這い上がるは王道の道

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前話


本編

 ペア試験。これはただのほんのサプライズを含めたエンターテイメントの一環だったのかもしれない。バロンが地方部の、いやアルマの力をあまり舐め過ぎないようにという都市部に対する警告として。

 与えられた課題は一勝するだけ。あの氷の兄弟に勝つというだけで三次試験への道が拓けたアルマとサリナはこんなものかと拍子抜けしていた。簡単にステップが進めればそれに越したことはないのだが、アソビが少なかったアルマからしたらこの二次試験はつまらないものでもあった。

 地方部で二次試験を通ることが出来たのは、アルマ、サリナ、イギル、ロード、セラ、ナディアの六人であり、全員エリスのクラスの者であった。ロード、セラ、ナディアの三人はそれこそ地が良い者たちであったが驚くべきはイギルだ。アルマはイギルが二次試験を突破したという事実に驚きを隠せなかった。

 三次試験で行われるのは個人の疑似決闘。ここまで辿り着くことが出来たイギルの実力を知りたいという思いが強くアルマの中で湧き上がっていた。

 イギルと戦うことが出来たら。まさかランスと後々もう一度戦うことが出来るのであれば、というものと似た気持ちをイギルに対して抱く自分に驚きながらも、本当に戦えたらと強く思った。



「それでは、王国軍選抜試験、最終試験を行う! 昨日発表したように本日はこちらで組み合わせた者同士で決闘を行ってもらう。現時点で合格枠がいくつだとかは言うつもりは無い。各々全力で戦ってほしいと思っている。それでは初戦! ガルムラス=ライノ、イギル=オルグレン前へ!」

 どれだけ団結力があるのか、都市部の生徒はガルムラスが呼ばれた直後に、大きな歓声を上げた。

 ガルムラス。ペア試験では直剣一本で戦っていた少年であり、確かに強いことは強かったのだが、個性ある都市部の生徒たちの中ではあまり目立たない少年でもあった。|紅魔眼《マジックセンス》で見た限り、魔力を使って魔法を使っていたわけでもないが、サバイバルとペアの試験を勝ち進んだのも確かであった。

――生粋の近接系だとしても個性が無さすぎる気がするが……。

 アルマは観客席に座り、訓練場を見下ろす。そして南のゲートから大地斧を持ったイギルが現れ、そして北のゲートから巨大な大剣を持ったガルムラスが現れた。

「おいおい。なんだよあの剣は」

 他の生徒も同じようなリアクションをしている。アルマのかつての仲間であるベンディの扱っていたクレイモアはリーチを得る代わりに細く作られたにした大剣であったのだが、このガルムラスの持っていた大剣はそのクレイモアの刃を三本合わせたような幅を誇っていた。

 見た限り、背負っているガルムラスの背中を全て覆うような刃は、それを本当に扱ってきたのだろうと思われる両肩に挟まれ、そこに佇んでいた。

 イギルはその姿を見て、多少の驚きを見せるが、落ち着いた様子で訓練場の中心へ足を運んでいく。



 会場を取り巻く、異様とも言える熱気は恐らく気の小さいものであれば呑み込まれ、決闘を行うに至らないであろう。しかしここに立つ者は軍が打ち立てた試験を制覇して来た者たちである。彼らはその熱気を背に、仕組まれた宿敵と戦い、勝利を望む。

 そして審判の聖教騎士が手を挙げる。その瞬間、空気が凍ったと思われるほどの静寂が訓練場を包み込む。聞こえるのは風の音。そこに大きく、強く聖教騎士の声が響く。

「イギル! ガルムラス! 最終試験第一試合、始め!」

 多くの歓声が上がり、それに合わせガルムラスは大剣を抜こうとするが、やはり重いためかその動作は遅く、その隙にイギルが肉薄する。

 イギルは斧を抜かずに、自らの拳をガルムラスの顔面に叩き込んだ。

 左手に嵌められたグローブには金属製の鉄板が付けられており、それはイギルの拳を保護しつつ、ガルムラスに強力な打撃を加えることを可能にする。

 そのままイギルは殴打の衝撃により怯んだガルムラスの腹部に前蹴りを放ち、自ら距離を取る。

 腹部に蹴りを食らったガルムラスは膝を付きそうになるが、何とか持ちこたえ、攻撃に備えたうえで、自分のペースに持っていくために大剣を抜こうとするが、既にイギルの第二波は始まっており、顎に思い切り、イギルの腕が直撃した。

 イギルはラリアットにより、ガルムラスの姿勢を後方へと逸らし、そのまま足払いを繋げ、ガルムラスを地面に叩きつける。

 未だ何もできず地面に背中をついたガルムラスにイギルは攻撃を止めるつもりは無いらしく、そのまま容赦なくガルムラスの顔面に拳を叩きつけた。

 その一連の流れを見ていたアルマはただただ感心していた。

 周りからは酷いなどの声が上がり、それを皮切りにイギルに対する暴言の嵐が会場内を包み込む。倒れた者への一撃。それはもちろん好まれることではないが、この中で一番現実に忠実なのはイギルであった。

 所詮、街の中でぬくぬくしてきた坊っちゃんと嬢ちゃん。イギルは見事にその殻を破って見せたのだ。そのガルムラスに対する一撃で。

 暴言の中、アルマはイギルに対しエールを送る。

「そうだ、それでいい。殺しがダメなら、戦闘の意思がなくなるまで甚振れ」

 いくら成長してもここで甘えが出ればそれまで。それはイギルもわかっているだろう。



 アルマの予想通りに、イギルはもう一度拳を振り下ろすが、その瞬間激しい金属のぶつかり合う音が会場に鳴り響き、イギルは左手を抑えながら咄嗟に後ろに飛びのいた。

 イギルの左手のグローブは血で黒く染まっており、その一筋の斬撃痕からガルムラスが刃のある武具でイギルを攻撃したのがわかる。

 そしてガルムラスはイギルの打撃をもろともしていないように、すっと立ち上がり手にしている剣の切っ先をイギルに向ける。その手に握られているのは柄の長い直剣であり、それはペア試験で扱っていた直剣と同じものであった。

 どこから出したのか。装備は大剣だけであったはずだとイギルの中で混乱が生じる。それを思ったのはイギルだけでなく、アルマや、サリナ。地方部の皆がそう思った。

 ガルムラスは直剣を背中の大剣の刃に突き刺し、その柄を少し捻る。すると大剣から微かな魔力が感じられ、今一度その剣を手に取ると、先ほどの直剣はその大剣の刃を纏った状態で引き抜かれる。

――あの大剣の刃はただの鞘か。

 大剣の中にもう一つ小さな剣を仕込んだ特殊武器。ガルムラスの使っている武器は可変型大剣であり、魔力の反応から見て、錬成魔術を利用した金属の変質によってその強度を増しているのだろう、とアルマは予測する。

 イギルもその原理に気付いたらしく、直剣によって傷つけられた左手を痛みながら大地斧を引き抜いた。二人共の自らの得物を装備し、今一度対峙する。ここから本番であるということ。

 それを確認したガルムラスは、その大剣を担ぎ、イギルの元へ走る。しかし、やはりその歩は遅い。

 そう油断したイギルはその振り下ろされた大剣のリーチに驚き、咄嗟に後ろへ飛び退いた。しかしガルムラスはその大剣の扱いになれており、瞬時に二撃目のモーションに入る。

 柄をなんとか持ち上げるように担ぎ上げたガルムラスはもう一度イギルに向かってその大剣を振り下ろす。

 瞬間、大剣はそのリーチを伸ばしイギルの大地斧を捉えた。驚きつつも、その強力な一撃に驚き、イギルはそのまま後ろにのけ反り、大きな隙を生んでしまう。

 直後ガルムラスはそれを逃さず、直剣を振りかぶり、イギルの首元を狙うが、イギルはそれを何とか大地斧の柄を地面に突き立てることで体勢を立て直し、避ける。そしてそのままその柄によって足払いを狙うがそううまくはいかず、その足払いをガルムラスは側転で避け、直剣を鞘である大剣の刃に戻す。

 ガルムラスが直剣で攻撃してきたことにより、大剣のリーチが伸びたからくりを察したイギルは大剣による攻撃に対する警戒心を高める。

――鞘との接続を切って、あの鉄塊を飛び道具として扱うなんて……

 イギルは大地斧を振るうことで、装備魔法の大地斬を放ち、ガルムラスの体勢を崩そうとするがそんな簡単にはいかない。

「まあそんな簡単にくらってくれねえよな」

 イギルは大剣による攻撃に備え、大地斧の刃が足元の方に来るように深く構える。そしてまた来る一撃目の大剣を刃でいなし、二撃目の攻撃を大地斬によって地面を隆起させることで、封じ込めることに成功した。

 足元が崩れ体勢を崩したガルムラスに対し、イギルは斧を繰り出し、鮮やかな斬撃をヒットさせる。腹部に大きく出来た裂傷はガルムラスを勢いによって後方へ弾き飛ばす。

 さすがのガルムラスもこれには効いたようで、先ほどより立ち上がるのが遅い。しかし|殴られ屋《タンク》の戦士であるガルムラスは驚くほどにタフでそんな傷を負っていたとしても未だにイギルに立ち向かおうとしている。

「もう終わらせに掛かるとしようか、ガルムラス。俺はとっておきで行く。お前も全力で来い!」

 イギルのその言葉にガルムラスは応えないが、その目は確かに覚悟を決めた目であった。

「|感覚複製《イマジンハック》」

 イギルが何か魔法の詠唱のような物を行うが、特別大きな魔力の変化や変質は見られない。しかしイギルの動きは明らかに変わった。その変わり方は形容しがたく、なにかスタイルを変更したなどの目につくような変化ではなく、なにかイギルの身体に別の誰かが乗り移ったようなそんな変化であった。

「さあ、遊ぼうぜ」

 斧を持ちながら不規則に、蛇のように腕をうねらせ始める。まるで攻撃を誘うかのように。

 そしてガルムラスはその動きにつられ大剣を振るった。イギルはかかったと言わんばかりににやりと笑い、巧みな斧捌きで大剣を受け流し、斧の柄でガルムラスの腹をついた。腹の痛みに耐え兼ねて、ガルムラスは一歩後ずさりするが、イギルはそれを逃さず、もう一度薙ぎ払いによって腹部に対するダメージを狙う。

 鎧があるため、先ほどのような斬撃には至らないが強力な打撃ダメージを当たられただろう。

 アルマの隣でイギルの戦いを見ていたサリナは小さく呟く。

「あの戦闘スタイル、まるで……」
「ああ」

 そうまるでかつてイギルのことを打ちのめしたアルマのような動き方。イギルは長期休暇の間自らが憧れたアルマの動きを真似、大斧という強力な獲物を利用しながら短剣で戦うアルマのスタイルを完全に複製して見せた。

 結果|感覚複製《イマジンハック》という|特殊技能《スキル》を獲得し、見た者の戦闘スタイルを盗み、自らの技術へ昇華させることが出来るようになっていた。

 急激に速さが上昇したイギルに対抗するためにガルムラスは大剣を捨て、直剣による攻撃に移行する。大剣を思うように振るうことが出来る腕から繰り出される斬撃の速さは、アルマをトレースしたイギルの大斧よりも速くイギルの攻撃を華麗にいなしていく。

 しかしどんな武器を持っていようと常に大斧を持ち、鍛えられたイギルの身体から放たれるアルマの速度が誰かに劣るなんてことはない。

 イギルは斧の刃の根元を持ち、斧の攻撃を素早く発生させられるようにし、もう一度ガルムラスに襲い掛かる。無数の金属音が一瞬で会場内に鳴り響く。

 イギルの攻撃をガルムラスがいなし、ガルムラスの攻撃をイギルがいなす。

――アルマならもっと速いはずだ。もっともっともっともっともっと!

 イギルの鼻からツーと血が流れていく。人の動きをトレースする感覚複製は身体ではなく脳に強い負担をかける|特殊技能《スキル》であった。

 ただでさえ速さを捨て一撃に重きを置いたスタイルであったイギルに対し、アルマのトレースは普通よりも負担のかかる行動であったが、それを根性で乗り越えて見せる。

「うおおおおおおお!」

 大地斧の不規則な軌道でガルムラスの直剣を弾き飛ばし、斧の切っ先をガルムラスの首筋に沿えた。

「そこまで! 勝者イギル=オルグレン!」

 大熱狂。エリートの都市部に対して初戦勝利を飾った地方部の者たちは一斉に歓声を上げる。その中で一番の衝撃を受けていたのはアルマだった。止まらない鳥肌。目の前で行われた戦闘に対する高揚が覚めず、ただ心からイギルを称えていた。



「アルマ! ラガン! 最終試験第二試合開始!」

 サバイバル試験でイギルに対し弓を放ち、アルマを不合格に追いやった男子生徒。捕虜としてアルマに捕獲され、多くの都市部の生徒を地方部殲滅のために集めたラガンとの戦いは双方が恨みを晴らすために望んでいたことだろう。

 都市部の生徒たちはガルムラスの敗北はまぐれだと思い、未だに自分たちの勝利を疑わない。しかし地方部の生徒は違った。

 誰もが。アルマの好敵手であることを望むロードすらも彼の勝利を確信していた。この試合はアルマの勝利で、圧倒的な勝利で終わると。

 アルマは訓練場の指定された場所に立ち、目を瞑る。魔力の流れは好調。手を強く握る。身体の調子も最高だった。しかし本気は出してやらない。

 こんなに観客がいるこの場での最悪な負け方は、手を抜いている奴に大敗を喫する、それだった。

 アルマはラガンの直剣という装備から敢えて、距離を取り様子を伺った。ラガンはアルマのその行動に対し不敵な笑みを浮かべ、明るい緑に輝く手を剣に翳す。

 人間種が唯一無詠唱、無陣で行うことのできる魔法、|魔法強化《エンチャント》だ。

 そして魔力の色が緑と言うことは風による武器強化と言うことになる。

 風による武器強化は速度上昇。そして烈風による斬撃の強化。扱いやすい魔法強化であり、強力な魔法強化であるのは確かだが、ラガンは選択を間違えてしまった。アルマに対し速さで挑むということがどれだけ愚かなことであるか。

 肉薄したラガンがアルマに対し大振りの斬撃を放つ。流石にここまで残ったことはあるだけの、洗練された良い動きだったが、アルマにとっては遅い。

 アルマは敢えて、すれすれのところで剣を避けて見せた。都市部の馬鹿どもにもわかるように、ラガンはアルマに遊ばれているということがわかるように。

 その妙技を行うのに|紅魔眼《マジックセンス》は必要なかった。それは今までのアルマの経験と、魔物の力。温室育ちの坊ちゃんに捕らえられる動きなどではなかった。

 当たらない攻撃に悔しがりながらもラガンは未だ洗練された動きで剣を振るっていた。だが体力というものは残念ながら有限であり、微かに息が切れ始める。
 その鈍った動きを確認したアルマはちょっかいを出し始める。

 大振りによって一瞬動きが鈍くなる瞬間、アルマはラガンの顔に軽く拳を当てた。

 痛みすらも感じない程。

 それこそ自分が馬鹿にされているということが自覚できるほどに弱く、軽く。これはただのちょっかいだと言葉にせずともわかるように。
 そしてそれをラガンが大振りをするたびに入れていく。ラガンの顔は怒りによって赤く染まっていき、剣の振りも強くなっていく。だが風本来の速さは失われてしまった。

「ふざけやがって! ちゃんと戦え!」

 その言葉にアルマはちょっかいを辞める。そして口を開いた。

「自分が圧倒的不利に置かれている状況で口を開く……。見込み無しだ」

 瞬時、アルマはラガンの剣を左拳で弾き飛ばし、がら空きになったみぞおちに向かって右拳を叩き込む。それどころかその拳によってラガンの身体が弾き飛ばされる前に、身体を捻らせ後ろ回し蹴りをラガンの顎に叩き込んで見せた。

 この連撃こそ、アルマの速度疾風があるからできる技であったが、他の者から見れば、アルマが不規則な動きをした後に回し蹴りを放ったように見えるだけであり、何をしたかわかる者は少ないだろう。

 この二撃を防御系の魔法を無しに食らったラガンの意識が保てるはずもなく、この試合はアルマの快勝に終わった。

 そしてアルマは、これが地方部の生徒の力だと言わんばかりに、拳を握りしめ空高く掲げる。

 それに応えるように地方部生徒の歓声が強く会場に鳴り響いた。

次話


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  • 最終更新:2020-04-16 01:20:46

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