雪山、雪道、雪の村

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前話


本編

【アルマ、僕らノ村、来る。皆仲良くナル?】
「え? でも良いなら行ってみたいけど、フランの仲間は警戒するんじゃないか?」

 フランは少し考える仕草をするが、変わらない無邪気な表情で応えた。

【アルマなラ大丈夫、思う!】

 《《アルマなら》》か、と自らの左腕を見つめたアルマは、フランに悟られないように、笑った。

「それなら行きたい。日の出までに戻ってこれるなら」

 夜も更けていたが、日の出まではまだ長い。任務の途中であるということを察してくれたのか、フランは、【戻っテこレルよ】と言った。

「じゃあ行こうか」

 と立ち上がろうとしたアルマの前に光り輝く階段が現れた。

「なんだ? なんだ?」

 驚きながら、その階段に触れようとしたところ、フランがとんとんとその階段を上っていったので、慌てて後を追った。
 一段一段上がるごとに自らの身体は当然の如く、登っていくが、足の裏に何かを踏んでいるという感触は一切ない。
 |紅魔眼《マジックセンス》で見ても、魔力の反応を示さないこれはスノーウィの能力なのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと目の前が光に包まれ、その光が晴れた先には、小さな村があった。

 木や石は一切使われていない。全てが雪で作られた家々だった。雪材と言おうか。均等に切り分けられた雪がレンガのように重なり、可愛らしい家を作っている。

 恐らく自分は近づけないなと思いながらいると、フランはアルマに魔法をかけた。それはある種の結界の様なもので、スノーウィと交流しても害が及ばないようにするうえで、寒さなどに耐性がつくものだという。

【スノーウィはたまにこうやって気に入った生き物を村に招待するんだ。そこで交流をしたりね】

 魔術を施し終わったフランは先ほどまでとは打って変わって、驚くほどに流暢に話し始める。
 それに驚いたアルマは、開いた口が塞がらず、目を丸くして彼を見続けていた。

【そんなに驚かなくても。これも今使った魔法のお陰だから。おいでよ、案内するよ】
「あ、ああ」

 驚くなと言われて、驚かないなんてことできるはずもなく、アルマはしっかりと驚きながら、フランの後を追う。



 しんしんと降る雪は先ほどまでの吹雪とは違い、優しくゆっくりとアルマの肩に降り積もっていく。しかし服を強く濡らすことはなく、ふと溶けるか、そこまで強くない風に吹き飛ばされていくかのどちらかであった。

 村の通りに付く明かりは青白く、見方によってはおどろおどろしいものにも見えるが、家々から溢れ出てくる暖色系の灯りが相まって、幻想の様な景色を作り出している。

 何よりアルマを不思議そうに見つめる多くのスノーウィたちは、人の姿をしており、普通より色が白いくらいかなと感じるほどに、彼らは人であった。

「人に似た生活をしているんだな」
【人に似たって思うのも間違いじゃないけど、似てるのは人の方かもしれないよ?】

 不敵に笑うスノーウィの姿を見たアルマは、彼が魔物であることを忘れていた自分に気付く。

 周りにいる人のような姿をしている者たちは皆魔物で、フランが言っていた通り、人になぜかわからない殺意を抱くことに変わりない。
 今、アルマがこの村にいられるのは、アルマの匂いか、魔力か、はたまた見た目か、人からかけ離れているからだ。
 もしこの不確定な要素が、突然反転し、全員がアルマに敵意を剥き出しにしたら。

 人のような姿になれる魔物。それは須らく強い魔物ということだ。そしてこの村にいる魔物たちは皆、人に似た姿をしている。

 彼らが全員敵になったら――そんなことは考えたくはない。



 アルマが通された建物は他のと比べたら比較的大きいものであるが、質素であることには変わりない。白一色だから質素に見えるのだろうか。でもどこまで行っても、夢の様な世界で、全ての感触が不確かだった。

 スノーウィは雪の精だから、寒さには耐性がある。だからか、外の冷気を遮断する必要はなく、家には扉がついていない。
 アルマは入り口をくぐる様に抜け、雪材で作られた家に足を踏み入れた。

 そこにはフランと何人かの――いや何匹かか――のスノーウィと、一つの大きめな椅子に座ったスノーウィがいた。
 他のスノーウィはフランと変わらず、真っ白な肌と髪色をしている。瞳や睫毛、含めてすべて白であるスノーウィはフランだけであれば、神秘的な雰囲気を感じ取れたが、これだけの量が集まると逆に不気味に感じる。

 その景色に圧倒されていると、椅子に座っているスノーウィが口を開いた。長い白髪に、雪の結晶の様な髪飾りを頭に施したスノーウィ。その柔和な顔立ちから女性だとわかる。

【ようこそ、いらっしゃいました。アルマ】
「ああ。よろしく」

 と握手をしようと手を差し伸べたが、触れてしまえば溶けてしまうということを思い出し、手を引っ込める。その仕草が面白かったのか、彼女は小鳥がさえずる様に笑いながら、手を差し伸べる。

【フランがあなたに施した魔法。それがあれば私たちと触れ合っても問題はありませんよ】

 そう言われたアルマは、彼女の手を取り、握手をした。
 冷たい、まさに雪の様な手だった。

【握手したことを後悔しましたか? 私たちは雪の精。驚くほどに冷たいでしょう?】
「いや、後悔とかそんなのは。まあフランに招かれたから来ただけで、こんな状況にいるのは少し驚いているかな」
【そうですよね。まずは貴方を歓迎します。アルマ】
「ありがとう。ところでなんで俺の名前を?」

 フランが彼女に何かを伝えたような素ぶりはしていなかった。

【私たちは雪を通して、繋がっている。だからフランとあなたが話していたことも、全て知っていますよ】
「それは他の奴らもか?」
【はい。スノーウィは一人一人の個を持ちながら、その根幹は皆同じなのです】
「悪だくみも出来ないな」

 彼女はまた笑う。

【そうですね。悪人には聊か不便な性質でしょう】
「だから俺を村に招いても大丈夫だって思ったんだな、フランは。えっと――」

 アルマは彼女の名前を聞いていなかったと思い、言葉に詰まる。

【ネーヴェ】
「ネーヴェに事前に聞いていたわけか」
【聞いていたというと少し違いますが、そんなところです】
「まあ、ということは何らかの思惑があって俺を呼んだんだろ? 俺たちの任務と、スノーウィの生存圏を考えたらだいたいの予想はつくが」

 アルマの言葉に雪の女王は不敵に微笑んだ。

【そうです。私たちは村の建物だけでなく、身体すらも雪で出来ている魔物。今カルチ山岳では異常な気温の上昇がみられており、貴方がいた一帯では吹雪が起きているというのに、山頂付近は雪が溶け始めているという異常事態が起きています】
「それを俺にやって来いってことだろ? 言われなくてもやるつもりだったんだよ。その異常気象をやってくれたのは、ありがたいことに広大なカルチ山岳地帯のほんの一部に過ぎないはずの人間種領の中だ。俺は王国軍。面倒ごとを始末しに来たってわけ」
【私たちの土地を、人間の土地だと思っているのですね】
「あーそういった面倒臭いことを話すつもりはないんだ。俺は末端に過ぎないからな、もし領土について討論したいなら上官に言ってくれ」

 かなり挑発的な態度を取り続けるアルマに対して、常に一定の冷静さでアルマの返事に応え続けた。
 彼女の感情を露にするのは無理だということに気付いたアルマは、まともにネーヴェと話すと決めた。

「俺は今まで多くの魔物を殺してきた。俺から人の匂いがしないのはその積み重ねてきたものの結果だ」
【黒き魔力が渦巻く左腕のことを言っているのですね?】
「そうだ。何十、何百、もしかしたら何千かもしれない。でもまともに意思疎通を取れた魔物はネーヴェたちが初めてだ。それこそ人の言葉を話す魔物はあったことがあるが、契約獣以外は本当に」
【それは貴方が人間だからでしょう】
「どういうことだ?」
【見えざるを見る。物質に囚われすぎた人は目に映る物しか信じられなくなりました。ですが真の姿はどうでしょう。人と相対していない魔物は?】
「話せるっていうのか?」
【言語とは神が授けしもの。それは全てにおいて共通です】
「だけど人に対するとその能力を失う? 馬鹿げてる」

 アルマはネーヴェの言葉に呆れ、その場に座り込んだ。そして胡坐をかき、話に戻る。

「百歩譲ってもし本当にそうだとしよう。じゃあ何でお前らは俺と話せるんだ? 俺から人の魔力を感じないからか? それならこの力を手に入れる前に出会った魔物は? そいつも人の言葉を話していたぞ」

 ネーヴェは立ち上がり、アルマに近づき、目の前に座った。そして目を瞑ったまま額に触れる。

【熱くなってはいけません。落ち着いて、冷静に、ゆっくりと】

 ひんやりとした手が、頭の芯にあった熱をゆっくりと吸収していくように、上っていた血液が身体に巡っていくのを感じる。

【迷宮の魔物と、外にいる魔物は全く以て性質が違います。もちろん迷宮の中にいる魔物でも例外はあるでしょうが、基本的に魔物は話すという力を持っています。それは言葉にするというものとは違います。声帯などの発声器官は種によって大きく異なりますから。でも意思はある】
「ならなんで人と対話しようとしない? 人に対すると殺意が芽生えるからか? それなら話すという力もくそもないだろう」
【思い浮かべてください。本来魔物は白い力を有しています。しかし何の因果か、理とでもいいましょうか。人間や獣人に対すると、どこからか身体に黒い力が巡り始める。これがあなたの言う殺意の衝動。白が弱い者ほど黒に呑まれてしまう。でも稀に強い白の力を持つ者が産まれます。その者は人に対して、黒の力が湧きあがっても、元の白が強いから、力の色は黒ではなく灰色になる。殺意の衝動の裏に、未だ残る理性が、人間と話すための言葉を生み出すのです】
「じゃあ魔物は誰かに、人間を殺すように弄られている?」

 アルマは自分の頭を指さしながら言った。

【魔人に対してもその黒の力は生まれないのです。だから十中八九私たちは】
「鴉ノ王……」
【はい】
「なんでもそいつが原因か……」
【もう一度言いますよ。見えざるを見る。貴方にはそれが出来るはずです】

 ネーヴェはじっとアルマの目を見つめた。それは真剣に話しているのではない。アルマのここの誰にも話していない|固有特殊技能《ユニークスキル》、|紅魔眼《マジックセンス》を看破し、彼女はそれを見ているのだろう。

「魔力……」
【力の源であり、生命の源ともいえるこの力は、どこから。白き力を侵食する黒き力はどこから】
「魔力って何なんだ?」

 ふと、昔といっても三年~五年ほど前、離れ森で目覚めた時のことを思い出した。鍵のかかっていた部屋が突然、開かれたように頭の奥底から津波の如く記憶が溢れ始める。

 血の香り、怒号、踏みつぶされた植物――死。

 自分はどこから来た? なぜ母親はいなかった? なぜ父親はいなかった?

 アルマと誰が名付けた? 武器と誰が呼んだ? 誰が自分をこの世界に産み落とした?

 誰が、何が、どこで、どうして。

 そして全ての疑問は一つに収束する。

「俺は誰だった?」
【アルマでしょう?】
「違う。アルマはアイデンに書かれていた名前だ。本当の、記憶を無くす前の俺の名前は?」

 崩壊が始まっていた。
 万全とは言えない。でもここまで繋いできた。いつ死んでもおかしくないこの世界で、一日一日未来のために繋いできたこの日々は誰かのための偽りか。
 自分の全てを否定されたような絶望。ネーヴェの言葉を借りれば、黒き力の浸蝕、それが彼の中で渦巻き始めていた。

 ふと両頬に冷たい何かが触れられる。

【落ち着きなさい、人の子。黒に呑まれてはいけない。過去とは凄惨で、とても美しいのに、取り返しのつかないもの。過去があるからあなたがある。でも一番先に立つ貴方は一人未来を歩かなければならない。見る方向を誤らないで】

 ネーヴェは何か魔法を使っているのだろうか。バクバクと鋭く大きな音を鳴らしていた心臓がゆっくりとその鼓動を抑えられていく。それは自分が何か意識したわけではなく、外からまさに手で包み込まれたように、その心拍を誰かが制御しているかのような感覚だった。

 そして落ち着いたアルマは、額に浮かんだ脂汗を拭いながら、大きく息を吐き出す。

「悪い、取り乱した。ネーヴェ、貴方と話していると、足元が酷く揺らいでいるような錯覚に陥るよ。助けてくれたからよかったけど、助けてもらえなかったら、精神攻撃と一緒だ」

 笑いながら言うアルマの前髪を整えながら、ネーヴェも微笑んだ。

【初めての人は必ずそうなるのです。見えざるを見る。何か大きな壁にぶつかった時は、今日の感覚を思い出してみるといいでしょう】
「ああ。何か新しい方法が見つかるかもしれないな。でもなんでこんなことを俺に?」
【私はスノーウィ。貴方達人間とは違い、物質には囚われない。だからこそこの私たちの求めに対する報酬も物質では叶わない。だから貴方に新たに考える力を授けたのです】
「もう依頼達成は前提ってことか。怖い依頼主だ」
【うふふ。大丈夫です。お供にはフランを付けます。貴方が強敵を打倒すということはわかっていますから】
「なんだよそれ」

 アルマは可愛らしく笑うネーヴェを優し気な表情で見つめた後、静かに立ち上がる。

「そろそろ行くとするよ。これ以上いなくなると仲間たちが心配するかもしれない。暑さについては任せろ。俺たちが何とかして見せるからさ」
【そうですね。よろしくお願いします。フラン、しっかりと学んでくるのですよ?】
【はい!】

 そう言ってネーヴェは最初に座っていた椅子に、フランは駆け足でアルマの元へ駆け寄り、先導する。

「あ、そうだ」

 家から出ようとしたアルマは振り返り、ネーヴェを見つめる。

「あんた全部知ってて、誘導したんだろ?」
【さあ、それはどうでしょう。答えは自分で見つけるものですよ】
「それが答えじゃねえか。食えねえ奴だ。また会えたら」
【そうですね……。また、会えたら】

 そう言って、ふと気づいたアルマは山小屋の脇でフランと話していた叢の横で目を覚ました。
 まるでネーヴェとの一時は夢のようで。でも確かに彼女の手の感触は残っていたし、フランも遠くの叢から、本来の姿でこちらを見ている。

 フランに手を振ったアルマは明日に備え、仲間たちのいる山小屋の扉を開けた。

次話


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  • 最終更新:2020-06-30 01:43:26

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