマは構えを取ることで攻撃に備える。

 その先ほどとあまり変わらない拳を、腕で受け止めようとしたが、その獣の耳が異様な震えを行ったため、アルマはこの迷宮で手に入れた魔法である|爆砲《フレイムバン》によって手の平から爆発を放ち、身体をよじらせ、それを躱した。

 そのまま足に鎌鼬の身体強化を発現させ、その場を離れようとしたが、男の手が異様に伸びた。

 いや伸びたという表現は正しくない。アルマはその瘴気のリーチを考えていなかった。

「|銃拳《バヨネット》!」

 瘴気はアルマの身体目掛け、腕のように形を変質させた後、その伸縮により殴打を行う。

 心臓の辺りに襲う激痛。これが闇の痛みかと、膝を付きそうになるアルマだが、それは独立魔力が許さない。

 闇によって動きづらくなった体を魔力をより一層流すことで、打ち消し、もう一度体を再起させる。

 そして再度、足に鎌鼬の刃を発現させ、斬撃を伴った蹴りを食らわせようとするが、足に瘴気がまとわりついたため上手く動くことが出来ない。

 しかしたかが黒い靄に攻撃を止めてやるほど、このアルマはやさしい心の持ち主ではなかった。捕まえられた足があらぬ方向に折れ曲がり、骨が砕けることを気にせず、もう片方の足で男の顔へ回し蹴りを放つ。

 決まった。

 その衝撃により、脳をやられた男は後ずさりをする。折れた足は自己再生で一瞬にして元の姿に戻って見せる。

 見た目や身体の身のこなしではない。この人としてはあり得ない痛覚の欠如に伴う異常な回復力。これこそ化け物なのかもしれない。

 獣として、魔物として目の前の仲間を、仲間を脅かす敵を殺すために、そのためだけに体は動いている。アルマは動いていた。

「素晴らしい! 人間族にこれほどの力を持っているものが居るとは! フハハハハハ! もっとだ! もっとだあアアアア!」

 男は黒い瘴気の波を放ち、それを後ろから追いかける。先ほどアルマがやって見せた風刃の真似事だろう。

 目に見えていたため、アルマは竜の爪ではなく、自らの咆哮によりその波を掻き消し、男の攻撃に備えるが、身体が動かない。

 そして男に強烈な乱撃を食らわせられてしまう。瘴気を纏っていない純粋な篭手から放たれる拳はただただアルマの身体を砕いていく。

 右腕、あばら、左足、背中、左腕、右足、右腕……。

 アルマは次々と砕かれていく体を、次々と自己再生して見せた。

「やめておきたまえ! 先ほど主の足を捕まえた時、主の身体にマーキングをさせてもらった。私の瘴気がそれを頼りに主の身体に入り込み、身体を内から蝕み、外からも私が破壊し! そして最後は心臓を内から外からひねりつぶすのだ!」

 叫び、心臓を狙い拳を構える男の顔面に、アルマは拳を叩き込む。鮮やかにひしゃげた鼻からは紫の血が飛び散る。

「なんだとっ!」

 先ほどの頭への蹴りも聞いているらしく、動きが遅くなっている。

【てメえの瘴気ナんテ、一瞬デ、俺の魔力デ、カッ消ス!】
「私の瘴気を、自らの魔力で消滅させたというのか! 魔力の直接使役ができない人間種の分際で!? ありえない! だがそんなアクシデントも一興! まだだ! 人間種のイレギュラーよ! もっと楽しもうではないか!」

 男はそう叫ぶと上着を脱ぎ棄てる。筋骨隆々のその肉体は青白い皮膚を持っており、男の頬にあった黒い文様がみるみる内に広がり、その身体に黒い模様を描いて見せる。その模様は頬にある時はわからなかったが、今の大きさではっきりとわかる。虎の紋様だ。

「これが我等魔人の中でも、強者に許される力。神を滅ぼす力!」

 男の魔力がみるみるうちに膨れ上がっていく。長き髪の間からは禍々しい捻じれた角が生え、それと同じように腕からも似たような棘が現れる。そして極めつけは、背中から大きな鴉のような黒い羽根が生えた。

 しかしそれだけでなく、男の身体はアルマが狼の形に近づいたように、その紋様の獣――猛虎――のような形になっていく。
 黒い縞模様が体中に広がり、角の脇には黄と黒の耳が現れる。

「フハハハハ! どうだ、この姿! 美しいであろう。だが人間の目にはもったいない。今すぐに殺してやろう!」

 男は黒い羽根で飛び上がる。はるか上まで飛び上がった後、凄まじい速さで急降下を行う。

 落下速度を利用した突進。その腕には鋭利な棘を備えている。しかもその棘には先ほどの瘴気すらも纏っている。これを食らってしまえば、本当に殺されてしまうかもしれない。アルマは咄嗟に魔法の詠唱を行い、女神の力を借りた。

 バチンッと物と物が衝突したとは思えない程の破裂音が響き渡る。男は驚き、目を見開くと獣の少年の手には紅に輝く剣、レーヴァテインが握られていた。

「ほほう、ダインスレイフの次はレーヴァテインか。面白い、我が剣を受けてみよ!」

 男は腰に差していた剣を引き抜き、それを手にアルマへと肉薄する。だがその剣は鈍く、錆びているようだが、男の力を以てすれば刃がなくとも、凄まじい攻撃力を持つだろう。

 棘と剣をぶつけ合うことで発せられる衝撃音は、その速さが故に連続に聞こえるのではなく、一定の音を鳴らしているように聞こえる。

 剣を受け、躱し、棘を受け、躱し、互いの剣を打ち合い、打ち合い、そして打ち合う。正当な剣術で剣を振るう男に対し、アルマはこの空間を縦横無尽に駆け回り、その剣を振るって見せた。

 それはまさにサイレンスが、牙によって敵を翻弄するときに使うステップの様で、人の術ではなかった。

【闇ヲ滅ぼすタメに生マれた剣ヲ舐めルナ!】

 アルマと男は鍔迫り合いに入る。二人のこめかみには青筋が浮かび、目の前では剣と棘が筋肉の震えに合わせて、震える。

「違う! 光を滅ぼすために闇は生まれたのだ。だからこそ闇の方が強い!」

 男の声に合わせ、棘からは、男の全ての魔力を流し出したと思われるほどの瘴気が溢れ、レーヴァテインを包んでいく。

 もしこれが人としてアルマがレーヴァテインを使っていたら、こうはならなかったかもしれない。

 アルマは人としての光のみの力ではなく、闇としての魔物の力を借りていた。だからこそアルマの中の闇と呼応し、男の闇は巨大化し、レーヴァテインを呑み込んだ。そう、それはちょうどアルマが魔力を吸い込んだ時のように。

 その時だった。

【グアアアアアアアア!】

 巨大な咆哮だった。アルマは咆哮を上げても、この迷宮が壊れない様にと、加減をしていたが今の咆哮は明らかにそんなことを無視して放たれていた。

 頭を抑えるアルマ。恐らく今の咆哮は攻撃手段としての咆哮ではなく、痛みによって発現したただの叫び。

 そう、|太陽の紅騎士《ソルガーディアン》を手に入れた時と同じ、あの頭痛がアルマを襲ったのであった。

 その無差別な咆哮を聞いた男は、猫騙しのように一瞬怯ませられ、その猛攻を止め後ろに退いた。

 苦しみ、口から唾液を垂れ流すアルマを見て、自らの攻撃が決まったのかと疑ったが、自分の攻撃ではこんな症状を齎すことはない。それならばなぜこの少年はこんなにも苦しんでいるのか。

 先ほどとは違うアルマの態度に驚き、動けないでいた男はその数秒を逃した。アルマを確実に仕留めることのできた数秒を。

 頭痛が止まる。

【神を殺す力。そんなものを使われて、一英雄の力で勝てるわけない】

 もうアルマは確信していた。薄っすらと胸に感じた焼けるような痛みと共に、服の襟から見えた胸に刻まれた黒い紋様によってアルマは、この男の技が使えると確信していた。

 アルマは上着を脱ぎ棄て、胸の黒き紋様に魔力を流し込む。

【ああ、なんだっけお前が言っていた口上は。そうだ。これが我等魔人の中でも強者に許される力。神を殺す力、違う。お前を殺す力だ!】

 アルマの魔力がみるみるうちに膨れ上がっていく。白い髪の間からは禍々しい捻じれた角が生え、胸の辺りにあった黒い紋様は身体に大きく広がり、その紋様をはっきりとさせる。気高き獣、狼の紋様。

 そして男の腕の棘とは違い、アルマは牙だった。犬歯が牙のように発達し、それは一種の刃のように形成される。

 また背中からは黒く大きな羽根、鴉の羽根が生えた。

「なんだとお! 我等のみに許された力をこんな人間が使うなんて。許されない。ゆるされない!」

 男は羽根を用い、アルマに肉薄し、今一度乱撃を行う。やはり同じ変化であるため、互角。

 しかし独立魔力を使っているアルマの方が多少動きが良い。羽根を利用し、壁を蹴り、牙の刃により斬撃を行っていくのに対し、男はそのすばしっこいアルマに対し、カウンターを決めていく。

 二人の身体には見る見るうちに傷が出来ていき、最後、男もアルマのように空間を素早く飛び始めた。

 羽根の使い方は男の方が上手く、アルマはだんだんと形成を逆転されていく。そしてとうとう、アルマは羽根を止めそのまま地面に立ち尽くした。

「フハハハハ! 少年、よくやったと思うぞ! だがこれで最後だ」

 男は腕に今一度瘴気を纏い、先ほどとは大きさの違う棘、もはや騎乗槍のようになったそれをアルマ目掛け、突き出した。

 その刃は、アルマの腹部を貫き、男の肘の辺りが腹にめり込んで止まった。アルマは口から血を吐き出しながら、男のその肘に魔力開放によって発達した爪を食いこませながら言った。

【クハハッ。捕まえたぜ】

 男はその冷気の孕んだ言葉に危機を感じ、その場を飛び去ろうとするが、アルマがそれを離すわけもなく、男の腕を砕きつつも離さない。

【ガルルルルゥ、グウラァ!】

 今、アルマは魔力開放と神殺しの術によって狼の身体を借りている。顎の力はどれだけ強化されている皮膚であろうと、噛み千切るだろう。魔力開放に、神殺し、そして申し訳程度であってもと、筋力増強の身体強化を使い、男の首筋に噛み付いた。

 紫の血が噴き出し、アルマの口の中には多くの血液が流れ込んでいく。それによって呼吸ができないという事実だけでは、アルマの顎は離れない。

 発達した牙は首から肩にかけ食い込み、肩の骨を砕いた。それは男が魔力の移動によって首の骨の防御を高めたことを意味した。

 未だに首の骨を噛み砕くには至らない。神殺しの術はすさまじいものであった。

「楽しい! 楽しいぞ! 少年!」

 男はアルマを壁に衝突させ、引き剥がそうとするが、その程度で離れるわけがない。それどころかより一層爪や顎に力が加わった。もうここまで来たら意地であった。腹を貫かれ、体中血だらけになっているアルマにとって、この男に勝つか、自分が死ぬか。

 その力に男も焦り始めたらしい。

「なぜだ! こんな重傷を負いながら、なぜ未だにこんな力が!」

 強大な魔力の膨張を感じたアルマは、男の首周りの肉を大きく噛み千切り、そのまま後ろに飛びのいて見せた。

「ぐぬう。なぜだ! なぜだ、少年!」

 男は噴水のように血が飛び出る首筋を抑えながら叫ぶ。しかし男の意思とは裏腹に、神殺しの術は解け、男は膝を付いてしまった。

 アルマは未だ追撃を加えようとするが、足がしびれ動くことが出来ない。微かに視界も意識も朦朧としてきた気がしていた。

「この種族にも、このようなものが居るとは! 驚いたぞ少年よ! 下等種族でありながら我等に似た技を使うとは面白い! 次合うときには尚、刺激的な戦いを期待しよう! 我が名はアスレハ。人間に滅びの闇を魅せる者!」

 アスレハと名乗った男の傷は既に完治していた。しかしその魔力の量は圧倒的に減っており、アスレハは|三首狗《ケルベロス》から手に入れたであろう武具晶石をこちらに投げたのち、黒いゲートをくぐって消えていった。

 魔人を退けたアルマはがたがたの身体に喝を入れてなんとか動かし歩く。

【なんで、動いているかわかんねえな】

 力むごとに腹に空いた穴から、まさに滝のように血が溢れ出てくる。魔力が足りていないのか、一向に自己再生を行うことが出来ない。アルマは拡張道具袋から造血剤を取り出し、一気にそれを飲み干す。明らかに誤魔化し程度にならないものであるが、無いよりはましであろう。

 その後、魔力回復剤を飲んでみるが、自己再生が効くことはない。魔力も血と同じようにだだ洩れしてしまっているらしく、魔法を発現できるような状況でなかった。

 なんとかこの状態を解除しようと思うが、一向にその気配はない。考えていても仕方ないと思ったアルマは、|紅砲剣《エクスタシス》をサイレンスに変化させ、このダンジョンから抜け出すことを考え始めた。

【サイレンスに三人は乗れない。俺はまあなんとかなるだろう。今、一番送り届けたいのはランスだな。だが、ランスが気絶から目覚めたらサリナが危ないか】

 アルマは腰に付けていたワイヤーダガーを全て放出し、それによってランスを縛り、サイレンスの背に載せた。一つ切っ掛けを作っておき、第三者からであれば簡単に外せるようにもしておいた。

 そしてサリナをも乗せたサイレンスにアルマは語り掛ける。

【サイレンス、ファリスまで全力で走るんだ。二人はロープで固定しているから安心しろ、全速力で走れ。俺は後からついて行くから。ランスの顔が見れればすぐ通してくれるだろうが、念のため俺のアイデンを持って行ってくれ】

 と言って、サイレンス用に作っておいたポーチに入れ、それを背負わせる。そして力を振り絞って叫ぶ。

【いけ!】

 その一言に、先ほどまで優しくアルマを舐めていたサイレンスは目の色を変え、走り出していった。

【さあ、ここからこの状態で迷宮区を昇って行かなきゃならねえのか……。まだだ、まだだぜ。死ぬにはまだ早い】

 アルマは流れ出る血を抑えながら、壁伝いにその道を歩き始めた。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:10:47

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